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カンナのカンナ 異端召喚者はシナリオブレイカー 作者:ナカノムラアヤスケ

第四の部 意図せぬ退場者

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幕間その三 綻びの始め

勇者その頃なお話
 

 ーーーー何故?

 ユルフィリア王国第二王女にして、見目麗しき可憐な美貌を持ち、そうでありながらも魔術士としての希有な才能を有する、フィリアス・エーデル・ユルフィリアは混乱の極みにあった。


 数日前の宣告の通り、ユルフィリア王国によって召喚された『三人の勇者』有月達は、この世界に来てから初めて王都の外に足を踏み出した。

 なにぶん、彼らにとっては初めての世界だ。監督役として、国王直属部隊でありその近辺の守護を担当する近衛騎士隊の数人が付けられていた。彼らは勇者達の万が一に対しての保険であり、とある人物の護衛でもあった。

 霊山までの道程には特に魔獣の遭遇も無かった。王都から一日で移動できる範囲に出没する魔獣は、冒険者や城の兵士が定期的に掃討しているからだ。そのことは勇者達にも伝えてあり、特に問題もなく進んでいた。

 ただし、いかに平穏とした道中であっても、近衛達の気が休まる瞬間はなかった。勇者達三人に同行している第二王女の存在だ。

 霊山ーー『セラファイド山』には特別な『領域』が張り巡らされており、王家に連なる血の保有者のみが使用できる魔術具を使わなければ時間を置かずに死に至るのである。第二王女が居なければ霊山への進入は不可能なのだ。

 大きな理由はそこにあったが、最大の理由は自らの指示で異世界より召喚した勇者達への責任感があるのだろうと近衛騎士達は判断していた。慈悲深いと評判の王女だ。無責任に勇者達を危険な地域に送ることを良しとしなかったのだ。幸いにも彼女は、近衛騎士隊と同等の戦力を秘めた宮廷魔術士隊に匹敵する才能を有している。少なくとも、霊山に到着するまでは目立った危険はない。

 移動用の馬車で一日が終わると、翌日の昼前には目的のセラファイド山の麓にまでたどり着いた。

『領域』に足を踏み入れた瞬間にその場にいた全ての人間が『寒気』を感じた。肌に触れる外気はまだそれほど低温ではない。なのに、外からではなく内側から凍えるような寒さがこみ上げてきたのだ。

 けれども、フィリアス王女が予め準備していた、王家に伝わる魔術具を使用すると、その寒気は即座に霧散し逆に心地よい暖かみが心身に溢れ出した。勇者達三人はフィリアスに心よりの礼を述べた。

 フィリアスの手によって『領域』に無事進入を果たした勇者達は、この世界で初めての『実戦』を体験した。

 近衛騎士達の予想の通り、生まれて初めてである魔獣相手に若干圧倒されている様子はあった。また、紛れもなく害獣であれど生きている存在を殺すことに若干の躊躇も見られた。この辺りはいかに勇者であれど、新人兵卒と変わりのない反応だ。

 けれども、二度目の遭遇ではある程度の覚悟が決まったのか、動きの堅さが無くなり。

 三度目の魔獣戦、出現したのは霊山に多く生息するスノーウルフの群だ。数は二十にも及び、流石に多すぎると近衛騎士は剣の柄に手を触れたが、それに「待った」を掛けたのは優雅な笑みを保った王女だった。

 まず始めに、先手を打ったのは美咲だ。両手と両足に装着した巨大な防具型魔術具から爆炎を発すると、その衝撃によって凄まじい推進力を獲得、迫る魔獣の集団に突貫し蹴散らした。蹴り技を中心に、爆風によって速さを増した蹴りを、あるいは爆炎そのものを纏った一撃を魔獣にぶつけて圧倒していく。

 強烈な先制を仲間が獲得すると、それに有月が続く。危なげない動きで的確に魔獣の急所を切り裂いていく。彼の持つ剣の切れ味は鋭く魔獣の硬質な骨すらも切り裂くが、それに驕らない見事な剣の捌き。その技量は近衛騎士隊の面々も舌を巻くほどだ。おそらく、彼と対等に剣をあわせられるのは、今は任務で不在中の近衛隊隊長だけだろう。

 そして近衛騎士隊の面々を一番に驚かせたのは、勇者達の中では一番非力であり、戦闘向きでないと思われていた彩菜だ。彼女は美咲が暴れ回り有月が舞うように剣を振るっている戦場の一歩外に膝立ちでしゃがむと、己の得物を水平に構える。

 その手にーーあるいは腕に抱えられているのは、彼女の小柄な身長に届かんばかりの細長い『筒』を備えた魔術具。

 辛うじて、彼らは『銃』という存在であるとは理解できた。

 銃は数こそ少ないがほんの僅かばかりは市場に出回っているが、その整備の困難さと使用する都度に消費する弾の弾薬費故にこの国で使用する者は極稀。しかし、一部の好事家が保有していることもあり、近衛達も実物を見たことはあった。

 けれども、彼らが見たことがあるのはせいぜい全長が片手に収まる程度のサイズだ。とても彩菜が持つようなメートルを超えるほどの長大な代物ではなかった。更になんと、その銃は彼女が自らの適性魔術『元属性』を使用した錬金術によって生み出された魔術具なのだ。

 これは、壊滅的な運動能力を自覚していた彩菜が考案した、この世界で生きていくために開発した武器だ。元々『銃』は弾の装填と照準の合わせ方さえ分かれば素人でも短期間で一定の戦果を得られる武器だ。錬金術によって様々な器物が作れると判明した時点で、彩菜は美咲の手甲、脚甲と平行して己の能力を十全に扱える武器の開発を行っていたのだ。

 錬金銃と命名されたそれの引き金を彩菜が絞る。銃口の先端から術式の方陣が僅かに輝くと軽快な炸裂音とそれに僅かに遅れ、銃口の延長上に存在した遙かに離れた位置にいる狼魔獣の頭が吹き飛んだ。彩菜はその様子に何ら感慨を抱く素振りも見せず、銃身の上部の取っ掛かりをスライドさせる。内部機構の一部が露出し、そこから筒ーー空薬莢が排出されると、手慣れた動作で懐から新しい弾丸を取り出すと素早くそこに装填して元の位置に戻す。そして流れるような動作で再度引き金を絞った。この間に彼女は銃口の先端ーーその延長上の獲物から僅かたりとも目を離していなかった。

 前衛で爆炎を纏う美咲。その背後でフォローを重ねる有月。後衛で的確に魔獣の数を減らしていく彩菜。三人の見事な連携によって、二十ほどの魔獣の群は五分も経たずに殲滅されたのだった。


 元気だったか?

 ご存じ『語り部』である。ここからは我のターンである。お呼びじゃない? 文句はこの物語の創造主に言え。

 現時点の勇者達の戦闘力は、この霊山に生息している魔獣の平均を大きく超えていた。けれども、彼らはそれに驕ることなく、だが萎縮もなく次々に遭遇した魔獣を迎え撃った。慢心や油断が、常に格下に負ける最たる一因だと某無能少年から教わっていたからだ。

 特に危うい展開もなく、一行は霊山の中を突き進み、やがては巨大な口を開けた洞窟の前にまでたどり着いた。

 確認をとるように有月が訪ねた。

「フィー、ここに君の言う『伝説の槍』があるんだね?」
「伝承が正しければその通りです。三百年の昔に当代の勇者が使用し、国を襲った恐るべき魔神を封印した『魔槍』が鎮座しています」

 洞窟の奥深くを見据えながらフィリアスが言った。

「魔神に伝説の槍…………ねぇ。見事にRPG展開の一種だわ」

 達観したような美咲の呟き。仲間内ではそれほどゲームを嗜んでおらず、特に感慨は受けていなかった。

「テンプレ展開はオタクにとっての浪漫です。私、ワクワクします」

 隣では無表情に彩菜が言うが、美咲は親友故に無表情のその内面はかなり興奮気味であるのを読みとっていた。

「…………アンタ、この世界に来てから随分と楽しんでるわよね。その銃然り、アタシの武器然り」
「現実と二次元はしっかりと区別しているつもりです。ただ、どんな状況でも楽しみを見いだすのが人生を謳歌する秘訣だと思っていますので」

 某無能少年も同じだ。現に彼は食の道にこの世界の『楽しみ』を見いだしていた。

「で、フィー。その伝説の槍ってのを手に入れるのが今回の一番の目的よね?」
「言い伝えによれば、その槍は勇者の資格を持つ者に力を与えるとされています。勇者として召喚されたあなた達三人ならば問題なく槍の力を手に入れることが出来るでしょう」
「勇者かぁ」

 美咲と彩菜の視線はそろって有月に収束した。

「ま、槍なら有月くんが妥当でしょうね。私は見ての通り運動能力壊滅ですし、美咲さんはーー」
「得物を使った武術は合わないんだよねぇ。有月なら槍だろうが弓だろうが剣だろうが問題ないだろうし」
「…………どうしてだろう。厄介事を押しつけているときのノリと非常に近い気がするのは」
「「気のせいよ(ね)」

 揃った言葉に有月はヘタレてそれ以上は口に出来なかった。能力はこの中でも一番高いのに相変わらずヒエラルキーは底辺である。

「ですが有月さんにお任せするのが最良だと私も思います。魔槍の能力を最大限に発揮するには膨大な魔力が必要となるでしょう。そうなると、この中で一番に魔力を有する有月さんならその力を存分に発揮できるはずです」
「うん、ありがとうフィー。僕、がんばるよ!」

 王女に励まされた有月が途端にやる気を発揮した。相変わらずチョロい男である。このままでは遠からず『チョロイン』の座を獲得しそうだが、残念だが彼は男なのでチョロ『イン』の部分が相応しくない。

「ですが、気を付けてください。魔槍を手に入れるためには、最後の関門として『守護者』が待ち受けています。それを打倒しない限り、魔槍の力を得ることは出来ません」
「ボスキャラの登場ですか。この山に生息する魔獣は私たちでも問題なく討伐できましたが、その守護者とやらの強さはいかほどですか? これまでが雑魚でもボスが桁違いというのはよくある話ですが」

 彩菜の油断の無い問いに、フィリアスは毅然と答える。

「勇者の力があれば間違いなく討伐できると伝承ではあります」
「…………いやいや、根性論じゃなくて論理的な意見を求めてんだけど」

 自信満々で言うことか? と美咲が突っ込みを入れた。だが、それをフィリアスは首を『?』と傾げただけだった。美咲は頭を抱える。

「どうしたの二人とも? フィーが大丈夫だって言ってるんだよ? だから大丈夫だよ! なんたって僕らは勇者として召喚されーーー」

 ーーーーゴンッ!

「痛いッ! ちょッ、台詞の途中に無言で拳骨するのやめてくんないッ? 美咲さん手甲付けてるからスゴく痛いんですけどッ」
「…………カンナの苦労がよく分かるわ」

 涙目の有月をスルーして、無能少年の普段の気苦労を察して本気で感心する美咲。

「『伝説の槍』を守護する以上、その『守護者』の実力は計り知れないでしょう。ここは一時撤退を視野に入れて行動した方がいいでしょうね」
「心配性だよあやーーー」

 ジャコンッ。

「……………………………………………………」
「ただ、実力の勝る相手に常に尻尾を巻いて逃げられるわけではありません。今後の為にも多少の無茶は経験しておく必要があると思います。最初は正面から挑んで、どうしようもなかったら撤退しましょう。幸いにも、この山の近くには村があります。そこで一度作戦を立て直して再度挑む、というのが無難な所ですね」

 有月に銃口を向けて黙らせ、彩菜が冷静な意見を述べた。

 ユルフィリア側からの霊山の麓にはないが、山を越えた逆方向には小さな村が存在している。ここから村までの道のりは遠くないらしく、撤退先としては問題ない。

「フィーさん。念のために聞いておきたのですが、守護者のいる場所に撤退防止用のトラップが仕掛けられている、という言い伝えとかは無いでしょうか? もしあるなら先に麓の村に拠点を移し、万全の状態で挑みたいのですが」
「聞いているかぎりは…………無いはずです」
「そうですか。でしたら、その場所の付近に到着したら改めて魔術的なトラップの有無を確認してください。その伝承を疑うわけではありませんが、念を押すことは無駄では無いはずですから」
「…………了解です」

 この一部始終を終えると、勇者三人と王女、それと近衛騎士の数名は意を決して洞窟へと入り込んだ。外とは違い風がないので内部の寒さはそれほどまでではなかった。ただこれはフィリアスが特別な魔術具を発動させたが為だ。それがなければ、どれほどに火を焚き暖を取り防寒具に身を包んでも、数分も経たずに身も心も真の意味で凍り付いて絶命していただろう。

 ーーーー根性で耐えきった無能少年と普通に耐えた銀髪エルフ耳も居たりするが、あれは極々『極』例外である。

 そろそろ夕暮れも近くなり、洞窟の入り口から差し込む日光の明かりも少ない。予め用意していたカンテラ型の魔術具で光源を確保し、注意深くして歩を進めていく。魔獣こそ出現しないが、程良く緊張感を保ったままに奥へ進む。

 分かれ道もなく道なりに行くと、しばらくして遠くに明るい空間が見えた。その直前にまでたどり着くと、美咲はフィリアスに声を掛けた。

「フィーさん、魔術的なトラップはありますか?」
「…………いえ、特には見当たりませんね」
「そうですか。では、一応念には念を、ということで」

 彩菜は腰から下げていた大きめのポーチの中から、握り拳と同じほどの長方形の物体を取り出した。表面には英語表記らしき妙に凝った風のロゴが刻まれている。

「…………ねぇ彩菜さん。それって僕達の世界であるC4とか、そんな感じの爆弾に見えるんだけど?」
「C4ではありませんが、錬金術で作った爆弾であるのは間違いありません」
「ちょっ、爆弾ッ? え、そんなの作れるのッ?」
「錬金銃の基本弾丸は、火薬で飛ばした弾頭を魔術式で増幅して発射するんです。爆弾が作れて当然ではないですか」
「そんなさらって言われてもッ。銃刀法はッ!?」
「有月くんも切れ味抜群の剣をぶら下げているでしょう。何を今更」
「あ、うん。確かにそうだね」

 勇者勇者してるのに、たまに元の世界の常識に囚われている有月。あるいは元の世界の常識を軽く突破してしまった彩菜が異常なのか。両者の気持ちが理解できる美咲はあえてコメントを控えた。

「彩菜さん、その爆弾は何のために?」
「魔術的な仕掛けは看破できても物理トラップが無いとも言い切れません。万が一に物理トラップで入り口を防がれたら、この爆弾でそれを吹き飛ばして退路を確保します。まぁ、それを見越してこれを用意したわけではありませんが」

 フィーの疑問に答えながら、彩菜はてきぱきと爆弾を三個ほど設置していく。運動能力は最低ではあれど、彩菜は手先が器用なのだ。でなければ元属性の才能があったとしても、錬金術で美咲の装備や自身の銃を作るまでは至らない。

 彩菜が爆弾の設置作業を続けている最中に、美咲は逸る気持ちを抑えるように剣の素振りをしている有月に声を掛けた。

「有月。今から『超強化オーバードライブ』の準備、しておきなさい」
「まだ戦いも何も始まってないのに?」
「これは試合じゃなくて実戦でしょうが。よーいどんで始まるお行儀の良さを期待するんじゃないっての。最初の一撃で終わらせられるに越したこと無いでしょ」

 有月の『超強化』は体への反動無く身体能力を数倍以上にまで高める術式だが、「開始から発動までの時間が掛かる」という欠点がある。最短でも一分のーー実戦となればそれ以上の時間が掛かる。

「でもそれは卑怯じゃ…………」
「アンタ馬鹿? 正々堂々と戦って死んでりゃ世話無いわよ。槍を守ってるって言う「守護者」の強さは未知数なの。勝つために最大限の手を打たなくてどうするのよ。少なくとも、カンナの奴がこの場にいたら、アタシと同じことを言ってたでしょうね」
「カンちゃんが…………そうだね」

 頭が上がらない幼なじみの名前を出され、有月は迷いをなくして頷いた。美咲の言葉通りに、光属性魔術『超強化』の術式を練り上げていく。なお、無能少年の名前が出た時点で美咲は小声になっていたので、美咲と彩菜、有月以外にはその名は聞こえなかった。

 ちなみに、この会話の間に王女と近衛騎士達はいっさい言葉を発していない。勇者女性陣の隙のなさに驚きを通り越して少々恐れを抱いていたのだ。まだ年若い年齢であり、実戦の回数も一桁を越えていないのにこの落ち着きの様だ。普通はビビる。

 彩菜の作業が完了する頃に合わせて、有月も『超強化』を発動一歩手前にまで持って行く。この状態を長時間続けてはいられないが、五分ほどは保っていられる。

「超強化を発動した僕なら美咲さんの速度に追いつける。二人で同時に突っ込むから、一撃を入れた後に彩菜さんは銃で狙撃して」
「了解です。頼みましたよ、二人とも」
「頼りにしてるからね。後ろは任せたよ彩菜」
「任せてください」
「じゃあ、行こうか」

 下準備は整った。後はこの先に待ち受けている『守護者』を倒すのに全力を傾けるだけだ。

 勇者三人は揃って頷き、目の前に開けた空間へと足を踏み入れた。


 ………………………………。


「おきゃくさん?」
「あらら、こんな場所にどちらさま?」

 ところがどっこい。

 大きく開けた広々とした空間の中央には、何故か卓袱台が。側には青い髪の幼い少女と、同じ髪の色をした、着物姿の美しい女性が座り、ポリポリとお菓子をカジっていた。

「「「……………………………………………………」」」

 戦闘態勢万全でいたのに、目の前にあるのはそんなほのぼの空間。勇者達のみならず、後を追った王女と近衛騎士達も揃って言葉を失っていた。

「あなた達も食べる? ちょっと凍り付いてシャリシャリするけど」

 着物姿の美女がお椀に乗ったクッキーの一枚を勧めるが、それを受ける取る者はこの場には居なかった。ちなみに、クッキーは霊山の麓村に住むとある一家の奥さんが作ってくれたお手製だ。少女の方は来訪者達に目を向けつつも、変わらずショリショリとクッキーを咀嚼していた。

「えっと……………………どちらさま?」

 一番に早く立ち直ったのは、意外なことに有月であった。

 本当に意外なことに有月であった。大事なので二回言いました。

「そうねぇ、美女様かしら?」

 それは答えになっていないだろう、と来訪者達一行の心が一つになった瞬間だ。

「…………あら? 随分と覚えのある気配ね」

 と、不意に穏やかな様子だった美女の目が有月の顔を見て細くなる。敵意や殺意は皆無でありながら、有月はその視線に背筋が凍り付くような寒気に襲われた。

「ふぅん…………なるほどね。そこの男の子はどうやら『現代』の勇者様ってところかしらね?」

 美女の言葉に息を呑んだのは有月ではなく、その後ろの王女達だった。勇者の召喚を行った事実は国家機密であり、他国はおろか自国の者にも知られておらず、王城でも限られた上層部の者にしか伝わっていない。であるのに、その事実を口にした青い髪の美女に警戒心を抱かずにはいられない。

「『忌み子』が現れたと思ったら、今度は『愛し子』ねぇ。私の姿を見ても襲ってこない所を見ると記憶の継承はされてないっぽいけど。あら、よく見ればそこの女の子二人も覚えがあるわね。こっちも記憶はまだ受け継いでないみたいだけど」

 美女は少し考えると、側に座る少女に言った。

「悪いけど下がっててくれる? 万が一があると怖いから」
「ん、わかった。気を付けてね」

 口の中に残っていたクッキーを飲み込むと、少女はコクリと頷いた。

 そして、まるでそれが幻想だったかのように形を失い、霧のように姿を消した。

 一方的に話を進める美女に、有月はどうにか言葉を選んで口を開いた。消えてしまった少女のことは気になるが、美女の様子を見るに特に問題の無いように思えた。

「…………もう一度聞きますけど、あなたはいったい誰なんですか?」
「そうね…………ま、『今』は謎の美女様だと思ってくれてれば良いわ。逆に聞くけど、現代の『勇者様』がこんな寒々しく辺鄙な場所に何の用?」
「ぼ、僕たちはこの場所に封印されている伝説の槍を求めて来ました」
「…………ああ、あれか。そうよね、勇者がこの場所に来たら普通は『アレ』が目的よね。すっかり忘れてたわ」

 美女は非常に気まずそうに、勇者から視線を逸らして『ソレ』を横目に見る。有月達は美女の視線を追い、ついに彼らが求めていた『ソレ』に視点が到達した。


 ちょうど半ばからまっぷたつに折れている、銀色の槍に。


「…………………………………………」
「…………………………………………」

 ザ・○ールド! と彩菜が心の中で叫んでしまいたくなるほどに、場の空気が凍り付き、時が止まった。

「あの、もしかしてソレが?」
「多分、あなた達の言う『伝説の槍』ね」

 ……………………………………………………。

「…………………………………………折れてません?」
「…………………………………………折れてるわね」

 このやり取りは少し前にもしたな、と美女は思った。


「………………………………………………………………嘘です」

 凍り付いた空気を破ったのは呆然とした王女の言葉。その呟きを発端に、溢れるような激情が発せられた。

「嘘です嘘です嘘です嘘です! そんなはずはありません! この場には魔神を封印した槍があるはずです! あったはずなんです!!!」
「槍は今もあるわよ? 折れてるから、ちょっと丈夫なただの槍になっちゃってるけど」

 叫ぶ王女を宥めようと美女が声を掛けるが、それに畳みかけるようにフィリアスが絶叫する。

「ふざけないでください! この場所は王家に伝わる魔術がなければ入ることは出来ません! それ以前に、よしんばこの場所にたどり着いても槍を守護する存在がいたはずです! 更に言えば、魔神を封印していた槍をそう簡単に破壊できるはずがない!」
「フ、フィーッ、ちょっと落ち着いて!」

 美咲が慌ててフィリアスの肩に手を置くが、それでも収まる様子は無い。

 こんなフィリアスを、勇者達はおろか近衛達も初めて目の当たりにした。普段の彼女はどんな時にも優雅で冷静を保ち、取り乱すことなど皆無であった。有月も彩菜もろくな反応も出来ず、美咲も同然に驚きを隠せなかった。

「あり得ない。こんなのあり得ないッ! こんなこと、今まで一度もなかった! こんなの「見たことがない」!!!!!」 

 最後の一際大きな叫びに、美女が「ふっ」と口の端を吊り上げた。

「『見たことがない』ね。なるほどなるほど。そう言うことか」

 その微笑にフィリアスが噛みついた。

「何が可笑しいっ!」
「随分と面白い『魔力』を持っているとは感じられたけど、中々思い出せなくてね。今のあなたの言葉でようやく合点がいったわ」

 それまでの緩やかな微笑みが消えると、見る者の心を鷲掴みにするような妖艶な笑みが浮かび上がった。

 パチリと、美女が指を鳴らす。彼女がソレまで肘を突いていた卓袱台、菓子を乗せていた器が瞬時に『氷』に覆われ、次の瞬間には砕けて消滅した。

 美女はゆったりとした動作で立ち上がると、ふわりとその場から浮かび上がった。彼女の足先が地上から離れたのを皮切りにしたように、凄まじいほどの冷気が場に溢れだした。共に発せられたのは、殺意こそ無いが膨大な圧倒感。

 ようやく有月達は思い至る。

 彼女が、人間ではないのだと。

 有月は迷わずに『超強化』の術式を発動。美咲も爆炎を放てるように深く身構え、彩菜も銃口の照準を美女の眉間に合わせる。フィリアスも攻撃用術式を練り上げ、近衛隊も剣を引き抜いた。

「…………この冷気と圧迫感。槍が破壊されているところを見るに、あなたが封印されていた魔神『セラファイド』のようですね」

 臨戦態勢をとる面々を見下ろしながら、宙に浮いた美女は口調のみは穏やかに言った。

「安心しなさい。封印された恨み辛みを吐くつもりはない。あの頃の私はちょっとやんちゃが過ぎてたから。自業自得だと受け止めているわ。それに恨みの対象はほとんど死んでるしね」

 美女ーーセラファイドは自らが三百年前にユルフィリアを襲った魔神であると認めた。

「あなた達とやり合うつもりも無いわ。『あの子』のお願いがあれば話は別だけど」
「…………魔神であるあなたが、僕らを見逃すのか?」
「別に、互いに害があった訳じゃないでしょ? それに、『魔神』って称号は私自らが名乗ったんじゃなくて、当時の人間が勝手に呼んで定着しただけよ」

 有月は普段のヘタレ具合からは想像もつかないほどの真剣な眼差しでセラファイドを射抜くが、受けている者はどこ吹く風である。

「せっかく、こんな山の奥まで来てもらったんだし、手ぶらで帰しちゃうのも悪いかしらね」

 クスリと、美女が笑う。

「ちょっとだけ『体験』はしてもらおうかしらね」

「身近」に聞こえた声に、有月はギョッとした。瞬きすらしなかったのに。『超強化オーバードライブ』で向上した超身体能力すら自在に操ってみせる反射能力、動体視力を持ちながらも、セラファイドの接近に反応すら出来なかった。

「あなたが本来なら手にしていただろう力の一端。けれども、魔槍という『安全装置』が無い状態の、私の『力』を」

 やんわりと。慈しむように。

 有月の頬に。

「『あの子』が耐えきった『理』をね」

 セラファイドの指先が。

 触れた。


「アギッーーーーァァアアアアアアアアアアアアアアアアアっっ!!!」


 流れ込むのは『波』としか形容のしようがない莫大な『何か』。

 有月は心の奥底からの激痛に襲われた。まるで、極度の冷気を肌に感じると逆に熱を感じるかのような、強烈な痛みだ。否、これを痛みと称するのすら生ぬるい。

 刹那の間、されど有月にとっては悠久とも取れる時間を置き、セラファイドは有月から手を離す。絶叫を残した彼は体を支配していた激痛から解放され、その痛みの余りに意識を手放しその場に倒れ込んだ。

「…………一割どころかその千分の一にも満たない『理』の流入でもこうなるか。やっぱり『あの子』の『魂の強さ』は尋常じゃないって改めて理解できるわねーーーーって、危ないっ」

 爆裂音に一瞬だけ遅れ、凄まじい速度で放たれた蹴り。岩盤すら楽に粉砕するであろう美咲の跳び蹴りを、セラファイドは間一髪で避ける。その表情に焦りは無いが、驚くには驚いていた。それよりも驚いていたのは蹴りを避けられた美咲本人だ。ほぼ全力に近い速度からあの至近距離で避けられるとは思いもしなかったのだ。

「嘘でしょッ!?」
「本当よ。いやいや、速いわねーーーーとぉッ」

 次いで起こる硬質な反射音。宙に逃れたセラファイドの心臓部めがけて、彩菜が躊躇い無く弾丸を発射したのだ。火薬の爆発によって推進力を獲得、更に銃口先端に発生した術式を貫通し、さらなる加速力を見せる弾丸は、一センチの鋼鉄板すら貫通する破壊力を秘めていた。けれども、セラファイドの正面に瞬時に生まれた『氷の壁』によって防がれる。厚み一センチにも届かない薄さでありながら、罅はおろか傷一つもつかない事実に彩菜は驚愕した。

「ちょっとちょっと、仲間が心配なのは分かるけどちょっと暴力的すぎない?」
「ふざけんなッ! 一体有月に何をしたッ」
「答えの次第ではただじゃすみませんよ」

 美咲は両足から爆炎を発し、彩菜は銃口に巨大な術式方陣を展開する。

 恋愛感情は『零』ではあったが、二人にとって有月は紛れもなく大切な友人だ。それを害されたとあっては怒りを禁じ得ない。

「大丈夫よ。ちょっと頭の中に入った『情報量』が多すぎて意識を失っただけよ。一時間もしない内に目を覚ますわ」
「…………それを信じろと?」
「信じなくても良いけど、信じた方がいいと思うわよ。将来的には分からないけど、現時点でのあなた達の実力じゃ、今の私にーーーー傷を付けるのが精一杯でしょうから。『魔神』と呼ばれた事実は伊達じゃないのよ」

 気負いもなく自然と口にされた事実に、美咲と彩菜は歯噛みする。セラファイドから発せられる威圧感は、格上の『それ』だ。ハッタリでないのは、今の連続の攻撃を難もなく防がれたことから明らか。有月が『超強化』を発動した上でなら、と頭の隅に考えるが。あの余裕を見るとそれすら込みでの発言だろう。

 戦闘態勢を解かないままに攻め倦ねる彼女らから視線を外し、セラファイドは倒れている有月とその上半身を抱き起こしているフィリアスを見下ろす。

 向けられるフィリアスの双眸から、憎しみと共にその奥にある更なる深淵を、セラファイドは見逃さなかった。

「お嬢さん。この場でやり合わない代わりに一つだけ、忠告しておくわ」

 嘲笑とも愉悦とも取れる挑発的な感情を乗せて、セラファイドは言った。

「もう一度『見て』みなさい? 多分、面白いものが見えるわ」
「…………ッ、あなたは一体どこまでッ」
「あなたの『同類』とは面識があってね。半分くらいは推測だったけど、今の台詞を肯定する所を見ると、間違いなさそうね」

 クフリと、セラファイドが笑う。

「私はあなたの『見た』ものが何なのかは知らない。けど『あの子』が動いている時点で既に色々と壊れているでしょうね。それを見て慌てふためくあなたの様を愉快に想像するのを報酬として、私は退散するわ」
「待ちなさいッ」
「そう言われて待つ奴っているのかしらね?」

 アーッハッハッハと高笑いを残し、魔神と恐れられた青髪の美女は溶けるように姿を消したのだった。

 後に残されたのは、膨大な圧倒感から解放されてその場にへたり込んだ美咲と彩菜や近衛兵士。それと気絶した有月によりそうフィリアスだけだった。

「ーーーー壊れている? そんなはずはないわ。だってアレは…………」

 呆然としながら呟く彼女の言葉は、誰にも聞かれずに露と消えた。

 ーーーーちなみに、高笑いは彼女の演出である。段々と悪役組織の女幹部的な役回りが楽しくなってきたのだとは本人の談である。
姫さんの裏側がちょろっと出てくる回でした
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