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Secret story

作者: 美雨



「ボクはどうして生まれてきたの?」


 一人の小さな子供が遠く離れた月に向かって語り掛けました。

 月の光に照らされた子供の居場所は古い檻の中。子供の赤い瞳は月しか写していません。首と足に付けられている古びた鎖は今にも千切れそうです。

 生まれた時から鎖に繋がれていた子供は鎖を千切ることを思いつかないようで、誰もいない檻の中から月を見上げていました。


「いつのまにかお母さんはいなくなっちゃった。まわりのにんげんもいっしょに。おつきさまはどうしていなくならないの? ひとつしかないから?」



「おまえが生きていることはこの世界でわたししか知らないよ。それだけだ。生きている理由はおまえが探しなさい。わたしはあの太陽が目覚めるまで起きていないといけないんだ。いなくなったりはしないよ」


 月は米粒程に見える子供を見下ろして囁きました。砂漠の真ん中にある小さな檻の周りには誰もいません。

 きょろきょろと子供が視線をさまよわせても生き物は見当たりません。


 子供は小さな手と足を使って古びた檻を壊してしまいました。粉々に砕けた檻はさらさらと砂漠の一部となりました。


「みんなはどうしてボクを置いていったの? 

ひっしな顔をしてボクをここに閉じ込めた。

もうだれもいないのに。なにも無いのに」


 子供の赤い瞳から透明の雫が溢れ、頬を濡らしました。数滴の雫は頬を伝って乾いた砂漠に落ちます。涙を知らない子供はとても驚きました。濡れた砂を月とともに見下ろし、何も言いません。


「雨を降らせたのかい。おまえはその真っ赤な目から雨を降らせるんだね。わたしは雲が変わりに降らせてくれるんだ」


 人間の存在しか知らない月は感情を知りません。涙を雨だと思いました。

 子供は月の言う通り、雨を降らせたのだと思いました。


「あめが寂しいと言ってるよ。ボクはひとりだから」


 子供は母が流す雨を思い浮かべて呟きました。寂しいと言葉にして赤い瞳から透明の雫を流す母の姿を。


 息をしている人間は小さな子供だけ。その子供を知っているのは月だけでした。


「おまえはひとり。わたしもひとり。さみしいのならばこっちへくればいい。そうすればふたりになれるだろう」


 遠く離れた月は子供だけを照らし、微笑みかけました。子供は月に向かって両手を伸ばします。鎖に繋がれた手は月に向かって伸び、鎖は砂のようにさらりさらさらと消えてしまいました。


「おつきさまと手をつないだらボクはあめをふらせない。寂しくなくなるよ」



ひとりぼっちの子供は雨と勘違いした涙を流しながら歩きだします。



「おつきさま。ボクをしっていてくれてありがとう。光をくれてありがとう。なぜだかボクのココロはとても温かいんだ。おつきさまが手をつないでくれたらもっと温まるよ」



月は子供を思って光を照らし、子供は月を思って手を伸ばしました。


ところが子供が手を伸ばしても月が光を照らしてもふたりになれません。



「おつきさまは動けないからボクが歩く」



不思議に思った子供は自らの足で月に向かって歩き出します。



「わたしはいつも暗闇の中から人間を照らしていた。ひとりのわたしを見上げる人間は誰もいなかった。わたしは存在を知っている。それなのに人間はわたしの存在をただの物だと言った。ひとり。ふたり。増える人間に対してわたしはいつもひとり。ああ、ひとりはさみしいな」



月は目を開ける度に増える人間をとても羨ましく思っていました。

仲良く笑いあう姿を見て寂しくなったのです。

人間に声を掛けても物は喋らない、と相手にしてもらえずにいたのでした。



「おつきさまはきれいだね」



ひとりぼっちの子供は砂漠の砂の上に倒れてしまいました。

転んだのではありません。


痩せた体は動く機能を失ってしまったようです。


枯れてしまった雨は小さな水溜まりを作って止みました。



「おまえもわたしをひとりにするのか?さみしいのだろう?ならばわたしとふたりになればいい」



月は子供に一筋の光を照らし、静かに語り掛けました。


子供は赤い瞳に月を写すと小さく小さく微笑みました。

初めて笑顔を浮かべた子供は笑顔の意味を知ることなく長い長い眠りに就きました。

優しい光を放つ月に見下ろされながら。



「ふたりになったわたしはもうさみしいとは言えなくなった。ありがとう」



明くる日いつものように地上を照らす月が言いました。

何もない砂漠には誰もいません。

群青色の空にはか弱く光る星が一つ。

月は星に向かって言ったのです。


星は何も言いません。

ただ、月に寄り添い、光を放つだけ。


夜の色に塗られた空にはひとりの月とひとりの星が光を放っていました。





ひとりだった子供は星となり、ふたりになりました。


ふたりは暗闇が明るくなるまでいつまでもいつまでも光を照らし合っていました。





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