俺の彼女はこの世界がゲームの世界だと思ってやまない
「ああー。惜しい!腹黒生徒会長頑張って!」
双眼鏡を持って、屋上から生徒会室を覗き見している女を俺は若干引きつつ隣で見ていた。
「何喋っているんだろう。あれかな。君をこの部屋から出したくないとか――キャァァァ。学校で18禁?!やだ、どうしよう」
「どうしようは、お前の頭だ。その辺りで止めておけって」
俺は、残念な脳みそをしている幼馴染の双眼鏡を取り上げると、わざとらしくため息をつく。18禁はお前の頭の中だけだから。
双眼鏡を取り上げられると、幼馴染である、凛久は、かわいらしく唇を尖らせ、ようやく俺の方を見た。ここに来てからずっと、凛久はストーカーのように生徒会室を覗き見していたのだ。いや、実際ストーカーだな。
「酷い。折角の私の楽しいゲームの時間を邪魔するなんて」
「当たり前だ。幼馴染が犯罪者なんて俺は嫌だからな」
「別に犯罪なんてしてないもん。ちょっとここで妄想して、遠くでハアハアしてるだけじゃない。そもそも、進一こそ、何でここに居るのよ。生徒会役員の会計なんだから、生徒会室に行って仕事してこなくちゃ」
「漫画じゃあるまいし、休み時間まで仕事をする必要はないんだよ。それに、『進一と生徒会長が1人のヒロインを巡って取りあうのね、きゃー』とかってここで騒ぐ気だろ」
俺がそう言うと、図星のような顔をし、顔を赤くする。
「それは――」
「何年お前と幼馴染をやっていると思っているんだ」
俺はそう言ってもう一度ため息をつく。
そう。俺と凛久は幼稚園以来の幼馴染だ。
俺は自分で言うのもなんだが、周りより頭の回転が速く、賢い子供だった。特に何か頑張らなければできないということもなく、順風満帆。だからその頃の俺は天狗になっていて、この世界を分かりきった気になっていた。今思い出だすと、なんて性格の悪いガキだったのだろうと思う。
そんな俺の常識を覆したのが凛久だ。
凛久もまた、俺と同様に幼稚園の時から、かなり器用な子供だった。そして決定的に俺が凛久を意識したのは小学生の頃。俺がテストで凛久に負けた事が始まりだ。
凛久も俺と同じでそれほど勉強を頑張っている様子はなかった。ただ時折、兄の教科書を持ってきて眺めたりする変わった子供ではあった。
しかし俺はそんな凛久に負けた。いつもなら2人とも100点なので同点だ。しかしその日、俺はテストでミスをして98点になってしまったのだ。
そしてとうとうクラスで唯一の100点となった凛久だったのだが、そのことに対して特に喜んだ様子もないのが印象的だった。
もしかしたら、この子は俺と同じかもしれない。
この世界がつまらないと思っている仲間なのかもしれないと思い、俺は声をかけた。しかし凛久の反応は俺が想像したものと全然違った。
凛久はこの世界が楽しいと言い、俺の世界がつまらないという考えを天才だからかしらと首をかしげたのだ。
自分より下の点数を取った相手に天才とか、馬鹿にしているのかと思った。俺が天才だとしたら、お前は何だと。そう文句を言うと凛久は、困ったような顔をして、凛久の中の真実を俺に話してくれた。
凛久曰く、彼女の中には前世の記憶というものがあるそうだ。
馬鹿馬鹿しいと俺が言えば、まあ証明する方法はないのだけどと困ったように笑った。その顔が嘘をついているように思えなくて、俺は常識を捨ててとりあえず素直に信じることにした。それから何度も凛久の前世の話を聞き、一緒に勉強したりして、いつしか俺と凛久は幼馴染と世間が呼ぶような関係となった。
そんな関係が続き、高校に進学した次の日、凛久は血相を変えて俺を屋上に引っ張った。
そしてその状態で、前世の記憶があるという話よりもさらに電波な話を俺に語った。凛久曰く、この世界はゲームの世界だと。
今までの電波な凛久の前世話は、まだ凛久の知識などから納得する要素もあった。でも流石にゲームの世界だというのは納得できない。
だが、その日から凛久はこの世界がゲームの世界であると信じ込んでしまった。
凛久がいうには、ゲームと言っても、乙女ゲームと呼ばれる、恋愛シュミレーションゲームで、俺はその登場人物の一人らしい。
そのゲームは俺が2年生となり、生徒会に入ってからスタートするそうだ。なんでも、高校では珍しい転校生が俺のクラスへやってきた事で、俺がその子に恋をするらしい。そしてさらに、生徒会メンバーもその子に興味を持ち、いずれ誰かと結ばれるというものだ。
始めて聞いた時は、ふざけるなと思った。どうして俺が、始めて見たただの転校生に一目惚れなどしなくてはいけないのかと。だとしたら、凛久は何なんだと聞いた。
すると凛久は、幼馴染の俺が好きな女の子で、主人公のライバルだと答えた。もちろんゲームでは当て馬で、進一ルートに入った時、より主人公との恋愛を情熱的なモノにするためにするためのスパイスらしい。
だが、俺からすると全然情熱的な気分にはならない。
そもそも俺が好きなのは、その転校生ではなく、凛久なのだから。
だから俺は、何が何でも生徒会なんて入ってやるかと思った。でも現実は残酷で、先輩や教師からの頼みを断りきる事が出来ず、最終的に俺は生徒会に入る事になった。勿論、凛久はその事に狂喜乱舞した。どうやら前世の凛久はこのゲームが好きだったらしい。
そして、凛久の予言通り、2年生の1学期。俺のクラスに女子生徒が転校してきた。
流石にその事に対しては驚いた。ただの凛久の妄想だと思った事が目の前で起こっていくのだから。しかもその女子生徒はどんな手品を使ったのか、次々と、生徒会メンバーと仲良くなっていった。
それこそ、恐ろしい勢いで。そしてついには、生徒会のメンバーではないのに、生徒会室に入り浸るようになり、今に至る。
それでもただ一つだけ、凛久の予言が外れたモノがある。それは――。
「そして凛久は、俺の事が大好きな幼馴染なんだろう?」
「ええ。まあ。モブだけど……そういうことになるわね」
「だったらそんな大好きな俺が居る隣で、よそ見しているなんて、どういう了見なわけ?」
――俺の気持ちだ。
俺は相変わらず凛久が好きで、転校生の事なんてどうでもいい。凛久は自分がモブキャラだというが、俺からすれば転校生の方がモブキャラだ。
「えっと、それは……その……。大体、進一が生徒会室に行ってくれればいいのよ。そうすれば、ばっちりとここから見つめていてあげるから」
「俺は今は働きたくないの。ここで、凛久とだらだらと昼休みを貪りたいわけ」
何が悲しくて、好きな女の子に、他の女を勧められた上で観察されなければならないのか。ずっと凛久に見られているというのは悪くないが、俺はマゾではない。嫌な事をしてまで体験したい事ではなかった。
「うわっ。さすがダル系天才少年。ブレないわ」
どうやら凛久が語るゲームの俺は、ダル系天才少年で、色んな事柄に対して斜めに捉えて、日々楽しくなさそうにしているらしい。
なるほど。そう言われると、確かにそう言う部分がある。
そしてゲームでは主人公の女の子のおかげで、学校生活が興味深い楽しいものへとなっていくそうだ。
だけどそこまで聞いた時、俺は確信した。俺の世界が変わったのは、もっとずっと前。そう。小学生の時、凛久にテストで負けた日から色づき始めた。相変わらず、周りは馬鹿ばかりだと思うし、基本的にこの世界は楽しいとは思えない。
でも凛久に振り回されていると、ダル系でなんてしていられない。色んな感情でかき乱される。
もしもこの世界がゲームの世界だとしたら、俺は凛久というバグによって、同じくバグったのだろう。もう凛久が居なかった頃なんかに戻れない。
恋愛ゲームというのは意中の相手の好感度を上げていくゲームだそうだが、俺の好感度はもう1人にしか反応していないのだ。
「でも、そんな俺が好きなんだろう?」
「そ、そりゃ。まあ……。でも、ちゃんと悪役幼馴染をちゃんとやるよ。主人公と進一がくっつきそうになったら、お邪魔虫になって恋の障壁になるから」
凛久はへらっと笑いながらそうやって俺の言葉を流す。
「だったら俺をここで押し倒してみる?」
「このゲームは、18禁要素はないし、NTR要素もないの。変な事を言わないでよ」
それは残念だ。俺としては、18禁でも良かったんだけどな。でもまあ、いきなりそれをしたら凛久がおびえてしまう。だから俺は凛久に合わせる。
「なら俺が変な事を言わないよう、凛久は生徒会長なんて見ていないで、俺だけを見ていればいいんだよ」
「えっと……。うぅ。でもゲームの行く末が気になって仕方がないの。お願い、もう少しだけ、ご猶予を!そして双眼鏡プリーズ!!」
そう言って、凛久は俺に向かって手を合わせる。
俺の告白を思いっきり踏みつけて、妄想へ話を変えようとしているのは明らかだった。
「……猶予はやるけど、双眼鏡は没収」
「えぇぇっ。酷い。あんまりよ。それ、結構高いんだから」
「また学校が終わって、家で勉強会をする時に返してやるよ」
そう言って、俺は凛久の酷い態度を寛大な心で許す。
分かっている。凛久はまだ夢見るお姫様なのだ。悪い魔女に魔法をかけられたお姫様。目が覚めるのは物語がエンディングを迎えてから。
凛久も俺が凛久しか見ていない事は気が付いている。馬鹿ではないのだから当たり前だ。でも臆病だからその事から逃げている。
だから少しの我慢。俺がどれだけ凛久が好きかを分からせるのは、エンディングを迎えた後。
凛久が悪い魔女の夢から覚めた時、俺は凛久が俺以外を見れないようにしよう。眠っている今もジワジワと俺を刻み付けていこう。だって凛久は【俺の事が好きな】幼馴染なのだから。その気持ちが確固たるものになるよう、その隣を俺が埋めよう。
だからさっさと、くっついてエンディングを迎えろ生徒会長。
俺はそう心の中で身勝手なエールを送りながら、両想いである俺の彼女に笑顔を向けた。