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ほしのゴンドラ

作者:つるこ。
わっしょい!
ねえ、知ってる?ほしのゴンドラって。
そのお舟にお願いすると、どんなことだって叶えてくれるんだってさ。
いいなぁ。一度でいいから見てみたいなー。
……でも、見つけたところで無駄かもね。
どうして?
だって、お願いを叶えてもらうには「大変なお代」が必要なんだって。
へーそうなんだ。
――ねぇトラちゃんも知ってる?


 女性というものは急にあちらこちらに行ってしまうもので、この唐突な問いかけも別段驚くことではない。となればそのあしらいも手慣れたもので、トラはふんっと鼻をならしただけだった。そんな様子に気分を害するでもなく、井戸端会議は続けられる。これらは日常からなんらかけ離れたものではなかった。けれど、トラはいつもと違ったのだ。

 トラは悩んでいた。困っていた。焦っていた。神様にもお釈迦様にもいっぱいいっぱい頼み込んだ。額が熟したリンゴのようになるまで頭も下げた。そうしたところで、何かが変わるわけもない。助けも、救いも、施しも。トラの元にはやってこない。
「お姉さんを助けてください」
 もはや何に祈るわけでもない。ただ、何も出来ないことがつらかった。


あ、それよりあれやってみた?
――あー、あれ?
そうそう。
やってみたいけどなかなか見つからないんだもん。
えーじゃあ今度降ってきたら絶対にお願いするんだよ。
わかってるよ!今日の夜、探してみるね。


 トラは悩んでいた。困っていた。焦っていた。けれど、側にある日常はしっかりとその耳に届いていた。

 トラの願いは欲張ったとしても、たった一つだった。大好きなお姉さんの病気が治りますように。
 いつも頭を撫でてくれた、優しい手をしたお姉さんは、少しずつ少しずつ元気がなくなっていった。早く元気になって欲しい。そして出来るならもう一度――何度でも撫でて欲しい。そんな可愛らしい願いなのだ。けれど、トラには何も出来ない。しいていうなら待つことしか出来ない。そんな自分が惨めで、悔しくて何度も声を上げた。

 日も落ちて、冷たい風がトラに突き刺さる。ぶるりと体を震わせて、家路についた。
「お姉さんを助けてください」
 すがるように空を仰ぐと、群青のカンバスに点々と散らばった瞬くものたちが、トラを見下ろしていた。ふと、日常が記憶の端から飛び出した。『ほしのゴンドラはどんな願いでも叶えてくれる』。
 しかし、すぐに頭を振る。自分には「大変なお代」なんて払えやしない。だからそんなものあったとしても何にもならないのだ。

 その時、きらりと何かが視界の際から際へと走る――というよりは落ちていった。トラにはそれが一体何なのかはわからなかった。けれど、もしかすると……。女の子たちは確かにこう言っていた。『夜に降ってくる』と。
 藁にもすがる思いでトラは願いを口にする。
「お姉さんを助けてください」
 するとその何かがパチンと弾け散る。弾けたと認識した時にはもう既に、トラの目の前にはきらきらと輝く小さな舟が停まっていた。それはトラが今まで見た何よりも眩しくて、何よりもくっきりと映った。それなのに回りの人は全くの知らんぷりを決め込んでいる。何故なのか? そんなことはどうだってよかった。ただトラが知りたいのは助けてくれるのか。否か。
「お姉さんを助けてください」
 今までで最も想いを込めたつもりが、掠れたような声しか出ず、少し恥ずかしかった。確かに恥ずかしいのだが、同時にそう思う余裕があることに安堵もした。

「君かい? 僕にお願いしたのは」
 目映い舟の中から、小さな…………見たことのない生き物がちょんと顔を付き出す。明るすぎると反ってものが見えないことをはじめて知った。
「君かい? 僕に、お願い、したのは」
 先ほどよりも随分と不機嫌に再び同じ言葉を投げ掛けられる。トラは精一杯の誠意を込めて、繰り返した。
「お姉さんを助けてください」
「いいよ」
 あまりにも簡単に返ってくる肯定に戸惑う間もなく、トラの目は舟のように華やいだ。そして改めて尋ねる。
「ところで君は誰なんですか?」
「知らないで願い事をしていたのかい」
 不思議な彼あるいは彼女は心底信じられないと言った顔をした。それは知らないで願い事をしたことよりも、知らなかったことに対しての驚きのようだ。
「僕は流れ星のなかにたまに紛れ込ませてもらってるんだけど、ねえ、本当に知らないの? 『ほしのゴンドラ』って聞いたことないかなぁ」
 それを聞いてトラは今までの焦りなどただの苛立ちだったことに気が付く。それほどの焦燥感に襲われた。なぜなら、トラは何も出来ないのだ。しいていうなら待つことしか出来ないのだ。お金もない。特技もない。ほしのゴンドラに渡せるような『大変なお代』を用意することなんて不可能に思えた。
「ああ、もしかしてお代のことかな?」
 トラの目が、どんどん夜空に溶け込んでいくことに気づいてくれた彼あるいは彼女は、三日月のように目を細める。
「お代は簡単だよ。ただ感謝してくれればいいんだ」
 あと少しで空に呑まれてしまいそうだった目が光る。その姿に満足したのか彼あるいは彼女は続けた。
「ただし、君じゃダメだよ」
 光っては、消え。消えては、光る。そしてまたぷつりと消えた。トラは悲しかった。その時、はじめて二つ目の願いが――ずっと胸の奥の、扉の向こうに閉まっていたそれが飛び出しそうになる。
 トラはお姉さんのことが大好きだ。ただ側で眺めているだけで、たまに頭を撫でてくれるだけでも良いくらいに。けれどそれよりももっと稀に、お姉さんの隣に立ちたい、お姉さんの隣にお姉さんと同じ人として立ちたいと思うことがあった。もし人間であればお金を稼いで薬を買うことも、お姉さんの側にいてお姉さんと同じ言葉を話して、励ますことが出来たのに。現実では例え人であったとしてもそう簡単なことではないのだが、トラはそんなこと知るわけもないし、可能性があるかないかの差は果てしなく大きい。
「最後まで聞いてよね。払うのは確かに君なんだけど、必要なのは『君の』感謝じゃないってことだよ。僕が求めているのは君が『他の誰かから』感謝されることだよ」
 トラにはそれが希望のようにも絶望のようにも聞こえた。
「後払いでいいよ」
 けれど迷いはなかった。
「君のお願いは何かな」
 トラの願いは欲張ってもやはり一つだけ。
「お姉さんを助けてください!」
 ただお姉さんが幸せであればそれでいいのだ。

 その願いは聞き届けられた。トラが叫んだと同時に、ただでさえ美しいほしのゴンドラは、より一層その身を照らし天へと上っていく。そして目の前に現れたときと同じように、パチンと弾けると流れ去っていった。あとに残ったトラは今までの出来事が嘘のようにしか思えなかった。すぐにお姉さんの元へと駆けていく。そうしたらお姉さんはにっこりとトラを迎えてくれたのだ。

 トラは感謝した。だからこそ、必ず誰かに感謝してもらえるように生きると心に決めた。ぐっと首を伸ばして夜空を眺める。やはり星がただ見下ろしているだけだ。それでもその中のどれかが『ほしのゴンドラ』だと思うと身が引き締まるような気がする。
「トラちゃんなにやってるの?」
 お姉さんが僕の頭を撫でて、それから耳元で恋人へするように囁いた。
「トラちゃん、ありがとう」
 なんとなく言いたくなったの、と笑うお姉さん。そんなお姉さんのことを今までよりも、もっとずっと好きになった。
お目通しありがとうございました。
前回と対称的な作品にしようと意識をしてみました。アドバイス、ご意見、ご感想があれば、是非お聞かせください。

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