伍・第三章 第五話
とは言え、すぐさま「種を取ってくる」訳でもないらしく……俺たちは素直にアリサの先導によって、昨晩も泊まったあの部屋へと戻ってきていた。
「……あんなんで、良かったのか?」
俺は先ほどの作業……ご飯の樹とやらの残骸が転がっていた広間に通じる通路全てを埋めた作業を思い出し、呟く。
実際、10トン程度の岩を適当に数個並べて通れなくしただけのそれは、作業というにはあまりにも簡単過ぎて……俺自身が成し遂げたという自信がない。
何しろ、あの「にんげん」たちはヒートサーベルのような特殊兵器を、サイボーグたちは本体そのものが重機みたいなものである。
テレビで見たような凄まじい土砂崩れだって重機で片づけることが出来るのだから、機械で出来たアイツらにも同じことは可能だということで……俺は、自分で塞いだあの通路に万全の信頼を置くことが出来なかったのだ。
「ま、他に方法もないし、仕方ないさ。
取りあえず、数日は防げると思うよ」
俺の不安の呟きを聞きつけたクロトは、肩を竦めながらそんな言葉を返す。
棘だらけの外見と違い、彼女の言葉は俺の不安を鎮めるのに十分過ぎる説得力を持っていた。
「そもそも、メカメカ団は拠点が近いからよく出会うけど、「にんげん」たちはちょいと離れているんだ。
……次に攻めてくるにしても、もう少し猶予がある筈さ」
「へぇ、拠点の位置まで分かってるのか」
俺としては何気なく呟いたつもりだったが……クロトとしては俺の呟きを「教えを乞う言葉」だと受け取ったらしい。
彼女は不意に立ち上がり、近くにあった赤い果実に爪を突き刺し……何を思ったのかその果汁で壁に絵を描き始めた。
「この辺りがうちだとすると、メカメカ団はこの辺り……」
そう告げながらもクロトの人差し指の爪は、何も描かれていなかった壁に小さな丸印を描く。
直後、クロトは自分で描いた丸印から適当な線をうねうねうねと右上辺りに引っ張って行ったかと思うと、その波線の先端に四角い模様を描いた。
「で、種があるのが、この辺で」
同じように、彼女は爪の先に果汁を再び加えると、うねうねうねとさっきの道の途中からくの字を描くように書いて、俺たちの住む拠点らしき場所から少し離れた、同じくらいの高さの場所に三角形を描く。
「あいつら……「にんげん」たちがいるのは、この辺かな」
同じようにクロトは道から分岐した線を描き、三角と逆方向の、丸印の少しばかり上のところへバツ印を書く。
「で、コレが地上へと向かう大きな通路で……」
次にクロトは、爪の先ではなく指を果実に突っ込むと、一際太い線を5の上に稲妻マークが乗ったような不気味な図形を描いていた。
その訳の分からない変な線画がどうやら完成形のようで……どうやら稲妻マークの上に横にまっすぐのラインを引っ張ったのは、その直線が地上との境だと言いたいのかもしれない。
──なるほど。
──良く分からん。
頑張って絵を描いてくれたというのに、正直な俺の感想はそんなどうしようもないものだった。
実際の話、今俺たちが暮らしている地下通路ってのはくるくると立体的に降りていて、絵で描いたところで分かり辛い構造なのだ。
ただでさえ方向感覚を失っている俺が、何を書かれているかさっぱり分からないそんな地図を見たところで、理解なんて出来る訳もない。
……要するにそれだけと言えばそれだけの話だったのだが。
「ま、要するにどの陣地からでも此処へは繋がっているってことさ。
んで、メカメカ団の陣地が一番、アリサの巣に近い」
「……ああ」
俺が全く理解していないことに気付いたのだろう。
クロトが気遣うような声色で、そう結論付けてくれたのを……俺はただ相槌を打つことしか出来なかった。
「……しかし、アリサのヤツ、遅いなぁ」
「まぁ、ご飯も少なくなった訳だからね。
取り分とか、色々あるんだと思うよ」
その所為で生まれた沈黙を微妙に居心地悪いと感じる俺は、何となく会話を途切れさせたくなくて、あまり脈略もなくそう問いかける。
……そう。
俺が居心地悪いと感じている通り、今この部屋は俺とクロトの二人きりという状況にある。
アリサたちはご飯を取ってくると部屋を出て行ったし、リホナとシナミは水の中が落ち着くとかでさっさと風呂場へと飛び込んでしまっていたのだ。
よって俺はクロトと二人きりでこの部屋の……何故か俺の領域となっているベッドに二人で腰掛けているという有様だったりする。
「さて、それよりもこの部屋に今……」
「しかし、種ってどう使うんだろうなっ!」
異性と同じ部屋に二人きりであるという事実は、たとえその相手が棘の生えている鱗を持つ爬虫類型の、とても恋愛対象になり得ない存在だとしても、どうにも落ち着かないのが実情で。
俺はさっきから変な雰囲気の話題を振られそうになる度に、必死に話題を逸らしていた。
──こういうのは、どうも、なぁ。
色気のある空気を察するのは、あの砂の世界でテテに慣らされたお蔭で何となく察することが出来るようになっていて、逃げるだけなら上手くなったと自分を褒めても良いくらいなのだが。
とは言え、俺の経験した技能はただ逃げることだけに長けていることもあり、正面から立ち向かうスキルなんざ全く手に入れていないのが実情で……もし告白とかされたなら、俺の処理能力では対応できない恐れがある。
四つの世界の滅びを見届け、数え切れない屍の上を超えた俺ではあるが……生憎と恋愛経験は未だにないのだから。
「種にも二つの意味があってだね。
胤という意味を使おうというのなら……」
「いや、あのおかずの樹のことだよっ!」
強引にクロトがそっちへと話を変えようとするのを、俺は必死に押し留める。
なんか名前を致命的に間違えたような気がしたが……一度口から出た言葉を飲むことは出来ない以上、間違えてないと押し通すしかないだろう。
そんな俺の必死の抗議を理解したのか、クロトは一つ溜息を吐き出すと……さっきまでの妙な雰囲気とは打って変わって、真面目な様子で語り始める。
「ご飯の樹は、ご飯の樹さ。
地上にあったどの樹木よりも成長が早く、そしてその果実は私たちの栄養になる。
そしてその果実は、私たちにとって……いや、数万を数えるアリサたちにとって、生きていくために絶対に必要なモノなんだ」
クロトのその言葉は、何処となく追い詰められた様子が窺えて……俺は何となくだけど、彼女が何か後ろめたいことを隠しているような気がした。
とは言え、あのご飯の樹という存在が彼女たちミューと呼ばれる存在を……特にアリサの栄養源になっているのは紛れもない事実であり、たとえ多少ソレが後ろめたい入手方法だとしても、俺にはソレを否定する言葉は口にできないだろう。
もしも生きるために他者を殺すのが悪だと言うのなら……数多の戦場を駆け抜け、数え切れないほどの命を奪ってきた俺という存在は、とっくの昔に極悪人へと成り下がっていてもおかしくないのだから。
「……必要、か。
なら、仕方ない、な」
「そうさ。
私たちには必要、なんだ」
彼女が何を言っているか理解は出来ないものの、俺は相槌を打つようにそう呟き……クロトもその相槌に便乗するような声を放つ。
そうして会話を断ち切った後に残るのはただの沈黙で……
「それよりも、そろそろ覚悟を……」
俺が何か新たな話題を見つけようと頭を回転させている間にも、クロトは何やら怪しげな雰囲気でそう俺に囁いて……
「お~~~い、スズキく~~ん。
アリサが帰ったよ~~~っ!」
だが、次の瞬間にはそんな空気なんて、リホナの能天気な声によって粉砕されてしまっていたが。
相変わらず空気を読めない肌色甲殻の彼女に、今回ばかりは本気で感謝の祈りを捧げようという気になっていた。
「ほらほら~、たいりょうたいりょうっ!」
「……すごいよね!」
リホナが果物を適当に八つほど持ってきたその後ろには、シナミがよたよたと五つほどの果実を抱えているのが見える。
二人とも誇らしげにしているのは微笑ましいのだが……それを採ってきたのはアリサであって、お前たち二人は水場でごろごろしていただけだろうと。
いや、そんなことよりも……
「……大丈夫、なのか?」
確かほんの一時間ほど前に、メカ共にご飯の樹を一本破壊されて食料が足りなくなる恐れがある……などという悲観的な話を聞かされたばかりなのだが。
窺うような俺の声に、シナミとリホナは首を傾げていて……この二人は節約するとか節制するという行動を理解出来ない、キリギリス側の存在らしい。
その逆の思想を持つだろう、二人の背後に立っていた黒い甲冑を着込んだ少女……風呂場で遊んでいただけのリホナとシナミのコンビではなく、直接現場で働いてきたアリサの方へと俺は視線を向けてみる。
「だいじょうぶ、だとおもう。
あのき、たべものがいくらでも生るから……」
アリサ自身は、どうにも自信がない口調でそんな言葉を返してきていて……このアリサは今までのアリサと違い少し控え目なタイプなんだなぁと、何となく思う。
と言うか、今目の前にいるアリサが、さっき「にんげん」と戦った時に隣にいたアリサと同一個体かどうかすら分からないが、何となく直感的に彼女たちには個体差がある気がしたのだが。
──ま、良いか。
多少の個体差があろうがなかろうが、アリサはアリサでしかない。
アメリカ人をアメリカ人という単一の存在として捉えるような大雑把な話ではあるが……アリサたち自身に個々を重んじるという発想がない以上、仕方ないだろう。
俺は胸中の疑問をそう結論付けて片づけると、アリサの言葉を確かめるべく、背後で憮然としている棘だらけの彼女へと視線を向ける。
「えっと……確かに一度全部の実を取ったのに一晩でもとに戻ったことがあるから、明日にはまた復活していると思うよ、うん。
でも、果実自体は一本の樹ではどう頑張っても百を超えるくらいしか収穫出来ないんだから、私たちだけでこんなに取ると……まぁ、アリサが良いって言うなら問題ないんだろうけど」
何処となく言葉を濁すクロトの呟きに、俺は彼女が何を問題にしているかを理解していた。
──不平等。
──貧富の格差の発生、か。
まぁ、そこまで大げさな話でもないのだろうけれど。
働き続けているアリサが……大量のアリサたちがろくな食べ物を食べられないのに、あまり働いてもいない俺たちが腹いっぱいの食料を抱え込んでいたら、その内、俺たちが爪弾きの対象にされてもおかしくない。
幾ら俺たちが個性的だから……数の少ない保護対象だから……いや、「ともだち」だからと言って、自分たちが飢え死にしてまで保護するほど大事な存在でもないだろう。
「……ま、不満が溜まり出す前に、何とかしないとな」
「確かに……このままだと拙いと思うよ、私も」
俺は無造作に掴んだ赤い果実へと齧りつきながら、そう呟く。
さっきアリサの死体を食べてて満腹なのだろうクロトはそう頷きながら、リホナが差し出した果実を遠慮している。
「きょうもごはんがたべられてしあわせだね~」
「そうだね、あしたもいきていけるといいな」
何も考えていないのだろうリホナとシナミは素直に果実を齧って喜んでいるのが……
──こんな今日が、いつまで続く?
メカ共の所為で、食料は足りなくなり始めた。
あのこちらを殺すことが全てという雰囲気の、頭のおかしい「にんげん」共はそう遠くない内に襲い掛かってくるだろうし、あちこちを徘徊してアリサたちを見かけ次第攻撃を仕掛けてくるメカ共との戦いはまだまだ続いていくだろう。
そんな中で……次のご飯の樹が成長するまでに、一体どれくらいの時間がかかる?
──ジリ貧じゃねぇか。
いつぞやの、塩の世界で戦い続けていた記憶を思い出す。
水も食料もほとんどなく、サーズ族は数を極限まで減らしているのに、戦う以外に生き残る術などなく、生き残るために戦いを続け滅びへの道を突き進んでいったあの世界。
この氷に閉ざされた世界では、アリサたちはまだ余力を残してはいるものの、それも時間の問題でしかないような……
既に滅びが背後まで忍び寄っているような、そんな気分に陥るのだ。
──明日になったら、種とやらを手に入れる手伝いでもしてみるか。
そんな現状を憂慮した所為だろう。
俺は自然と、アリサたちを手伝うことを決めていた。
──ま、シナミやリホナ、クロトには無理だろうけどな。
そのご飯の樹の種とやらが何処にあるのかは知らないが……あまりものを考えていないようなシナミやリホナでさえも「すぐさま取りに行こう」とは言わないくらいだ。
恐らくは、かなり危険な場所にあるのだろう。
メカや「にんげん」が出て来ただけで怖がって逃げるリホナやクロト、そしてそいつらから逃げることすら手間取るシナミなどにそんな危険な作業を手伝わせるのは、かなり酷だと思われる。
──恐らくは、メカ共の本拠地にあるんじゃないか。
あくまで俺の推理でしかないが、あのご飯の樹とやらは恐らくは前人類……地上で繁栄を築き上げ、アリサたちを「作り上げた」連中が遺伝子操作によって造り出した非常用食料だろう。
そんなものがその辺に落ちている訳もなく……恐らく、研究所かメカや兵器を造り出す工場なんかに厳重に保管されていると思われる。
つまり……
──次は……奇襲戦か。
今までみたいな遭遇戦ではない。
こちらから相手の本拠地を狙い、突撃し……アリサたちの犠牲に構うことなく目的物をもぎ取ってくるのが目的の戦いになるのだ。
トラップや待ち伏せに注意しないと酷い目に遭うのは間違いないし、本拠地を狙われた相手は奥の手を平気で繰り出してくるだろう。
少しばかり気合を入れないと、今までとは違って本気で痛い目を見かねない。
次の戦いにそう思いを巡らせながら、俺が腹ごしらえをするべく次の果実へと手を伸ばした……まさにその時だった。
不意にドアが開いたかと思うと、この部屋にいるのとはまた別のアリサがひょっこりと通路から顔を突き出し……
「あ、いたいた。
あのね、ごはんのたね、つかまえたよ~」
何気ない声で、俺の決意を一瞬で瓦解させるその言葉を告げたのだった。
2017/08/30 22:09現在
総合評価 16,531pt
評価者数:601人
ブックマーク登録:5,560件
文章評価
平均:4.5pt 合計:2,687pt
ストーリー評価
平均:4.5pt 合計:2,724pt
あと、新連載始めました。
『JD→SM』です。こちらもよろしく。
http://ncode.syosetu.com/n5388ef/