子供の頃に空を飛ぶ夢を見た、という話を良く耳にする。
私はそういった夢を何故か判らないが全く見る事が無かった覚えがある。ヒトには翼など無く、いくら手を伸ばし焦がれようと、真っ青なキャンバスには触れる事さえできないのだと、幼心にも理解していたのだろう。ましてや、そこに自分の軌跡を刻むなんて思い上がりも甚だしいのだと。
そう思うと、私は空を見上げる度に、なんだか哀しかった。
燦然と輝く太陽を仰ぎ見て、自分の繊手を空へ伸ばすと、主観で見ていた自分の存在がどんどん稀薄になっていくのを感じた。
絶対的なモノとしてそこに在る――空。地を這いずり回る自分がとてもちっぽけに思えたから。世界は主観により構成される、とても可変的なモノ。少なくとも、その頃の私から見た世界は、私を中心として回っていた。なのに、自我の形成に伴って、他人を認識するに従って、自分の価値が際限なく堕ちてゆく。たとえ私の躰が融け出して、大気の粒子と同化してしまったとしても、世界は何事もなかったかのように淡々と回り続けるという事実。
途轍もなく巨大で、何処にでも在り、何処にも無い空。
その姿に世界を感じてしまっていた私。
手の届かないモノ。無い物ねだりはヒトの世の常。
ヒトは往く鳥に焦がれて、航空機を作った。今や、空を飛ぶ事は大衆にとっても造作のない事に成り下がっている。
しかし、それで良いのか。悲願は達成されたのか? お前達は神になれれば満足か?
いや、何かが違う。私が空へと馳せていた思いとは? 私を駆り立てた感情は?
ああ――そうか――。
これは『支配欲』。
そうだったのか。
自分でも判っていた。
ありふれていて、誰もが抱いている、純然としていながら、どこまでもドス黒い劣情。
その感情に気づいた時から、私は世界に抗う事を決意していたのかも知れない。
誰かに認めさせたい。私がゼロでは無い事を。
そう、私は『異色』。
他のどんな色とも相容れない、染まらない孤高の絵の具。
そんな矛盾した色で、この忌々しい青のキャンバスを穢してやる。
私の『色』で支配してやる。その何処までも無垢な青に私の軌跡を刻みつけてやる。
ああ、結局、私も高慢なその他大勢と同じじゃないか。
だけど、そんなの、解っているさ。
だから――。
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