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猫を預けに

作者:山羊ノ宮
空想科学祭2011参加作品です。
 彼らと出会ったのは、私が高等学校に通っていた頃だ。
 彼らとの関係を一言で表すのならば、親友となるのだろう。親友などと言う言葉を使えば、気恥ずかしく、胸の奥がむずむずとしてくるものだが、親友であることには間違いないのだ。
彼ら四人の中で私が一番長い時間を共有していたのは竹部であったろう。
 竹部は長身の眼鏡をかけたひょろひょろとした男で、捉え所のない男だった。へらへらとした笑顔で媚を売っているのかと思えば、時折鋭く突き刺さるような暴言をさらっと口にする。
 別段私が彼に好意を持っていたから、長い時間を共にしたのではない。ただ、そう、いうなれば、利害が彼と一致したのだ。
 彼には本の編集者になると言う夢があり、私には作家になると言う夢があった。それ故、私が書いたものに時々アドバイスをくれていたのだ。罵詈雑言と皮肉と共に。そして、最後には決まって「お前らしくていいんじゃないか?」とへらへらした顔で締めるのだ。
 何とも呆れた奴である。だが、最後のセリフだけで心が浮かれてしまう私自身もまた呆れた奴である事は間違いないのだ。
 そして、数年の年月が流れた。
 竹部は小さいながらも地方の出版社に入社し、編集者となった。そして、私は――――私は夢破れ、今はただの軍属の整備士の一人であった。
 歴史は重ねられ、技術は進歩した。しかし、人類は愚かにも戦争を止められないでいた。資源を求めて地球と宇宙との間で続けられる戦争。そして、遠距離型レーザー砲を備えた人工衛星に配属される前日、私は竹部に飼っていた猫を預けに行くのだった。


「よお、久しぶりだな。元気してたか?」
「ああ、私は元気だ。それより突然訪ねて来て、迷惑じゃなかったか?」
「いいや、全然。結構これでも暇でよぉ」
 出版社の一階ロビーで迎えてくれた竹部は、相も変わらずのへらへら顔であった。ここに来るまでに久しぶりに会う竹部に対し、色々と考え、緊張していた。だが、それもこの顔を見れば、一瞬にして緊張が吹き飛ぶのであった。
 恐るべきは竹部の笑顔の威力と言ったところか。
「で、そいつが電話で言ってた奴だな?」
 竹部は私の持っていたバスケットを催促する。元よりこれを預けに来たのだから、拒む理由もない。早々に本題に入りたがる男の性を許容するだけの器量も私には持ち合わせているのだから。
 ただ久々に会ったのだから、もう少し世間話と言うものをしても良いのではないかなと思わなくもないだけである。
「おお、意外と可愛いな」
「意外?」
「よくペットは飼い主に似るって言うだろ? だから、飼い主に似なくて良かったなって話」
「失礼な」
「ご主人様は怖いでしゅねー。猫助くん」
 珍妙な名前で私の愛猫を撫でる竹部。すると猫の黒色の毛並みが緑色に光る。
「ああ、これ知ってる。何年か前に流行ったクレブルニルフスっていう種類の猫だろ?」
「そうだ。去年、捨てられている所を拾ったんだ」
 飼い主の望み通りの猫を、と言うキャッチフレーズと共に流行したこの種類の猫は、通称コーディネートキャットと呼ばれていた。遺伝子操作と言う神の領域をも侵す人類の技術の粋を結集した愛玩動物であった。
 この子の青と赤の瞳も触られると発光する性質も全てはオーダーした飼い主の望み通りだったはずだ。
 それにも拘らず捨てられる。一体この子にどんな罪があったのだろうか。所詮流行が過ぎれば、不要になる。元の飼い主にとって、そんなアクセサリーの様なステータスだけの道具であったのだろうか。
「そう言えば、お前。動物嫌いじゃなかったか?」
「いいや。ただペットを飼うのが好きじゃなかった」
「何で?」
「少し幼い頃にトラウマがあってな」
「へえ、どんな?」
 トラウマだと言っているだろうに。それにも拘らず突っ込んでくる竹部の神経が疑われる。当然、聞かれて話しても良いかなと思っている私自身も少々おかしいことを認めねばならないだろう。
「昔、私が幼い頃、空き地に子猫が捨てられていてな。幼い私と私の友人は家に連れて帰れば怒られるだろうと思い、その場で何とか出来ないものかと考えた。家からタオルを持って来たり、皿にミルクを注いで持ってきたりした」
「それでその子猫は?」
「死んでいたよ。私達が発見した次の日にはな。トラウマと言ってもそれだけの話だ。今からして思えば、なんて思慮の浅い行動なのだと嘆くよ」
「子供なのだから仕方ないだろ」
「仕方ないか。確かにそうやって子供も大人も仕方ないと言って、他者の命を奪っていくものだものな」
「でも、今は救えるだろう。なあ、猫助」
 竹部はやはり私の愛猫を珍妙な名前で呼んだ。そして、撫でられる我が愛猫は嬉しそうに竹部と同じような細い目をするのだ。
「邪魔しちゃ悪いかな?」
 私も一緒に愛猫を数刻ぶりに撫でてやろうと手を伸ばした、そんな折であった。凛とした華のある聞き覚えのある声が私の手を止めた。
「倉田!? それに五樹もか。いや、今は倉田の奥さんと呼ぶべきか?」
 竹部は驚きの声を上げた。
 竹部の声の指差す方をたどれば、懐かしい顔があった。竹部と同じ親友と言っても良い倉田、五樹の両名が立っていた。灰色の地味なスーツに身を包んだ倉田。そして、その傍らに寄り添うように空の様な青のマタニティドレスを着ている五樹の姿があった。
「五樹で良いよ。別に」
「いいのか?」
「本人がいいって言っているんだからいいんじゃないのか?」
 まさか旦那の前で妻の下の名前を呼ぶ訳にもいかず、だからと言って旧姓で呼ぶのも気が引けたのだろうと推測する。竹部は本人達の許可を得て、昔馴染みの呼び方をする事が許された。私もこれに倣う。
 思えば私も二年前の二人の結婚式だって丁度宇宙にいたせいで、出席できていない。連絡はとってはいたものの直に会うのはやはり竹部同様久しぶりだった。そう思うと自然と体が緊張してくるのが分かった。
「いいのか?」
 困ったように私にまで質問を投げかける竹部。その困った顔があまりにも情けないので、私の緊張はすぐさま解かれた。
「いいんじゃないのか。当人達もそう言っている訳だし」
「そうか」と納得したのか、納得していないのか、考え込んでしまう竹部であった。そして、何を思ったのか「やはり二人は仮面夫婦だったと……」と言い放った。
 当然、「そんな訳あるか」と旧姓五樹、現倉田夫人閣下の制裁が下される。手にしていたエナメルの白いカバンの角が不敬な竹部の頭に直撃する。そして、叩いたカバンを脇に出すと、それを旦那であり、従者の倉田が両手で恭しく受け取るのである。
 それから、倉田は口元に手を当て、忍び笑うのである。
 変わらないな、と心の中で私は呟く。昔からこの二人の主従関係は変わらない。五樹は昔から倉田の事をまるで自分付きの執事であるかのように扱っていた。倉田の方もそれが嫌ではないらしく、ころころと丸い目を輝かせて五樹の後をついて行っていた。
 まさか二人が結婚するとは思ってもいなかったが、きっと五樹が結婚した後でも倉田は五樹の側に侍っているのだろうなと当時から想像していた。
「で、何? 俺に何か用なの? 俺、滅茶苦茶忙しいんだけど。まさか、俺を殴りにここまで……」
「違うわよ」
「妻がやっと安定期に入ったんでね。そろそろ木星にでも疎開しようかと思って。それで今日は君に挨拶に来たんだ」
 事情を話す倉田に竹部は神妙な顔で返した。
「便はまだあるのか?」
「うん。軍の関係者の伝手があって、なんとかね」
「私は別に地球を出て行く必要無いって言っているのよ」
「まあ、仕方ないじゃないか。戦争なのだし。誰も皆故郷を離れたくて、離れる訳ではないよ」
 そこに客人がもう一人。
「なんだ? 今日は同窓会か? 俺だけ仲間外れは無しだぜ」
 陽気な声と共にマネキンのような整った容姿がこちらに近づいてくる。メッシュの入った金髪に、はだけた軍服のから見えるシルバーの十字架やらドクロ。いかにもな不良軍人だと私は思う。
「有紀じゃないか?! 今は忙しいんじゃないのか? こんな所に来て大丈夫なのか?」
「忙しいよ。んで、これからもっと忙しくなるから、その前に挨拶に来たってわけ。お分かり?」
「うんうん。なるほど。皆俺を愛してくれていて、今日は心配になって会いに来てくれたって訳だな」
「そうそう。俺とお前の愛は不滅だからな。皆に先を越されたけど、俺の愛が一番深いって分かってくれるよな?」
「ああ、もちろんだとも」
「気色悪い」と私と五樹の竹部と有紀を罵倒する声がシンクロした。
 天使が通り、笑いが起こった。
「まあ、冗談はさておき、最前線の艦隊に配属になったからな。竹部と会えるのもこれで最後かも知れないと思っていたから。来てみて正解だったぜ。運よく皆と会えて嬉しいよ」
 天使を追って、悪魔がやってきたのだろうか。気まずい空気が流れた。それを打開するため、有紀は努めて明るく笑ったが、皆の顔が晴れることは無かった。
「まあ、人間死ぬ時は死ぬんだ。だから何処にいても一緒だよ。俺は気にしてねぇって」
「ほら、有紀もそう言っているのだし、私達も地球に残るべきよ。やはり私は逃げるのは嫌よ」
 意図せず、五樹に火が付き、「どうしたんだ? あいつ?」と有紀は私に事情を求める。
「お嬢様は木星へ疎開しましょうとの従者の言葉が気に入らぬようだ」
 ああ、なるほどと有紀は納得したようだ。そして、五樹の頭を手でぐしぐしとかき乱した。
「馬鹿だな、お前。お前のは避難だろ。戦艦だって戦いながら、回避運動するんだよ。逃げると避けるは違うの。お分かり? 良い子だから、倉田の言う事ちゃんと聞いてやれよな」
「分かっている!」
 五樹は顔を真っ赤にして、有紀の手を振り払う。そんな五樹の態度に倉田と有紀は見つめあい、肩をすくめあった。そして、次に有紀の目に入ったのは五樹の膨らんだおなかであった。腰を落とし、有紀は五樹のおなかのあたりに目線を落とす。
「触っても良いか?」
 倉田夫妻はお互い見つめあい、こくりと頷いた。有紀は倉田夫妻の許可を取り、五樹の大きくなったおなかに触れる。
「ごめんな。俺ら大人が馬鹿なばかりにお前に迷惑かけるな」
 さするでもなく、そっと手を置いているだけの有紀。語りかけると言うよりも祈る様子に近い。
「なあ、竹部」
「なんだ?」
 私はバスケットの中の愛猫を撫でながら、竹部に尋ねる。
「有紀もあんな顔をするのだな」
 私も有紀も人の命を奪う軍人だ。もう恐らく間接的であれ、直接的であれ、人殺しの域に踏み込んでいるのだろう。だが、新しく生まれようとしている命を前にあんなにも穏やかな顔が出来るのだと。それが私には意外で、滑稽で、そして愛しく思えることであった。
「今の猫撫でてるお前と同じ顔してるよ」
 私のしかめた顔が面白いのか、竹部はいつものへらへら顔である。
「でもさ、嬉しいよ、俺。皆とこんな風に集まれて。特別な記念日みたいだ。もしかして今日俺の誕生日だったか?」
 おどける竹部に私は鼻で笑い、突っ込む。
「皆が集まっただけで、特別な日か? そんな大層なものでもないだろ」
 そんな私に倉田が穏やかに語る。
「そこにいるだけで、きっと特別になる事も出来るんですよ」
 私は時折、高等学校時代の頃を思い出す。倉田の言葉を聞いて気が付いた。そうか、あのただ仲間同士たむろっていただけの日々が特別だったからなのかと。
 きっと今日の様な各々が歴史を積み重ね、再会する折々もその延長上にあるのだろう。
 そうして、またこうやって特別な日が積み重なっていくのだなと、しみじみ感じながら、「ああ、そう言えばな。話は変わるが……」私は親友達と他愛もない会話を続けるのだった。


『早くしろ!バッテリーの交換はまだか?』
 インカム越しに上官がうろたえ、怒鳴り散らしているのが聞こえる。ただでさえ警報音がけたたましく鳴り、鬱陶しいと言うのに。これではさらに気分を害されると言うものである。
 戦端が開かれ、一発レーザー砲を撃った所で、すぐにレーザー砲のバッテリーの自動換装システムに異常をきたした。仕方なく手動によるバッテリーの交換が整備員総出で行われた。
 私は言う事の聞かないコンソールパネルを何度か叩き割りたくなるのを我慢しながら、復旧作業に勤しんでいた。
「ったく。これだからいつもちゃんと整備しとけって言ってたんだ。なのに今更になって慌てやがって、上の連中ときたら数字でしかものを見やしない。救いようないぜ」
 同僚の男が隣で愚痴っている。だが、口では文句も言いながらも手は動いている。同僚はバッテリーの熱で溶けたケーブルを応急手当てで継いでいた。
「今更とやかく言っても仕方ないだろう。今は出来る事をするだけだ。少なくともその無能な上官と一緒に宇宙の藻屑になるのだけは勘弁だな」
「違いね」
 何度かの試行の内にコンソールパネルの色は赤から緑になり、調教は完了する。歓喜と共に腕を旗の如く掲揚する。同様に各所で旗が揚がる。そして、私は従順なる僕に命令をくだした。
 円柱状の巨大なバッテリーは支えていた支柱から解き放たれ、下方へと回転しながら排された。代わって新たなバッテリーが後方より、やはり回転を伴って現れる。私はレーザー砲とのドッキング部との結合部を合わせるようコンソールパネルに命令を続ける。
 通常の自動換装であれば、数秒で済むドッキング作業を数分かかり、私はこなした。ガチャリと組み合い、低いうなり声を上げながらバッテリーは駆動し始める。
「バッテリーの交換終わりました!」
 バッテリーはすぐさまに熱を帯び出す。私はその場を避難しながら、上官へ報告する。
 こんな所で死ぬわけにはいかない。またあの日のように五人で集まって、また特別な日を作っていくのだ。それはきっと懐かしいだろう。きっと楽しいだろう。きっと心地よいだろう。
 生きていればきっとそんな特別な日がまた幾日も綴られていくのだから。
企画作品と言う事で、感想を解放していますが、こちらでは返信しておりません。
返信がいると言う方は、企画サイトの感想板で返信の練習してます。
返信は企画終了後にまとめて書きこんでくださいとのことです。
空想科学祭2011

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