公園のベンチに触れた指に僅かに走った痛み。
見れば左手の中指側面に小さな刺が刺さっている。
具合を見ようと親指でなぞっただけなのに。さらに奥に入り込んで私は軽く息を吐いた。
組織が壊滅して半年。私はこんな些細なことにすら反応してしまう。
「平和すぎるもの」
射たれることより、殴られることより、チクチクと心ざわりな刺の痛み。
気にしすぎだと、彼が隣にいれば一笑してくれるだろうけど、工藤新一に戻った彼は、事件を追い掛けてばかりで行方も知らない。
「哀ちゃんも一緒にサッカーしようよ!」
無邪気に手を振る吉田さんに頷いて立ち上がろうとした時。
ポケットに入れた携帯が震えた。
工藤くんからのメールだ。
メール画面を開く。息を飲んだ。するり。と携帯が地面に落ちた。
『今すぐ家に戻れ。組織の残党が動いている』
足元から崩れていくような感じがする。
すぐ動けなかった。
「灰原さん?」
走り戻ってきた円谷くんが、携帯を拾い上げ顔を覗き込む。
「真っ青ですが、なにかあったんですか?」
気付かれるわけにはいかない。
この震えを。
巻き込んではいけない、平和な彼らを。
「だ、大丈夫。仲の良い知り合いが倒れたって連絡がはいったの」
「新一にいちゃんかよっ」
どうして彼の名前が? とも思ったけれど。私は首を横に振った。
「みんなの知らない人。ごめんなさい、私今からお見舞いに行かなくちゃ。先に帰るわね」
言うなり背を向けて走りだす。
「――また、明日学校でねっ」
吉田さんの声に手を振り返すことすらできなかった。
私に明日なんて、あるの?
忘れていた。忘れようと、していた。
この痛みは警告なのだ。
――久しぶりに、怖いと思った。
平和はあっという間に粉々になり、慣れたせいで、以前のように為す術が簡単に浮かばない。
わかるのは、家に帰ることはできないということ。
平和はなんて恐いものなんだろう。
学校から帰って遊びに来たから、財布なんて持ってなかった。
ポケットにいれた僅かばかりのお金で一番遠くの笠凪海岸へ向かう。
乗るとき確認したが、それらしい気配はない。
あまりキョロキョロすると冬休みだからといって、小学生一人の遠出は不自然で目立ってしまう。
のどかな風景が広がるにつれて、私は無性にメールを打ちたくなった。これから最期になるなら、声が聞きたかった。
工藤くんや博士や、それからみんなの。
でも、発信履歴や送信履歴を手がかりに場所を探されてしまうかもしれない。
メモリーが残っていたら、私との繋がりで消されてしまう。
携帯端末カードを抜き取り、窓から捨てる。
トゲがずきずき痛む。
私は泣きそうだった。
無人の駅で下りて、映画のスパイがやっていたように携帯を2つに折って踏み割り、さらに蹴散らした。
大事なメールがあった。博士に買ってもらった携帯だった。
振り返ることすら許されない。
波の音を何度も聞くうちに、ようやく心が落ち着いてきた。
看板の外れかけた海の家に入る。
従業員用のロッカーに身を潜める。
武器はない。きっと、あっけなく片がつく。
かくかく震える膝を抱きながら私は目を閉じた。
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