「それで、ネリスの状態はどうなんだ?」
「言ってしまえば正常そのものだねぇ。正常すぎて逆に怖いぐらいだ」
そう言ったアルバートの頬には大きな湿布が貼られている。
あの後、クライブはネリスを連れてアルバートの元を訪ねていた。
ソファーに腰掛けて、テーブル越しにアルバートと向き合うクライブ。
どうやら研究所の一室を応接間に仕立て上げているらしい。
お世辞にも整理整頓が行き届いてるとは言い難い。乱雑な様相を呈していた。
ネリスに埋め込まれた『種』の様なもの。
その力で肉体が回復したのは僥倖だったが、子細の知れない異物がネリスの中に根付いたとあれば、手放しで喜べたものではないのも道理だった。
「ここの設備が許す限りの検査はしたよ。その結果、彼女は正常そのもの。何も異常なものは検出されなかったんだよねぇ」
テネジア最高の技術が集う、王立技術研究所の設備を使って出た結果がそうだというなら、別の場所で調べても同じ事だろう。それにアルバートは少女及び天使研究の第一人者でもある。その彼がこう言っているのだから事実なのだろう。頭の中身はどうか知らないが、技術者としての腕は万人が認めざるを得ない。
「どうぞ、クライブさん」
クライブの目前のテーブルに、湯気立つ紅茶が振る舞われた。
ティーカップを置いた繊手の主を辿り、その姿を確認する。
サイズの合っていない白衣を着崩したベレッタだった。
「あ、ああ。ありがとう」
ベレッタは会釈をして、アルバートにも紅茶を差し出す。
紅い液体を睨んでクライブは怪訝に思った。
「おまえの所のベレッタは昨日の戦闘で酷い負傷を負ったと聴いたが?」
何でも二十五ミリ弾の直撃を喰らったらしいが。人間なら恐らく木っ端微塵だ。
「君はかねがね僕の腕を侮ってはいないか? あれしきの破損はすぐに修復できる」
自信満々に胸を張って言い張るアルバートを尻目に、ベレッタが小声で怖々と呟いているのがクライブには聞き取れた。
「胴と下肢を泣き別れにされる破損をあれしきと評さないで欲しいなぁ……。ああ、やっぱりアルバートさんとは認識に齟齬が生じているようだぁ……。また手酷く扱われるんだ! あの時見せてくれた優しさは、きっと私を持ち上げておいて突き落とすために違いない! やだよぉもう痛いのはやだよぉ」
(……切実だ)
ぶつぶつ、と呟くベレッタを哀れに思いつつクライブは聞こえぬ振りをしてあげた。
幸運にもアルバートの耳には届いていなかったらしい。もし聞こえていたらどんな八つ当たりが待っている事やら。クライブは昔から、アルバートの破綻人格に散々振り回されてきた被害者だ。ベレッタの気持ちはよく解る。同情はするが、手を差し伸べてやれるものではないので、一歩下がって見守るしかなかった。次に戦場で会ったらそれとなく助けてやろうとクライブは決意を固くするのであった。
「ふん、それはおまえの腕じゃなくて、人工天使の性能に依る所じゃないのかな?」
調子に乗って天狗になっているようでは、生い先短い人生を送る羽目になるぞと言外に含めて。
「まあ、そう言われてしまえばこちらにも反論の余地はないのだけれどねぇ」
認めたくないものだな、とアルバートは自嘲気味に溜息を吐いた。
「全く、人工天使の生命力には驚かされてばかりだ。少女でさえ旧人類を凌駕する身体能力を有しているというのに。飛ぶ為の翼も無い矮躯には、それ以上の力を宿している。まさに神の御遣いだな」
クライブは腕組み、先日交戦したツェザリカとフリッカのことを思い出していた。
恐らく、あれでただの少女兵とは言うまい。ネリスをあそこまで追い詰めたツェザリカは、実態はよく解らないまでも超級の化物であることは間違いないだろう。伊達に重装弾狙撃銃をこれ見よがしに振り回していたわけではないと言うことだ。
それに、クライブが直接刃を交えた――フリッカとか言う、道化じみた雰囲気の剣士。
何とか退けたが、どう考えても、あの程度でおめおめと冥道に至るような器ではないだろう。クライブと闘った際、あれで手加減をしていたと言われれば、それで合点がいってしまう。刃を交えて解ったことがそれだ。あの少女は底知れない。水底に何かが潜んでいるような。得体の知れない化物が、顕現の瞬間を虎視眈々と狙っているのでは。そう考えてしまうのは単に矮小なる卑徒の性か。
ラルフ・アーセックにはネリスが一発お見舞いしたが、恐らく致命傷には至っていない。
「そう言えば、聞いたか?」
アルバートが楽しげに話を切り出す。
「何の話だ」
憮然として応じるクライブ。アルバートから掲示される話に、吉報が混ざっていた試しが無いのは気のせいか。
「先日のテネジア王都襲撃事件。あれに参加した敵兵、殆どが戦闘中に殺害されたが、一部が捕虜として捕らえられてね」
「まあ、そりゃ当然だろうな。で、敵の正体でも掴めたって言うのか?」
クライブはおおかた反王制派のテロリストか、ソレイユ連邦に属する国家の手のものだと思っていたが。それにラルフ・アーセックが関与している理由も見当たらなかった。単に傭兵として雇われて動いているのか。それとも別に目的を持って行動しているのか。
「それが、めぼしい情報は何も得られなかったそうだよ」
「なんだ、尋問する前に自害しちまったか」
「いいや、捕虜の処刑はオリヴィア様の命下、直に執り行われる」
「じゃあ、なんで」
「その捕虜とした四八名。全員が少女兵だったそうだ。恐らく、敵軍兵士の殆どが」
クライブの顔が驚愕にゆがむ。思わず身体が動き、テーブル縁に膝をぶつけてしまう。
まだ手を付けていないティーカップの中身が揺れる。
「……まさか、あの噂は本当だったとでも言うのか!」
「ああ、そうだねぇ。テネジアですら、少女兵は軍の重要な戦略物資だ。全軍を見渡しても三桁には届かないだろう。しかも、その中の誰もが軍内部で重要な役割を帯びている。
そう、貴重な兵器なんだよ、少女兵はねぇ。あんな、特攻かぶれの作戦に投入して消耗させて良いような駒じゃない。第一、どこから少女を調達する?」
クライブは喉を絞り上げたような苦い呻き声を上げる。
「人工少女か……」
ご名答、と言いたげにアルバートは眼鏡のブリッジに指をかける。
「恐らくはねぇ。オリジナルの少女兵に比べれば性能に著しい劣化が見られたみたいだけど、それにしたって脅威には相違ない。恐らくは、肉体を培養した後、高速学習装置で必要な知識と情報、それと命令を直接脳に叩き込んで洗脳。部隊を編成して実戦投入。一人前の兵士を一から作り上げるよりはよほど効率的で安上がりだ。あの実用化にこじつけたFA(Fire Arms)といい、敵さん達はこのテネジアですら発掘できていない深度の古代技術を擁していると見て間違いない」
「人間の所行じゃない……」
クライブはまるで神に祈るように両手を組み、その上に額を乗せて低く唸った。
「おや、クライブにも人並みの倫理観や善悪観念、良心が残っていたなんてねぇ。僕としては嬉しい限りだよ。……エドワーズもそうだった。それで良いんだ、人非人は僕だけで」
アルバートは珍しく物憂げな表情を作り、湿布の貼られた頬を撫でた。恐らく誰かに殴られたのだろう、外観で解るほどに腫れ上がっている。
「だ、大丈夫ですよ!」
ベレッタがその重苦しい雰囲気を察して口を開いた。
「そんな少女兵崩れの劣化品が束になって攻めてこようと、アルバートさんの最高傑作である人工天使のこの私が遅れを取ることなど決してありませんから! どうぞ、ご安心くださいませ!」
ベレッタはネリスやセシリアと比べれば幾分か薄い胸を張り、仁王立ちで堂々と宣言する。
――こいつ今自分のことを最高傑作と称さなかったか?
クライブとアルバートは笑みを零したが、二人ともその意味はまちまちだ。
クライブのは小動物を愛でるそれだが、アルバートのはだいぶ悪辣としている。
「ふふふ……、いい。それで良いんだベレッタ。おまえはいずれ、オリジナルの天使をも凌駕する存在に成り上がるのだから」
アルバートは立ち上がってベレッタの銀髪を撫で付けた。
頭を撫でる、手が頬に触れるとベレッタは嬉しそうに目を細めた。
「はいっ!」
ベレッタは快活な返事で応える。
良い娘だ。クライブは贔屓目にもそう思う。だからこそ境遇が不憫でならない。
「おまえ達には事後処理の任務が残っているんだろ? 入院させる必要も無いからネリス嬢を連れて仕事に戻ると良い」
「ああ、世話になったな」
「いいってことよぉ~。僕も嘗ての親友とお喋りできて嬉しいしねぇ」
「おい、今聞き捨てならないことをほざかなかったか? 悪友と称するのも憚られるわ! この悪魔め!」
「僕はクライブの事、結構気に入ってるつもりなんだけどなぁ。――玩具として」
無意識に腰の拳銃へと手が伸びたが、自制心を総動員してこらえる。
ネリスの元へと急ぐことにする。そうだ、ネリスが待っていると思えばこそ、アルバート殺害を先延ばしにする事も叶うのだ。
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