ガチャ召喚のススメ
ローブを纏った何十人という男が、その出来事を見守っていた。
広いホールの中央。そこに刻まれた魔方陣の鼓動を。
無言の空気は重苦しい一方、奇跡を一目見ようとする希望で満ちている。悲観的な面持ちを浮かべている者は一人もいない。
徐々に増していく陣の光。注がれる意識は、ソレに応じて強くなった。
「来ます!」
少年が宣言した直後、魔方陣の内側が光で満ちる。あまりの強烈さに、辺りにいる男達――国内から集めた優秀な魔術師たちが目を塞いだ。
眩むような閃光から数秒。目を開けた者から順に、感嘆の声が零れていく。
魔方陣の中央には一人の少年が立っていた。学校の制服、らしい黒い服を着ている。この世界にはない技術で作られた、魔術師達にすれば珍しくて仕方ない服。
「え、あの、これ……」
現状を理解していないのだろう。魔方陣の中に立っている少年は、怪訝そうに周囲を見回している。
しかし、これまでと同じ年齢層。返ってくる反応は、一同が聞き飽きたと言っても構わないものだった。
「も、もしかして、異世界召喚ッスか!?」
見ず知らずの土地に呼び出されたというのに、少年はこれ以上ない笑顔で言った。
やりぃ! と拳を作る少年。魔術師達は彼の挙動に構わず、ヒソヒトと雑談を交わしている。……多数派が出現した段階で、彼らの興味はとっくに失せているのだ。
まあ万が一ということもある。僕は手元の魔導書をめくりながら、必要な情報を洗い出していた。
「その通りです、勇者様」
こめかみに青筋を走らせながら、一人の少女が呼び出された少年の前に立った。
少女は豪華な装飾を施された、純白の衣装で身体を覆っている。神事に赴く場合を想定しているため、外見から感じるイメージは清純の一言に尽きた。
唯一の欠点を言えば、ボディラインがやや強調されてしまうところだろう。その時点で清純とは程遠いかもしれないが、まあ伝統なので気にしないでおく。
「私はこの国の王女、ルセイスと申します。この度は我々の都合に巻きこんでしまい、申し訳ありません」
深々とお辞儀をする王女。子供のころから散々仕込まれているお陰で、その一挙一動には隙がない。
呼び出された少年――勇者(仮)の口元が緩くなっているのを、僕を始めとした魔術師達は見逃さなかった。
上述した通り、ルセイスの服装は身体の線が分かりやすくなっている。
年頃の少女としては、頭ひとつ抜き出ている豊満な胸。肌は雪のように白く、穏やかな表情が更に美しさを際立てている。
そのすべてが神がかったバランス感によって作られていた。芸術の天才が、誰もが夢見る理想の女性を形にしたような現実感の無さ。
数多の貴族や王子から求婚されているのも、これなら仕方ないだろう。手に入れたその日にでも、男達は浅ましい獣欲を我慢できなくなるに違いない。
……やものすごく感情的なところを知れば、差し出した手を引っ込めるかもしれないが。
「さて勇者様。まずはご自身の能力を確認してください。『ステータスオープン』と一言念じ――」
「あ、姫様、やっぱり駄目です」
「げ、やっぱり?」
勇者(仮)が首を傾げる中、僕はルセイスに魔導書を見せる。
そこに記されているのは、ただ今召喚された少年の能力値だ。これはレアリティ、筋力、知能、魔力、勇者適性値の四つで表示されるのだが――
「何よこれ、全部E-じゃない。レアリティもN。これって詐欺?」
「はは、まあ仕方ないですよ。こういう手合いにはありがちですから。むしろ迷わず生贄に出来るってことで、感謝しましょう、能力がCとかBでレアリティがRだったら迷いますから」
「あー、そうね。部隊長ぐらいはやらせてもどうにかなる人はいるしね、R勇者って」
「???」
呼び出された少年は、会話の意味を理解できず首を傾げている。
ルセイスが指を鳴らしたのはそんな時だった。ホールの奥から武装した男達が来るや否や、少年を拘束したのである。
「え、ちょ、何これ? 何これ? ねえー!」
彼はこれから何が待っているかも知らぬまま、外へと連れ出された。
うるさい存在が消えたことで、辺りには安堵感が広がっている。外れを引いたというのに、落胆する者は一人もいなかったのだ。
もっとも事情を知らないルセイスは、大きく肩を落としている。
「N、R、SRにSSR……せめてSRぐらいは出しなさいっつーの! 乱数調整できないの?」
「姫様、召喚に乱数とかありませんから。……そこでわざとらしく足踏みしたり、方向転換したって駄目です」
「だって、召喚を始めてからずっと外れじゃない! Rなら数人は来たけど、あとの数百人は全部N! 何者かの悪意を感じるわ!」
「ふふ、ご安心ください、姫様」
は? と僕の余裕を分かっていない彼女は、眉間に皺を作っている。
説明しようと息を吸ったところで、しかしその必要はなくなった。ホールに一つ、巨大な鍋が運び込まれたのである。
大の大人が四、五人は入れそうな鍋だった。中には赤い液体がなみなみと注がれており、おぞましい雰囲気を醸し出している。ついでに異臭まで放っていた。
「な、なによコレ……」
「召喚された勇者の血を絞り出したものです」
「はあ!?」
予想の斜め上な回答に、ルセイスはホールの隅々にまで響く美声で応えた。
異常な鍋には違いないんだろうけど、意見を挟む者は彼女以外誰もいない。事情を知れば、彼女だって納得してくれるだろう。
「姫様、これは召喚保険を発動させる触媒なのです」
「召喚保険?」
「はい。これまで召喚されたNとRをすべて殺し、彼らの血を神に捧げることで――なんと、最低でもSRが出現する召喚が行えるようになるのです!」
「マジで!? さっそくジャンジャン殺してくれた!?」
「ええ、もちろんです。これでSRかSSRを召喚できる儀式が行えますよ!」
「よっしゃあああぁぁぁあああ!!」
拳を突き上げる姫様。勢い余って自慢の巨乳も揺れているが、眼福なので注意はしないでおこう。っていうか指摘したら殺される。
勇者達の生血が注がれた鍋は、慎重に魔方陣の中央へと運ばれた。ルセイスに急かされて、担当の魔術師が勇者召喚の儀式を開始する。
それは最初から尋常ならぬ雰囲気だった。魔方陣は黄金の光を放ち、ホールを揺さぶるように振動しているのだ。
「くる、来るわ……!」
常軌を逸した魔力の渦に、全員の視線が集中する。
直後。
ついに、SSRの勇者を召喚したのでしたとさ。