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直接民主制

作者:尚文産商堂
国の人口が減少し始めてから、しばらくが経った。すでに人口は億の単位ではなく、また、9千万人を割るのも時間の問題だといわれている。人口減少に伴って、議員の数も減り続け、今では議員という職業自体が、ほとんどの市区町村で法的に消滅した。議員と言う独立した特別職があるのは、いわゆる大都市と、国会議員だけである。だが、それでは困ると市区町村から陳情を受けた政府は、代わりに、高度に発達をした光ファイバーによる、高速インターネット網を利用することによって、市民一人一人が議員として活動することを許した。
こうして、投票によって議員を選出する間接民主制から、個人個人が直接議会を組織し、議員となる直接民主制の世の中となった。

自分が住んでいる成川市(なりかわし)は人口4万5千人の比較的小さな市だ。小さいといっても、この先日にはとうとう1万人を割る市すら出てきたから、そこそこ大きいともいえるだろう。また、この市で特筆できるのは、国内初のメールやチャットを利用した市議会が開かれることだろう。
この議会の仕組みは実に単純で、一定の年齢以上の住民票が成川市にある全市民に対して、議会にアカウントを持つことが義務付けられている。このアカウントを利用して、メールのやり取りをしたり、審議の代わりとなるチャットに参加することができるのだ。メールは投票や、条例案と予算案についての情報開示用に、チャットは討論や審議に使われることと条例によって規定されている。

市の職員による議長が、自分のノートパソコンの画面の中で挨拶をしている。挨拶しているところは、どこかの会議室のように見えるが、昔は実際に議員が並んで、議事を行っていた議場だそうだ。
「ただいまより、第37回、成川市市議会を行います。本日は、議案が4つございます。順次審議を行ないます。異議がなければ賛成に、あれば反対にチェックをつけて、送信して下さい。5分待ちます」
その間に、今回の議案がメールによって手元に送られてくる。予算案、条例改正案が2つと、新規条例案が1つの、計4つだ。
条例案も予算案も、あらかじめメールで送ってきているため、内容は全て知っている。
この時点では、それぞれの議案に投票することはなく、その投票を今行うべきかを調べるための投票である。この投票で賛成多数であれば、そのまま議案の審議に入り、反対多数であれば、後日、再び投票が行われることになる。その時も流れたのであれば、その議案は否決されたとみなされ、会期を通して再提出することはできない。

新聞でも読んでいると5分が経ち、再び議長が画面を通して話しかけてきた。
「では、ここで締め切らせてもらいます。なお、未投票者の票については棄権したものと取り扱わせていただきます」
そういって、目の前に置いてあるパソコン画面をタッチして、読み上げた。このパソコン画面に、全ての必要な情報が掲載される。
「賛成一万五千八百九十一票。反対九千八百十二票。棄権は票数に入れない決まりとなっておりますので、読み上げません。よって、賛成多数であり、改正条例案及び新規条例案並びに次年度予算案の審議に入ります。議員の皆様は、チャットの準備をしてください。5分間待ちます。5分後、市の担当者より、各条例案の報告、予算案についての説明ののちに、各個において賛否を問います。質問者は、チャットにおいて私が指名したものとします。なお、平成30年4月1日条例第81号に基づき、質問者を遮った者、チャットの場を乱した者、関係のない話をチャットにおいてしている者、および私が不適切とみなした者は、チャットより退出を命じ、また3度退出を命じても従わない場合は議長権限において強制退出とし、以後1年間のチャットに参加することを禁じます。では、チャットを開きます」
これまでグレーとなっていて、触っても反応が無かったところが、ようやく入れるようになったが、自分はチャットをすぐに開かずに、5分間待つ間、今回の条例案を読み返していた。
内容としては住民基本台帳に関する条例の改正案として、この議会の制度を利用して、台帳のカードを発行するという制度に改めるというもの。議会条例の改正案として、正副議長ではなく司会者としての議長のみにするというもの。改正案がこの二つ。
新規条例案として、私有地の払い下げに関する特例条例と題してある。市が現時点で持っている土地の中で、山の中腹にあり、近くに高速道路のインターチェンジがあるという土地があり、不動産屋がその土地をほしがっているそうだ。そのことについて、売買を行うようにするための条例となっている。成川市では、市有地の中で、一定の広さ以上があるものについては、このように議会で条例として議決してもらうということに制度上なっているため、このように提出されたのだろう。
最後に予算案は、来年度の市の予算についての報告書だ。これについては、ほかの市と同じような感じだから、言わなくてもわかるだろう。

今日のニュースをパソコンの別ウィンドウで確認をしていると、5分はあっという間に経った。5分経つと議長と同伴している4人の職員が椅子にそれぞれ座り、議長が再びパソコンをタッチして、メールを送ってきた。
「ただいま送らせていただいたものは、これより審議します条例案および予算案です。内容は、事前にお送りしているものと同じなので、どちらをご覧いただいても結構です」

チャットにはすでに何千人と入っていた。閲覧者だけでも一万人ほどいるだろう。名前欄は数字になっていて、入った順番で割り振られることになっている。自分の番号だけは分かるようになっていて、入室や退出のメッセージは表示されることは無い。ただし、議長は常に1番となっているし、市の職員として議会で報告する人は、アルファベット順となっていたりする。
チャットの中ではすでに活発な議論が繰り広げられていた。ただし大半の人間は入っていても発言はせず、ただ議論を見ているだけだった。主に発言しているのは、一桁や二桁の番号の人たちだけであり、議長が質問者を指名するまでの間、こんな状況が続いた。
「では、8番さん、質問をどうぞ」
指名されると、チャットの中は急に静かになり、その人だけが書き込みをしている状態となった。
「住民基本台帳については、法律によって、一定の用途に限定されていますが、その限度において、使用することができるのでしょうか」
8番が言っているのを、簡単な言葉に直して、議長が話す。
「住民基本台帳法によって規定されている用途以外にも使うことがあるのか、そう言うことですね」
「はい」
すぐに書き込みがある。
議長はすぐに職員を議長席に立たせると、質問に答えさせた。
「条例によって使用できるようにするのは、住基ネットとして利用できる全ての機能です。さらに、市内においては、市が提供している全てのサービスについても、利用可能とします」
議長と席を再び代わると、議長が8番に聞いた。
「先ほどの回答でよろしいですか」
即座に返答がきた。
「はい」
「では、他に質問はありますでしょうか」
1分待ってから議長が宣言をする。
「では、住民基本台帳に関する条例についての質問は締め切りらせてもらいます。チャットは閉鎖します」
自動的にチャットから退出させられる。
「これより5分経ってから、可否を問います。メールが着き次第、賛否を明確にして、返信してください。なお、返信を行わない者は、棄権したものとみなします」
メールはそれからすぐに着いた。速やかに賛成のところにチェックマークを入れ、返信する。
それから、議長が何か言うまでの間に、次の条例案についての内容を確認する。
こんなことを、上程されている条例案や予算案や請願などの上程されている数を繰り返す。

全ての予算案や条例案が可決されると、議長が来ている全員に伝える。
「本日、上程されていたすべての予算案および条例案を可決しました。これで、本日は閉会とします。なお、次の議会は来週日曜日もしくは月曜日を予定しております。金曜日に、議会のアカウントに対してメールを送付しますので、ご覧ください。では、閉会」
画面が真っ暗になって、今日の議会は終わった。
パソコンを閉じると、これからどうしようかと思い、とりあえず新聞を見ることにした。

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