頭の良いコンラッド
コンラッドは、頭と見目が良かった。
高い身長に、甘い顔立ち。
コンラッドが低い声に囁けば、すぐに女は手に入る。
頭も非常に良くて秀才と呼ばれるくらいだ。
しかし、貴族の中では地位が低かった。
コネがなければ、上へとのし上げれないこの世の中。
どんなに頭が良くても、活かすことが出来ないのを悔しく思った。
ある日、そんなコンラッドにある縁談が持ち込まれた。
国の宰相をしている父を持つ、ナディアという名前の貴族の娘。
結婚をすれば、宰相である父の進言で身分の高い職につかせてもらえる、という。
母はもちろん、コンラッドは食いついた。
ナディアは見目が美しかった。
国で一番と言っても言い程の美貌だった。
しかし、頭が足りない、バカだった。
どんな相手でもいい、自分が上に行くためだ。
コンラッドはナディアにプロポーズをした。ナディアも笑顔で了承し、18歳のコンラッドと16歳のナディアは結婚した。
ナディアの花嫁衣装はとても美しく、コンラッドは見惚れた。
しかし、それはナディアを好きになることはなかった。
結婚した後はナディアを言いくるめて、ナディアの家族に会うことを禁止した。
ナディアの家族には色々な言い訳をして、会わせないようにした。
そうすれば、ナディアと不仲でも、ナディアの父に知れることはないし、コンラッドの未来は明るい。
コンラッドの母やコンラッドの執事がナディアを罵倒していても見て見ぬ振りをした。むしろ、ナディアを罵ることに加勢をするくらいに、コンラッドはナディアが好きじゃなかった。
外見だけ磨いて、中身を磨こうとしない、金持ちのお嬢様であるナディアを見ていると苛つくのだ。
いくら罵っても、バカなナディアは挫けない。というより、バカで鈍感なので、幸せそうに笑うだけだった。
それが、ますますコンラッドは気に食わなかった。
ある日、コンラッドの心を落ち着かせる女性が現れた。
コンラッドより年上で、顔は普通で、貴族ではあるが身分の低い、頭の良い女性。
コンラッドは自分と重ねて、彼女に親近感が湧いた。親近感が好意になり、2人は付き合うことになった。
そうすると、邪魔なのがナディアだった。
しかし、コンラッドが今、良い職につけているのはナディアの父のおかげだ。
ナディアと離縁することは出来なかった。
幸いな事に、ナディアはバカだったので、彼女を愛人として紹介すると、お姉様が出来た、と喜んだ。
なので、彼女を頻回に屋敷に来させ、泊まらせた。
コンラッドの母も、愛人の彼女のことを気に入ってくれた。
だから、2人は誰の目を気にすることなく愛し合うことが出来た。
ただ、長く付き合ってると、コンラッドと彼女は性格が似てるため、喧嘩も時々した。
そもそも顔も、細すぎる身体も、タイプではない。さらに、ヒステリックに怒る彼女に、仕事でも疲れているコンラッドは、さらに疲れた。
そんなコンラッドを癒してくれたのが、意外なことにバカなナディアだ。
コンラッドが声をかけると嬉しそうに近寄ってくる。
どんなにコンラッドや母や愛人や執事が罵っても、素直に聞いて、微笑む。
ナディアはいつも幸せそうで、コンラッドを傷つけようとはしない。
結婚して、3年になるが、ますます綺麗になり、身体もより女性らしくなっていた。
ナディアを見ていると、疲れはなくなり、安心できた。
こいつは、綺麗なんだな。
いつしかナディアを見て、そう思うようになった。
見た目ももちろん美しい。
そして、心が誰よりも純粋で美しい。
屋敷でたまに会うと、ナディアの姿から目を離せなくなった。
そして、ある日。
「旦那様、いつもありがとうございます。これ、どうぞ」
そう言ったナディアはコンラッドに包装したクッキーを笑顔で渡した。綺麗な笑顔を見せるナディアに、コンラッドは顔が赤くなる。ナディアの瞳を見ると動悸がした。
嬉しい!
コンラッドはそう思った自分を不思議に思い、眉をしかめた。
そんな、コンラッドを見て、ナディアは今までに見せなかった表情を見せた。
瞳に涙を浮かべて、悲しそうに笑ったのだ。
その笑みを見せたら、去ってしまった。
眉をしかめたコンラッドが、クッキーをもらうのを嫌がったように見えたんだろうか。
だから、あんな悲しそうな表情を見せたんだろうか。
違うのに。嬉しかったのに。
しかし、今まで辛辣に接していたナディアにかける言葉がわからない。
コンラッドは、そう思った。
そして、胸がズキズキと痛み、苦しくなった。
それは経験のしたことのないものだった。
どうしても屋敷に来たい、というコンラッドの友人ーーーアルヴィンを連れてきた日。
ナディアは、庭に咲いている薔薇の数を数えていた。
コンラッドに気づくと、ナディアは近寄ってくる。
コンラッドは、にこにこと笑うナディアの頭を撫でたい気持ちを抑えて、アルヴィンを紹介した。
2人は挨拶をする。
そうしたら、ナディアは何処に消えて、また戻ってきた。今日作ったのだろう、お菓子を笑顔でアルヴィンに渡した。
アルヴィンは顔を赤らめて、嬉しそうに笑った。
2人はにこにこと微笑み合う。
まるでコンラッドを忘れて2人の世界に入ってしまったかのように。
コンラッドは怒りで目の前が赤くなった。
ナディアを奪われたくない。
そう思った。
コンラッドは、アルヴィンに屋敷を見せて、少し話をすると帰らせた。
アルヴィンが誰かを探しているような視線が気に食わなかった。
夕食を食べてた後、自室でコンラッドは考えた。
なぜ、奪われたくないと思ったのか。
誰もナディアを奪うことなんて出来ない。
ナディアは自分の妻だからだ。
自分の妻?
いや、今まで、ナディアに妻らしいことは、させていなかった。
だから、不安なんだ。
ナディアは私のもの。
あの綺麗な笑顔も身体も心も!
誰にも渡さない!
その晩、コンラッドは夫婦になって、初めてナディアを抱いた。
ナディアは、初めてだったようで、それがますますコンラッドの胸を熱くさせ、独占欲が膨れ上がった。
行為が終わった後、ナディアはその行為の意味をコンラッドに聞いてきた。
コンラッドは後悔はしていないが、ナディアのその純粋さに、少し胸を痛めた。そして、これは妻の夜の役目だと言った。
ナディアは、役目が果たせてよかった、と嬉しそうに綺麗に微笑んだ。
それをみてコンラッドは、目頭が熱くなる。
今まで最低だった夫を慕ってくれるのか。
ナディア。ナディア。私のナディア。
愛しい存在。
私の綺麗な綺麗な妻。
私のものだ。
なんて幸せなんだ。
コンラッドは、ナディアをまた抱いた。
こんな興奮し、胸が熱くなり、満たされたのは初めてだった。
その日を境にコンラッドはナディアと共に毎晩寝るようになった。
「コンラッド」
社交の為にコンラッドが夜会に出席した時だった。
最近、会っていないコンラッドの愛人が声をかけてきた。
「久しぶりね」
「ああ、そうだな」
「コンラッドが謝ってくれないから、待ちくたびれたわ」
激しく喧嘩して以来、会ってない愛人はそう嫌味を言ってきて、コンラッドはげんなりする。
「もう、君とは会わない」
「なんでよ!」
公衆の面前で、ヒステリックに叫ぶ愛人に、コンラッドは眉をしかめる。
コンラッドは、人の少ない庭に愛人を誘導した。
「コンラッド!なんで会わないなんて言うの!?」
「君とは気が合うと思っていた。しかし、長く付き合ったら、些細なことで喧嘩をするようになった。私と君は、合わないから喧嘩するんだ」
「違うわ!喧嘩するほど私たちは仲が良いんでしょ?あの妻じゃバカすぎて喧嘩すらならないみたいじゃない。貴方と私はお似合いよ!あのバカ女が貴方のそばにいるなんて許せないわ!あんな奴、死んでしまえばいいのに!」
コンラッドは怒りで目の前が赤くなった。
気がついたら、愛人の頬を叩いていた。
「こ、コンラッド・・・?」
手をあげたことのないコンラッドに驚く愛人。
「すまない。だが、言い過ぎだ。君と喧嘩をしてよく分かったことがある。確かに最初は、ナディアはお飾りの妻だった。けどな、ナディアはいつも綺麗に笑ってる。どんなに私がひどい態度でいても、幸せそうに笑ってる。それが、出来る女性というのは本当に少ないと思う。その数少ない、いい女が私のそばにいることに気づいたんだ。私はナディアを愛している。ナディアは私の妻であり、大切な女性だ。君には申し訳ないと思っている。君に合う男性が現れることを願ってるよ」
「そんなっ!」
わなわなと震える愛人。
「お幸せに」
そう言い、コンラッドは愛人と別れた。
屋敷に帰ると、執事が出迎える。
そこで、執事は微笑みながら、今日のナディアが何をしていたかを報告をコンラッドにする。
今日のナディアは、本を読むのに挑戦しようとしたらしい。
しかし、寝てしまい、1ページも読むことができなかったそうだ。
それを聞いて、コンラッドも想像して、微笑む。
風呂に入り、居間にいくと、コンラッドの母とナディアが談笑をしていた。
コンラッドに気がつくと、ナディアは嬉しそうに駆け寄ってくる。
それがすごく幸せで、心が温まる。
近くにきたナディアの頬にキスをする。
ナディアの腰を抱き、母に就寝の挨拶をして、ナディアと寝室に入る。
幸せそうに笑うナディアを抱きしめて、今日もコンラッドはナディアと共に寝る。
最近のコンラッドは、ナディアとの間に子供が欲しくて、たまらない。
どうか、出来てくれ。
そう思いながら、ナディアの身体をさすり、コンラッドは幸せな未来を想像して、眠りについた。
ナディアとの別れは突然訪れた。
仕事中に、ナディアがコンラッドの元愛人に、毒を盛られて生死を彷徨っているとの報告を受けた。
コンラッドは頭が真っ白になった。
周りに喝を入れられて、慌てて屋敷に向かった。
いつも一緒に寝ている寝室には、泣いているコンラッドの母、悲しんでいる執事、医師がいた。
ベッドに横たわるナディア。
息は浅く、顔が青白い。
意識はないようで、目をつぶっていた。
よろめく足を叱咤して、ナディアの横に来たコンラッド。
ナディアの手に触る。
「ナディア」
手は冷たく、返事も反応もない。
「ナディア、ナディア」
気がついたら、コンラッドの頬は涙で濡れていた。
「ナディア、笑ってくれ」
ナディアの手をぎゅっと握る。
「ナディア!ナディア!!!」
コンラッドは泣きながら祈るように叫んだ。
しばらくすると、屋敷にナディアの家族が到着した。
ナディアの父は、ナディアがこうなった状況を聞くと、コンラッドを殴った。
そして、ナディアとは離縁させる、と言い、コンラッドは、何も言い返すことができなかった。
その後、ナディアの家族がナディアに呼びかけても、ナディアは目が覚めない。
峠は超えたみたいだが、目を覚まさないので、状態が良いとも言えない、と医師は言った。
数日経っても目を覚まずに、ナディアに最善の治療をすると良い、ナディアの家族がナディアを連れて行ってしまった。
コンラッドの元愛人は、ナディアの父が処分を考えるという。
ナディアが目覚めた。
大きな後遺症もなく、いつものナディアらしい。
友人のアルヴィンから、そう聞いた。
良かった。
ああ、ナディア。
本当に良かった。
神様、ありがとうございます。
コンラッドはその場に座り込み、涙を流した。
ナディア、ナディア。
君の笑顔を見たい。
君に会いたい。
愛している。
愛している。
その事件から1年が経った。
コンラッドは、仕事は前と変わらずにしている。
ナディアと離縁し、地位は低くなったが、仕事での能力は素晴らしかったため、続けることが出来ている。
王宮で仕事をしていたら、バラの庭に不審な者を見つけた。
落ちてしまったバラの花をかき集めている、ドレスを着た蜂蜜色の髪の女性の後ろ姿。
見たことあるその髪の色に、コンラッドは胸がときめいた。
「ナディア」
コンラッドが声をかすれさせながら言うと、華奢な女性は振り返る。
蜂蜜色のウェーブした長い髪に、空色の澄んだ瞳。
まさにコンラッドが焦がれていた人物ーーーナディアだった。
ナディアはコンラッドを見て微笑む。
「ナディア、ナディア!」
見たかったその笑顔に想いがあふれるコンラッド。
ナディアに近寄り、その柔らかい身体を抱きしめる。
「旦那様?」
ナディアは抱きしめるコンラッドを見上げてそう言う。
コンラッドは久しく聞いてなかったその言葉に、泣きそうになる。
「ナディア、会いたかった」
「ふふ、私も旦那様やお義母様やじぃじを心配してました。あ、けど、離縁したので、旦那様じゃなくなったんでしたっけ。元、旦那様って言ったほうがいいのでしょうか?」
ナディアは首を傾げて、そう言う。
長い髪がさらりと動き、バラの匂いがした。
「コンラッドと読んでくれ」
「コンラッド様?」
旦那様と呼ばれないのは残念だが、ナディアが初めてコンラッドの名前を呼んだ。それにコンラッドは、ひどく舞い上がった。
そして、見上げるナディアのその淡い桃色の口唇から、目が離せなくなった。
その口唇に吸い込まれるように、コンラッドは自分の口唇をそこに近づけた。
「ナディ!コンラッドやめろ!」
それを邪魔する男の声。
「あ、アル」とつぶやくナディア。
邪魔した男はコンラッドの友人で疎遠になっていたアルヴィンだった。
アルヴィンは、しかめっ面で近寄ってナディアの腕を引っ張り、コンラッドと距離をとる。
「ナディ、ダメだろう?男と2人きりでいたら」
「けど、コンラッド様は、元、旦那様だから・・・」
「それが一番危ないよ」
「そうなの?ごめんね、アル」
「うん。君は僕の妻になるんだから、気をつけなきゃ」
「ふふ、そっか!そうだよねぇ、アルが旦那様になるんだもんね!」
ナディアは、幸せそうに笑う。
それを見て、しかめっ面だったアルヴィンも破顔する。
それに苛つくコンラッド。
「どういうことだ?」
コンラッドの声にアルヴィンは、コンラッドを見て不敵に微笑む。
「そのままの意味だ。ナディは、僕の妻になるんだよ。だから、コンラッド、君はもうナディアに近づかないでね」
そう言うとアルヴィンは、ナディアを引っ張り、去っていった。
コンラッドは黒い感情が渦巻いていた。
怒り、悲しみ、嫉妬、憎しみ・・・
ナディアは俺のものだ。
奪われたなら、奪い返す。
コンラッドは離れていく2人の背中を睨んだ。