クライブがハンヴィーのハンドルを握り、ネリスは後部座席に座っていた。
クライブとしてはネリスを助手席に座らせたかったが、彼女はルーフに載った重機関銃を受けもっているので仕方が無い。
と、思っていたら、ネリスは機関銃を放り出して、車内に戻ってきてしまった。
クライブの隣にちょこんと座って、おもむろに口を開く。
「わたしたちに言い渡された任務は王都の治安維持活動」
「担当区域も詳細な任務内容も指定されていないなんて」
ネリスはどこか上の空でつぶやいて、クライブがその言わんとしているところを続ける。
「詰まるところ、意訳するとだな。おまえら居ても邪魔で目障りなだけだから、どっか適当にほっつき歩いてろ。――ってな感じかな」
おかげでいく当てもなくハンヴィーを走らせて、貴重な燃料をガブ飲みされている最中だ。
「おおむね、間違いないと思うわ」
「セシリアが俺達を適当にあしらう様が、苦もなく想像できるぜ」
「戦友に対して冷たいモノよね」
別になんとも思っていない風に、ネリスは吐き捨てた。
「王宮は今頃、事後処理で苛烈を極めている真っ最中だろうに。遊ばせていられる人手なんか、足りてるはずもないのにな」
「たとえわたしたちが登城したとして、身分だけは無駄に高い放蕩貴族と、味方殺しで名を馳せたわたし(硝煙の死神)が一緒じゃあ、文官達が怖がって仕事にならないからじゃないかしらね」
扱いの難しい二人を隔離しておくことが、作業を滞りなく進めるために必要だと考えたのだろう。居ない方が貢献できるとは何とも皮肉である。
「はははっ! 違い無い。まあ、いいじゃないか、おかげで俺達はこうして王都観光と洒落込める」
「この瓦礫の山さえ見えなければ、さぞかし素敵な事だったのでしょうけどね」
「ああ、全くだ。風情のかけらもありはしない……」
気がつくと、見慣れていたはずの光景は様変わりしていた。
まるで箇条書きのように、無機質に流れていく景色を横目にして。
瓦礫の山と化した高層ビル。30mm砲弾で痛々しく穿たれた壁面。
打ち棄てられた軍用車両。住宅の天井に突き刺さった戦闘機。
破壊されたFAの残骸がまるで前衛芸術のオブジェのようにたたずんでいる。
砲兵陣地と野戦指揮所が公園をすっかり占領している。
市民が構築したバリケードがそこら中に点在している。
銃を携えた青年がなんともいえない表情で煙草をくゆらせていた。
王家の紋章が刻まれた小銃がどこか哀愁を感じさせる。
病院が設置した仮設テントは、どこもせわしなく人が行き交っていた。
そこから出てきたブルーバッグは無言のまま教会の裏に運ばれていく。
空へ立ち上る黒煙の数々は、戦火と荼毘が入り交じっている。
途方に暮れて路上に立ち尽くす人々の群れ。
そこかしこで形成されたどす黒い血溜まりが、暗渠へと流れ込んでいる。
それをたどっていけば、母の亡骸にすがりつく少女の姿に行き着いた。
そこはまるで、二人が慣れ親しんだ戦場の光景のようだった。
「死体を焼く煙が途絶えないわね」
「ああ、放っておくと疫病の危険もあるし、一人一人丁重に葬っている余裕もないからな。後で国葬にするんだろう。全く、オリヴィアはいつまで葬送を続けないといけないんだろうな」
「さあ、地上から人間が一人残らず排斥されるまで……かもね」
「ははは、俺もそんな気がしていたところだ」
そこでクライブは考え込むようなそぶりをして、険の深い表情を浮かべた。
「今回の王都襲撃での死傷者数。これを多いとみるか少ないとみるか」
「そのどちらでもあり、どちらでも無いわね」
「と、言うと?」
「直前まで敵軍の襲撃に気づけなかった上、王都の人口密集率を鑑みれば、たぶん犠牲は少ない方。だけど、わたし達傭兵隊や、ブラックナイツを筆頭とした近衛軍、そして正規軍の主力部隊が集中するこの王都で、これだけの犠牲を出してしまった。それを踏まえると異常に多いと考えるべきね」
「その、どちらでも無いっていうのは?」
「ヒトの命を数字で捉えるのは、ちょっと失礼かなって。統計化されてしまった彼らが不憫でならないわ」
「おっしゃる通りで。だが哀れみすらも本来は無粋だ。弔いも、同情も、後悔も、全て彼等を過去形にする行為だからな」
「あら、あなたも解ってきたじゃ無い」
「何年相棒やってると思ってるんだ」
「つかず離れずにしては、ずいぶん長いわよね」
「俺はもう少し、お前に近づきたいと思っているんだがな」
「あら、これ以上があるの?」
「つれないこというなって」
「それもそうかな。……ふふふ、わたしを嬢と呼ぶのは、あなたが最初で最期かもね」
そういって、ネリスはまた儚げな苦笑を漏らすばかりだった。
「だいぶ辛そうにしているな。昨日の今日でさすがに無理があったか?」
クライブはすべて見抜いているように、ポツリと漏らした。
「ああ。やっぱりわかるかな?」
「わかるとも。お前がこんなに饒舌なのは異常だ」
「わたしっておしゃべりな方だと思っていたんだけどな」
「そりゃぁ、おまえの認識がずれてるな」
「……覚えておくよ」
「おまえは自分が辛い時、傍目からは平気なように振る舞う癖がある」
「癖と言うよりも、体質ね」
そこまで言って、ネリスはついに観念した。
「ああ、実を言うとね、今日は仕事を遠慮したい気分なの。身体中が痛くて仕方無いのよ」
ネリスは全身包帯まみれだった。野戦服の上からもわかる。
その華奢な鎖骨にかけて、白いモノが見え隠れしているからだ。
驚異的な速度で回復したと言っても、そのすべてが完治したわけではないのだろう。
「わたしが本当は怠け者だって事、あなたもよく知ってるでしょ?」
「サボってるのばれたら、またセシリアに殺されるぞ」
クライブは冗談めかして笑う。
「それじゃぁ殺されたことがあるみたいじゃないのよ。そうしたら、次に生まれ変わるまで、ひと休みね」
「それまで人類が存続していたら良いけどな」
「できることなら、わたしは銃になりたいわ」
「名銃なら百年は現役だが、駄銃は構想段階で消えちまうぞ」
「――そういえば、その銃。世に出てから何年だっけ?」
クライブの腰に下げたM1911。45口径の自動拳銃で、シングルカラムのタイプなので装弾数は7発と少なめだ。その代わり、信頼性はすこぶる高いので、サイドアームとしては重宝している。
「旧世界から数えで、500年ぐらいかな」
「長生きね。老体に鞭打つのは可哀想。そろそろ休ませてあげたいところね」
クライブは拳銃のフレームを見つめながらつぶやく。
「こいつらが心休まるのは、人類がこの世界からすっかり滅びてしまった後だろうよ」
「そんなものかしらね」
「銃の基本概念なんて有史以来変わってないだろう。推進薬を用いて金属の弾丸を射出する兵器だ。何世紀経っても本質は変わらないモノだな」
「そして人を殺さない兵器は無い(無能)」
「違いない」
クライブは苦笑して、ネリスの横顔を盗み見ていた。
駅のロータリーのような場所に着いたので、とりあえず車を駐めた。
あたりは無人で、不気味なほどの静けさに満ちていた。
人が居ないところにこそ警備の必要があるのではと、クライブなりの配慮だった。
腹案の目的として、ネリスと静かに雑談したいという算段があったのは言うまでもない。
「国政も経済も安定しているはずなのに、どうして国が荒れるんだろうな」
「人間というシステム自体が寿命に近いのかもね。元より人類は一度滅びたわけだし。今の社会はその残滓なんだから」
「軍ばかりが当時の世界を忠実に再現していると言えるわね」
「もしかしたら逆に、国ごとの思想が一本化してるのがいけないのかもな」
「不毛で、答えの出ない論争に明け暮れている余裕なんて無いのよ。時にはそれを俗事と斬り捨て、銃を突きつけないと」
安定してしまったシステムは、もはやそれ以上に進化することは無い。
それは美徳はなく、停滞は死すらも彷彿とさせる。
混沌の中でのみ秩序は産まれ、秩序は混沌しか生み出さない。
「この国は絶対王政を敷いている分、腐敗は許されない。だから、分家である公爵がそれを監視する命をおびている。場合によっては王を排斥する権限すら持ち合わせている。もはや王権は神授したモノではない。そうよね? クライブ」
「ああ、もとより公爵家はそのために存在していたんだ。醜い権力闘争ではではなく、真に国を導けるモノに王位を渡す。建国から二百年近く経った今でもしっかり受け継がれている伝統だよ。昔の俺も、右も左も解らない子供な割には、誇りに思っていた」
「だからこそ、議会制民主主義の諸外国が次々と消滅していく中で、テネジアはその力を誇示し続けてきたと言っても過言では無いわね。オリヴィア女王陛下が傾国の美姫とならんことを祈るばかりよ」
「まあ、彼女に限ってよもや、は無いだろうな。オリヴィアは国に操を献げたようなものだからな」
「あなたがそれを言うのね」
ネリスは呆れ気味に苦笑した。
「現女王の治世になってから、軍縮に伴って国民皆兵は撤廃されたけれども、未だに軍需産業が国民総生産のほとんどを担っているわけだし、予備兵役に進んで参加する学生も少なくないわ、むしろそれが大多数ね。表向き一般企業で働いていたり、普通の学生だったりしても、各家庭には必ず国民小銃が保管されているはずだし。今みたいな有事に導入できる予備兵力としては、そこそこ優秀なんじゃないかしら」
「軍縮とは言ってもそれは名ばかりで、確かに軍人と兵器の数は減ったかもしれないけど、それに半比例して、どんどん兵器の高性能化が推し進められてるからね。軍を効率よく運用するため、よりスマートに進化させた、といった具合かしら。一見、軍の規模は縮小しているように見えるから、陛下も案外抜け目ないわね。平和主義者と聞くと、現実から目を背けた妄想狂や理想論者を連想するけれど、全くもって堅実な保守派でわたしは安心したわ」
「彼女は案外したたかだからな。その辺は抜け目ないさ」
「民兵の練度も異常なほどに高いからね。今回の戦闘でも、それなりの戦果をあげたみたいだし。自警団もうまく機能している」
「自警団がやっかいごとを起こす可能性は? ほら、この混乱に高ぶった危険意識が暴走して、難民とかに対して過剰に高圧的になったりとか、よくある話だろう?」
「それはまず無いでしょうね。彼等のほとんどは貴族の次男、三男。それと富裕層の学生で構成されている。何一つ不自由の無い生活を保証されている彼等が、この期に及んでわざわざ自分たちの立場を危うくしようなんて考えないでしょうね。――国営銀行が無事のうちは」
「全く、現金な奴らだぜ」
「……それに、彼等は穏健保守派筆頭である姫陛下を敬拝というか、偶像崇拝している、一種の愛国党のようなふしがあってね。オリヴィア女王陛下がこれでもかというほど友愛政策を掲げているのに、彼等がそれに反して行動することは考えにくいからね。女王陛下の小銃を携えた上でご下命に背くことは無いと思う」
「国家の象徴とか、偶像崇拝とかいう前に、まるでアイドルだなオリヴィアは。……じゃあ、ヴィスタ難民がこの事態に乗じて反乱を企てる可能性は? こっちの方が可能性としては高いんじゃないか?」
「それも無いことも無いとは思うけど。その心配はしなくても良いと思うわ。かねてより女王陛下は難民に対しての融和政策を粉骨砕身の努力をもって推し進めてきた。――それも土下座をする勢いでね。公式の場で彼等に対して謝罪したことは一度も無いけれど、ことあるごとに相当量の支援金を導入してきた成果か、一度も文句を言ってこない。……私はその時、陛下が愛飲されている紅茶の質がワンランク下がったのを知っているわ」
「なんとまあ、涙ぐましい限りで。オリヴィアらしい。というか、何故それをネリスが知っている」
「私は一時期、王宮で行儀見習いをしていたのよ?」
「親父の差し金か……。ネリスを貴族に仕立てるためにそこまでやったのか」
「まったくね。少女兵が品格を身につけて、いったいどうするというのかしらね」
「いや、あながち無駄では無かったとは思うがな」
「案外クライブも薄情なのね、元婚約者が好きだった紅茶の銘柄も知らないなんて」
「俺はおまえの好きな銃器メーカーなら、だいたい言えるつもりだぜ。根っからのFN信者で、最近はHKとAIにご執心だろ。浮気はよくないぜ~」
「――え、ええ。そう、ね」
「ちょっと今の間が気になるな……。どうしてそっぽを向く。……とまあ、それは今は置いておいて――それでもテネジアに対して表には出さない反抗精神を持った奴は多いんじゃ無いか?」
「それも無いわね。彼等ヴィスタ難民は、国の誇りより家族の生活を天秤にかけてテネジアに亡命してきた人々ばかり。日々の生活が脅かされない限り、彼等にとっての敵は、金と職をを恵んでくれるテネジア政府よりも、中途半端な誇りと愛国精神を振り回して事態をかき乱す『同族のレジスタンス』の方が、よっぽど邪魔に見えるでしょうね」
「同胞にすら疎まれるなんて、奴らが不憫でならないな。そうまでして、彼らは一体何と戦っているんだ……?」
「それは愚問ね、クライブ。わたし達だって似たようなモノじゃない」
そう言って、ネリスはクスクスと嗤った。純粋に冗談として面白かったらしい。何の翳りもない、純粋な笑顔だった。クライブとしては、その横顔が愛らしくてしようがない。
「はっ、それもそうか」
「それに、ヴィスタ亡国の際に野に下った『本物の愛国者達』は今頃、自分のゲヴェアー(小銃)を口にくわえたシャレコウベになってるでしょうし、ね」
「……にしても、ずいぶんと各国の内政事情に詳しいんだな。ついこの前まで国外を戦転していたんじゃ無かったのか?」
「貴方が世間知らずなだけよ、クライブ」
「ちぇ、まあ日々精進させてもらうぜ」
「よろしい、今は任務に集中しましょう」
「おまえからそんな台詞が出てくる日が来るとはな」
「ちょっとクライブ、私の事をそんな風に思っていたなんてね。私だって、退屈な任務の一つや二つ、淡々としっかりこなせるんだから」
「そう言うなら、重機関銃のセイフティかけておけって。町中でぶっ放す気まんまんじゃないか。ラックのP90を事あるごとにちらちら見るのもやめなさい。それにトランクのガンケースが一つ増えている。あれの中身は何だ? まさかネリス、おまえまた俺に隠れて新しい銃を買ったな……?!」
「――ッ!」
ネリスは気まずそうにそっぽ向いて、車窓から外を眺めつつ、吹けない口笛を吹く素振りをした。ついに抵抗を諦めたのか、なるべく聞こえないようにボソりとつぶやいた。
「……三式ゲヴェアー」
「あ! いいなぁっ~それ! 俺も欲しい!」
「フルサイズの7.62ミリは貴方の手には余るわ! セミでもリコイルは相当きついはず。これはね、少女兵専用の対少女ライフルよ! 生産ラインから狙撃銃(SG-1)向けに選定されたハイグレードに強化を施したモノでね。弾頭はフルブロンズ(総銅合金)の削り出し徹甲弾、カートリッジは狙撃銃向けのマグナム! もちろん特注品よ」
後ろめたそうにしていても、隻眼の瞳はキラキラと輝いていた。
「嬉々として語るんじゃない。おまえの趣味だろそれ! 経費横領だ! 俺の飯代返せ!」
「あら、今日はその必要は無いわよ。わたしの家でごちそうするから」
「本当かっ! よっしゃ、なら赦す!」
(あまり気乗りはしないのだけれど、まあクライブなら大丈夫かな……)
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。