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すみません

作者:quiet
「すみません」

 という声が一階玄関から聞こえてきて、二ノ倉少年はびくり、と肩を震わせ、それから息を殺した。

 留守番の夜だった。
 親戚の集まりで両親は夕方から家を空けている。学校から帰ってきたら誰も家に残っていなくて、机の上に残されたメモとカップめんがそう言っていた。

 誰が来ても出なくていい――、そう言われている。だから二ノ倉は、今の声に知らないふりを決め込むことに決めた。二ノ倉がいるのは二階の自室だ。窓は玄関の方向に面していないし、カーテンも閉めたまま。声を出さなければわかるまい。

「すみません」

 もう一度声がした。
 居留守を決め込むにしても、誰かがずっと自宅の玄関前に張りこんでいるというのは居心地が悪い。

 早く帰ってくんないかな。

 思いながら、二ノ倉はイヤホンをつけた。自分の世界に閉じこもるためでもあり、それから趣味のためでもある。携帯を手に、動画サイトで最近流行りのホラーゲームの動画を見始めた。

 一本、動画を見終わって、それからもう一本、と先に進もうとして、そういえば腹が減ったな、と二ノ倉は思った。
 あまり早く食べすぎても眠るまでに腹が減る、とまだカップめんを食べていなかったのだ。そろそろちょうどいい時間になってきたし、夕食を食べながらでも動画の続きは見られる。さっさと食べて、それからついでに風呂にも入って、いつでも寝られる状態にしてしまおう。そう思い、二ノ倉はイヤホンをつけたまま、携帯をポケットに。自室を出た。

 部屋の電気を消してドアを開けると、突き当りの窓から差す光の他は暗く、すぐに廊下の電気を点けようとして、やめた。廊下の床に映る四角い光の窓が綺麗で、ついさっきまで見ていたホラー動画と雰囲気が似ていたからだ。

 いっそ、このまま電気を点けずに行くのもいいかもしれない。

 階段を下る。足場は広いし、手すりもしっかりつかんでいる。星月や街灯の明かりだけでも十分と言えば――途中で携帯のライトを点けた。やっぱりちょっと不安だ。

 下り切って、戸を開けてリビングに入る。それから机の上に置きっぱなしのカップめんを手に取った。その場で包装を破って、それからスープの素を入れようとして、自分の顔と手の間にふらふら揺れるイヤホンの白いコードが気になった。

 邪魔だな。

 一度外すことにした。耳から外して、ポケットに入れて。

「すみません」

 手を滑らせかけた。肺に冷たい空気が入る。

「すみません」

 もう一度。
 動揺しながら、二ノ倉は考える。

 おかしくないか?

 さっき、自室であの声を聞いてから動画一本分、つまりは十五分くらいの時間が経っている。
 なのに、また玄関で声がした。

 十五分前からいるのか? ずっと?

 不気味だ。ぞっとする。
 それからふと、気まぐれに電気を点けずにいたことにホッとした。向こうは自分が中にいることに気付いていないだろう。

 イヤホンを外したまま、なるべく音を立てないように、二ノ倉は動く。カップめんを食べるのはやめた。この状況でずるずる麺は啜れそうにない。

「すみません」

 声がまた聞こえてきた。
 どうもずっとここに居続けるのは心臓に良くない。一度部屋に戻った方が良さそうだ、と考えて、しかし二ノ倉は疑問を抱く。

 こんなにずっと居て、何がしたいんだ?

 よほど伝えたい用事があるのか。……しかしそれにしても粘りすぎではないか。親の知り合いなんだったら、というか家の知り合いなんだったら、一度中に電話くらいかけてもおかしくなさそうなのに。
 ちら、と見た固定電話に着信の跡はない。

 訪問販売か? ……どう考えてもこの時間で他の家を周った方が効率がいい。

 空き巣。……ありそうな可能性にも思えた。これから入ろうとしている家の中に、本当に誰もいないのか何度も確認している。……しかし、それにしても時間をかけ過ぎだ。この間に近所の住民に見とがめられる可能性だってある。

 なら、なんだ。

 ただの訪問人なら、このまま無視して居留守を決め込むこともできるが、空き巣だとか、そんな可能性まで頭を過ってしまうとそうもいかない。

 この家では、リビングの大窓から、角度によっては玄関が見える。

 ほんのちょっとだけカーテンをめくって、どんなやつが張り込んでいるだか、見てやろうじゃないか。

 二ノ倉は思い、リビングの窓に近付いて行って、

「すみません」

 声を、そこから聞いた。

 お――、と。
 どうにか声を殺せて。二ノ倉は足を止めた。

 声の場所が移動した。玄関から、たった今、二ノ倉がカーテンをめくろうとした、その窓の方へ。

 ちょっとこいつおかしいぞ。

 考えすぎかもしれない。
 けれど玄関で十五分粘って、人が出てこないから庭を回ってリビングの窓から問いかける、そんなやつがいるか?

 最初に玄関を開けなくて、迂闊に電気を点けなくて、それからたった今カーテンをめくらなくてよかった――。

 安堵したのも束の間。

 まずい。勝手口。

 慌てて――、けれど足音を殺して二ノ倉は歩く。
 キッチンの裏の勝手口だ。時々鍵を閉めていないことがある。一度家に誰もいなくなったんだから閉めてあると思いたいが――、閉まっていなかったら、ひょっとして、そこから。

「すみません」

 もう一度、リビングの方から声がして、かえってホッとした。向こうは動いていない。今のうちなら大丈夫だ。

 リビングからキッチンに入る。椅子に足を引っ掛けたりしないように、けれどキッチンのすりガラスから明かりが漏れてしまわないように、携帯のライトの向きに気を遣いながら歩く。

 勝手口の前までどうにか辿り着いて、ライトを手で覆うようにして、鍵を確認した。

 よかった、閉まってる。

 他に家に入ってこれそうな場所はない。リビングの窓でも割られればその限りじゃないかもしれないが――、そのときはそのときだ。潔く走って逃げて、警察に連絡するしかない。

「すみません」

 もう一度、リビングの外から声が聞こえた。二ノ倉は考える。どこにいた方がいいだろう。二階に籠るか、それともいざというときのためにこの勝手口の前で待機しているか――、

「すみません」
「すみません」

 ――――。

 声にもならなかった。
 二人分、声が聞こえた。

 リビングの方と。
 それから、目の前の勝手口。

 いる。
 目の前に。
 扉一枚、隔てた先に。

「すみません」
「すみません」

 二人――? 二人、いたのか? 初めから?

 一本調子の、男の声だ。
 イントネーションは同じ。

 声質も。

「すみません」
「すみません」

 どん、と。
 扉を叩く音が付け加わった。

「すみません」
「すみません」

 声が二ヶ所で聞こえてくる。そして扉を叩く音は目の前の一ヶ所からで。

「すみません」
「すみません」

 どん、どん。
 どんどんどんどんどん。
 どんどどどんどんどんどんどん。

「すみません」
「すみません」
「すみません」

 声が増える。今度はキッチンのすりガラスから。戸を叩く音も、窓を叩く音も増え始めて、

どんどん「すみません」「すみません」どんどんどん「すみません」ど「すみません」んどん「すみません」どんどんどんどん「すみません」「すみません」どんどんどんどんどんどんどんどんどん「すみません」どんどん「すみません」どんどん「すみません」どんど「すみません」どん「すみません」どんどんどん「すみません」「すみません」どんどんどんどんどんどんどんどん「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」どん「すみません」どんどん「すみません」どん「すみません」どんどんどんどん「すみません」どんどんどんどん「すみません」どん「すみません」「すみません」どんどん「すみません」どんどん「すみません」どん「すみません」「すみません」どんどん「すみません」


「すみません」


 すりガラスの向こうが、人影で埋まっている。

 悲鳴を押し殺して二ノ倉は、けれど自分でも理由もわからず二階へと向かった。
 二階から外に出られるわけじゃない、だからかえって追い詰められるだけだ。階段の途中でそう気付いたが、今更あの中に戻っていく度胸もない。

 後先考えず部屋に戻った。扉を閉めた。その途端。

「すみません」

 二階の窓から、声がする。

「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」「すみません」

 一つの窓に何人も群がっているかのように、同時に、複数の、一本調子の声。どんどん、と窓を叩く音が、やがてがたがたと、窓を取り外そうとしているような音に変わり始める。

 逃げ場はなかった。

 真っ暗な部屋で、カーテンを開ける勇気もなく、二ノ倉は身体を固める。

 しかしやがて、密室の恐怖に負けて、もう一度自室を抜け出して。

 そして、抜け出した先、廊下の突き当りに、

 窓いっぱいの、巨大で、真っ赤な男の笑顔が、こちらを覗き込んでいるのを見た。


「すみません」


 す――、と、呼吸に失敗したように、二ノ倉の喉から声が出て。

 そこで、恐怖が振りきれた。


「住んでますから、住まないでください!」


 ガン、と拳を横に、叩きつけた先が偶然電灯のスイッチで。

 ぱちり、と廊下に電気が点いて、光に目を眩ました二ノ倉が、慌てて瞼を開いて窓の外を見ると。

 もうそこには、誰もいなかった。

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