38.綻び②
勇者フィオナ・スペンサーは悩んでいた。
先日のローダンでの戦闘中の出来事。
謎の男に襲われたときのこと。
その男の服装。それはよくある作業着。
しかし、カンタブリッジ学園の刺繍があった。
つまり、カンタブリッジ学園の用務員の可能性が高い。
フィオナは学園の非常勤講師でもある。用務員の顔はある程度覚えている。
しかし、その謎の男の顔がよく思い出せない。
夕方であり、少し暗かったせいかと思っている。
それは邪気による影響ではあるのだが、フィオナにはわからない。
用務員の情報を調べ、最近新しく一人雇ったということを知る。
経歴を調べても不審なところはない。
というよりろくな経歴がないので、調べようがないのだ。
通常であれば、こんな人物が雇われるわけがない。
この人物はセリーナ理事長肝いりで雇われたとか。
情報収集を兼ねて、理事長の秘書の一人、オリアンを食事に誘った。
ついでに冒険者ギルドにいる友人も誘う。
受付のオーレッタであった。
「最近ねー。すごいことがあったんですよ」
最初は控えめだったオリアンだが、酒が入ると次第に饒舌になっていった。
「理事長がね、一人の男性にメロメロなんですよ。びっくりです」
フィオナもオーレッタも驚く。
「理事長は70年近く生きて、そういう噂が一切なかったはずでは」
フィオナの言葉にオリアンはうんうんと頷く。
「そーなんですよ。もしかしてその人をずっと思ってたんじゃないかと、私は愚考します」
オリアンは軽いのか重いのかよくわからない口調となっていた。
「理事長は秘術で20代の姿を保ってますけど、相手はおじいちゃんなの?」
「いやーそれが20代半ばの超イケメンさんです」
「じゃあ最近知り合ったんじゃないの」
理屈に合わないことを言われ、飲ませすぎたかとフィオナは反省する。
「でもなんか色々ありそうな関係なんですよ。初めて尋ねてきたときは、『二度と会わないと言っておきながら、また嘘をいってしまって申し訳ない』と伝えてほしいといわれましてね」
オリアンは目の前のビールをグイッと飲み干す。
「そんなこと言われても理事長には取次ぎできませんと断ったんですけどね。それだけ伝えてほしいというので、理事長に伝えたらびっくり。理事長のほうから走っていって、相手の男性に抱きついたんです」
「きゃーーーー」
一見するとただの恋愛話をする女子会である。
「で、そのあとはその人と、馬鹿一人を雇うことになりました」
「馬鹿?」
「そう。とんでもない馬鹿なんですよ。新人教育にすっっごい苦労しました。なんか精神的に不安定そうな人でしたね。イケメンのほうは教師、その馬鹿は用務員です」
ガタッ。フィオナは一瞬立ち上がりかける。
ほしい情報はそれであった。
「どうしたの?」
オーレッタが怪訝そうにする。
「なんでもないわ。その用務員ってどんな奴?」
「んー。新人教育のとき以外はほとんど縁がなくて……。まあまじめに仕事はしてるみたいで、評判は悪くないらしいですよ」
「他に何かないかしら。なんでもいいの」
フィオナが身を乗り出して興味津々になる。
その理由をオリアンは勘違いした。
「なに? 興味あるの? 絶対やめといたほうがいいわよあんな男」
「いや、そういうんじゃないけど」
「フィオナなら男なんてより取り見取りでしょ」
「いや、逆に何にも発展しないのよねえ……」
フィオナが天を仰ぐ。
「つりあう男を探すのも大変そうね」
「勘違いした貴族からならよく縁談の話が来るじゃない」
オーレッタが会話に割り込む。
よく愚痴を聞かされるのだ。
「それは絶対にイヤ」
フィオナは強い口調で拒絶の意を示した。
「とにかくあの男。ジェコはやめといたほうがいいわ」
「ジェコ?」
今度はオーレッタが驚く。その名前は最近聞いたばかりである。
「結構ありがちな名前でしょ」
「まあ歴史上の偉人にもある名前だしね。その人って赤髪で短髪?」
「そうよ。よく知ってるわね」
その答えでオーレッタは確信する。
先日会ったアシュタールの家来であると。
であるならば、フィオナは彼らを探っているというのか。
オーレッタは警戒を強めた。
フィオナは友人。アシュタールはご主人様。
どちらを優先するかはオーレッタの中では明白である。
しかし、対立しない道もあるはずだ。
「あともう一人。少年が冒険者のAクラスに入ることになった。3人はまあ知り合いでしょうね」
「ちょっと喋りすぎじゃない? そんな気軽に漏らしていいの?」
オーレッタが慌てて釘を刺す。
「勇者様に正式に聞かれたらどうせ話すことになるわよ。ああ、オーレッタは秘密にしてよ」
酔っ払いは悪びれない。
その後も色々話を聞くが、フィオナには有益な情報はそれ以上なかった。
後日。
フィオナはブリトン王国国王リチャード二世と極秘に会った。
「なるほど、色々とおかしなことがあるようだな」
それは先日の戦争のときのこと。
そして大魔道士セリーナに関すること。
邪神族の3人に関することである。
「しかしつかみどころがない話でもある」
リチャード二世は難しそうな顔をする。
わかっていることは少ない。
「セリーナが話してくれれば即解決するのだがのう」
「あの方はすべて自分の中にしまわれておられます。50年前のことも」
「50年前か……。彼女の言葉をすべて鵜呑みにするわけではないが、それを問い詰めても仕方がない」
彼女の言葉には嘘がある。
しかし、真実を明らかにすることに意味はあるのか。
リチャード二世にはわからない。
「その者、おぬしでも倒せぬか」
「やってみないとなんとも」
それはフィオナの武人としての精一杯の答えであった。
「少なくとも私が戦った魔王ラメレプトより強いのは間違いありません」
「そのような者が野に隠れているのも不思議なことよ。しかも、人でも魔族でもないか」
「はい。人でも魔でもありません。あれは異質な気配でした」
邪神族。邪気を放つ種族。
人類には未知の存在。
「この先さらに調査するかどうかは、やはり陛下に判断を仰いだほうがよいかと」
「殊勝よの。勇者ともなれば、独断で動いても咎め立てはできぬよ」
「一人で抱えるには不気味すぎました。また、私に万が一のことがあった場合に備えてのことです」
それはつまり、この件を探るとフィオナですら殺されてしまう恐れがあるということだ。
誰にも言わなければ、この情報が闇に葬られてしまう。
それは避ける必要があった。
「その者らは別に人類に敵対していない」
「はい。今のところは」
「隠れている以上、探られることは嫌がるであろうな」
「はい」
「確かに不気味な存在ではあるが、必死になって探るメリットはなさそうじゃな……」
リチャード二世はそう一人ごちる。
この虎穴に入る必要などないのではないか。
そう考えつつも報告書にまた目を通す。
「ええと、カンタブリッジ学園の教師。用務員。そして生徒が一人だったか」
「はい。ユーフィリア殿下の御学友となっています」
「なに?」
「よく一緒にいて、クラブ活動も一緒だとか」
「なんだと!?」
リチャード二世の顔色が変わる。
「確かにユーフィリアは仲間が増えたといっていた。まさかそ奴が……」
「そうなります」
「探れ。全力でな」
「え、しかし……」
先ほどと180度変わったことにうろたえるフィオナ。
「いや、ユーフィリアに話して、そ奴をそばに近づけないようにするべきか」
「それは逆に危険です。彼女はそ知らぬふりなんてできないでしょう。相手に疑われてしまいます」
「確かに、あれは馬鹿正直すぎてな」
「ですので、しばらくは秘密にしたほうがよいかと」
リチャード二世は話をして少し落ち着いた。
しかし、逆に傾いた結論が覆ることはなかった。
「そこまで無理をして探る必要はない。しかし何もかもが不明のままというわけにもいくまい」
「かしこまりました」
「必要なものがあればいつでも申せ」
「はい。よろしければエルドレッド財務長官と協力して調査したいと思います」
その言葉にリチャード二世は眉をひそめる。
「財務長官? そんなに金を使うつもりか」
「そこまでではありませんが、財務長官に話が通っていれば色々とやりやすいですので」
「よかろう。わしから話は通しておく」
「ありがとうございます」
フィオナが一瞬ニヤリとしたことに、リチャード二世は気づかないのであった。