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僕はえんぴつです。
作者:谷津矢車
 何度も何度もけずられていつか捨てられる。それが僕の定めなのです。
 その定めにはじめてきづいた時、僕は泣きました。
 でも、いまはもう泣きません。

 申しおくれました。僕はえんぴつです。

 僕の生まれたところはひどく物音のうるさい建物の中でした。ごうんごうんと音を立てる機械から生まれると、えんぴつたちはしばらくベルトコンベアーにのせられます。僕もそうでした。ベルトコンベアーにのっている間はひどくヒマで、となりの兄弟たちとおしゃべりばかりしていました。
 そこで、僕は聞いてしまったのです。
「えんぴつっていうのは、何度も何度もけずられていつか捨てられるんだ」
 こわくて涙が出ました。いつか、僕というものがなくなってしまう。じぶんのからだをけずってけずられて、やがて用済みになってしまう。その日のことを考えるのがこわくて、僕はひとりふるえていました。
 きっと、兄弟たちもおなじ気持ちだったでしょう。
 そんな兄弟たち11人と一緒に箱にはいった僕は、生まれそだった建物をあとにしたのです。いつかくる、用済みになってしまう日のことをただただ、つらつらとかんがえながら。

 ながい旅のはて、僕はある筆箱の中におさまりました。
「おう、新入りかィ」
 筆箱に入った時、声をかけてくれたのは、ナイフさんでした。
 背中にほんの少しだけのぞかせる、ぎんいろの刃を折りたたんで、黒の持ち手でかくすナイフさんは、ところどころ、てあかでよごれていました。きっと長い間この筆箱の中にいたのでしょう。ナイフさんはしゃがれた声で僕らをむかえてくれました。
「まあそう縮こまるなィ。いっしょにすごすんだ、なかよくやろうじゃねえか」
 そうやって笑うナイフさんをはじめてみたとき、僕はナイフさんがうらやましくて仕方がありませんでした。
 だって僕は、ナイフさんのようにながくここに居続けることはできないのです。つやつやの木のはだをけずられて、僕はすこしづつそこなわれていくのです。そしてそのうち役にもたたないものになってやがては捨てられるのです。そんな僕からしたら、ぎんいろのからだを持ってながいあいだじぶんのからだを持ちつづけていられるナイフさんをうらやましいと思ってしまうのは当たり前のことでした。
 その日の夜、僕はどうしても眠ることができなくて、ふるふるとふるえていました。さむいわけじゃありません、こわかったのです。いつかやってくるあの日のことが。
 そんな僕に声をかけてくれたのは、ナイフさんでした。
「おう、どうした、眠れねえのか」
 はい。僕はそうこたえました。
「なんだ、枕が違うと眠れねえってか? 人間みたいなヤツだ」
 ちがいますよ。僕はこたえました。
「じゃあなんだってんだ」
 僕は、こたえました。
「僕はこわいんです。ナイフさんだって知ってるでしょう? 僕らえんぴつは、自分のからだをけずられて、近いしょうらい捨てられちゃうんです」
「ああ、そうだな」
「僕はナイフさんみたいに生まれたかった」
 ナイフさんのように、長い間大事にされるようなものに、僕はなりたかった。それは、つつみかくさない僕の本当の思いでした。
 でも、ナイフさんは、ふん、と笑うだけでした。
 何がおかしいんですか。そうきくと、ナイフさんはしゃがれた声でこたえてくれました。
「おれはいままで、いろんなえんぴつを見送ってきたよ。おまえみたいに、えんぴつで生まれたことをうらんでいるヤツもいた。なかには、おれに食ってかかるヤツもいたよ、不公平だ、ってな。でもな」
 ナイフさんは、僕の木のはだを、持ち手でこつんとたたきました。
「なぜかおまえたちえんぴつは、さいごにはそんなことを言わなくなる」
 え?
 僕らえんぴつは、捨てられることがこわくなくなるのでしょうか。
 なんでです? なんどもききました。でも、ナイフさんはおしえてくれません。かわりに、
「おれはナイフだ。おまえたちえんぴつの気持ちなんてわからない。でもきっと、おまえがえんぴつだという気持ちを持ちつづけていれば、きっとおまえにもわかる。おまえだって、感じとることができるだろう、きっと先輩たちみたいにな」
と、分かったようなことを言うのです。
 でも、なぜかナイフさんの言葉は僕の心を温かくしました。
 長い夜が、すこしだけみじかくなったような気がしました。

 そして、その日がやってきてしまいました。
 大きな人間の手が、筆箱の中から僕を取り上げました。そのしゅんかんに、僕はついにきたるべき日がきてしまったのだと思いました。これからぼくは、自分のからだをけずられてしまうのです。そして、筆箱からもちあげられたのは僕だけではありませんでした。なぜか、ナイフさんもいっしょでした。
「なんでナイフさんが」
 すると、人間の手によって、普段折りたたまれているナイフさんの刃が明らかになりました。いつもはかくれている刃を見たとき、僕は言葉をなくしました。
 ナイフさんの刃には、くろい粉がたくさんついていました。僕だって知っています。これは、僕らえんぴつの真ん中にすっと通っている芯なのです。
「ナイフさん、もしかして」
 人間の手ににぎられたナイフさんは、その刃先を僕につきたてます。
「ああ、そのとおりだ。おれはえんぴつたちをけずるためにここにいるナイフだ」
 うらぎられたような気さえしました。でも、ナイフさんはなれっこのことであるかのように、僕の思いをかわしました。
「ほら、ようやくおまえの出番なんだ。しゃっきりしろ」
「そんな。でも」
「だいじょうぶだ」
 ナイフさんは僕のはしっこのほうをけずっていきます。いたみはありません。でも、じぶんがけずられていくということじたいが僕の心までけずっていくようでした。じぶんのからだがけずられていくイヤなおとが、いつまでも僕の中にひびきます。
 そうして僕のはしっこはとんがりました。
「いって来い。おれには行けないところへ」
 ナイフさんは、また折りたたまれて筆箱の中にきえていきました。
 僕は、大きな手に握られたまま、明るい窓辺に連れていかれました。

 そこには、真っ白い紙がしかれていました。
 大きな手は僕をにぎり、けずられた先を紙の上にごりごりとおしつけはじめました。さっきとはまたちがう気持ちわるさが僕をおそいました。押し付けられるたび、大事な芯がけずられ目減りしていくようにおもえました。そして、ほんとうにそうなのでしょう。たて、よこ、ななめ。円や急な転回。からだにはしるイヤな気分にからだをふるわせながら、ずっと僕はガマンしていました。
 でも、ふいに僕をにぎる手が止まりました。
 その代わり、僕は紙からはなされて、はなれたところから紙を見ることができるところまで移動しました。
そのとき、いやなきぶんがすべてふっとびました。
 目の前にひろがるものに、僕は気持ち悪さをわすれるほどにおどろいていました。
 僕の芯はやはりけずれていました。そのあとが、紙の上にはのこっています。たて、よこ、ななめ、円に急転回。僕の芯がたどったあとは、何重にも折り重なって紙の上にあります。さっきまではちかすぎて分かりませんでしたが、それらの線は無意味なのではなくて、なにかの意味があるように思えます。なにかのりんかくを浮かび上がらせているように思えたのです。
 それがなんなのか、僕には分かりません。でも、それは地面に大きな手を広げ、空にも大きな手を広げる何かでした。
 そのきれいさに、僕はみとれました。もしかすると、こんなうつくしいものがどこかにあるのかもしれない、そう思うとドキドキわくわくしてきます。
 その日、僕は大きな手のままに、一度も見たことのないすてきななにかを紙の上に写し取っていました。気持ち悪さをわすれて、せっせと僕は自分の芯をけずっていきました。

 筆箱にかえると、ナイフさんが声をかけてきました。
「どうだった」
「はい」
 僕は何も言えませんでした。あんなすてきなものを前に、言葉なんて浮かばなかったのです。
「もう、大丈夫そうだな」
 ナイフさんはおおぎょうに笑いました。
「おまえたちえんぴつは、たしかにみをけずられる。そして、いつかは捨てられる。でもな、おまえたちはからだをけずることで、人間にとってかけがえのない何かを作り出すんだ。えんぴつたちは皆、いつか気づくんだ。自分の芯をけずって『かけがえのない何か』をつくっているんだ、ってことに。だから、おまえたちはいつか喜んで自分のからだをけずるようになるんだ。はだをけずられてじぶんの中心に通っている芯をけずって、何かをつくりたい、そうねがうようになる」
 そうだ。
 僕はもう、けずられることはこわくありませんでした。
 そして、ナイフさんはつづけました。
「けっしておれはうらやましがられるようなものじゃない。おれはたしかに長くいつづけることができる。だが、おまえたちのように、『かけがえのない何か』をつくることができない。おれにできるのは、もともとあるなにかを切ったり分けることだけだ。おまえたちがつくる『かけがえのない何か』にはあまりにとおい」
 だから、とナイフさんは言いました。
「おまえはつくってこい。『かけがえのない何か』を。からだをけずられながら。芯をけずりながら」

 何度も何度もけずられていつか捨てられる。それが僕の、えんぴつのさだめなのです。
 でも。
 いや、だからこそ。
 自分の体をけずってやろうと思っているのです。ナイフさんのいう、『かけがえのない何か』が見たいから。それが何なのかを知りたいから。
 あ、そういえば。
 僕が体をけずって紙の上に写し取っているものは、『木』らしいです。自分のはだとしてしか知らなかった『木』が、あんなすてきなものだったなんて知りませんでした。
 きっと僕は、紙の上にかかれた『木』のかんせいを見ることはできないでしょう。
 なんどもなんどもナイフさんにけずってもらううちに、僕はどんどんみじかくなっていき、そろそろ人間の手に収まらないほどの小ささになりつつあるのです。
 でも、ふしぎとこわくないのです。
 だって、僕がいなくなっても、紙の上にかかれた『木』はのこります。そして、僕がえがききれなかった『かけがえのない何か』は、他の兄弟たちがかんせいさせてくれるにちがいないからです。
 僕は今、『かげがえのない何か』のためにガリガリとじぶんの芯をけずりながら、どこかにあるという木に思いをはせているのです。
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