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恋する狐と男の子
作:葵空



第5話 赴任初日


「よく来てくれましたね、二人とも」
「・・・・・・で、どういう事なの?」
昼休みの校舎の屋上。凛と澄香の二人は『昼休み 屋上 澄香も』と何故か断片的にしてあるメッセージの紙切れによって、副担任となった狐塚紗那から密かに呼び出されていた。
ちなみにこの学園の屋上は普段は開放されておらず、昼休みと言えども他に人影はない。
「昼休みもそんなに長いわけではありませんので、用件を単刀直入に言いますと、先生の正体は二人の知ってる紗那なんですよ」
「そんな事言われなくても分かってるよ!というかその丁寧口調!はっきり言って気持ち悪いんだけど、いつまで続けるの!?」
「気持ち悪いって言われるとさすがに傷付くなぁ。いや、ね?久しぶりにこんな言葉遣いしたから切り替えが上手く出来なくて、私だって困ってるのよ?」
澄香との会話をきっかけに、今まで見せていた狐塚紗那としての顔が引っ込み、二人の知る元の紗那の顔になる。
「ええと、紗那さん。それで、これはどういう事なんですか?」
「だから、これからここで教師として働くの。ちゃんと仕事はするよ?」
紗那は凛の問いに答えるが、それが望まれている答えと違うのは明らかだ。
「ボク達は、どうしてここで教師をしているのかっていう、その詳細を聞いてるの。誤魔化すのは無しだよ」
「はいはい、分かってますよ。そんなにつんけんしてると、幸せが逃げてくよ?」
「んなっ!?だ、誰のせいだと思って―」
「はい、それではご希望の通りに詳しく話しましょう。えっと、まずは・・・」
怒りのやり場を奪われた澄香は、仕方なくその気持ちを抑える。このあたりは、やはり紗那の方が一枚も二枚も上手だ。
「まぁ、ここで働く事に決めたの」
「だから、それはもういいって!」
「話はまだ途中。始めたばっかりで止めないの」
さすがにこれ以上からかうのは良くないと思ったのか、紗那はその先を続ける。
「結論から言えば、ここの学園長にお願いせんのうしてみたのよ」
「・・・紗那さん、凄い不吉な予感がするのは気のせいでしょうか?」
「意識を操作する、分かりやすく言うなら催眠術の強化版みたいな術を使って、新しく教師が赴任してくるって思い込ませただけよ?」
「思い込ませたって・・・・・・必要な書類とかはどうしたんですか?」
「あぁ、それはもっと簡単。触感のある幻覚っていうのかな。適当な紙を、しっかりとした書類に見えるようにしたの。半永久的にね」
話している内容はとんでもない事なのだが、それを話す紗那自身はあっけらかんとしている。妖である紗那にとっては術というのは身近なものだが、凛達にとってはそうではない。
「紗那さん・・・」
「なに、凛?」
「紗那さんがした事は悪い事です。学園長を騙したり、書類をでっち上げたり、人間の世界では悪い事です」
「え・・・・・・怒ってるの、凛?そりゃあ、凛と一緒にいたいからここで働く事にしたのは否定しないよ。で、でも、仕事はちゃんとするよ?私だって、昨日のお昼のうちに色々調べて、人手が足りてない教科を選んだの。長生きしてるから、歴史だったら教えるのにも丁度良いし・・・だから、えっと・・・」
凛の気配を察した紗那は、今まで見せた事がないくらいに動揺し始める。
「・・・・・・」
「その・・・あの・・・・・・ごめんなさい。もう、凛に何も話さないでこんな術使わないようにするから。だから・・・ごめんなさい」
尚も無言でいる凛を見て、紗那はより一層動揺し、しまいには涙声になっていた。今さっきまで澄香をからかっていたのと同一人物だとは信じられない程だ。
「・・・・・・」
「ごめんなさい・・・嫌いにならないで・・・・・・」
実際の所、凛が無言でいたのは怒っていたからではない。いや、最初は怒っていた、というかお説教をするような感じに近いものがあった。
だが、動揺し始める紗那の様子を見て、凛はそれ以上に動揺していた。
凛にとっては、その真面目な性格から発せられた何気ない言葉だった。同時に、紗那と自分は今まで生きてきた世界が違うのだという事も理解しているつもりだった。言ってはみたものの、紗那にはあまり意味がないだろうとも思っていた。
凛の家に住むと宣言したり、凛や澄香をからかったりしていたあの・・紗那が、自分の言葉でこんなにも動揺するというのは完全に予想外の事だった。
普段ならこういう時に凛を助けるのは澄香だったが、さすがの澄香も目の前の光景に言葉を失っていた。
「・・・・・・もう、術も解除するから。ここで働くのやめるから。だから、嫌いにならないで・・・」
紗那がそこまで言った時、ようやく凛は正気を取り戻す。
「紗那さん」
名前を呼ばれた紗那がビクッと体を震わした。
「その・・・僕と紗那さんでは人間と妖っていう差があるし、生きてきた世界も違うという事は分かっているつもりです。だから、これから気をつけてくれれば、怒ったりはしません」
「・・・怒ってない?」
「はい。黙っていたのは、ちょっとビックリしたというか・・・・・・とにかく、怒っているわけじゃありません」
「・・・本当?」
「本当です」
凛がそれを答えると、今まで不安そうにしていた紗那の顔が段々と元に戻っていく。
「でも・・・」
「で、でも?」
凛がそう言った途端、紗那が再び不安そうな顔になる。だが、続く言葉を聞いて満面の笑みを浮かべた。
「先生として働くのをやめたら怒ります。ここまでやったんですから、途中で放り出すのはよくありません」
「え・・・あ、うん!」
凛と紗那が互いに笑いかけたりする屋上で、一人だけ話から取り残され不満げな澄香がそんな二人を見つめていた。



昼休みが終わり、午後の初めの授業。ここで早速、紗那が教鞭を振るう機会がやって来ていた。
「はい、皆さん初めまして。今日から日本史の選択授業の担当になった狐塚紗那です。これからよろしくね」
紗那がそう挨拶すると、教室内のほぼ全ての男子から歓声が上がる。凛はそんな中で唯一、歓声を上げていない男子だった。
「ねぇ、凛。しゃ・・・狐塚先生、もう素の喋り方になりかけてるけど本当に大丈夫なのかな?」
そして、普段のクラスと同様にここでも澄香と凛の席は隣同士だった。例によってひそひそ話の最中なのだが、万が一他の誰かに聞かれた時の為に先生と呼んでいるようだった。最も本当に誰かに聞かれれば、内容が内容なだけに呼び方など関係無いのだが。
「なんだかんだ言って紗那さんのこと心配してるの、澄香?」
「ちっ、違うよ。ただ・・・連鎖的に凛やボクに被害が出るのを心配してるんであって・・・」
「そっか」
「・・・その素っ気無い言い方、信じてないでしょ?」
そんな会話をしている内に、教室内はどんどんヒートアップしていた。
「みんな静かに!・・・・・・はぁ、分かりました。5分間だけ、質問タイムを設けます。5分経ったら、必ず授業を始めるからね」
妥協案が紗那から提案されると、無秩序だった教室がいくらか落ち着く。
だがそれも束の間。先程よりはマシだが、いくつもの質問が教室を飛び交っている。
「先生って、恋人とかいるんですか?」
ついに、新任教師への定番とも言える質問が出された。紗那は答えを考えるような素振りを見せ、それをクラス中が固唾を呑んで注視している。
「そうね・・・恋人、はいないかな。でも、片想いしてる人ならいるわよ」
紗那の返答に、男子は明らかにヒートダウンし、逆に女子はきゃあきゃあ騒ぎ始める。
その一瞬の隙を突いて、微笑む紗那の視線がちらっと凛の方に向けられていた。凛は何となく赤くなるが、その視線は当然の事ながら隣の澄香も気付くものだった。
「良かったね凛。男子があんなに騒ぐ美人の片想いの相手で」
「なっ・・・す、澄香。誰かに聞かれたら・・・」
焦る凛を見て、澄香はさっきのお返しだと言わんばかりの表情になる。
「男子達に目の敵にされるかもね?特に前の方で騒いでる、あの隆也とかに」
そう言って示した先には、紗那が質問に答える度に一喜一憂する隆也の姿があった。
「澄香・・・」
「はいはい、分かってるよ。ボクはばらしたりしないって」
澄香は情けない声を出す凛を適当にあしらっていく。
そうこうしている内に、5分間の質問タイムが終了する。
「それじゃあ5分経過したので、質問タイムはこれで終わりです。授業を始めます」
教室内からは延長を求める声が上がるが、紗那はそれに応じない。
「駄目です。お給料を貰ってる分はちゃんと仕事をしないと、私が怒られるんですからね」
嫌味を感じさせない口調でそう言うと、再び凛の方に視線を向ける。
「あ・・・紗那さん」
なんだか少し嬉しそうにしている凛を横目で見ながら、澄香は凛にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
「・・・何か、納得いかないなぁ」


ほんっとうに申し訳ありません。
九月の初めから忙しくて、続きを書く時間が取れないまま一ヶ月半以上も放置してしまいました。
本来ならその旨だけでもお知らせしておくべきだったのですが、忙しさのあまり忘れていました。これを書いている段階で、ようやくそれに気付きました・・・
私如きが書く小説の更新を待っていて下さった皆様には、心からお詫び申し上げます。
忙しさも先日ようやく収まってきたので、明日明後日くらいには続きを投稿したいと思います。











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