幕話 そして勇者が生まれた
始祖が活躍した時代から、200年ほど経った国は御三家を中心に平和に治められていた。
力が1つに集中することなく、彼らの均衡は保たれていたのだ。
そんな時代に、御三家のひとつ高神家に一人の男の子が生まれた事によって、激動の時代になるとは、誰も予想出来なかった。
そして、舞台は高神家に移った。
年の離れた兄は弟か妹の誕生を心待ちにしていた。
だが、40歳になってからの出産は当時の医療事情では高齢だった。
そのために、彼の母は出産に耐え切れなかった。
弟は無事に生まれたが、彼は母を永遠に失うことになった。
12歳の少年には酷な現実だった。
そして、彼にはもう一つの悲劇が…。
母の命と引き換えに生まれてきた弟は自分達の赤みがかった茶色と違い、とても綺麗な赤い髪だった。
そう、伝説の始祖様のように…。
そして、自分が引き継げなかった青い目は父と同じ色だった。
そんな赤子を見た父の喜び…。
跡取りとして扱われていた自分が用済みになった瞬間だった。
弟は始祖様の再来として扱われ、自分ではなく彼がこの高神家を継ぐことが決定した。
そして、赤髪の少年は元気に育っていた。
だが、彼は7歳の時に木から落ちて頭を打ってしまった。
彼のわがままによる事故だったが、彼に記憶の混濁が見られたこともあり、教育を他人任せにしていた父は怒りを彼らに向けた。
周囲に責任を求めたのだ。
そして、側付や乳母、武術の師など全てを遠ざけたのだった。
そのために、彼が少年時代の記憶を失っただけでないことに誰も気づかなかった。
その事故によって彼に前世の記憶が呼び覚まされたことは誰も知らなかった。
なにしろ彼にも、自分の死の記憶が無く、生まれ変わったという実感があまり無かったこともあるが、彼のおかしな言動や行動を知ったものは全て、彼の元から排除されたのだった。
醜聞を嫌う父によって。
だからこそ、彼は疑問を人に聞くことを恐れ、彼らに自分の知識を語ることも無かった。
異分子として、排除されることを恐れたからだ。
言葉が通じても、大多数の人がこげ茶や黒髪でも、目の色が緑や青みがかっていたり薄めの色が多いことや、自分の赤い髪と濃い青い目をとっても、自分が知る日本ではありえなかったからだ。
たとえ、文化が日本の平安時代に近い状態でも、似て非なる世界だということは彼には分かっていた。
そしてそんな状態だったからこそ…彼に兄の存在を教える者もいなかった。
彼が現状を知り、自分を憎む兄の存在を知っていたら、悲劇は避けられたかもしれない。
彼が勇者になることは無かったのかもしれない。
そして、彼が10歳の時だった、父が死に存在も知らなかった兄が重傷を負ったと聞かされたのは。
幼いながらも彼は当主になるはずだった。
だが、兄は許さなかったのだ。
自分から母も父の期待と愛情も奪い、御三家の跡取りという誇りを奪った彼を。
彼は、兄によって父殺しと兄への暗殺未遂という罪を着せられ、処罰されそうになった。
高神を支える幹部達は、兄に取り込まれていた。
彼の味方は高神にはいなかった。
ただ、仮にも始祖の再来と呼ばれる存在だった為に、離れに閉じ込め飼い殺しにしようという幹部の意見と彼の命を奪いたい兄の意見は対立した。
その隙をぬって、監禁されていた彼を救い、山にかくまった人たちがいた。
そう、彼が木から落ちるまで彼を守り導いた武術の師の佐々木一樹とその息子で彼の兄代わりだった珠樹が彼を救ったのだ。
彼らは、彼が以前の記憶が無く、性格も変わったことを知ったが、それでも、彼を大切に思うことに変わりはなかった。
そうして、彼は佐々木親子に守られながら、人里はなれた山で暮らすことになった。
その際に、彼らに身を守る術を教えられたのだ。
後の、勇者様山ごもり修行伝説とはこのことである。
彼に逃げられた高神家は兄が当主となったが、兄は彼の行方を追い続けた。
彼を両親の元に送るために…。
だが、彼を守ろうとする者たちの妨害もあり、成果は芳しくなかった。
また、おおっぴらに彼に罪があるといって追うのは、お家騒動が世間に知られることに反対する幹部の意見や他家への面子もあり出来なかった。
また、佐々木親子に誘拐されたという話をでっち上げるには、佐々木の家がうまく立ち回っていて、彼らがかかわっている証拠はなかった。
そのため、重圧に耐え切れずに逃げ出したと言って探すしかなかった。
そうすれば、生きて連れてかえっても家を継がせなくて済むからだ。
だが、なかなか彼は見つからず1年が過ぎた。苛立った兄はある作戦を開始した。
それは、弟を亡き者にするために、他者をも巻き込む恐ろしい計画だった。
そう、魔王を作り出す計画を…。
次で魔王と対決して勇者編は終わります。
本編に戻り、断罪が始まります。