ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  Absolute zero. 作者:清明
第一章 装填
『漆黒の少女騎士』
『漆黒の少女騎士』

 鬱蒼と茂った密林。
 過密を極めた木の葉と枝が太陽の光を遮り、木々から放出された水蒸気は霧となってあたりをたゆたっている。大人の大腿ほどもある太い根が辺り一面に張り巡らされ、隆起した岩石が複雑な地形を構築していた。この場の雰囲気を評価するならば、よく言えば神秘的、悪く言えば不気味だ。
 齢千年はありそうな大樹の根元に腰掛けている人影があった。
 簡単に説明するなら銃を持った戦闘服の少女。詳しく描写するなら、少女が携えている銃は五・五六ミリ口径のアサルトライフル。銃身と並列して四十ミリグレネードランチャー。それに付随したバーティカルフォアグリップ。左右のレイルに高輝度フラッシュライト、光学レーザー照射装置が装着されている。
 いくつかの手榴弾が巻き付けられたバックパックを腰に巻き付け、使い捨て式の軽量ロケットランチャーを二本背負っている。身を包むのは四カ所のマガジンポーチを備えた高性能ボディアーマー。グリップに滑り止めナイロンが巻かれた近接戦闘用の大型ダガー。高いストッピングパワーを誇る四十五口径自動拳銃がホルスターに収まり、コックアンドアロックでその出番を今か今かと待ちわびている。
 ついつい、不似合いな重武装にばかり目が行ってしまいそうになるが、少女の容貌はそれに劣らぬ存在感を持っていた。はっきり言うと戦場には場違いなものだが、そこでこそ輝くものがあるというものだ。たとえるならば鋭利な刀剣。軍用銃のような、どこまでも攻撃的で純粋な美しさ。そして、儚げ。そんな印象だ。
 ケプラーヘルメットの間から伸びた、銀糸のような髪は短く切りそろえられ、淡い硝煙の香りを纏っている。強い意志を称えた瞳は上質の黒硝子を思わせる。油断なく周囲を見回し、銃口もそれに付き従う。少女の整った顔立ちは使い古された表現を使うとするなら、まるでビスクドールのよう。それに浮かんだ一抹の怯えは絵画にしたならばとても絵になっただろう。
 少女は周囲に敵がいないことを確認すると、物憂げにまぶたを閉じた。伏せられた長いまつげは深い嘆息を催す。小柄な肩が大きく上下し、荒くなった呼吸をなだめる。顔色には少なからず疲弊が見られた。
 銃口を上に向けたライフルを小さな胸に抱きしめて、少女はつかの間の休息と食事をとる。バックパックから銀の包み紙を取り出して開封する。中身は簡素なクッキー状の軍用携行食が入っていた。それを少しずつ囓りながら咀嚼し、水筒の中身を流し込む。
 味気ない食事でも少女の精神を安定させるには効果があった。レーションにはストレスを軽減させる働きがある。レーションの包み紙をバックパックにしまってから少女はあることに気がついた。
 おもむろに自分のライフルを見る。何年も使い込み自分の体の一部にさえなっていた戦友である。傷だらけのフレームには少女の名前が彫ってあった。
 (セシリア・ブラウニング)
 そこにあった文字の羅列はその様に読めた。
 セシリアはライフルのマガジンキャッチに指を掛け、マガジンを銃から抜く。
 マガジンの接合部に見えたのは、弾丸が形成するダブルカラムでなく、マガジンフォロアーの頭頂部だった。
 つまり、三十発入り箱形弾倉には弾が一発も残っていなかったと言うことだ。
 この事実にセシリアは深く息をついた。もし、先ほどの状態で敵に遭遇していたら、ろくな対応ができなかったであろう。残弾数は感覚で熟知していたはずなのに、やはりこの状況ではそれさえも狂ってしまっているようだ。自分の未熟さに自己嫌悪は加速していく。
 しかし、生きなければならない。戦わなければいけない。
 セシリアは銃を横にしてチャージングハンドルを引く。薬室に残っていた最後の弾丸が、空中に弾き飛ばされた。真鍮製の薬莢がかすかに光り眼前に落ちてくる。
 セシリアはそれを何とも言えない表情を浮かべ空中で掴んだ。
 紅葉のように小さな手のひらを開いて、しばらくの間弾丸を食い入るように見つめる。並み居る男達を一瞬で骨抜きにしてしまいそうな熱い眼差しを一発の弾丸は一身に受けた。セシリアは思いを定めるようにもう一度弾を握りしめ、ボディアーマーの胸ポケットに入れた。マガジンポーチから新しいマガジンを取り出す。三十発の弾丸が詰まったマガジンをライフルに叩き込み、チャージングハンドルを引き、ぱっと離す。初弾が薬室に装填されると、手のひらでボルトフォワードアシストを押し込み、動作不良を起こさないように閉鎖する。今まで何千回とこなしてきた動作を無心で行う。月を映す水面のようにセシリアは淡々と準備を済ませた。しかし、その水辺に微かな細波が立っていることを彼女は理解していた。銃を操作するたびに響く澄んだ金属音は、静かで暗い密林に響き渡っていった。
 セシリアが属する王室親衛騎士団――通称ブラックナイツが女王の勅命を受け、グラネイ空軍基地を飛び立ったのは今から約二時間前のことだった。任務内容はバイオハザードを起こした軍立研究所の事態鎮圧、それができない場合は施設の破壊を実行すること。しかし、彼女達ブラックナイツが搭乗した武装ヘリは研究施設へと急行する途中に何者かの攻撃を受けた。飛行不能に陥りながらもこの樹海に不時着できたが、それからが地獄だった。そのすぐ後、体制も整わないうちにブリーフィングで聞いていたオーガと呼ばれる生物兵器達に取り囲まれてしまう。負傷者を抱えながらも、不慣れな敵を相手に孤軍奮闘したが、部隊は散り散りになり、ほかの隊員の生存も確認できていない。
 若くしてブラックナイツの騎士長であるセシリアには、今すぐにでも頭を撃ち抜きたくなるような失態である。しかし、それを実行しないで未だに生きているのは、一人であろうと任務を実行しようという使命感と、女王に対する忠誠心が彼女の暴走しがちなプライドを押さえていた。
 グレネードランチャーのアルミニウム製の銃身を前方にスライドさせて、信号弾を装填する。通信機は先ほどの戦闘で落としてしまった。これで隊の生き残りが答えてくれたらいいのだが。セシリアはライフルを上に向け、太い銃身とマガジンに手を添え、グレネードの安全装置を外した。見上げると、そこは生い茂った木の葉や枝で覆われていて、空を仰ぐことはできなかったが、うまく隙間に撃ち込めば上まで突き抜けるだろう。
 密林のどこかに味方がいれば音で気づく。それに、この周辺は特に木々が密集している地帯だが、ヘリから見たときはもっと樹が少ないところもあった。そこからなら信号弾の光を見つけてくれるだろう。
 引き金に指をかけると、ヘリコプターのエンジン音が見えない空から降り注ぎ、密林の静寂を破った。セシリアが身を縮めてその音に傾注していたとき、視界を覆う木々のアーチからバキバキバキ、とすさまじい破砕音が発せられた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!」
 セシリアは職業柄、不足の事態への対処能力が並外れて高い。しかし、状況も状況。肉体が疲弊して判断力が鈍ったのかもしれない。その落ちてきた物体を視認することはできたが、反応するにはコンマ一秒ほど遅かった。
「きゃぁ!」
 セシリアは恥ずかしいぐらいに可愛らしい悲鳴を漏らして、落ちてきた物体を全身で受け止める羽目になった。
 それが人間で、セシリアに直撃するコースをとっているとは想像できなかった。さらにそれが見知った顔だったなんて想定したくもなかった。
 ものすごいジュールをもってセシリアを押しつぶした少女は地面に転がり、何度かうめいた後、動かなくなった。
 セシリアは痛い目にあったがなんとか無傷で済んだ。バックパックがクッションになってくれたようだ。
「ネリス! 貴様、何で空から落ちてきた!」
 セシリアは怒りにまかせて、倒れた少女の襟首を掴んで引き起こした。しかし、それもネリスの惨状を確認すると、目をそらさずにいられなくなってしまう。
 枝に何度も当てられてきたのか全身のところ余さず、酷い打撲痕や擦過傷ができている。
 そして、左目は銃創が確認され、眼球は潰されていた。
 弾丸が脳に向かわず、こめかみから抜けたおかげで九死に一生を得たらしい。
 全く、悪運のいいやつだと呆れたセシリアは、その美しい柳眉を顰めた。
「おい! 何があった!」
 セシリアはネリスに息があることと、眼球以外の部分の怪我は大事ではないことを確認してから、少し強引に問い詰めた。昔からこいつのことは好きになれない。
「ぅぅぅ……なんで……。……ラルフ」
 そのか細い声をとらえて、セシリアは目を大きく見開いた。
「貴様、ラルフ・アーセックに会ったのか! 今回の事態は彼奴が!」
 さらに力を込めて胸ぐらをつかんで暴力的に揺さぶるがそれきり、ネリスは黙ってしまった。
「くそ……」
 プライドにまた泥を塗るが、ここは撤退する他なるまい。こんな荷物ができては任務どころではない。隊員を失ったのも自分の不始末。営倉入りも、自害さえも覚悟の上だ。
「とんだ災厄が降ってきたものだ、なぜ私がこんなやつ……」
 ネリスの身をくの字に折って背負う。不思議なほど軽かった。絶え絶えの呼吸を繰り返して、静かにセシリアに身を預けている。
 周辺の地図を頭に思い浮かべ、完璧に把握している方角と照らし合わせて、この樹海を抜ける最短コースを割り出す。
「こんな状態でオーガに襲撃でもされて見ろ、生きることに折り合いをつけるぞ」
 冗談めかして、そんなことをいう。しかし、事実は小説より奇なり。
 前方約二百メートル。少し樹が開けたところに斥候らしきオーガの姿があった。セシリアの黒い瞳と、オーガの紅い目がしっかりと空中で合致した。
 ああ、私のところにも死神が来たようだ。
 斥候オーガが背筋の凍るような禍々しい雄叫びを上げた。それがあたりにこだまし、徐々にその数が増えていく。群れの本流が到達するのにそう時間はないのだろう。
「くそぉ!」
 今日悪態をつくのは何度目だろうか。役立たずのネリスを脇に転がし、この事態に対する対処法を瞬時に構築する。といっても、大して方法はない。ネリスを餌にして自分だけ逃げるという選択肢は上位に入れておこう。
 セシリアはスリングで肩に掛けていた軽量対物ロケットランチャーを手に持ち、後部の安全ピンを引き抜き、カバーを開け放って中からコンテナを引き出す。フロントサイトとリアサイトを立ち上げて、本体後部の伸張した部分を肩に乗せる。目標に砲口を照準し発射ボタンを押し込んだ。
「バックファイア!」
 鋭い発射音と共にランチャー後部の排炎口から大量の発射炎が吹き出る。前方に射出された形成炸裂弾頭はロケットにより自ら推進し、最大加速点に到達。オーガ達の群れが集結しつつある場所に正確に突撃した。弾頭内部の形成炸薬が激発し、鮮やかな炎が数体のオーガを飲み込む。一瞬のタイムラグを挟んで爆音と衝撃波がセシリア達まで届いた。
「逃げるぞ!」
 セシリアは用済みのランチャーを捨て、ネリスもついでに捨てていこうかと一瞬逡巡した後、仕方なく背負って走り出した。爆風に煽られて激昂したオーガ群れは、セシリア達を本能のままに引き裂くべく紅い目をぎらぎら光らせて、犬のような四足歩行で疾駆していた。まだかなりの距離があるが追いつかれるのも時間の問題だ。
 複雑な地形が荷物を背負ったセシリアの足を掬い、急速に体力を奪っていく。それでも止まるわけにはいかなかった。
「重い! 貴様、降りて走れ!」
 それでもネリスは蚊の泣くような、肺から空気が漏れただけのような呻き声を上げるだけで、とても自走できるような状況ではなかった。
「この疫病神!」
 ネリスに罵声を浴びせ、手榴弾をバックパックから取り出し、口でピンを抜き取る。特に狙いもつけないで後方に投擲。樹の根が形成する狭い地形だ、どこに投げても当たる。セシリアは走る足を一切休めないでさらに二、三個の手榴弾を追尾してきているであろうオーガの群れにプレゼントする。後ろを振り向いている暇もない。面妖な獣の咆哮が徐々に肉薄してきているのが分かる。
 やがて、林立する木々の数が少なくなっていき、光が差し込んできた。
 オーガ達は光を浴びると灰となって崩れ落ちる――ならどれだけ楽なのだろう。
 鬱陶しい樹木の閉鎖空間から抜けたセシリアはその美貌を大きく歪めた。表情筋が意識してやったことではないのだろう。その力の正体は絶望といったら説明がつくのだろうか。
「今日という日を呪うよ……」
 そこは断崖絶壁の行き止まりだった。切り立った崖の下は落差百メートルぐらいあろうか。 地平線の向こうまで、もういい加減に見飽きた樹海が広がり、所々で『三百年前の白』以前に建造された遺跡群が摩天楼を形成していた。いい景色だ。こんな場所で食事でもしたらどれだけ気持ちの良いことだろうか。樹海と絶壁の間に設けられた、猫の額ほどの狭い円形の空間はまさにディナーの乗ったテーブルを連想させられる。生憎、テーブルにのっているのはセシリアとネリスの方だろうが。
 オーガの群れはもう追い詰めたとばかりにセシリア達を半円形に取り囲み、なぜか即座に飛びかかってくるようなことはせず、じりじりとその距離を縮めていた。
 セシリアはネリスを背から下ろし、深く嘆息をついた。
「これ、借りるぞ」
 ネリスが持っていたサブマシンガンを肩に掛ける。そしてアサルトライフルを構える。
「私はテネジア王国、王室親衛騎士隊、騎士長。セシリア・ブラウニングだ! 私を喰らいたくば、どこからでもかかってこい化物ども! 貴様等の腹の中で五臓六腑を切り裂いてくれる!」
 セシリアは先頭に立つ一際体躯の大きいオーガを睨み付けた。その眼は、死を覚悟したもののふの眼だった。
 悲壮を背に負い、絶望を孕む。誇りを身に纏い、破壊の剣を振るう。
 先頭のオーガが吠えた。それと同時に右翼左翼に分かれたオーガ達がセシリアに向かって一斉に飛びかかった。セシリアはそのすべてを双眸に捕らえ、正確無比な掃射で五体のオーガを撃墜した。だが、すべてを撃ち抜いたわけではない。残っていた一体の、まるで鎌のようなかぎ爪がセシリアの胸を引き裂かんと振り下ろされる。その斬隙を特殊合金製のライフルのフレームで受け止める。ものすごい膂力にライフルと腕から下の肉体がぎりぎりと悲鳴を上げた。
「この、雑魚が!」
セシリアはオーガを片手で押さえつけ、もう片方の手で脇から下げたネリスのサブマシンガンを操り、弾丸の雨を浴びせた。腹部を蜂の巣にされた切り込みオーガはその巨躯を大地に横たえた。第一波を剿滅すると空かさず第二波が襲ってくる。左の団体をサブマシンガンで牽制し、正面で一際大きなオーガを守るように立っていた二体にライフルグレネードを撃ち込む。爆風に煽られてたたらを踏んだ左のオーガをライフルで射殺。襲いかかるオーガの爪をまるで倒れ込むようにして避け、低い体制から拳銃を抜いて三発撃ち込む。
 すでに生きた心地はなかった。アドレナリンが過剰放出された脳は若干の麻痺を始め、オーガの爪が身体をかすっても痛みを感じることはなかった
「私に触るなぁぁぁ!」
 ライフルを向け、引き金を引き放つと手応えが返ってこなかった。弾切れだ。
 化物に肉薄し、抜き身のナイフでそののど笛を掻き切った。吹き出す大量の血液を浴び、阿修羅姫は狂おしく舞う。
 一度、ネリスの近くまで下がる。オーガ達は数を減らしていたが、まだ五体いる。セシリアは最後のロケットランチャーを構え、先頭のオーガに向けて発射する。限界起爆距離ぎりぎりでの炸裂に辺りが煙に包まれ視界が効かなくなった。
「やったか!」
 息を整えて拳銃とナイフを同時に構える。粉塵は収まらず戦果を確認できない。
 そのとき、周囲に転がっていたオーガの死体の一つが動いたことにセシリアは気づけなかった。それが背後から襲いかかってくる。
「うがぁ゛っ!」
 まだ息のあったオーガが、最後の力を振り絞ってセシリアの肩にその乱ぐい歯を深々と埋めた。あまりの激痛にうずくまり、噛みついてきたオーガの頭を狂ったように拳銃で何度も撃った。それでもオーガの牙はセシリアの肩から外れなかった。ナイフを何度も振るい、オーガの分厚い首の肉や骨を切り裂き、胴体と泣き別れさせた。どさり、とオーガの身体が地に墜ちる。だが、セシリアの肩には頭部が怨念のごとく噛みついたままだった。
 それでもセシリアは立っていた。満身創痍となりながらも拳銃を構え、右肩には野蛮な民族の装飾品のようにオーガの首が噛みついたままなのに握ったナイフは放さない。
 だが、限界だった。目の前にはオーガのリーダー格が毅然として立っていた。そして、爪を振り上げる。
 もうだめか。
 自分は最後までこの世界にとっての不要品だったのか。幼い頃、親にこの身を売られ、戦場でチャイルドソルジャーとして生きた。武勲をたてブラックナイツの騎士長にもなった。だけど、それでも満たされなかった。自分が望んでいることさえも分からず、己の存在価値を知るためにただ戦ってきた。戦火に身を投じることで孤独をかき消そうとしていが、これがその終焉か。
 そのとき、今まで気にしていなかった、周囲の音が鮮明に蘇ってきた。バタバタバタと羽ばたくような轟音だ。それに混じって人の声も聞こえた。
「伏せろ!」
 セシリアはその声に従い、匍匐の要領で倒れ込むように大地に身を任せた。
 直後、眼の前の大地が小刻みに土煙を噴き上げながら抉れていった。それが帯状にたゆたってオーガ達を飲み込んでいく。大蛇のような帯状の破壊は、オーガの肉体を暴力的に穿ち、ばらばらに分解した。肉塊が飛び散り、血の霧があたりに立ちこめる。オーガ達の悲鳴は爆音に霧散し、後には静かな景色が残った。無論セシリアの背後ではバタバタとやかましい音が鳴りやむことはなかったが。
 セシリアは首だけを後ろに向けてその機影を確認した。複座式の対戦車攻撃ヘリがホバリングしている。機体にペイントされた部隊マークは漆黒の荒馬を模したもの。テネジア軍のブラックナイツ所有機体だ。左右のスタブウィングにはヘルファイアと呼ばれる対戦車ミサイルを計一六発ぶら下げている。ヘルファイアは一発で一般的な戦車を過剰破壊できる非常に強力なものだ。さらに機体前方下部に搭載されているのは三十ミリチェーンガン。オーガを皆殺しにしたのはおそらくこれだろう。前大戦ではこれ四機で一個大隊クラスの機甲部隊を殲滅したという驚異的な実績を持つ最強の戦闘ヘリだ。
 コックピットが開いていて、そこからヘルメットをかぶった青年が身を乗り出していた。
「二人とも無事か!」
「クライブ! 恩に着る!」
 クライブ・ストーナー。ネリスと同じ傭兵隊に所属する兵士だ。クライブはヘリを断崖のぎりぎりまで近づける。セシリアはネリスを背負い、前席に飛び乗った。普通このヘリは操縦を請け持つパイロットと、兵装操作を受け持つガナー二人で運用されるが。ガナー席である前席にはなぜか誰も乗っていなかった。セシリアは邪魔だとばかりにネリスをクライブの座る後席に放り込んでガナー席に就いた。クライブは膝上にネリスを座らせて、少し窮屈ながらもヘリを操縦して高度を取った。
「二人とも酷くやられたな。大丈夫か?」
 普段は軽薄な男だがネリスとセシリアの惨状を見て、呟く声はいつになく真剣になっていた。特にネリスはクライブのバディだ。本来ならネリスと任務を共にしていたはずだが、偶然、首都の本隊に呼び出しを受けていたため研究所の事件に巻き込まれることは無かった。
「大丈夫な訳がないだろう。今にも気絶しそうだ。早く帰って取ってもらわないとな。感染症でも持っていたら事だ。まったくついていない」
「ネリスはともかく、おまえは元気そうだな」
 クライブの膝に座っている、左目を失ったネリスを見る。どうやら熱が出てきたようだ。頬を赤く染めうなされていた。
「そんなやつ放っておけ。それより、これで任務が果たせそうだ。クライブ。研究所に向けてヘルファイアを撃ち込む。ありったけだ。射程範囲内まで飛んでくれ」
「ああ、了解」
 前傾姿勢を取った攻撃ヘリはターボシャフトエンジンを唸らせて加速を開始する。さほど時を待たずに研究所を視界内に捕らえた。
「地下部分の完全破壊には至らないだろうが、地上施設を破壊するだけでも始末はつくだろう」
 ガナー席のセシリアは慣れた手つきでディスプレイが搭載された兵装システムを操作し、ミリ波レーダーで目標を識別、補足する。
「ヘルファイアミサイル発射」
 セシリアが静かにつぶやくと、攻撃ヘリから一斉に射出された十六発にも上るヘルファイアミサイルは、放物線状の軌跡を空に描いて目標の研究所地上施設に着弾。まるでこの世の終わりのような大爆発が起こり、周辺に残っていたオーガと共に研究施設は文字通りの地獄の業火に沈んでいった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。