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雪花
作:朧月



○10、雪解○


 三歩分ほど離れた場所に立ち止まったその男を、彼女はじっと見ていた。
嬉しさなどよりも、信じられないと驚く気持ちの方が大きかった。
困惑して、どうしていいのかわからずに身体も動かなくなってしまうほどに。
やっと、出ない声を絞り出して、彼の問いに質問系で返して、静かに笑った彼を見つめた。

「……工藤、新一の事か?」

再び返って来た言葉に、数秒間沈黙した後、蘭は頷いた。

「そう。毎年ここに来るの。これで三年目になるわ。」

やっと、まともな言葉が出たと、そこにほっとしながら。
それを聞いた目の前の彼が「そうか。」と呟くのを、蘭はただじっと見つめた。
観察するように……そう、自信なんてなかった。

「ねえ、聞いていいですか?あなたの名前……」

確認するように呟いた彼女は、ただじっと彼の返答を待った。
雪をバックに、自分を見つめて微か10秒ほど黙っている彼のあまりに静かな雰囲気に困惑しながら。
ようやく考えを決めた彼は、その笑顔を真顔に変えて言った。

「オレは、Spirits。君をずっと苦しめて泣かせてきた、悪い組織の一員……ですよ。」

そう言って、彼は懐からタバコを取り出して口に咥えた。
けれど、そこに火をつける前に、はっと何かに気づいた顔でライターをポケットに戻し、タバコをケースにしまった。

「……吸わないの?」
「ええ。吸いませんよ。もう。」

そう言って、彼はゆっくりと再び静かな笑顔で微笑んだ。
そんな動作の流れを無言で追っていた彼女は、再び彼に尋ねた。

「……どうして、組織の人がこんな所にいるの?」
「ここでオレを待ってる人がいると聞いたから、全て片付けてここに来ました。」
「全てを……?」

聞き返すと、彼は頷いた。
そして、彼女に更に一歩分近づいた彼は、そっと彼女の元に手を伸ばして、けれど途中で止めた。
数秒間その手の行き場に迷った後、結局彼はその手を下ろした。
そして、悲しげな表情で彼女を見つめた。

「全てを終わらせて、ここに居るんだ。けど、オレは待たせてた人を抱きしめるワケには行きません。」
「……どうして?」
「その彼女も、他の大切な人達も酷い目に追い込んだ組織に三年も体と能力捧げて来たんだ。
今更戻った所で、彼女を抱きしめていい訳がないと、思ってますから。」

聞いた蘭の顔が曇った。
じっと彼を見つめて居た瞳を伏せて、少し俯いて下に下ろしていた手をぐっときつく握った。
長い髪が揺れるのを風に任せながら、彼女は下に積もった雪を眺めていた。

「……だから、そんな他人行儀な敬語を使っているの?」

トーンの落ちた低い声で、蘭は呟いた。
俯いているから、彼女より背の高い彼に、その表情を見る事は出来なかったけれど
明らかに、彼女の機嫌が悪い事は伝わった。

「昔通りに話しかけたら、抑えが効かなくなりそうで。けど、オレは昔通りとは違うから、彼女の感覚の中のその男とは違うから。
……だからそんな、帰って来たよただいま、なんてちゃっかり都合のいい事ってないですよ。」

彼の言葉を聴きながら、彼女は数秒…十数秒、何も言わずに無言だった。
ただ、俯いたまま、握った両こぶしに力をこめて。
ようやく顔を上げた彼女は、怒ったような無理やりの笑顔を浮かべていた。

「なら……私の問いに答えてくれる?」

その明らかに機嫌を損ねた雰囲気に、たじろぎながらも当然かと取り合えず彼は頷いた。
最後にあんなキスをして、身勝手すぎると、彼自身そう感じていた。
頷いたのを確認した彼女は、彼に言った。

「あなただったら、その彼女がもし何かで手を汚したら、嫌いになりますか?……嫌いに、なれますか?」
「え?」

彼女から返って来た問いに、スピリッツは困惑した。
その様子をじっと見つめながら、彼女は続けた。

「きれいなままの彼女しか、好きで居る事は出来ませんか?触れる事もできませんか……?」

そこまで言って、ぎゅっと彼女は唇をかみ締めた。
涙が出そうになるのを堪えるように、眉をしかめて上目遣いでただ、彼からの反応を待った。

「……そんな、事は無いけど。」

戸惑いながら、彼は答えた。呟くように、小さな声で。
その答えを確認した蘭は、小さく頷き、静かで判別するにも難しい程の小さな笑みを零した。

「それなら。」

と、その短い言葉だけ呟いて、固まったままだった足を一歩、彼の元へ動かした。
さくっと踏まれた雪の音と共に、彼の目の前まで来た彼女はそのまま彼を抱きしめた。
驚いて、彼女を引き剥がそうと両肩に手をかけた彼に、蘭はしがみついたまま答えた。

「私だって、同じに決まってるでしょ?馬鹿。そんな事で嫌いになれる位なら三年も死んだと思ってる人の事雪の中待ってたりしないわよ!
本気で幽霊かと思っ……三年間も何で音信不通だったのよ!?一言……生きてるって連絡してくれれば私……」

感情的になったまま、次から次へと話す彼女に、どうすればいいのか困った。
「ごめん。」と謝ったところで、許される事などではないと、そう感じていて。
彼女は、ずっと死んだと思っている人の事を3年も待っていたのだ。
ただ切実に、幽霊でもいいと帰還を求めながら、ずっと待っていたいう。
ききながらまた離そうとしても、きつく抱きしめられて離れそうには無かった。
だからと言って強引に突き飛ばすわけにも行かず、困ったまま、彼は観念したように手を下ろした。

「ら……」

名前をつい呼ぼうとして、止めた。
言えば、抑えも歯止めも全て効かなくなってしまうと、判っていたから。
何と言葉をかけていいか、迷った後彼は言った。

「……半分は、怖いんだ。抱きしめたら、そのままお前の平穏が壊れそうで。
お前まで穢れ混じって、一緒に黒の闇に落としそうで。お前にはいつも、平穏で居て欲し……」

言いかけた彼の言葉を遮るように、彼女は「ふざけないで!」と叫んだ。
叫んで、抱きしめる手を緩めた彼女は顔を上げて困り果てた彼を見上げた。
ぎゅっと下唇をきつくかみ締めて、怒っているのだと、判る顔で。

「アンタ、何私に気ぃ遣ってるのよ!探偵の癖に……私が望んでるのは”平穏”なんかじゃないって、判らない!?
”オレと一緒に穢れて奈落の底まで二人で落ちていこう”くらい、言えないの!?」
「え……いや、それはちょっと違……」
「危険な中にいたって、怪我ばかりする事になったって、新一が隣に居る事が幸せなの!!
どんなに穢れまみれたって、そんなの構わないわよ。アンタに穢されるなら、むしろ大歓迎よ!」

蘭の過激な台詞に、一瞬彼は顔を引きつらせたが、反論する間もなく彼女は言い切った。
口が動く、勢いそのままに感じた事の全てを。
言い切った彼女を、彼はただ呆然と見つめていた。
スピリッツとして生きた今までの三年間が、全く何の障害でもないように言う彼女を。
一瞬、意識が飛んだのかも知れない。気がついたら、彼も彼女の体を抱きしめ返していた。

「ら、蘭……オレは…………」

何て伝えていいのかわからなかった。というか、自分が何を言おうとしているのかわからなかった。
ただ、何か伝えなければいけないと口を動かし、続かない言葉に困惑した。
抱きしめた後、どうすればいいか判らないなんてと、心の中で自身に苦笑した。
ただ彼が判った事は、抱きしめられた彼女の瞳から涙が零れた事であろうか。

「でも、新一が生きて私の目の前に居るんだもん……それで許してあげる。」

呟いた彼女は、少しだけ首を後ろにそらして、新一に口付けた。
そして目を見開いた彼に、蘭はようやく微笑みを見せた。

「されっぱなしは悔しいから……三年待った分のキス。私も謝らないけど、いいよね?」
「……ああ、そうだな。」

確認されるように言われた言葉に、彼の顔にも柔らかい笑みが浮かんだ。
ずっと三年間、冬のまま止まった時間が、やっと動き出す時が来たのだ。

「……じゃあ、帰るか?蘭。」
「うん、あ……新一の家、蜘蛛の巣張ってるよ?」

「え?」と顔を引きつらせた彼を見て、蘭は面白そうに笑った。
三年間分の降り積もった雪を溶かしながら、笑いあう二人は、東京へと戻って行った。






 Last Episode.雪解ゆきどけ







 「……そろそろ雪もやみそうじゃの。」

隣に立って覗き込むように空を見た博士が言った言葉に、「そうね。」と哀は小さく笑みを浮かべた。
そもそも、こんなに連続して東京で雪が降るなんて珍しい事。
ようやく今日になって、雪の勢いが弱まってきたところで。
彼女が出かけたその場所も、ここの所雪が降り続けていると、天気予報が言っていた。
外でじっと待つ彼女は辛かろうと、そんな事をここ数日間じっと考えていた。
この分だと、彼女が帰る頃には雪も止んでいそうだと、そう思って下に視線を落とした哀は、その異変に気づいて窓に身を寄せ、その瞳をギリギリまで見開いた。

「は、博士っ!」

つい叫んだ哀の見ている方に、隣に居た彼も驚きの表情を浮かべた。
家の下で、じっと二階を見ているその姿に、心の中の動揺が隠し切れなかった。
そう、間違うはずはない……いくら、最後に見た時から三年もの月日が経っていようとも。
いや、最後に会った彼の姿と、大分かわっていようとも。
哀は慌てて下へと走った。それが確かなものなのか、確認する為に。


 「蘭……悪いけど外しててもらえるか?ここも素通りできねえから。」
「うん。新一の家にいてもいい?」
「そうだな。」

そこの住人が降りてくる気配を感じて、彼は蘭と別れた。
そして、勢いよく開いた扉を見て、緩やかに笑った。

「久しぶりだな、灰原。」
「工藤君……」

阿笠家の中に案内されて、言われた場所に座った。
三年経っても変わらないその室内に、懐かしさを感じて見回しながら出されたコーヒーを一口。
博士も新一の前にやってきて、凄く嬉しそうに、歓迎の言葉を並べた。
少し落ち着いてから、新一は哀に言った。

「まだ、その身体だったんだな……戻らないのは、オレが原因か?」
「そんなんじゃないわ。私が勝手に決めた事よ。」

罰が悪そうに視線を逸らした哀を申し訳なく見つめた後、彼は手に持っていたコーヒーをテーブルに戻した。

「悪いな、お前は絶対自分を責めるって判ってたけど。それに、約束も守れなくて。」

一緒に戻ろうと言った約束。
彼も覚えていたのか、と感じながら、哀も新一に頭を下げた。

「私こそ、ごめんなさい。APTX4869も、その解毒剤もあなたを最後まで苦しめた。
……あの彼女と違って、私は大阪の彼に聞いていたの。あなたが組織に居る事。」
「だってな。アイツと連絡取り合った時言ってた……事が済んだ後、思い切り殴られたよ。」

苦笑しながら、微かに張れた口元を指差した。
「それで全部チャラ、今まで通り……って事になったんだけどな。」とまた苦笑した。
そう話す彼だけれど、嬉しそうな顔に志保は少し、安心した。

「約束どおり、二人一緒に元に戻る事は出来ないけど、俺は宮野志保に会いたいって思ってる。
オメーともちゃんと一緒に歳を重ねて、新しい時間を生きたいって、思ってるんだ。」
「……けど、私は。」

言われた言葉に困惑して俯いた志保を、彼は見つめた。

「薬、まだあるんだろ?」
「……ええ、地下の私の部屋に。」

言われた彼は、「そうか。」と呟いて立ち上がり、地下へと降りて行った。
そんな後姿を複雑な瞳で見つめた哀の元に、程なく戻ってきた彼は封されたそのケースを持ってきた。

「これだろ?んなガチガチに閉じ込めやがって。」
「ちょっ……」

止めようとした哀の前で、その封印を全て解いて、丸裸になった解毒剤を彼女に手渡した。
あまりの手際のよさに言葉をはさむ隙も無く見つめていた哀は、その解毒剤と彼の顔を交互に見つめ、困惑した。
受け取ろうとしない哀に、新一は言った。

「もう、止まった時間は動き出してんだ。俺も、蘭も……服部もな。いつまでも冬のままじゃない。お前だって、もう冷たく積もった雪を溶かす時期なんだよ。」

哀はその台詞に、目を大きく丸くした。
しばらく考え込むように沈黙して、じっとその解毒剤を見つめて。
意を決したように彼女がその口元に笑みを浮かべたのは、恐らく数分は経っていただろう。

「そうね、私も本来あるべき姿に戻るわ。」

受け取って、彼女はぎゅっと薬を握り締めた。
大切そうに、何かを吹っ切るように。

「元に戻った所で、私は一人になんてならないもの。工藤君や大学に通う彼女達の中にも入れるし、探偵団の皆にだって会えるし……博士はずっと変わらずに居てくれるはずだから。」
「当たり前じゃよ。」

ちらりと視線を送った彼女に、邪魔はするまいと一人立っていた博士は力強く頷いた。
その答えを聞いて、哀の顔にも柔らかな微笑が浮かぶ。

「変わらない仲間がいるけど、今までとも違う新しい世界で、お姉ちゃんの分も宮野志保として生きないとね。」

そう言った彼女は、決意を決めた顔で立ち上がり自室へと向かった。
ただ、途中でぴたりと足を止めて、新一の方へ振り向いた。

「工藤君……元に戻ったら、聞いて欲しい事があるの。言わずにまた後悔するの嫌だから。」
「え?」
「……きっと、あなたは凄く驚くと思うけど。」
「ああ、待ってる。」

彼の答えに幸せそうな笑みを浮かべた哀は、「またね。」と告げて今度こそ地下室へと向かって行った。
元の身体へ戻るべく……溶けて行く心の雪と共に温かな春を感じながら。。





○。○。○。





 『ほんで、Happy endっちゅうわけやな。』
「まぁ、完全なわだかまりが解けるのは、もう少しだけ後になりそうだけどよ。」

志保の体調も安定して、私生活もようやく落ち着いた頃、心配しているだろう大阪の探偵の所に電話をかけた。
最後に組織を潰す際に、協力してもらった。追い返しておきながら図々しくも。
帰還が叶ったのは、彼の功労もあると思いつつ、頬を殴られた痛みが少し苦い思い出を残した。


 ”なぁ、工藤……全部終わった所で悪いんやけど。”

蘭の元へ向かえる準備が整った後、彼に礼を言おうとした時、平次は呟いた。
無表情な顔で怒っているのはすぐにわかったけれど、それも当然だと考えていた。
彼には散々酷い事をして、都合のいい時だけ頼ってもらって。

”一発だけ、殴らせてくれへんか?”

いいとも悪いとも言う前に、思い切り力を込めて殴り飛ばす所と、
その後、「コレでチャラにしといたるわ。」と案外軽い口調でしめる所がまた彼らしかった。


 『で、工藤。お前戻ってきてどうするつもりや?』
「どうって。」

電話口の彼の唐突な質問に、一瞬迷った答えを返した。

『もうお互い21やで?高校に戻るっちゅうわけにいかんやろ。』
「まあ……な。その事については、志保もオレもちゃんと考えてるよ。」

博士の家で、蘭もついてきた園子も交えてそれについて話はした。
志保も新一自身も、納得行く答えを出して。

『ま、ええけど。今度は外国行くとか言うなや?』
「言わねーよ!」

その後も、他愛ない話をして、電話を切った。
大阪の彼と、事件以外の事についてそんなに話をするのも珍しい事か。
本当に、あの一発のパンチでチャラになったようで、昔通りの関係が妙に自然すぎて笑えた。
雪解の後、暖かい陽気と共に来る桜の季節を感じながら自分のベッドに寝そべり、電気を消した。




 明日は、志保と二人蘭たちの通う大学へと入学する事になる。





 送りに来る蘭と、デートの途中の真や園子も共に交えて。





 冬が明け、やっと暖かくなった陽気に舞う桜の道を賑やかに歩きながら。
























○作者より○

こんにちは、朧月です。
そして、雪花。今回で最終回となります。
なんだかんだと、長引いたお話でしたが(全ては雪崩編…<笑)最後までお付き合いいただけて嬉しい限りです!

もしかしたら、今度後日談的なエピソードとか、挿入話的なものも描くかも知れませんが、今はまだその予定はありません。(だって、見たいシーンなんてある?)
雪解というタイトル、予想されてた方はおりますでしょうか?
最初のあらすじで、「まだ、雪解けの日はこない」というくだりで始めたので、もしかしたら気づいてた方いたかも知れないね(^-^*
ラストのタイトルだけは、雪花というタイトルと同時に決めました。
それだけ、この話で大切だった部分なのですね。

某漫画で(多分判る方には判る)、「雪が解けたら春になる」って言うような台詞があって。
意識したのは最終話書いてる途中だったのですが、何だか凄く可愛らしい理屈で好きだったんです。
なので、このお話もラストは来た春を意識して。
もし、読んで下さった皆さんの心にも、春を届けられたら、いいな(^-^*)


平ちゃんも言ったとおり、Happy endなのです♪
もうすぐ四月になったら本当に春真っ盛りですねv
季節だけじゃなくて、新しい区切りとして皆さんの心の中にも幸せ溢れる春が訪れますようにv

もし感想など御座いましたら、いつでもどうぞ〜v
(嬉しく頂いて、他の作品や次回作へのパワーと変えさせていただきますv)
最後までのお付き合い、本当に有難う御座いました!

それでは、またお会いしましょう(^-^*)/



H19.3.31 朧月。













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