SECT.14 再契約
そこからはまた繰り返しだ。
ラースに乗っ取られた自分は目の前にいる神官を殺そうとした。周囲をめちゃくちゃに破壊し、巻き込まれる者達をすべて葬った。
また、自分は世界を破壊しつくすのか。
ところが、そんな自分に届いた声があった。
深いバリトンの響き。
自分の名を呼ぶ声。
「ラック!」
その声は、自分を現実に引き戻した。
ねえちゃんを失った世界にはまだ大切なヒトが残っていた。
自分は世界の破壊をまぬがれた。
そうして世界を破壊しかけた自分は、もう一度彼と一緒に戦った。今度は、自分の住む世界を守るために。
これまで支配されるばかりだったラースの力すらも制御して。
神官たちをすべて倒すことに成功した。
大切な、大切なヒトは傷ついた自分を抱きしめて、囁いてくれた――「愛している」と。
その優しい腕に抱かれて、何もかもをゆだねた。
本当に幸せだった。
覚えているのはそこまでだ。
戦場の真ん中で想いを確かめ合った時、とどめを刺し損ねた神官が自分と彼を剣で一つに貫いた。
自分の心臓には深い傷が刻まれ、彼も同じように――
ふわり、と体が浮く感触があった。
ゆっくり目を開けると目の前には荘厳な天使の姿があった。
いや、違う。これは――
「ルシファ」
思わず微笑みが漏れた。
ゆるく波打つ銀髪が彩る頬は、悲しみの色に染まっていた。
「これは 私の罪 ルーク 貴方を巻き込み 絶望へ突き落したのは 紛れもなく この私」
悲しみに染まるテノールが直接頭の中に響く。
しかし、自分はそれを聞いて首を横に振った。
「違うよ。ありがとう、ルシファ」
そんな風に悲しまないでほしい。傷つかないでほしい。
「ずっと……おれの事、守ってくれてたんだね」
すべてを思い出した今、自分の人格はねえちゃんと共に過ごした頃に一番近いだろう。
ウォルと過ごした2年近くももちろん覚えている。愛し合い、共に暮らしたこと――すべて、忘れ去っていた過去の自分が切望していたこと。
それでも、自分が一番大きく成長したのはあの4年間だったから。
記憶をなくしてねえちゃんに拾われ、そして彼に出会った世界。
何をかけても守ろうと誓っていた世界。
「グリフィス家を全員惨殺したことを忘れさせたのも、戦場で一回死んじゃうところだったのを生き返らせて幸せな暮らしをくれたのも、今ここで力をくれるのも……全部ルシファだったんだ」
いつだって世界は自分に微笑みかけてなどくれなかった。
でも、この自分はこの世界が大好きだったんだ。何を賭けても守りたいと切望するほどに。
「お願いだよ、ルシファ。力を貸して。おれの手じゃ……この世界を守れないんだ」
そう言うと、ルシファは悲しそうに微笑んだ。
完璧なまでに整った顔立ちに悲哀の色を浮かべたその姿に釘付けになる。
「いつも 貴方は そう願っています 自らの望みでなく 相手の望みをかなえようとする」
「違うよ? おれはいつだって自分の望むことをやって来た」
今世界を守りたいと思うのだって自分の意志だ。
「だから 私は貴方を選びました 光の子 L-U-X」
「ルークって言うのはルシファの愛称だ。ルークって、おれの事じゃなくルシファの事じゃないか」
「私の事を そう呼ぶ者もいます」
「おれはラックだよ。それか、グレイスだ。ねえちゃんが、アレイさんが呼んでくれた名だ」
それ以外の名はいらなかった。
グレイシャー=ルシファ=グリフィスも、ルークも。
ラック=グリフィス。それと、グレイシャー=ロータス。この二つだけが自分の名前だ。
「リリィはさ、おれのこと嫌いだったんだね。本当ならリリィがルシファと契約する予定だったんでしょう? それが、何故かおれになった」
「彼女は 貴方の従姉にあたる 末裔でした しかし 私はルーク 貴方を選んだ」
「だからリリィはおれのこと嫌いだったの? リリィの役目をとっちゃったから?」
「いいえ 私が貴方を選んだ事が 原因です」
ルシファは悲しげに微笑んだ。
その哀愁に一度沈黙を任せてから、ふと口を開いた。
「ねえ、ルシファ。最後に一つだけ聞いていい?」
群青の瞳がこちらを向いた。
あの銀髪の神官と同じ、深い色。
「ルシファはおれと契約して、何をするつもりだったの……?」
そう問うと、美しい堕天の悪魔は口を閉ざした。
代わりに白い手がこちらに伸ばされる。
滑らかな手触りの指が頬に触れ、微かに撫でていった。
「この契約で 貴方は時を失います そうなれば いずれ 選択を迫られるでしょう」
「……?」
その言葉の意味が分からず首を傾げると、ルシファは笑った。
「重い枷を 背負わせるかもしれない それを逃れるかもしれない 世界が崩壊するか否か」
「ルシファ、難しいよ。もう少し分かりやすく言ってよ」
「私は喜んで 貴方に力を与えましょう 望む限り」
6枚の翼を湛えた堕天使、魔界の長リュシフェルは大きく翼を振った。
周囲に少し漆黒の色が混じった羽根が舞う。
「いつか貴方は知るでしょう 世界を統べる理を 互いの世界を繋ぐ 関連性を」
「ルシファ、答えになってないよ!」
思わず伸ばした手は、その堕天使に届かなかった。
「行きなさい ルーク 貴方の望むままに」
「ルシファ!」
「貴方の大切な人が 待っています」
その言葉ではっとする。
そうだ、今この瞬間にもリッドが危ないんだ!
アレイさんも囚われている。記憶をなくして悪魔の力もなくしたアレイさん。
彼がいかに剣の達人といえども、2年のブランクは長すぎるはずだ。
「ありがとう、ルシファ」
「永劫の先に 幸福が待っていますように」
ルシファのテノールが消え入らないうちに、目の前に景色がかすんでいった。
少しずつ手足の感覚が戻ってきた。
目を開けると、遠くに見えるのは倒れ込んだ青年に向かって剣を振りおろそうとする聖騎士の姿。
「やめろおおおっ!!」
心の底から叫んだ。
同時に地を蹴った。
先ほどまでの下腹部の痛みや倦怠感は一瞬にして取り去られていた。全身を覆う高揚感――懐かしい、加護の感覚だった。
ルシファの加護を受けて飛躍的に向上した身体能力のおかげで、ほんの一足飛びに二人の剣士の間に滑り込むことが出来た。
――千里眼!
同時に全身の感覚を開放する。
研ぎ澄まされた感覚は周囲の世界の時をゆっくりと回転させた。
止まっているように見える剣筋を、横からの蹴りで吹っ飛ばす。
同時に反対の足で聖騎士の腹を蹴り飛ばした。
その瞬間にスローモーションだった世界が通常の空間に戻る。
「ぐえっ!」
潰れたような声を出して後ろ向きに吹っ飛んだ聖騎士は、地面を滑り、最後にはぴくりとも動かず地面に伏した。
それを見届けてから、もう一人の少年に目を向ける。
「……えっ? 何? 何でここに? ていうか今何が起きたの?」
少年は目を見張っている。
おそらく少年にはリッドに止めを刺そうとした聖騎士が何の前触れもなく吹っ飛ばされたように見えたろう。
「ごめん、おれやっぱりラック=グリフィスだった」
とりあえず少年に謝ると、彼はきゅっと眉を寄せた。
「何言ってるの? 訳わかんないし」
すると、背後から震える女性の声がした。
「……ラック?」
一瞬迷ったが、すぐ振り向いた。
彼と同じ紫の瞳をした美しい女性が地面にへたり込んでいた。
「ごめんね、ダイアナさん。ありがとう。ずっと……一緒にいてくれてたんだね」
「ラック……そう、思い出してしまったのね」
「うん」
ダイアナさんは、とても複雑そうな顔をしていた。
「リッドをお願い。すぐ、手当てしてあげて。おれは――あいつを倒すから」
見覚えのある神官服はセフィロト国のものだ。
おそらくあの少年は天使を召喚し使役するセフィロト国の神官『セフィラ』の一員だろう。
「それからアレイさんを助けに行く」
強い気持ちでその少年と対峙した。 |