ボクは小百合と自転車で二人乗りして、自分たちの住む町の中を走り回っていた。真夏とあってか日差しが暑く、アスファルトに照り返している。
「喉乾いてない?」
「うん。ちょっと乾いてる」
「じゃあさ、この道をまっすぐ行って、角を左に曲がったところに自販機があるから、そこで冷たいジュース買おう」
ボクの言葉に小百合が頷き、ボクたちは二人乗りを続けた。
やがてボクが言った自販機の前に二人は着いた。
小百合がポケットから小さな財布を取り出し、小銭入れから五百円玉を一枚取り出した。
コイン挿入口に入れ、一本が百二十円のミニボトル入りの清涼飲料水を二本買う。
「はい、どうぞ」
「ああ。サンキュー」
ボクが礼を言い、缶の蓋を開けて、ゆっくりと呷り始める。冷たいドリンクが喉を通り越して、渇きが癒された。
ボクは丸々一缶飲み終え、缶をゴミ箱に捨てた。
ボクたちは二人とも半袖のTシャツに、下はジーンズというラフな格好だった。
「これからスーパーに買い物に行こう」
「うん」
ボクと小百合は田舎町の小さなアパートで同棲していた。ボクが親元を離れ、小百合も同様に家を出て、二人で暮らし始めたのだ。もう丸一年になる。
ボクたちはそれぞれアルバイトをして生活費を稼ぎながら、休みの日は一緒に遊ぶという気楽な生活を送っていた。二人とも今の暮らしをそれなりに楽しんでいる。
ボクが勢いよくペダルを漕ぎ出すと、小百合がボクの背中にぴったりと自分の体をくっつけた。
小百合が、
「警察に見つからないかな?」
とおどけたように言うと、ボクが、
「まあ、大丈夫だろ」
と言い、笑ってみせた。
ボクはペダルを漕ぎ続けた。自転車はゆっくりとスーパーのある方向へ向かう。
今日も夕食は小百合が自炊してくれることになっていた。小百合は夏場はいつも冷やしうどんを作ってくれるのだ。
「……」
しばらくの間、ボクたちは黙って前を見据えていた。道路を通る車に注意しながら、町を走っていく。
やがて十分ほど走り、近所の二十四時間営業のスーパーに着いた。
ボクが自転車を駐輪場に停めると、小百合が先に降りる。ボクが続いて降り、前輪と後輪にチェーンを巻く。
二人で手を繋いで、スーパーへと入っていった。
ボクたちはカートに必要な食材を次々に入れて、レジへと持っていく。
全ての商品を清算し終わり、ボクが買った品物を買い物袋に入れ、店外へと出た。
自転車を停めていた駐輪場まで行き、そこでチェーンを外して、自宅アパートがある方向へと向かう。
ボクがサドルに跨ると、小百合が後ろに張り付いた。
「買い忘れとかない?」
「うん。うどん玉はちゃんと二人分買ったし、牛乳も肉も野菜も買ったから、後は自宅の冷蔵庫に入れるだけ」
「そう」
ボクが頷き、小百合がちゃんと後ろに乗ったことを確認して、再び自転車を漕ぎ出した。
自宅に向けて、ボクはゆっくりと漕ぎ出す。前のかごには、買った商品全てが入れてある。
ボクが信号に注意しながら自転車を漕いで、安全運転で道を走る。
「暑いわね」
「ああ。今日は東京だけじゃなくて、全国どこでも暑いみたいだよ。夜は熱帯夜になるんだってさ。さっき携帯の天気予報サイトで見たんだ」
「そう」
小百合が頷き、さっき買っていた清涼飲料を飲む。
ゴクリゴクリ……。
喉が揺れた。小百合は元々幾分男勝りで、豪快なところもあるのだ。
ボクも途中でいったん立ち止まって、持ってきていたミネラルウオーターのペットボトルを取り出し、キャップを捻って軽く口を付ける。
小百合がふっと自転車から海のある方向を見始めた。ボクたちの住む町のすぐ南側には広大な海が広がっているのだ。
ボクが不意に、
「海見に行こうか?」
と小百合を誘う。
「いいわね」
「よし。じゃあ、今から全力で自転車漕ぐから、しっかり掴まってろよ」
ボクがそう言い、海の方向に向かって自転車を漕ぎ始めた。
それから十分後。
ボクたちは青く澄んだ海へと出ていた。田舎町に面した海とあってか、ビーチにはちらほらとしか人がいない。
ボクが自転車を停めて、二人で熱い砂を踏みしめながら、波際まで歩く。
ジーンズを捲くって海中へと入り、寄せては返す波に体を濡らしながら、ボクたちはしばらくの間海水浴を楽しんだ。
時間があっという間に過ぎ、夕刻になる。
二人で並び、水平線の彼方に落ちていくオレンジ色の夕日を見つめながら、ふっと小百合が、
「キスしない?」
と言ってきた。
「ああ」
ボクが頷くと、小百合が自分の唇をボクのそれにそっと重ね合わせた。
「……」
ボクたちはしばらくの間、口付け合い、互いの口の中にある潤いや熱を移し合った。
そして夕日をバックに抱き合う。
ボクたちは抱き合った後、沈み行く太陽をじっと見つめ、それにも飽きると、ボクの方から、
「そろそろ行くか?」
と言った。
「うん」
小百合がそう返し、ボクたちは自転車を停めていた場所へと行く。
付けていたチェーンを外し、ボクがサドルに跨ると、小百合も後ろに乗った。
ボクが自転車を漕ぎ、自宅を目指す。
アパートに帰り着くと、小百合が買い物袋をかごから取り、
「今から夕食作ってあげるから」
と言って、合鍵を使い、先に室内へと入っていった。
小百合は部屋に入ってすぐに手を洗い、鍋にお湯を沸かして、うどん玉を茹で始めた。後から入ってきたボクは食事が出来るのをじっと待っている。
やがて小百合が茹で上がった麺を笊に上げ、水で冷やすと、丼に移した。
そして並行して切り終えていた具を皿に添え、醤油を二人分用意すると、
「出来たわよ」
と言って、キッチンの隣にあるリビングに寝転がっていたボクを呼んだ。
「ああ、ありがとう」
ボクがそう返し、起き上がって、テーブルの前に胡坐を掻いた。
小百合が二人分の食事を運んでくる。
開けっ放しにしていた窓からは生温い夜風が入ってきた。
ボクは小百合もテーブルに就いたことを確認して、置かれた食事に箸を付ける。二人で用意していたビールのレギュラー缶に口を付けながら、だ。
ボクたちはその夜、食事が終わると、狭い浴室で冷たい水を掛け合いながら、一緒に入浴した。
風呂から上がり、互いの濡れた体をタオルで拭き終えると、リビングに戻り、布団を敷く。
ボクも小百合も満腹になり、アルコールも入って入浴も済ませたからか、眠くなり、二人で床に就いた。
その夜。
天気予報通り、東京は熱帯夜だった。
ボクたちはカラカラと扇風機を回しながら、開けていた窓から絶えず風を入れ、いくらか寝苦しい夜を過ごした。
やがて時間が経ち、ボクも小百合も深夜過ぎにやっと眠りに就いた。朝まで一度も目覚めずに眠る。
翌朝も東京は快晴だった。
ボクは心の中でずっと思っていた。
“小百合と過ごす大切なこの夏が終わりませんように”
太陽がギラギラと照り付ける暑い季節は、ボクと小百合を包み込み続ける。
ただ時だけが流れていく。
(了)
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