恋愛ゲームの進め方
恋愛ゲーム、学園といった書き慣れないジャンルの習作です。
『恋愛ゲームの歩き方』のその後のお話。峰岸 勇太視点です。
「好きだ。俺と付き合って欲しい」
タイミングが悪いというのはこの事だろうか。時間の早さ故に生徒のまばらな教室を出た俺は、人のほとんど通らない図書館への廊下を通りすぎようとして……思わず角に隠れた。
恐らくだがこの先、階段下のスペースで男子が女子に告白しているのだろう。手に持った返却するための本を見ながら今朝は諦めるかと踵を返そうとした時。
「渡瀬 桜さん」
クラスメイトの名にギクリと背を強ばらせた。早く立ち去らないとと思う反面、足は地面に吸い付いたように動かない。立ち聞きは最低だと頭の片隅で警鐘が鳴り響くも、返事が気になった俺は気配を消して答えを待った。
「えっと、あの……」
「あ、俺は佐久間 彰人。同じ一年でサッカー部に所属してる。彰人って呼んでくれ」
呼びかけようとして言い淀んだ渡瀬さんに男子生徒は嬉しそうな声で自己紹介をする。それで相手が誰なのか判明した。
佐久間 彰人は中学時代、サッカー部のエースとして有名な生徒だ。髪を茶色に染め、目立つことが大好きなお祭り男でもある。もちろん負けず嫌いで、彼はなぜか俺に突っかかってくることが多かった。俺には何かにつけて勝負だ、相手をしろと煩いイメージしかなく、ヤツの土俵であるサッカーの授業中は大変だったのを思い出す。
「ええっと、佐久間君」
名前呼びを許されたにも関わらず、渡瀬さんの柔らかい声はゆっくりと彼の名字を呼んだ。凄く不思議そうに、それでも迷惑そうな表情は浮かべることなく佐久間を見上げているだろう渡瀬さんが容易に想像できて、胸の奥が小さく痛む。
「私は好きな人がいます。今は彼を想うだけで精一杯なんです。ごめんなさい」
「知ってる。山田 太郎だろ? でも入学から一ヶ月、そろそろ学校にも慣れてきて周りが見えてきたんじゃないか?」
つまり山田より自分の方がいい男だと言ってるのか?こいつは。相変わらず自信過剰なヤツと目を細める。
「言っている意味が判りませんが」
スッと低くなった渡瀬さんの声に俺は彼女に意識を集中する。その声は相手の意図を汲んでいて、けれど訂正しろとチャンスを与えていた。それにも関わらず佐久間は笑いながら自分勝手な持論を口にする。
「俺の方が格好いいだろ? あんな眼鏡のどこがいいんだよ」
それはまずい、と思うのと刺々しい渡瀬さんの言葉が発せられるのは同時だった。
「太郎君の良いところは子供には判りません。そしてそれを貴方に教える義理もありません」
それを聞いて胸の奥が再び痛む。きっぱり言い切って立ち去ろうとした彼女の靴音が佐久間の苛立った声で止められた。
「あんな格下弄んで楽しいのか! それにあれは他の男の気を引くために付き合ってるんだって知ってんだぞ」
その言葉が聞こえると同時に俺は一歩踏み出した。二人のいる廊下に向かって。
「あれ、渡瀬さん?」
偶然を装って本を掲げながら声をかけると、泣き出しそうな顔をしていた彼女が俺を視界に入れて安心するのが判る。ぎりぎりの状況だったのだと理解すると同時に不機嫌そうな佐久間を見た。
「そろそろ予鈴がなるぞ。教室、行かなくていいのか?」
言外にどこか行けと言われたのが判ったのか、佐久間は無言で立ち去る。訪れた沈黙が辛くて俺は渡瀬さんに無理矢理声をかけた。
「大丈夫?」
「助かりました」
意外としっかりした返事が返ってきて、俺は目を見開く。渡瀬さんは鞄を持ち直すとこめかみをグリグリと揉みほぐしてクスリと笑った。
「できることならもう少し早く助けに入って欲しかったです」
「告白の最中に乱入できるほどの度胸はないよ」
二人で教室に戻りながら盗み聞きしていた事実を指摘されて俺は正直な心中を明かすと、渡瀬さんは小さく笑う。
「そう言えば告白されていたんでしたね。別の言葉ばかり気になってすっかり忘れてたわ」
好きだと言われた事実よりも山田を侮辱された事の方が腹が立ったのだと言い訳する彼女だったが、フッと周囲を見回して一言呟いた。
「ここ、どこなんですか?」
その言葉に俺は無意識にきつく握りしめていた拳から力が抜ける。そして日本人離れした茶色の髪を揺らし、長い睫毛が縁取る黒い大きな目に困惑を滲ませる彼女を教室へとエスコートするのは俺の役目になったのだった。
「あはははは!」
「樋口さん、笑いすぎ。っく……またっ……迷子って……!」
二人で教室に戻ると心配していたらしい山田がいた。男子生徒に告白された話はせずに図書館前の廊下から戻れなかったのだとの彼女の説明に、一緒に聞いていた樋口は腹を抱えて笑いだし、山田も肩を振るわせていた。そんな山田を見て真っ赤になった渡瀬さんだがどうやら迷子の常連らしく、宗方や山田(一)までにもからかわれた。
「この学園、大きすぎるのよ。中等部と混ざらないようになっているから校舎の作りが複雑で……慣れてるみんなとは違うの!」
耳まで赤くして言い訳を口にしているが、入学からすでに一ヶ月が経つ。そろそろ憶えてもいい頃なのでは?とも思ったが、俺は口に出さすに渡瀬さんを見つめていた。
「それにしても良かったね。ちょうど峰岸君が通りかかってくれて」
「そうねぇ。そうじゃなかったら桜ちゃん、授業に間に合わなかったんじゃない?」
やんわりと俺を立てる山田。眼鏡の奥の目が穏やかに笑っている。
本当にこいつは良いヤツだ。渡瀬さんを傷付けた俺達に関係を修復するチャンスを与えようと、少しずつ押してくれる。現に今も山田の言葉に渡瀬さんはこちらを見て笑って礼を言っていた。一ヶ月前の強ばったそれとは違う自然な微笑みを引き出したのは、俺ではなく山田なのだ。
そう。俺は一ヶ月前、初対面の彼女を傷付けた。彼女はなにも悪くなかったというのに悪意を持ってありもしない事実を非難したのだ。それ以来、俺は謝罪することもできずに彼女のクラスメイトとして存在している。
「出席を取るぞ」
教室に入ってきた黒田先生の声に話は終わり、いつもの日常が始まる。胸の内の小さな痛みもいつも通りだった。
「峰岸君」
授業が終わり帰りの支度をしていた俺に隣から声がかかる。渡瀬さんから話しかけてくるのは珍しいと振り返れば、真剣な表情を浮かべた彼女が山田と一緒にこちらを見上げていた。
「少し時間ある?」
「あるけど……どうかした?」
話の心当たりがないと渡瀬さんと山田を交互に見比べる。渡瀬さんの不安そうな表情に再び胸が痛み、山田を見て安堵する姿に微かに苛立ちが募った。そんな俺に気付かぬまま渡瀬さんは意を決したように立ち上がる。
「私をなぜ嫌ったのか、理由を話して欲しいの」
一ヶ月前の出来事を説明して欲しいという彼女を見ながら、立ち直るまでにかかった時間に自分の付けた傷の深さを思い知っていた。だが拒否することはない。言い訳をするつもりはなかったが、渡瀬さんは知っておいた方がいいと俺は思っていたのだから。
「朱里は……」
「今日は峰岸君だけでいい」
小さな声は恐怖を滲ませ、俺より頭一つ小さい彼女の唇がきゅっと引き結ばれた。
「まず最初に言いたい。俺は渡瀬さんを嫌ったりしていない。ただ聞かされた話に反発はしていた」
それだけは判って欲しいとなぜか焦り、小さく肯いた彼女に変な安堵が胸を占め。
「あの女の先輩は池田 美咲。2年生で中学のころから生徒会の常連だ。俺達も中学の頃お世話になったし、中学、高校と生徒会長や副会長とも一緒に生徒会を運営している」
「それは一佳さんから聞いてる」
独自の持論を振りかざす危険な女子生徒だから近付くなという警告は受けていたのだと話す渡瀬さん。
「知り合って1年以上経ったある日、俺達が間もなく中学を卒業という頃に話があるからと美咲先輩に集められたんだ」
そこで語られた内容はこうだ。
この世界は恋愛ゲームの世界で、間もなくヒロインが他校から入学してくるわ。彼女はみんなの攻略法を知っていて、その知識を元に攻略対象に自分を好きにさせて逆ハーレムを築くつもりなの。私はそんな貴方達を理不尽な恋愛から救うためにここに来たのよ。今から私の与える知識でヒロインからのアプローチを回避しましょう。大丈夫、私だけが味方だから。
「それを信じたの?」
不思議そうな渡瀬さんの質問に、俺は肯くしかなく。
「多分副会長には根回し済みだったんだ。彼が同意することでなぜか美咲先輩の言葉を信じてしまった気がする。それにその……俺達の攻略法っていうのがあまりにも的確だったという理由もある。心の底の願望というか、理想をどこかで聞いてきたかのようで……」
「密室で突飛もない事を、根回しした人間を使って信じさせるって詐欺のやり口だよ」
山田の指摘に一つ肯く。
「俺の場合は渡瀬さんに出会っただけで恋に落ちると言われた。一目惚れの典型なのだと」
実際、授業初日の朝、ベランダに出て桜を見ていた渡瀬さんに俺は目を奪われた。楽しいはずの高校生活初日に寂しそうな表情が印象的だったから。風に揺れる長い髪も、華奢な肩も、スカートから伸びるスラリとした足も、全てが俺の好みだったのだ。
「だから峰岸君は『好きな女の子を選ぶ権利がある』って言ったのね」
どこか納得したような彼女の言葉に肯くことはできない。先入観が俺の一目惚れを全否定した。自分で言っておきながら俺は何も選んではいなかったのだ。
「美咲先輩の話の根拠は知らない。聞こうとも思わなかった。とにかく攻略されないようにするので精一杯だったんだ。渡瀬さん、本当にごめん」
「怖い……ね」
謝罪した俺に渡瀬さんはポツリと呟く。
「でもそれで納得できた。その先輩の理屈で言えば、峰岸君は私の容姿で惹かれるから先輩を好きにはならなかったんだね」
「え?」
いったい何のことだと狼狽えると山田と小声で話していた渡瀬さんがレポートを取り出す。
「風紀委員長の一佳さんがあの後、詳しい話を聞いたでしょう? それを纏めてくれたものなんだけど、峰岸君以外の3人はその先輩を好きだと言ってるわ」
話を聞きながら読んでいたレポートの朱里の報告に鳥肌が立つ。そこには『俺を俺だと最初に認めてくれたのは美咲なんだ。アイツは俺の孤独を理解してくれたんだよ』という証言が書かれてあった。だが渡瀬さんの言いなりにはならないと宣言した生徒会室で、朱里は彼女になんと言った?
『渡瀬。俺に寂しさなんてねぇよ。親とは不仲だが、それ以上に勇太や美咲達がいる。お前に慰められ、認められなくてもかまわねぇ!』
つまり。
「美咲先輩が俺達に攻略法を使って近づいたっていうのか」
「怖いでしょ」
渡瀬さん言葉の意味がようやく判った。胃がひっくり返るような不快感と、ドクドクと血液の流れる音がいやにうるさく聞こえる。
自分達を助けるためと言いながら美咲先輩は俺以外の3人を攻略していたのだ。私だけが味方だと洗脳紛いの事までして。
「本当は隠しておくつもりだったの。嫌な思いをするだけだから。でもそうもいかなくなったから」
「峰岸君も聞いたんだよな? 渡瀬さんが他の男子の気を引くために俺と付き合ってるっていう話をサッカー部の佐久間君がしたって」
寄り添うように立つ山田が髪をかき上げながら確認する。一瞬俺達だけの秘密なのになんで知ってるんだと反発しそうになって……渡瀬さんが山田に話したのだと気が付いた。
「ああ」
「実はあの件の次の日、女の先輩が俺を通学路で待ち伏せしていたんだ。その時も言ったんだよ。生徒会長や峰岸君たちの気を引くために渡瀬さんは俺に告白したんだって」
「噂の出所は美咲先輩なのか」
「じゃないかな。確証はないけど」
知り得た現実は容赦なく頭をかき回す。信じていたものが完全に崩壊する音を聞いた気がした。いや、ある程度予想していたことだ。クラスメイトとしての渡瀬さんは本当に優しくて、人との関わりを大事にする女子だとこの一ヶ月でイヤと言うほど見てきた。美咲先輩が言うようなちやほやされて喜ぶような人ではないと断言できる程度に。
「渡瀬さん。俺が馬鹿だった。ごめん」
床を見つめながら謝罪を重ねた。ただただ後悔が胸を覆い、償いをさせて欲しいと請う。そんな風に頭を抱えた俺に渡瀬さんは気遣わしげに肩を叩いた。
「太郎君にね。峰岸君の良いところをいっぱい知ってるって言われたの」
優しい声に顔を上げ、微笑む渡瀬さんを見た。
「だからこの一ヶ月、峰岸君を見てきた。そして悪い人じゃないのが判ったわ。悲しい誤解で今回の出来事が起こったのなら、私は峰岸君を許したいと思うくらいに」
「渡瀬さん……」
あれだけ理不尽に酷く傷付けたというのに許そうと笑う彼女は、今までであった誰よりも可愛くて。
「あの先輩のせいで高校生活を台無しにしたくないの。今年一年楽しく過ごすために、峰岸君、仲良くしてね」
そう言って差し出された手は白くて小さくて、柔らかくて暖かかった。そしてそれと同時にこの手を握る権利を俺は失ったのだとまざまざと実感したのだった。
数日後の昼休み。
「一目見たときから好きでした。俺と付き合ってくれませんか?」
図書館に行く廊下は鬼門か!と心底思った。
この間返せなかったこの本が実は呪われているじゃ……と一瞬思うものの、ここは有名な告白スポットなのだと思い出して諦める。ちなみに図書館に行く廊下でこちら側を使うのは一年生のみ。二年、三年生は反対の廊下を渡ってくるから、あまり図書館を利用しない一年側は絶好の穴場なのだと誰もが知っていた。
それでもこんなタイミングに何度も出くわすなんてどんなキセキだよ……と窓の外の青い空を見上げ、このまま突っ切ってやろうかと自暴自棄に陥った俺の耳にデジャブのようなセリフが聞こえた。
「山田 太郎君はつなぎの彼氏なんだって聞いたから」
「え? また渡瀬さん?」
思わず突いて出た言葉に驚いて口を塞ぐも、零れ出た言葉を戻す術はあるわけもなく。
「峰岸君?」
聞こえた声に助かったとあからさまにホッとする渡瀬さんがこちらを向いた。手前にいた体格のいい男子が振り向き、見覚えのある顔にまずいことをしたと愛想笑いを浮かべながら確か剣道部のエースだったと思い出す。彼の少し切れ長の目が険しくなって睨んできた。
「今俺が渡瀬さんと大事な話をしているんだ。君は行ってくれないか」
さっさと行けと言われ、その通りだと思うものの助けを求める渡瀬さんを放置していくわけにも行かず途方に暮れた。動かない俺を見て男子生徒は更に苛立ちを募らせて言葉を続ける。
「お前、峰岸だろ? 渡辺 朱里と一緒に二年の池田先輩を取り合ってるっても聞いたぜ。だから邪魔しないでくれ」
「違う。俺が好きなのは渡瀬さんだ!」
一瞬意識を失ったかと思った。俺が誰と誰を取り合ってるって?と混乱し、正常な思考が戻る前に、俺の口は絶対口外しないと誓っていた彼女への想いをしっかりと吐き出していた。しかも本人の目の前で。
固まってしまった俺に男子学生も驚いた表情をさらす。
「峰岸もフラれたのか。もしかして本気で山田 太郎の事が好きなのか?」
「だからそう言ってるじゃない……」
疲れたように言い返す渡瀬さんに男子学生は申し訳なさそうに頭を下げるも、去り際にニコリと笑って。
「それでも諦めるつもりはないから」
そう宣言して立ち去っていった。
その後に訪れた気まずい沈黙まで前回と同じ。動揺した俺はどうやって先程のセリフを誤魔化そうと頭をフルに働かせつつ口を開いた。
「ほら、俺ってまあまあモテるらしいから、俺が振られたって噂になれば渡瀬さんが山田の事を本気で好きなんだってみんな思うんじゃないかと思ったし、俺が朱里と美咲先輩を取り合ってるなんて根も葉もない噂を否定できるし、一石二鳥だと思ったんだ」
口先だけでの理由付けはある程度形になってくれた。一息で言い切るとキョトンとして見上げてくる渡瀬さん。無防備なその顔はやめて欲しい。邪な気持ちが膨れ上がるから……と顔を背ければ彼女は小さく笑って肯いた。
「判ったわ。助けれくれてありがとう、峰岸君」
すんなり納得されてどこか残念な気持ちもあったけれど、友達にすらなれなくなるよりはいいと胸を撫で下ろす。
「ところでここからどうやって教室に戻るんだっけ?」
「あはは」
本気で困っているらしい彼女に乾いた笑いを洩らし、呪われた本を抱えたまま俺達は教室へと戻っていった。
「という訳で、俺が渡瀬さんに振られたという噂が流れるはずだから」
放課後、昼休み中に起こった出来事を最初は渡瀬さんが、残りのアドリブを俺が山田に説明した。始終穏やかな表情の山田は最後まで聞き終えると肯いて納得する。
「迷惑かけてごめん。俺が渡瀬さんに相応しくないから」
「相応しいか相応しくないかなんて関係ないわ。大切なのは私が誰を好きなのか、よ。そして私が好きなのは太郎君です」
山田の弱気な発言に渡瀬さんが言い切って、見つめ合った二人の顔が赤く染まる。見ていられないと呆れ半分、羨ましさ半分で二人の傍を離れ帰り支度をしていると、しばらくして山田が一人で近づいてきた。
「峰岸君。本当にそれでいいのか?」
眼鏡の奥から心配そうに覗かれ、俺は言葉に詰まる。山田は自分も帰り支度をしながら話を続けた。
「本気で渡瀬さんのこと好きなんだろ?」
核心を突かれて少し背の低い山田を思わず睨む。けれど山田は怯むことなく穏やかに笑ったまま、教科書を鞄に詰めていった。
「前の俺ならね、峰岸君と張り合おうとは思わなかった。多分俺が負けるからって引き下がったと思う。だけど」
そこでいったん言葉を切り、こちらを向いた山田の真剣な顔は驚くほど凛々しく見えて。
「今の俺は渡瀬さんの手を離すつもりはないよ。彼女が俺を嫌いにならない限り、隣りにいようと思う。峰岸君にも譲るつもりはないから」
その言葉は宣戦布告。こちらはほぼ完全な負け戦にも関わらず、強く所有権を主張する山田の言葉に、俺は不思議な親近感が湧いていた。『いい人』なだけのヤツだと思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。
「太郎って呼んでいいか?」
ニヤリと笑いながら問えば。
「構わないよ、勇太」
そう言って嬉しそうに太郎が笑った。
このような感じでそれぞれの登場人物の視点を借りて話を進めます。