第四十八話:リヒトの苦悩 非情な四天王達
どんよりとした空。夜でもないのに地上に暗い影を落とす空は、黒を基調とした建物群をさらに黒く染め上げる。建物にところどころ奔るラインから放たれる鈍い黄色の光が、黒に染まったこの場所――ダークシティの唯一の光源だった。
そんなダークシティの中でも最も大きな建物。天にも届きそうな高いビルの前に、突如薄紫色の光が現れた。一瞬強い光を放つが、それはだんだんと薄れていき、一匹のポケモンを残して消えた。
「ふぅ………」
そのポケモン――リヒトは小さなため息をつくと、手にしていた剣をしまう。
ヒナタ達の前では平静を装っていたが、時間や空間を移動するのは相当な力が必要となる。見た目以上に疲弊しているのだ。
「遅かったっスね、リヒト先輩。」
と、少年のような声が聞こえた。振り返ってみれば、ビルの中から一匹のポケモンが歩み寄ってきた。
ベージュ色の毛色にツンと尖った鼻。そして後ろで揺れる二本の尻尾。フローゼルというポケモンだ。
「レインか。何の用だ?」
「何の用?もうわかってると思ってたんスけどねぇ。」
少し高い少年のような声色で喋りながら静かに歩み寄るレイン。
その軽い口調につい余裕を見せてしまいそうになるが、油断してはいけない。レインの目的はおそらく――
「さっきのやり取りは全て見てたっスよ。随分とあのフシギダネに肩入れしてるみたいっスねぇ。」
――やはり、そういうことか。もうおれの裏切りはバレているらしい。
「スカイやガラン達の裏切りを黙認していたのは……まあ、いいとして。さすがに今回の件は完全な裏切り行為とみなさなければならないっス。」
「……………」
「殺すことはおろか、ウィンに力を与えたり、ルエルの殺しを邪魔したり……。さすがに無視できないレベルっスね。」
レインの怒気をはらんだ声に周囲の空気がざわめいた。そしてそれは、徐々に殺気へと変わっていく。
リヒトは左手を腰に据え、慎重に言葉を返す。
「だったらどうする。この場でおれを殺すか?」
「いーや。そんなことはしないっス。」
思っていた答えと違う反応にわずかに表情を変える。あれだけの殺気を放っておいて、てっきりおれを抹殺するためにここに来たのかと思っていたが……
レインは構わず続ける。
「ここであんたと闘っても、四天王最強の実力を持つあんたに、言いたかないけど四天王最弱のこのオレが勝てるわけないっスからね。それに、あんたには完全に組織を裏切られると困るんでね。」
「だったらどうする?」
「取引に応じてもらうっス。」
「……取引?」
いつものことだが、こいつの考えは読みづらい。ここは様子を見るか――
リヒトが黙ったところで、レインは取引の説明をし始めた。
「まず、あんたの裏切り行為を知ってるのはオレだけっス。もちろんボスに報告するつもりっスけどね。
ボスにこのことが知れたら間違いなく処刑っスけど、オレはあんたを殺したいわけじゃない。
そこでオレは一つの提案をしたい。」
「なんだ?」
「オレはあんたのことをボスに報告しない。その代り、これ以上裏切ることはしないでほしいっス。」
――なるほど、そういうことか。
オレが唯一勝てない相手。それはルナティックのボス――アルテルだ。つまり簡単にいえば、死にたくなければもう裏切るなというわけか。……せこい真似を。
「さあ、答えはなんスか?できればいい返事を期待したいんスけど?」
ここで否と答え、裏切るのは簡単だ。この秘密を知るのがレインだけとわかった今、この場でレインを殺せば秘密を知る者はいなくなる。……だがそれは、ルナティックを完全に裏切ることになる。それだけは避けたい。
四天王が裏切ったとなれば、ボスが直々に動いてもおかしくはない。そうなれば、ヒナタが確実に危険な目に遭ってしまう……。今組織を裏切るわけにはいかない!
「……わかった。その取引、のんでやる。」
「物分かりがよくて助かるっス。ふぅ……」
心底ほっとした様子のレイン。見た目より緊張していたらしい。
ずっと怖い顔をしていた表情が笑顔に変わった。
「じゃあ、ボスに報告に行っていいっスよ。オレのほうから時間とっておいて何ですけど。」
「ああ。では……」
「あ、ちょっと待った!」
その場から立ち去ろうとするリヒトをレインが引き止める。
まだなにかあるのか、と不満げな顔を向けるリヒトだが、レインの表情を見て背筋に氷塊が滑り下りたかのような錯覚を覚えた。
「その恰好じゃ、ちょっと不自然っスねぇ。」
「なん、だと……?」
先ほどとは打って変わって低い声で威嚇するように言うレインにわずかにたじろくリヒト。
笑顔は狂気じみたものに変わり、釣り上った口端から鋭い牙が顔を見せる。まるで別人だった。
「だって、四天王のルエルがあの傷っスよ?いくらあんたでも無傷で対面っていうのは、さすがに怪しまれるんじゃないんスか?」
確かに戦闘を行わなかったリヒトの体には傷一つ付いていなかった。戦う気がなかったのだから当然である。
しかし、あの状況で戦わなかったというのは組織からしてみれば不自然。つまり、ボスに会うには戦った痕跡を付ける必要がある。と、レインはそう言いたいんだろう。
リヒトは戦慄を覚えた。ここにいてはいけない。早くこの場から離れろと頭の中で警鐘が鳴っている。
しかし、時すでに遅しだった。
「オレに任せて下さいよ、リヒト先輩。すぐにズタボロにしてあげますから。」
数瞬後、レインの狂気に満ちた笑いとともにリヒトの断末魔が上がった。
ダークシティを見下ろすように聳え立つ城。ルナティックの本拠地であるこの城の一角で轟音が鳴り響いた。
「くそっ!!」
粉砕された壁を前にそう叫ぶのはバンギラス――ルエルだ。
ルエルはまだ怒りが収まらないのか、手当たりしだいに部屋を破壊していく。どうやら轟音の正体はこれのようだ。
「ああ忌々しい!ああ憎たらしい!!」
ルエルの後ろには、止めに入ったのだろうか?たくさんのポケモンが山になっている。皆気絶しているが。
そんな城を全壊させる勢いで暴れるルエルの背後にふっと現れる影。その気配にルエルの動きが止まった。
「――シェイドか。何しに来やがった?」
「ルエル様……」
現れたのはルエルの腹心であるムウマージ――シェイドだった。
ルエルの怒号に体が竦んだのか、一瞬体が透けて気配が弱まる。しかし、シェイドは勇気を振り絞り、ルエルに声をかけた。
「――ルエル様。ほんの一時お静まり下さい。伝えたいことがあるのです。」
「なんだ?言いたいことがあるならさっさと言え!」
「はい。では……」
シェイドは恐怖を堪え、ルエルの耳元で自分が見聞きしたことを伝えた。
最初はぶすっとした顔のルエルだったが、シェイドの話を聞いていくうちに顔色がどんどん変わっていく。
「……おい貴様。その情報は確かなんだろうな?冗談なんて言ったらぶっ殺すぞ!」
「確かな情報です。私がこの目と耳でしかと見聞きしたのですから。」
シェイドの伝えたことは他でもない。リヒトの裏切りについてだ。
ルエルによって気絶させられ、気配の薄れていたシェイドは、ルエルの登場によってその存在感をかき消され、誰一人としてシェイドに気づく者はいなかった。
そうとは知らず乱入してきたリヒトは、ルエルを強制送還した後ヒナタ達に素顔を見せ、さらにヒナタをかばうような発言。シェイドは悟った。
――リヒトはルナティックを裏切っている、と。
「いかがいたしますか?やはりアルテル様に報告しますか?」
「いや、待て。これはもしかするとチャンスか?」
ルエルは口に手を当てて考える。
リヒトの野郎は前からぶっ殺してやりてぇと思ってたし、オレがリヒトの裏切りを暴き奴を抹殺すれば、ボスにも褒められ、さらにオレが四天王最強となる。こんなうまい話はない…。
「あの、ルエル様……?」
「よーし!貴様に名誉挽回のチャンスをくれやる。もちろん協力するよなぁ?」
ルエルの鬼のような形相につい頷いてしまうシェイド。
それを満足げに見届けると、くつくつと笑い始めた。
「リヒト。てめぇをぶっ殺してオレは最強になってやる!せいぜい今のうちに残り少ない人生を楽しむがいい。」
笑い声がだんだん大きくなっていく。やがてその声は城の外にまで轟いた。
そして、その声と誰かの断末魔が上がったのはほぼ同時だった。
「なにやら、下が騒がしいな?」
城の最上部。灰色一色に染められたに無機質な部屋に設けられた祭壇のような場所。
屋根はなく、真っ黒な空が顔をのぞかすそんな場所で、据えられた玉座に座っていたそのポケモンはゆっくりと呟いた。
「恐怖に身をすくませる悲鳴。狂気に満ちた笑い声。――今宵は宴でも催すのか?」
そのポケモン――アルテルはゆっくりとした動作で立ち上がると、祭壇を降り階段を降りて、街が見渡せる場所まで来た。
「そんな予定はないが……それも面白そうだな。」
と、そんなアルテルの背後に唐突に現れた一つの影。
漆黒の毛並みに赤い鬣。狐のような体躯で、赤い三つの爪を有する。鋭角の目蓋が開かれると、水色の双眸がアルテルを見つめた。幻影を自在に操るポケモン――ゾロアークだ。
「狂宴は大歓迎だ。美しい闇には、狂気に満ちた宴がふさわしい。」
「まあ、そんな暇はないだろうがな。ただでさえ忙しいのに。」
やれやれとため息をつきながらアルテルに背を向けて歩き出すゾロアーク。
もともと暗い場所だが、ゾロアークの周りはさらに闇が深かった。
「影。どこへいくのだ?」
「ちょっとラクシアとベルクを回収してくる。」
そう言うと、ゾロアークは闇に包まれ、その場から姿を消した。
あとに残されたアルテルは振り返ることもせず、生気のこもっていない瞳で街を見下ろす。
「光に毒された者など、もはや助ける余地などないが……宴の肴に嬲るのも一興、か?」
口端を吊り上げ、不敵に笑うアルテル。しかし、その笑いからは何の感情も見いだせなかった。
瞳は街を見ているというより、虚空に視線を彷徨わせているようだった。
「今宵の宴は、格別の断末魔が期待できそうだ。フフフッ。」
しばらくの間、城には無機質な笑い声が響いていた。
本当はリヒトのくだりだけのつもりでしたが、あまりの少なさに急遽追加してしまいました(汗)
無理な展開なのはご容赦ください。
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