第10話 背中合わせ
「ああああぁぁ…!!」
蘭の部屋からは悲鳴に近い鳴き声が聞こえていた。
「お、おい英理!!あれは蘭の声か…!?」
小五郎が焦りながら英理に聞く。
「…」
英理は頭を抱え込み黙っていた。
コナンも気まずそうに英理をみつめる。
英理はようやく重たい口を開いた。
「…蘭…もう一度手術を…それも今すぐには出来ないのよ…」
「!?」
コナンは驚いて声が出なかったが、小五郎はすぐに声を張り上げる。
「なんだって!?…どういうことなんだ!!」
英理は涙ぐんだ顔を上げ、静かに言った。
「…手術した左膝に異物があるらしくて…」
「…い…異物?」
コナンも小五郎と一緒になって聞く。
「ええ…それが骨片とか大きなものだったらすぐにレントゲンに写ったらしいんだけど…。あの子の場合、手術の時に出た繊維のようなかすかなものなんですって…」
英理は視線を下げて続ける。
「…それでも関節に挟まって…炎症を起こしてしまうそうなのよ…。手術後の一週間くらいまでなら薬でなんとか出来たそうなんだけど」
「手術後一週間って…丁度蘭姉ちゃんが退院した頃…だよね」
コナンが眉間にしわを寄せながら言った。
「そう。大事な時に転院してた…」
そしてしばらくの沈黙の後、小五郎が言った。
「でもそれは…杯戸中央病院の手術ミス…だよな?」
しかし英理はため息をついてから答える。
「それが…はたして異物が入ったのが杯戸中央病院での手術なのか、米花総合病院でなのか特定出来ないそうなの」
「…そんな…でっ、でも!異物なら手術で取り出せるんじゃないか?」
小五郎は必死に聞いている。
「だから言ったでしょう。すぐには手術が出来ないって…。あの子、もう二度も同じ場所を切っているの」
コナンは背筋がゾクッとした。
小五郎も青い顔で英理を見ている。
「お医者様の話によると…最低でも半年は待たないといけないって言うのよ」
「半年…か。でも出来るんじゃないか!あんなに泣いてるからもう駄目なのかと思ったよ…」
小五郎は少しホッとした様子だった。
しかしコナンが震えた小さな声で聞く。
「…じゃあ蘭姉ちゃん…もしかしてもう…?」
「そうなのよ…コナン君…」
「へ?」
小五郎が分かってないと察した英理は言った。
「手術までに半年!その上リハビリ期間も入れたら…どうなると思うの!?」
「…ど…どうなるって…?」
そこにコナンが割り込む。
「…おじさん…蘭姉ちゃんはもう…高校生活で空手をやれない…」
「な…!?」
小五郎はその場に座り込んだ。
そして机を思いっきり殴る。
「…くそっ!!!」
「あなた!」
「…」
コナンはその光景と蘭の鳴き声で事の重大さを骨の髄まで思い知らされてしまった。
今までショックを人前で見せなかった蘭が、この有り様。
(…蘭…オレ…オレが…)
コナンの目の前は真っ暗だった。
蘭の夢を遠ざけ
蘭の青春を潰し
遂には蘭の笑顔さえも奪ってしまった。
コナンは心が深くに沈んでいくような気がした。
★
―2日後
蘭はあれから学校へ行かなくなってしまった。
コナンも体調が悪いため学校を休んでいる。
しかし、二人きりになっても蘭はコナンと少しも口を聞かず、朝から普段は滅多にやらないゲームを延々とやっていた。
そしてたまにフラフラと自分の部屋へ行き、机に突っ伏して泣く。
そんな蘭を見かねて、コナンは蘭が泣く部屋へと入った。
「…蘭姉ちゃん…」
「…」
蘭はそっぽを向いている。
「あ…あのさ…」
「…ってよ…」
蘭が小さく呟く。
聞き取れなかったコナンは聞いた。
「え?」
すると蘭は両手拳に力を入れて怒鳴るように言った。
「…出てってよっ!!」
「!!」
コナンは蘭の意外な言葉に驚く。
そして次第に目頭が熱くなり蘭の部屋を飛び出した。
ドアを閉めるとコナンの目からは涙がこぼれた。
蘭に嫌われた、そう思えて仕方がなかった。
(バーロ…自業自得じゃねーか…)
そう考えて歯を食いしばっても涙は止まらない。
蘭に泣いている事がばれないよう、声を押し殺す。
蘭を傷付けて落ち込んだコナンを支えてくれたのは、紛れもない蘭だったのだ。
そしてその蘭をコナンが励ました事は一度もなかった。
(…蘭…ごめんな…蘭…っ)
コナンは心の中で蘭に謝りながら自分の頬を伝う涙を感じていた。
一方で蘭は片肘を机に突き、額に手を当てて考え込んでいた。
コナンに言った言葉を後悔していたのだ。
(どうしたの私…どんどん嫌な人間になってく…)
蘭は髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
|