5-21:ソウルロウガ・リユニオン ●
はっきり言って”ソウル・ロウガ”は未完成の機体にすぎない。
対”絶対強者”能力を優先させたあまり、広大にある戦場ではまるで戦えない機体になっている。
だからこそ、完成させなければいけないと思った。
過去の世界に来て、未来よりも物資が豊富にあったし、未来にしかなかったものは作れば代用できたし、意外と困らなかったね。
それでも、他に纏めることもあって完成するには人も年月もまだかかるけど、データの構築ぐらいなら。
いずれこの世界を訪れる君のために。
”絶対強者”との戦いに打ち勝ったとして、”ソウル・ロウガ”と共に過去の世界を訪れたとして。
それらを前提にこれを私はこの機体の構築のデータをまとめる。
”ソウル・ロウガ・リユニオン”
”ソウル・ロウガ”の持つ単体破壊力を維持しつつ、戦闘継続時間、対応力を向上させた、お得感抜群の機体だね。
おまけでとっておきの武装もつけといたから使ってちょーだい。
長い?
もっと短くしろ?
失礼な。
かっこいい機体には、かっこいい名前つけたいもんなの。
この機体はきっと君の力になってくれる。
過去に来たら、きっと驚くよ。
機体のこととか、未来のこととか、まぁ、それもなんだけど。
でも、一番伝えたいことがある。
私、妊娠してたみたい。
やっぱ、あの日の夜の時かな?
ゴメンネ、私ばっかり甘えちゃって。
そんで、こんなで、今一娘の母なんですよ。
あ~、まぁ、その点も含めての話ってこと。
いきなりで、いろいろ驚くかもしれないけど、私とエクス君の子供です。
前は、”自分は父親になれない”とか言ってたけど、どうよ?
責任とかいろいろ考えないとね。ぬふふ。
娘は”ユズカ”という名前にしました。
素直で、優しい子です。
髪の色は私ゆずりだけど、癖毛の具合はエクス君ゆずり。
輪郭の可愛さは私ゆずりだけど、目つきの悪さはエクス君ゆずり。
なんか分かりやすいぐらい私達の子です。
笑っちまったい。
いろいろあったけど、周りの人達もすごく親切にしてくれています。
私達は待っています。
この過去の世界で。
人がいて、温かいこの世界で。
いつまでも待ってます。
私の大好きなエクス=シグザールへ。
●
操縦桿を握り、エクスは感じる。
全てが同じ。
しかし、違う。
込められた想いはより強く、エクスの中にある。
……この機体は…。
ライネが創り、ユズカが完成させた機体。
”ソウル・ロウガ・リユニオン”
自分の周囲にあるのは、おびただしい数の出力モニターのみで外を映す全方位モニターはない。
鉄の棺の中とも言えるその中で、しかしエクスは外の光景を見ていた。
理由は、エクスの中に取り込まれているナノマシンだ。
”空間認識ナノマシン”
人の持つ知覚を増幅させ、360℃の感覚視野を構築し、同様の操作プログラムが組み込まれた機械を自由に遠隔操作できる。
それを持って、初めて”ソウル・ロウガ・リユニオン”は戦闘が可能となる。
世界で唯一、このナノマシンを持つエクスのために構築された専用機。
ライネが諦めれば終わっていた。
ユズカが受け継がなければ途切れていた。
エクスがここに辿りつかなければ実現しなかった。
残された可能性を。
わずかな糸を。
途切れかけた絆を。
それらを繋ぎ続けた結果が今ここにある。
……俺はここにいるぞ。
エクスは、操縦桿を握る力を強めていく。
それに呼応するかのように機体の出力が上昇していく。
まるで一体化したかのようなその感覚が、エクスの戦闘への意思を駆り立てていく。
……行くぞ。機械の亡者共。
目の前には、つぶれかけた格納庫から這い出すように現れた5機の無人機。
西国量産機”アルフェンバイン”。
未来製の機械兵が駆動系を乗っ取っているなら、その動きも変わりないものには違いない。
それでも、エクスの思考には、突き進む意思が強くある。
……初陣だ。応えて見せろ”リユニオン”…!
蒼い巨人が、戦闘開始への咆哮をあげた。
●
「”ナスタチウム”急いで収容を、重傷者がいます。メディカルドロイドを待機させてください」
『了解。すでに待機中。収容はすぐに可能』
”ヘヴン・ライクス”の中で、リヒルは抱えたユズカを見る。
脈も、呼吸も弱い。
一刻も早く、と焦る気持ちをおさえつつ、慎重に機体を上昇させていく。
……エクスさん。
ユズカを優先し、エクスと”ソウル・ロウガ・R”を置いてきた。
眼下を見下ろす余裕はない。
ただ、祈ることしかできない。
……どうか、無事で。
●
”ソウル・ロウガ・R”が、機体を前に傾けたかと思った瞬間、地を後方に砕き、前方へと加速をかけた。
移動方法は以前と変わらず脚部駆動。
補助ブースターも何もない走りだったが、
……前よりも速いか…!
機体の重量が減っていることにより”ソウル・ロウガ”の時よりも加速力が格段に向上している。
だが、間合いを詰めるには、少し遠い。
”アルフェンバイン”は、照準も一瞬にすでにライフルを構え終えている。
敵の武装は、ライフルと近接用ブレードという基本兵装のみだが、
……打倒するには、面倒な武装だ。
思考するのも一瞬、敵の銃口が火を噴く。
5機同時による正確無比な一斉射。
人間には真似できない芸当だ。
”ソウル・ロウガ・R”は、突進の方向を変えるべく横っ飛びに地を蹴る。
着地した先にさらに照準される前に動く。
はずれた弾丸は全て地面を削り、それによって土煙が舞い上がる。
それを見て、エクスは、
「ここだ…!」
今度は機体を真上に飛ばした。
瞬間的な判断に対して、機体は瞬間的な反応を見せる。
反応速度はすでに一体というレベルを越え、同調とも言えた。
強化された脚部は見た目こそ細くなったものの、出力も大きく上昇している。
だからこそ、”ソウル・ロウガ・R”は高々と跳躍していた。
狙うのは、敵を自らの間合いに入れられる位置。
しかし、敵もすでにこちらを捉えている。
対空砲のごとく、照準が向けられるのが見えた。
「”翼花”!」
エクスは、声を飛ばした。
すると、背面にあった機構が展開し、光を放つ。
光は形を作り、翼とも、花ともとれる形態をとる。。
しかし、それによって発揮されるのは飛行能力ではなかった。
ナノマシンを介して、すでにエクスはこの機体の機能を知り尽くしている。
”翼花”という名のこの武装は、
「飛べ…!」
空中を自在に飛び交う遠隔式プラズマ兵装。
背面から展開され、切り離された数十という光の刃が、機体の降下よりも早く、敵機に雨と降り注ぐ。
敵は防御体制をとるが、プラズマによる攻撃をはねのける防御手段は、過去世界において存在しない。
数機が腕部、または武装を切り裂かれる。
その数瞬後に”ソウル・ロウガ・R”は着地していた。
地に突き立ったプラズマの刃は霧散し、その粒子によって、周囲が幻想ごときの光に包まれる。
「…ライネ、ユズカ…、感じるぞ。お前達の意思が、ここにある…」
いち早く体勢を立て直した正面の敵機が、機能を失ったライフルを捨て背面のブレードを構え、斬りかかってくる。
”ソウル・ロウガ・R”は、その攻撃の手首部分を左腕で、捉えた。
「俺はまた、戦える…!」
”ソウル・ロウガ”のように、腕部のエネルギーコーティング機能はなく、見た目も細い。
しかし、純粋な出力だけで、敵機の手首を握りつぶし、砕く。
破壊された手から落ちたブレードを空中で掴み、
「沈め…!」
一閃。
敵機の胴体が横一文字に両断される。
”ソウル・ロウガ”では、不可能だった汎用兵装の使用がこの”ソウル・ロウガ・R”では可能なのだ。
武器を奪う、というゲリラ戦法を心得ているエクスにはうってつけだ。
だが、敵は機械。
味方の損失は、その行動に影響を与えることはない。
2機目が斬りかかってくる。
”ソウル・ロウガ・R”の背後をとっていたが、エクスの視野に”背後”はない。
振り向きざま”ソル・ロウガ・R”は、身を大きく沈めて足払いをかけていた。
いや、足払いに終わらなかった。
その蹴りは、敵機の脚部をいともたやすく砕いていたのだ。
片足を失い、前方への慣性のままに、宙を飛んだ敵機に対してエクスが追撃をかける。
左腕とは非対称なシルエットを持つ右腕部。
そこには、”ソウル・ロウガ”の名残が見て取れた。
ブレードは失ったが、プラズマコーティングによる単純にして強力な打撃力は健在。
その一撃は、2機目の胴体を穿ち、文字通り吹き飛ばす。
四肢が周囲に砕け散るほどの破壊力は、”ソウル・ロウガ”を完全に上回っていた。
右腕の破壊力。
左腕の汎用性。
そして、”翼花”。
……まだだ。
エクスは確信していた。
この機体の真価はまだある、と。
それを意識すると同時に、”ソウル・ロウガ・R”に回避運動をとらせていた。
残りの3機が完全に体勢を立て直し、再び一斉射をかけてくる。
”翼花”が再び射出される。
それは、”ソウル・ロウガ・R”の目の前で壁を形成し、接触した弾丸をことごとく融解させる防御体勢をつくりあげる。
射撃の隙間をぬって、”ソウル・ロウガ・R”が、左手のブレードを投擲。
一直線に飛んだブレードが3機目に突き刺さり、その勢いに踏みとどまりきれなかった機体は後方へと砕けながら吹っ飛んでいった
「残り2…!」
エクスが言うと同時に1機の射撃が止む。
中距離戦のみでは決定打に欠けると判断したのか、後衛と前衛に分断しての攻撃を仕掛けてくるつもりだ。
前衛がブレードを持ちこちらに突撃してくる。
後衛は射撃を続けたままの状態を維持している。
勝てない、という思考は機械にはない。
己が壊れるまで命令に基づいた行動をとり続ける。
その行動に、エクスはかつての自分を重ね、
「―――もう終わりだ」
否定する。
自分は人間だ。
痛みを知る者だ。
「”ソウル・ロウガ・R”―――フルドライブ…!」
エクスの意思に呼応し、”ソウル・ロウガ・R”が、最高出力へと達する。
それに呼応し背面の”翼花”が、輝きを増す。
新たに生み出された光は、三角状のものが5枚。
同時に、右腕に取り付けられていた最期の機構が展開する。
そこから現れたのは、ブレードの形をした金属杭。
”ソウル・ロウガ”の左肘に残されていたブレードを改造し、組み込んだものだ。
光片が、”ソウル・ロウガ・R”が構えた右腕の金属杭周囲に集まり、錐の形を構築する。
光の錐が回転していく。
周囲にプラズマの余波をばら撒きながら、その速度が上がっていく。
接近してきた敵機が間合いに入る。
”ソウル・ロウガ・R”は斬撃を回避。
同時に、一瞬だけ引いた右腕の光杭を敵機の胴体に叩き込む。
余波を放つほどに強力だったプラズマの奔流が消えうせる。
光は打ち込まれた敵機に吸い込まれるように消え、そして、
「―――砕けろ…!」
その威力が一気に開放される。
打ち込まれた敵機が内側から、砕け、融解し、消滅した。
だが、この一撃はそれに留まらなかった。
巨大なプラズマ砲撃とも錯覚する破壊の光槍。
開放された指向性の破壊は、地も、空中も、その進路上にあるあらゆるものを消滅させながら後衛としてライフル射撃を続けていた最期の敵機へと襲いかかる。
光に飲み込まれた敵機の姿を消滅させ、それでもなお光槍の奔流はまだ止まらない。
進路上のものを破壊し、最期の終着点として搬入口そのものを食い破り、消し飛ばした。
内部を根こそぎ破壊し、炎上の爆発が連鎖していく。
”雷撃光杭”
”ソウル・ロウガ”の持っていたプラズマコーティングによる打撃強化の発展型。
”翼花”の回転による電磁集束を利用し、指向性の擬似プラズマ砲を構築する結合兵装。
放たれた一撃は、まるで杭打ち(バンカー)を思わせるものだった。
「連射はきかない、か…」
右腕部の機構が強制排熱のためフル稼働していた。
コックピット内のモニターの1つには、赤く”熱量過多”の文字が表示されている。
威力は充分。
だが、発揮までのタイムラグ。
使用後の一時的な出力低下。
リスクはないわけではない。
連続使用が機体に与える影響も不明だ。
だが、
……充分だ。
エクスは、操縦桿を強く握りしめる。
受け取ったのだ。
ライネの願いを。
……”ソウル・ロウガ・R”。
そして、見るのは操縦桿を握るのとは反対の手の平。
小さな金色の丸いペンダントの中にある”種”。
ユズカの希望。
……”イルネア”の種。
エクスは決める。
自分のすべきこと。
それは決着をつけること。
理不尽な正しさに対して、己のエゴで抗うこと。
そして、
……約束だ。
人間として、生きていくことを。
『―――エクスさん! 無事でしたか!』
通信が来る。
再び降下してきた”ヘヴン・ライクス”が健在の”ソウル・ロウガ・R”を見つけ、呼びかけてきたのだ。
蒼い機体は、背面の”翼花”を停止させ、右腕から排熱の水蒸気をたち上らせながら、そちらを振り向く。
「ああ。撤退する。手を貸してくれるか?」
●
その言葉に、リヒルは少し目を丸くする。
どことなく違和感がある物言いだった。
『どうした? この機体に飛行能力はない。急げ』
だが、今はそれを気にしている時ではない。
「―――はい! 掴まってください!」
”ヘヴン・ライクス”の差し出した手を、”ソウル・ロウガ・R”が左手で掴んできた。
そして一言、当たり前のように、
『頼む』
エクスはそう言ったのだ。