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第24唱 時には、ごり押しも必須!

 僕のお母さんが死んで数日後、僕とお父さんはすぐに引っ越しした。

 小さかったので、よく覚えていないが、飛行機に乗って移動した事は覚えている。……と言っても、飛行機に乗った事を特別だと思ってはいなかった。両親と一緒に何回か飛行機に乗って引っ越しをしていた事を覚えていたので、飛行機に乗って移動するのが当たり前だと思っていた。だから、小学校で飛行機に乗った事のある子が僕以外にいなかったのに驚いたもの。恐らく、安奈と黄麻に出会う前は、英語圏の国に住んでいたらしく、簡単な英語なら話す事ができ事からうかがえる。

 英語圏の国とまでしか推測できなかったのは、僕は家から出る事がほとんどなかったせいもある。中学生になった今、僕は自分の小さい頃の事を謎に思う。お父さんに聞いてみたいが、仕事でなかなか会えないし、なんとなく聞きにくい雰囲気がある。

 まぁ、何が言いたいのかと言えば、安奈と黄麻に会った時、僕の母とお別れしたため、僕は塞ぎこんでいたと言う事だ。安奈の優しさと強引さがなければ、今の僕がなかった事は断言できる。


◆◇◆◇


「とおる、パパはお仕事で忙しいから、家で大人しくしているんだぞ。……あぁ、それと、この前パパと一緒に行ったスーパーで、冷凍食品とパンを買っといてくれないか。多めにお金を渡しておくから」

「うん……」

 僕はパパから五千円札を受け取る。お金と計算については、この間、教えてもらった。

 出かけるパパを、無表情な顔で見送る。呟くような「いってらっしゃい」の挨拶は、届かなかったようだ。

 僕はスーパーが開く時間まで、ただリビングで座っている。

 一人で座っている。

 ただ座っている。

 無の極致を悟るかのように座っている。

 時々おならもする。

 家になかなかいられないパパに代わって掃除もする。

 でも、基本的に一人で座っている。

 たった独り……。

 

 スーパーが開く時間になったので、僕は買い物にでかける。子供の僕にしては大きくて、からっぽのリュックサックを背負う。スーパーの袋で持ち帰ろうとすれば、絶対地面を引きずり、袋を破ってしまうのは目に見えている。

 僕は人通りの多い所を歩く。しかし、車道のそばを歩かないようにする。僕みたいな小さい子供がお金を持っているように見えない所為か、絡んでくる不良はいない。しかし、子供をさらったりするような変質者には十分に気をつけないといけない。食事やおもちゃで誘ってくる人間は、みんな誘拐犯だと疑い、急に車をとめてきても引きずり込まれないように気を配る。ちゃんと、パパに教えてもらった。

 そのためにも、僕は常に普通の人のそばを歩く。別に、その人が助けてくれるかどうかは怪しいけれど、人がいるというだけで変質者はためらう。そして、僕にもわずかながらの安心感がある。安全管理の違いも、おそらく海外に住んでいたからだと思う。

 そうして、周囲に神経を研ぎ澄ましてスーパーに辿り着いた。

 僕は電卓で計算しながら、冷凍食品の他に、安いお肉や野菜も少々入れる。

「うん、二千五百円だ」

 まだ幼い僕が買い物する様子にレジのおばちゃんが驚く様子を見せるも、僕はしっかりとおつりとレシートを受け取る。

 僕はスーパーを出て、家に向かう。何事も起こらないかのように思えた。

 しかし、事件に巻き込まれてしまった。

 不良に絡まれたのは、スーパーからの帰り道。

 正確には、スーパーから道を一本曲がった所で、後をつけられていた高校生位の不良三人組に通せんぼうされた。まだ五歳の僕にとって、高校生は熊みたいに大きい。

 いつから三人が後をつけているのに気がついたのかは、スーパーの真正面からだ。

 僕は不良に気がつかないフリをして、僕は聞き耳を立てる。彼らは、僕に聞かれていないと思って内緒話をしていた。

「(ひそひそ声)おい、あんな子供を狙うのかよ」

「(抑えた声)どうせ、金なんて持ってねぇんじゃんか?」

「(ひそめた声)いや、スーパーで買い物したから、おつりを持っているはずだ」

「(かすれたような声)だからって、あんな子供からたかるのかよ?」

「(抑えたつもりでも、うわずった声)だから良いんだろう! 不良デビューした俺達に、小学生を襲ったって上手くいく保証はねぇんだよ!」

「(もう面倒で普通の声)はぁ、なんだか情けねぇなぁ」

「(もはやなんで内緒話をしていたのか忘れている声)分かったよ」

 不良の足音が大きくなってくる。

(どうしよう……)

 まだ絡まれていないうちなら、僕が走ればあきらめると思う。絡まれた後では、重い荷物を背負った僕に逃げられない。

 だからと言って、走って逃げれば、買い物帰りのおばさんから離れて一人になってしまう。それも怖い。

 そうこう考えているうちに、僕の前を歩いていたおばさんは曲がってしまい、僕が一人になってしまう。

 僕は不良に狙われた事と一人になってしまった事の恐怖に襲われながらも、まっすぐに歩く。

 そんな僕に、不良がすぐ後ろまで迫ってきて、声をかけてくる。

「おい、お前! ちょっと、面貸しな! ……って、ちょっと待て!」

 背負った荷物が重たい、けれど、僕は小さい足を一生懸命に動かす。

 しかし、やはり五歳児の体力では、すぐに追いつかれてしまう。

「こ、こいつ、いや、テメェ! ちぇ間(手間)かけさせやがって! か、覚悟しろ!」

「いや、ちょっと待てよ。金を盗るんだろ? 殴るのは、金を出さなかった時でよくね?」

「あぁ、こういう時、どう言うんだっけ? 『持ち合わせある?』だっけ?」

 とんちんかんな不良がたかりの相談をする。

 しかし、とんちんかんとは言え、僕が逃げようとすると回り込んでくる。

「ようし、お前! 持ち合わせ、ある?」

 不良がようやく僕にたかってきた時だった。

「おまわりさん!!」

 小さい女の子の叫び声が聞こえた。

「やば!」「サツだってよ!」「ずらかるぞ!」とか言って、不良たちは逃げて行った。

 僕の恐怖心もようやくほぐれ、しばらくの間、突っ立っていた。

「大丈夫だった?」

 僕と同じぐらいの年の子がいた。水色のワンピースを着ていて、髪を頭の後ろでまとめている。その隣に、彼女の友達らしい男の子が僕にほほ笑えむ。

「驚いたね。生まれて初めて、不良を見たよ」

「……お、おまわりさんは?」

「あはは、おまわりさんはいないわ」

「え、嘘をついたの?」

 彼女は得意気に笑う。

「そんな事ないわ。私はただ、『おまわりさん』と言っただけだもん」

「ははは、まるでドラマみたいだったね」

 そう言って二人は笑う。

「あ、ありがとう」

 人見知りが激しい僕も、なんとかお礼の言葉を絞り出す。

「いいって、私もおもしろかったし。見た? あの人達の顔。おもしろいよね」

 脅されていた僕は別に面白くもなかったので、あいまいに頷く。

「じゃ、じゃぁ。僕、帰らないと。ありがとう」

「じゃぁ、私達も送って行くよ。三人でいれば、こんな事は起こらないでしょうし」

「俺も、それがいいと思うな」

 人見知りす僕には、二人の好意が迷惑に感じた。

「そんなの……、別にいいよ」

「良いの? じゃぁ、一緒に行きましょうか!」

 僕がお断りしようとすると、彼女は自分の都合の良い方に解釈する。

「いや、僕は……」

「い・い・ん・でしょ!? ほら、行きましょう!」

 女の子が張り切るのをよそに、男の子の方が僕の肩を叩く。

「あきらめな。安奈はやるって、決めたらとことんやるから。あ、遅れたけど、僕は黄麻だよ。君は?」

 あつかましいなぁ、と思って黙っていると、安奈があおってくる。

「ほら、名乗られて、名前を聞かれたら、自分も教えるものだよ。なに? それとも、私達が名乗らずに聞けばよかった? もしかして、『名前を聞きたいなら、貴様らから名乗れ!』みたいなセリフを言いたかったの?」

「……とおる」

 僕がぼそぼそ名乗る。すると安奈は顔を輝かせる。

「そうか、君はトールか! カッコいい名前だね」

「だから! 僕は、と・お・る!!」

 僕はムキになって怒鳴ってしまう。

「ははは、大きい声も出せるじゃない」

―この二人、絶対にまいてやる!―

 僕はわざとでたらめに歩いたり、走ったりする。しかし、この町に来たばかりの僕とは違い、二人は地元の子。僕に二人をまけるはずがなかった。

「ねぇ、まだ着かないの? 私も、さすがにくたびれて来たんだけど」

「えっと、僕の家は遠いんだよ。ついて来なくてもいいよ」

 僕はくたびれながらも、満足げに笑う。

 しかし、そんなささやかな満足もつかの間だった。

「ねぇ、君。本当に家はこっちなの? さっきから、同じところをぐるぐる回っているようだけど」

「そ、そんな事ないよ」

 僕が意地張って答えると、二人はにやにや笑う。

「あら、じゃぁ、ここまででいいかしら? 行こう、黄麻」

 二人が僕に背を向け、僕は慌てる。

「あっ、ちょっと……」

 二人は振りかえって、にやりと笑う。

「私達も、一緒におうちを探しましょうか?」

 僕は涙ぐみながら頷いた。


 その後、僕の家を知った二人は、事あるごとに遊びに来た。

 しぶる僕を引っ張り出し、泥団子戦争、ザリガニとの激しいバトル、怖いおじさんの頭の真偽を確認などもした。

 二人が強引に誘ってくれなければ、僕は独り塞いで、虚ろな毎日を過ごしていたと思う。

 もしかすると、本当に絶望している人は、せっかく手をさしのばしてもらっても、その手を握り返す力もないのかもしれない。

 本当に人を救いたいのであれば、強引さが必要な時もあると思う。

 少なくとも、僕は安奈の強引さに救われた。


◆◇◆◇


「とおる、もう七時回ったぞ。もう起きたらどうだ」

 僕は黄麻に揺り起こされる。いつの間にか、眠ってしまったらしい。

「……う、うん。そうだね。ふあぁ~」

 僕は大きく口を開けてあくびをする。三匹も寝ていたらしく、僕の隣でもぞもぞ動く。

「ねぇ、安奈。俺ととおるはもう帰るよ」

「ちょっと待って! 今、良い歌ができた所なの。少しだけ、聞いて行ってよ」

 安奈がノートを手にして戻って来た。

「へぇ、こんな短時間で作ったんだ。凄いね」

『さすが、あいつと同じ魂だな……』

 寝ぼけていて、トールが何を言っていたのか、よく聞いていなかった。

「さぁ、歌うわよ。題名は【夢のアルバム】よ」


  二人でアルバム 開こう

  くじけて泣きそうな時でも

  二人に 向けられた 笑顔が

  不思議と勇気くれるよ


  子供の頃  僕ら

  なんでもできるって そんな

  夢みたいな事 ただ 信じていた


  夢見続ける事

  意外と難しくて

  うつろな瞳で現実(せけん)

 ただ眺 めてた…………



 安奈の歌う歌は、昔の思い出や、夢を思い出すような、とても美しい歌。

 そっと目を閉じ、僕の心は二人に手を差し伸べてもらった時に戻っていた。

 再び三人で集まる事ができて、僕はとても満ち足りた気持ちになる。


◆◇◆◇


(……見ツケタ……)

 しかし、この時僕は、僕らを見つめる悪意に気が付いてはいなかった。

 悪意はずっと身をひそめていて、それが牙を向くのはまだまだ先である。


「よう、トオルのくそ野郎のせいで、暇を持て余しているトールだ。全く、トオルにも安奈とかいう少女の才能が欲しい。彼女の爪の垢を煎じて飲ませたいぜ! ……はぁ、彼女の作った歌で魔法を使えねえかなぁ……。ま、バカとなんちゃらは使いようって言うしな。我慢してやるか。じゃぁ、また次回まで待ってろよ」 

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