一度は思った事があるはず、
『人の心の声が分かればケンカやいがみ合いをしなくて済むのに』
と。
でもどうだろうか?一つ仮定を挙げよう。
たくさんの福袋がある。それを買う時の気持ち、誰だって分かるはず。中身は何かなぁ、と期待と不安を抱いて一つ買う。当たりの時は本当に嬉しい。だけど、ダメだった時は悔しいが、中身が分からないで買ったからしょうがない、とすぐに立ち直る事が出来るはず。
これを置き換えれば分かるだろう。
話をする時、皆がどういう反応をするかと心で期待と不安が入り交じる。皆が期待通りの反応だと嬉しいし、思いもしなかった反応だと悔しいが、親しい仲同士だとしょうがないとも思える。
これが一般的な感覚だと僕は思える。
ではどうだろうか?心が分かると言う事はそんな事を考える必要はないはず。
この人はこう思っているから、こんな事言ったらダメだと分かって最善の事を言って済ます事が出来る。だけど相手がどんな反応をしたとしても悲しさも悔しさも無いが、嬉しさも楽しさもない。
こんな日常なんか楽しくも何ともない。
結局人の心なんて分からない方がいいのだ。神様はいつもいい奴では無いが、この世界の皆に心を読む力をくれなかった事には感謝をする。
話を戻すと、だからこそ人は人と交わりながら生きていくのだ。誰かと共に笑い、誰かと共に泣き、誰かと共にまた笑う。そんな当たり前の幸せに気付いていないだろう。だけどそれでいいのだ
そう僕は思う。 |