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吟遊詩人はかく語りき

鳥と王さま

作者: 冬野 暉

 むかしむかしの、そのまたむかし。

 あるところに、それはそれは偉大な王さまがおりました。強く、賢く、心優しく、だれもが愛さずにはいられない立派な王さまがおりました。

 しかし、王さまはすべてのものから忘れられたひとでした。王さまの治める王国は、古く、旧く、もはや総べる民のひとりもいない、とっくのむかしに滅びた王国でした。王国にたったひとり残された王さまは、その強さも、その賢さも、その優しい心も、だれにも知られることなく、だれにも愛されることなく、ひっそりと暮らしておりました。

 ある日、ひとりぼっちの王さまの王国に一羽の鳥が迷いこんできました。空のように真っ青な翼に、玻璃ガラスの笛よりも美しい歌を奏でる金色の嘴を持った、小さな小さな鳥でした。

 ひと目で鳥を気に入った王さまは、捕まえて籠の中に閉じこめてしまおうかと思いました。しかし鳥があんまりにも楽しげに空を飛び、あんまりにも嬉しげにうたうので、じっと黙って鳥の歌を聞いておりました。

 鳥は小さな小さな冒険家で、それはそれはいろんな国のいろんな歌を知っておりました。王さまがあんまりにも楽しげに耳を澄ませているので、あんまりにも嬉しげに笑うので、鳥はたくさんたくさん歌をうたいました。

 ひとりぼっちの王さまの王国には、いつも鳥の歌声が響くようになりました。するとその評判を聞きつけて、たくさんのひとが王さまの王国にやってきました。

 王さまの治める王国は、まるで時間を巻き戻したようにとても賑やかになりました。しかし、それはすぐに騒々しい剣戟に変わりました。

 美しい鳥の歌を求めて、たくさんのひとが争い、殺し合いました。たくさんのひとが王さまを鳥を独り占めする悪者だと言い、王さまに剣を向けました。

 王さまはだれとも戦いませんでした。だれも殺しせんでした。たくさんのひとのだれよりも王さまが強いことを王さまは知っていましたが、たくさんのひとを殺せば、傷つければ、鳥が小さな小さな涙を流すだろうということも知っていました。

 たくさんのひとに取り囲まれた大きなお城の中、王さまは秘密の扉を開き、その奥へ鳥を忍びこませました。

「早くお逃げなさい。おまえの翼ならばどこまでも飛べる。どこへでも行ける。おまえの好きな国へ行って、おまえの好きな歌をうたいなさい」

 王さまには逃げるつもりがないのだと知って、鳥は慌てて言いました。

「王さま王さま、どうかわたしと一緒に逃げてください。だれよりも強く賢いあなたなら、わたしと一緒にどこまでも行けるでしょう」

 しかし、王さまは決して頷きませんでした。

「いいや、小さく美しい鳥よ。わたしが王である限り、わたしがわたしの王国から逃げることなどできるはずがない。わたしの民が眠るこの王国を、彼らが愛し、わたしが生まれたこの王国を、王であるわたしがどうして捨てられようか」

 王さまは、生まれたときから王さまでした。だれよりも強く、だれよりも賢く、そしてだれよりも心優しい王さまでした。もはや統べる民のひとりもいない、たくさんの墓標だけが残された王国を、それでも王さまは心から愛しておりました。

 鳥が鳥でしかないように、王さまもまた王さまでしかありませんでした。鳥は悲しい思いでいっぱいになって項垂れると、朝露のような、小さな小さなひと粒の涙をこぼしました。

「王さま王さま、ならばわたしはあなたの歌をうたいましょう。だれよりも強く、だれよりも賢く、だれよりも心優しい、わたしの王さまの歌をうたいましょう。たくさんのひとがあなたを愛するように、だれもがあなたを忘れないように」

 王さまは鳥の涙をそっと拭い、鳥の歌に耳を傾けているときのように微笑みました。

「ならばわたしは土に還り、一本の大きな樹になろう。風が運ぶおまえの歌が聞こえるように天高く梢を広げ、その小さな翼が旅に疲れたときにはおまえが葉陰で休めるように。おまえがわたしの鳥ならば、わたしがおまえの止まり木になろう」

 そのとき、ついにお城の門が打ち壊されました。王さまは鳥だけを扉の向こう側に残し、固く鍵をかけました。

「王さま! 王さま!」

 鳥は大きな声を上げて王さまを呼びました。けれども、扉は二度と開きませんでした。鳥はもう一度だけ小さな小さな涙をこぼし、お城の外へと続く秘密の通路を飛んでいきました。

 やがて火の手が上がり、王さまのお城は真っ赤な炎に包まれました。もはやなんのために戦っているのかすらわからなくなっていたたくさんのひとと、失われた王国の最後の王さまを呑みこんで、炎は激しく燃え上がりました。

 たった一羽逃れた鳥は、焼け落ちるお城を空から見つめていました。炎が消え、何もかも真っ黒焦げになってしまうまで、いつまでも見つめていました。

 それから鳥がどこへ行ってしまったのか、知るひとはおりません。空のように真っ青な翼に、玻璃の笛よりも美しい歌を奏でる金色の嘴を持った、小さな小さな鳥のことなどだれもが忘れてしまいました。

 その代わり、いつの頃からかいろんな国で、ある王さまの歌がうたわれるようになりました。それそれは偉大な、だれよりも強く、だれよりも賢く、だれよりも心優しい、だれもが愛さずにはいられない、立派な王さまの歌でした。たくさんのひとが王さまの歌をうたい、王さまを愛し、王さまを知らぬひとはおりませんでした。

 きっと今日もどこかで、だれかが聞いていることでしょう。だれよりも王さまを愛する鳥がうたう、だれよりも鳥を愛した王さまの歌を。

拙作は、異世界召喚競作企画『テルミア・ストーリーズ+』の『テルミアおまけ部門』参加作品です。作中の設定の一部は企画よりお借り致しました。

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