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星間恋愛

星間正月

作者:28号
「あらあらどうしましょう、うちのおせち『伊勢エビ』が入ってるんですけど、共食いになっちゃうかしら?」
「問題無いですよお母さん、こう見えても海老ではないので、共食いにはなりません」
 むしろ伊勢エビ大好きですと笑うその姿に、私を除いた家族達が爆笑する。
 しかしもちろん私は笑えない。と言うかそもそも、実家のこたつに海老……ではなく海老型宇宙人『アリウスフォルゲリガヒスダルガソエコロ』649才、通称『アリウス』が暢気に座っている状況を、私は未だ受け入れられずにいた。
「アリサ、お前の彼氏は面白い奴だなぁ」
 そのうえどう見ても和風な居間に似つかわしくないこの海老を、父がすさまじく気に入っていることも、信じられない。
「お前に彼氏がいると聞いたときは驚いたが、良い男で良かったよ」
「そうねぇ、アリウスさんならお母さん安心だわ」
 どこをどう見たら安心できるというのか。
 相手は海老だぞ! と、今すぐ叫んで抗議したいところだが、この状況を作り出したのは他ならぬ自分なので何も言えない。
「それで、式の予定はいつなのかしら?」
 暢気な母の言葉に目の前のおせちを投げ飛ばしたい衝動と戦いながら、私は手元のビールに、瓶のまま口づけた。




星間正月



 私がエビを連れて帰省を決意したのは、正月気分も薄れ始めた1月5日のことである。
 家族には元旦から帰ってこいと言われていたのだが、正直私は両親にあうのがひどく億劫になっていた。
 家族と不仲というわけではないが、去年の春に妹が結婚して以来、私への風当たりは何かと強い。
 会えば彼氏はできたのかと詰め寄られ、電話をすればいい人がいるんだけどと紹介されそうになるそんな一年を経て、私はすっかり疲れ果てていた。
 私だって好きでひとりでいるわけじゃない。
 それに見合いだけは絶対にしないと散々言ったにもかかわらず、仕送りの野菜と共に見合い写真が送られてきたのを見て、この冬は絶対帰らないと心に決めたのだ。
 それがなぜ心変わりをし、なおかつエビを携え帰省したかと言うと、母から緊急の電話がかかってきたからである。
『お父さん、あんたに見合いさせる気満々だから止めにきた方が良いわよ』
 あまりに唐突な内容に慌てて詳細を聞いたところ、どうやらこの年始に親戚どもの『婿自慢』をされた父が、自分の娘にもいい人を見つけようと画策していたらしいのだ。
 うちの家系は不思議と見合い結婚が多い。閉鎖的な農村に住んでいるからかもしれないが、私のいとこや兄妹達の殆どが見合いや紹介で相手を見つけている。
 けれど私はそれがどうしても嫌で、あえて都会に出てきたのもお見合い至上主義の親族達から逃げかったからだ。
 だが『お見合い一族』の血にあらがえず、都会に出てきてもう十年以上になるが、相手は未だ見つかっていない。そしてそれを嘆いていた父の我慢が、年始の『婿自慢』をきっかけに爆発してしまったらしい。
『ともかく一度帰ってきなさい』
「だけど、どのみち帰ったらお見合いさせられるんでしょそれ……」
『だったら、誰か相手連れてきなさいよ。そうしたら、お父さんだって文句言わないわよ』
 相手、と言われてうっかり浮かんだのは甲殻類顔で、慌てて考えを振り払う。
 だがまてよ……と、魔が差したのはそのときだ。
 異種交際が盛んな昨今だが、うちの実家がある街は、純地球産の生命体が多く、父の知り合いも地球人ばかり。
 故にお見合いと称して送られてくる写真も、そのほとんどが地球人である。
 だからもしここでエビを連れて帰り「私異星人が大好きなの!地球人なんて絶対無理!」的な台詞をかませば、父も打つ手が無くなるに違いない。
 エビには大変悪いが、結婚させられそうだと言えば奴が飛びつくのは目に見えていた。
 実際奴は、二つ返事で飛びついた。
 急な申し出だったにもかかわらず、むしろ嬉々として奴は駅に現れたくらいだ。
「いやぁ、アリサさんのご両親に会えるなんて光栄だな!」
「何度も言うようだけど、ふりだからね。恋人のふり!」
「ふりでもいいです!幸せです!もう死んでもいい!」
 エビの幸せ沸点の低さは気になったが、つきあってもらえるならもうけ物だ。
 心の奥底で良心が少し痛んだが、そこにはあえて目をつむり、私はエビとともに帰郷した。
 それが、大きな間違いであることにも気づかずに。

■■■      ■■■

「でも本当に良かった。このままだと、アリサが売れ残ってしまうんじゃないかと本気で心配していたんだ」
 超ご機嫌な顔でエビと酒を交わす父。
 そしてエビの方も、傍目にはわかりにくいがかなりご機嫌なようだ。
 なにせいつもより3割り増しで、触覚が活き活きと動いている。
「アリサさんが売れ残ることなんてありませんよ。あんなに美人ですし」
「いやいや、アリウス君がきてくれるまでは、男の気配すら無かったぞ」
 そいつだって男とはいえないだろうが!
 とつっこみたかったが、勢いづけるにはまだお酒が足りなかったので、無言でビールをもう1瓶開ける。
「でも本当にいいのかい、こんな娘で」
 それはむしろ私に聞くべき言葉だろうと思ったが、父の顔は真顔だった。
「もちろんです。アリサさんは僕にとって理想の女性なんです。優しくて、可愛くて、ちょっと気が強すぎたりつれないところもありますが、そこがまた好みで」
 アリウスの真剣な声に、私は飲んでいたビールを吹き出しかける。
 この時、アリウスの方を見ていたなら、まだそれほどの衝撃ではなかっただろうが、不運なことに私は奴を視界に入れずに告白を聞いていた。
 外見はともかく、奴は無駄に美声なのだ。その声でまっすぐなほめ言葉を告げられると、なんだかおなかの奥がむずむずして落ち着かない。
 顔を見ながらならエビの戯れ言と受け流せるが、視線をはずしたが最後、褒められることになれていない胸は勝手に高鳴ってしまう。
 正直、かなり悔しい。
「そこまで言ってくれるなら親としても心おきなく嫁に出せるな」
「……ってちょっと待って! 結婚の話とかはまだだからね!」
 いつの間にか進展しすぎている話に、私は慌てて言葉を挟む。
 あくまで今回は『恋人』としてアリウスをつれてきただけなのに、父はすっかり舞い上がってしまっているらしい。
「今はその、おつきあいしてるだけだから!」
「でもおまえだって好きなんだろう? だったらいいじゃないか、アリウス君で」
「でも、その……」
 相手はエビだぞと言いたいが、それを口に出したらそもそも嘘をついていることがばれかねない。
 仕方なくアリウスに助けを求めようと視線を向けると、目が合うまでもなくアリウスはわずかに身を乗り出した。
「実は、結婚を決めていないのは僕のせいなんです」
「やはり、うちの娘では不安かね……?」
 目に見えて落ち込む父に、アリウスは違うのだと手と触覚を振る。
「お父さんに言うのは少し恥ずかしいですが、実は僕もアリサさんが初めての彼女なんです。だからその、もう少し恋人の気分を味わいたいなと、僕がわがままを押しつけてしまって」
 驚くほどすらすらと嘘を並べ、照れたように触覚まで揺らすアリウス。
 情けなくてと鈍くさいどころばかり見ていたので心配していたが、どうやら彼は私が思う以上に機転が利くらしい。
 そしてそれに、父もころっと騙されたようだ。
「いやいや、その気持ちは俺もわかるぞ! 俺も昔は母さんといちゃいちゃ甘々するのが好きでなぁ」
 娘としては聞きたくなかった、母とのあれやこれを糖度5割増しで語る父。
 どうやら今日は、いつも以上に酔っている様だ。
 一方私も、この状況を素面で過ごせるわけもなく、気がつけば空いたビールの空き瓶と空き缶が山になっている。
 とはいえ、さすがいそろそろ限界だった。
「アリサさんそろそろ……」
 気遣うアリウスを横目に更に缶ビールを開けたところで、私の意識はブツリと途切れた。

■■■      ■■■

「ところでよ、うちのに惚れたきっかけは何だったんだい? 父親の俺が言うのもアレだが、我が強すぎるし、この通り女っ気もねぇだろう」
 失礼なことを言うなと思ったのに、口どころか体すら動かなかった。
 睡魔にまどろむ意識のなか、目だけはうっすら開けられたが、自分にかけられた毛布の一部しか、視界には入ってこない。
「何度も言ってますが、アリサさんはもの凄く可愛いですよ」
 そのとき、何かが私の頭を優しくなでた。
 暖かくてでも少し硬い、不思議なものが頭を往復すると、心地好さにまた少し眠くなる。
「それにアリサさんは、僕の恩人なんです」
「恩人?」
「僕はこんななりですし、色々と馬鹿にされることが多いんです。だからアリサさんが勤める婚活斡旋会社に登録したんですが、鳴かず飛ばずで」
「……まあ、たしかに女受けはしないかもな」
「中には、『あんな気持ち悪いのを当てがうな』ってアリサさんに文句言う人までいたんです」

 どこからか聞こえてきた声に、ふと以前起きた仕事のトラブルが蘇る。
 私の勤める婚活斡旋会社ラブスターは、地球人と他の惑星から来た異星人との出会いの場を提供するのが仕事だ。
 しかしときどき、それを忘れてクレームをつけてくる人がいる。
 生まれた星や銀河が違えば、姿形や言語が異なるのは当たり前の事だが、その多様さを受け入れられない者は多い。
 ヒトは皆、自然と自分に似た姿形の生命体を好む傾向にあり、それは異星間恋愛が普通になった昨今でも同じだ。
 地球人と水星人。エイル第4星人と火星人と言った具合に、相性の良い体の構造というのは絶対にあるのだ。
 だがそれをこえて、心で通じ合い、結婚するものだって沢山いる。
 そしてラブスターは、そういう心の繋がりを重視する恋人達のための婚活斡旋会社だった。
 もちろんどうしても受け付けられない形状の異性(スライム系や触手系など、苦手とするものが多いもの)は、外せるようにチェックがある。
 そのためアリウスのような特殊な異星人は除かれる事が多いのだが、彼だけはある理由で、そのチェックから漏れがちだった。

 スライム・触手・甲殻類系 不可(ただし、年収1億ドル以上は除く)

 そんな項目に、奴はものの見事にヒットするのである。
 つまり、見た目は最悪だけど超お金持ち!ポジションに、アリウスはピッタリはまっていたのだ。

 そういう人物を求めるような女性には、残念ながら問題がある場合が多かった。
 そもそもお金があるならどんな男でもOK!と大っぴらに書く顧客には癖が強い人が多く、あからさまに地雷と思われる相手は担当である私が外していた。
 だが注意しても見抜けない場合は多々あり、そういう者たちほどクレームをつけてくるのである。
 もちろんこちらは頭を下げる方だが、その中に一人、どうしても素直に頭が下げられなかった顧客がいた。
 外見が気持ち悪い。受け入れられない。
 それはわかる。
 だがそういう気持ちを口にしたくないのか、その顧客はアリウスを陥れるような嘘を重ねたのだ。
『私が可愛すぎたみたいで、なんかすごい嫌らしい目で見てきて』
『それに、やたらと触ってくるし』
『今すぐホテル行こうとか、やらしいこと言うし』
 次々飛び出す言葉に、この時ばかりは私もキレた。
 だってそこには、正しいことが何一つ無かったのだ。

「『お言葉ですけど、アリウスさんは見た目はひどいですがラブスターに登録している男性の中では一番の紳士です! むしろ紳士すぎてヘタレなんです! 女性を前にすると顔は上げられないし、手なんて触ったら茹で上がったエビみたいに真っ赤になって逃げるし、やらしいことが何一つ言えないから未だ恋人ゼロなんです! でもあなたみたいな女性に何を言われても笑顔でここに来て、「素敵な女性でしたが、僕には勿体ない」って、あなたのデータに私が【クソ女】って書き込まないように配慮までするヒトなんです! そんな彼を、外見はともかく変態みたいに言うのはやめて下さい!』って、僕を貶した女性にまくし立てたんですよ」
「良く覚えてるな」
「僕、記憶力良いんです。そして端折りましたがこのあと5分近く僕のことをぼろくそに言いながらも擁護してくれて……。それが、凄く嬉しかったんです」

 確かに、聞こえてきた台詞の倍以上喋った気がした。
 あまりに腹が立って、そしてアリウスにひどい顧客を会わせてしまった自分が悔しくて、気がつけばクビを覚悟で私はわめき散らしていたのだ。
 もちろん上司にはこってり怒られた。クビにもされかけた。
 でもそうならなかったのは、今思えばアリウスのお影だった。

「言い方はアレですけど、そのときに思ったんです、僕が結婚したかったのはこの人だったんだって」

 そのあと、私はアリウスの専属にされた。
 クビにされるのではと思っていたので、ひどく驚いたのを覚えている。

「気を引きたくて、特別になりたくて、色々手を回して専属にして貰ったんです……。でも最初は全然気づかれなくて、けど専属になってからはときどき飲みにとか行けて……。そこで酔うと、アリサさん毎回僕に泣きついて謝るんですよ。『いい人見つけられなくてごめんねぇって』」

 酔ったとの記憶は無いからわからないが、そう思っていたのは確かだ。
 アリウスの外見とヘタレさに相手がNOを突きつけることももちろんあるが、そもそも私が彼に合わない顧客を紹介してしまうことも多かった。

「普段はあまりやる気がなさそうなのに、酔うと『ごめん』の嵐なのが、何だか凄く可愛くて……たまらなくて……」
「惚れたのか?」

 頭に浮かんでいた懐かしい記憶が、父の声で霧散する。
 そこで今更のように大きく目を開けると、かすんだ世界の中に、アリウスがいた。
「僕には彼女しかいないって、そう思いました」
 とっさに、私は目を閉じ毛布に潜った。
 アリウスは、おせちの中に入った海老に似ている。むしろエビその物だ。
 なのに私は今、そんな彼の言葉に、たまらなく照れていた。
 そして嬉しいとも、感じていた。
「お前さんの気持ちはわかった。……アリサのこと、よろしく頼む」
 父が頭を下げる気配がしたのに、なぜだかそれを止めようと思う気持ちは、わいてこなかった。

■■■      ■■■

「お土産、一杯貰っちゃいましたね」
 帰りの電車の中、アリウスは母に押しつけられた漬け物を片手に、触覚を嬉しそうに上げ下げしている。
「でもなんか申し訳なかったかな……」
「もしかして、騙したこと?」
「お土産のことです。それに実を言うと、騙している感覚はあまりなかったと言うのが、正直なところで」
 気が早すぎたかなとは思いますがと、アリウスは少し困ったように笑う。
「少なくとも僕は、いつか絶対、アリサさんと家族になるつもりなので」
 自信満々な声に、いつもならバカを言うなと怒れるのに、なぜだか今日は声が出てこない。
「あれ、怒らないんですか? もしかして、具合とか悪いですか?」
 熱ですか? 風邪ですか? 腹痛ですか?
 矢継ぎ早に質問を繰り返しながら寄ってくるエビを横の席に押し戻し、私は顔を窓の方へと向ける。
 窓ガラスに映る私の顔は真っ赤で、こんなものをアリウスに見られたら大事になるのは間違いない。
「大丈夫なら良いんですが、何かあったら言ってくださいね」
 どこまでも優しい彼の声に妙な気分になるのを感じながら、私はぐっと目を閉じる。
 どうやらまだ、家で飲んだ酒が完全に抜けきっていないらしい。そうじゃなければ、エビをこんなに意識するなんてあり得ない。
「そういえば、お父さんからこんなもの貰いましたよ」
 私の葛藤も知らず、アリウスが不意に何かを差し出す。
「何それ、メモ?」
「アリサさんにって、言ってました」
 嫌な予感を覚えつつ折りたたまれたメモを開く。

『アリサへ
 結婚のこと、今まで色々言って申し訳なかった。
 今後はもう何も言わないから、アリウスくんと幸せにやりなさい。
 ぱぱより

 追伸
 子供の名前は、フォルゲリ城太朗がいいと、ぱぱは思います!』

 目を通し、そして私は、メモを思い切り破いた。
「感動的なお手紙だったのに!」
「どこがよ! っていうか子供の名前ってなに!?」
「アリサさんが寝ちゃったあと、ふたりでその……」
 考えていたのかと、あきれ果てる。
「ちゃんと由来もあるんですよ!フォルゲリっていうのはカヒフダ星語で高貴なって意味で、城太朗はお父さんの……」
「いや! ぜったいいや!」
 ずたずたにした手紙をエビに投げつけ、今度は顔だけでなく体も窓の方へと向ける。
(もう二度と、帰省なんてしない……!)
 絶対にと繰り返しながら、私はもう一度目を閉じる。
 脳裏に一瞬だけ……。ほんの一瞬だけ小さな子供と遊ぶアリウスの姿がよぎったが、それはもちろん見ないふりをした。


星間正月【END】

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