表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/511

『不落の砦』――5

「荒事を歓迎するわけじゃないが……力ずくでくるなら受けて立つぞ?」

 あまり上手い言い回しじゃなかったが、これは譲れないことだ。

 『RSS騎士団』が力に拠って立つ以上、武力を背景とした交渉で譲歩できない。どんなに些細なことでもだ。そんなことをすれば、自らの限界を決めることになる。

「タケル達が意地悪をするなら……私達だって負けやしないぞ!」

 売り言葉に買い言葉なんだろうが、秋桜が勇ましいことを言う。

 ……依然として眉を隠したままだから、なんとも格好がついてない。というか、こちらの力が抜ける。いい加減に隠すのは諦めてくれないものか。

「なんて乱暴な。私共は心優しい乙女の集まりなんですよ? でも、お姉さまの仰るように、臆病者ではありませんわ。……沢山のモンスターに追われている方を、お助けするくらいには」

 淑やかそうにリリーは言うが……完全に脅迫だ。

 邪魔をするだけなら簡単な方法がある。『引き役』が集めたモンスターを片っ端から倒してしまえばいい。実行するのは手間だが、それで『引き狩り』のメリットは激減する。

 ようするに「こちらの要望を飲まなければ、邪魔をしてやるぞ」ということか。

 無視をしても邪魔される。排除するには作戦を止めて取り掛からねばならない。それこそリリーの言うように、『広場』の取り合いで日が暮れる。

 なんだか少し……がっかりした。結局は手の込んだ宣戦布告だったんだろう。

 もう、こんな風に馬鹿話をするようなことも無くなる。そんな緩い関係を維持できるようでは……ギルド解散や引退へ追い込むことなど絶対にできない。こいつらは絶対に負けを認めないだろうから……つまりはそう言うことだ。

 なんでリリーはこんな選択を……こうなることは自明の理だったというのに……俺がこいつらの立場だったら………………そう考えて気がついた!

 リリーは完全に正しい選択をしている!

 ゲームにおいて――競争において一番大事なことは二つ。

 一つは勝つこと。

 もう一つは……自分達以外を勝たせないことだ。

 このまま傍観していたら『RSS騎士団』の独走状態になるのは目に見えている。馬鹿でないのなら、どんな手を使ってでも邪魔するべきだし……その機会は今しかない。

 無益な嫌がらせに見えて……『不落の砦』にとっては共倒れで十分、それでお互いを振り出しに戻すだけだ。

 だが、俺達にとっては?

 大打撃だ。かなりの時間をこの作戦に費やしたし、完全勝利の直前に阻止される精神的ダメージは計り知れない。

 しかし、疑問も残る。

 現状のリード差を覆すなら、奇襲が一番だ。まどろこしい手を使わず、いきなり『広場』を襲撃すればいい。さすがの俺達も、最初の一回は無防備に被害を受ける。リリーの選択では警戒させるだけ損だ。

 いや……『俺に現状を理解させる』のが目的か?

「なるほど。……試しに提案を聞こう」

「細部は置くことにしまして……そちらが『広場』を譲ってくれないのでしたら……私共は『西の広場』で我慢しますわ」

 無邪気を装った笑顔でリリーは言った。

 『西の広場』は俺達も検討した場所だ。

 やや手狭、『広場』より街から遠い、『墓地』が邪魔などと、細かな不都合が多くて見送ったが……十分に作戦を実施できる。

「そちらがどこでギルドハントするかに興味は無いな。……俺達の邪魔をしなけりゃ」

「そんな……まるで『ゴブリンの森』が自分達の物であるような振る舞いは乱暴ですわ。……私達は『広場』を諦めたのですから」

 趣旨は理解できた。

 『西の広場』で同じ作戦をするから認めろ。お互いに『引き』が被る範囲は譲れ。まあ、そういった要求なんだろう。

 なかなか面白い発想ではある。

 俺達の独走を阻止するでもなく、入れ替わろうとするでもなく……いわば二位狙い。俺達のトップを甘受する代わりに、自分達をトップ集団に残す。今後の展開で逆転も夢じゃないだろうし、他の有象無象相手には圧倒的リードを確保できる。

「何度も言うように……そちらがどこでギルドハントしようが勝手だ。俺達の邪魔をしなけりゃな。俺達のことはそっちで勝手に避けろ。……というか、なんだって突っかかってきたんだ? 『西の広場』の西側から北側で我慢すりゃ良かっただろうが」

「そ、それはっ! ……タケルに挨拶だ! せ、正式サービス開始だからな! それにタケルの言った範囲じゃ……こっちはぜんぜん捗らないじゃないか! ずるいぞ!」

 ……挨拶代わりに襲撃か。どんだけ狂犬なんだ、こいつらは。

「タケル様、お姉さまの仰る通りになさいませ。そちらは東に広くすればよろしいでしょう。私共もできる限り西側へ手を伸ばしますわ。その方が余すことなく『ゴブリンの森』を活用できるでしょうし」

 リリーはニコニコとそんなことを言うが……恐ろしい提案だ。

 二つのギルドで共謀して『ゴブリンの森』を占拠すれば、その範囲は広大なものとなる。他のプレイヤーが入る余地は全く無くなるだろう。

「それに……よそのギルドハントを邪魔するような無粋者の排除を、お互いに協力……もちろん、共闘といっても非公式の当面限りで結構ですわ。……そちら様や私共の真似をするような輩は、許せないと思いませんか?」

 自分のことは棚に上げて! ……と言いたいところだが、実にえげつない。

 リリー達にできることは、他の誰かにもできる。なら、最初からその芽を摘んでおけばいいのだ。

 狩場に割り込む作戦だろうと、共倒れ覚悟の邪魔だろうと……『RSS騎士団』と『不落の砦』の両方を敵に回すことになるなら、それこそ決死の覚悟がいる。臨時共闘を匂わすだけで十分すぎるだろう。

 懸念材料は『RSS騎士団』と『不落の砦』が、消極的であっても共同歩調をとれるかどうかだ。

 何も解っていない輩は、俺達とこいつらを同じ穴の狢と考えているようだが……全く違う。

 俺達『RSS騎士団』が掲げ、目指しているのは『リア充の撲滅』だ。

 『不落の砦』は狂犬ぞろいの剣呑なギルドであるが……女性だけで結成されている。また、恋人のいる者もいないと聞く。つまり、リア充は所属していない。所属できるはずがないのだ。

 だから『RSS騎士団』としてはニュートラルな評価をしている。敵でもなく、味方でもない。しかし、『不落の砦』から見ると違うはずだ。

 こいつらが表向きに掲げている看板は『全ての女性達の味方』である。……ただし、恋人がいる女は除く。

 だが、実際の活動はどう見ても『全ての男達に鉄槌を』にしか受け取れない。ひょっとしたら「迷ったら男を殴れ」が行動規範なんじゃなかろうか?

 俺達は清く正しい者の集まりだが……男だ。潜在的に敵とみなされているだろう。

「よし、まず謝れ。こちらが集めた『ゴブリン』を食い荒らした件についてだ。別に和解金や正式発表までは求めない。それができない奴らと話し合いはできん」

「なっ……なんだとぉ? 私は謝らないからな! タケルに挨拶しただけだ! そ、それを謝れだなんて……とにかく! 私は謝らないぞ! タケルに謝るのだけは嫌だ!」

 軽い前哨戦のつもりだったのだが……秋桜がえらい剣幕で言い返してきた。

 この程度のこともできないなら、交渉相手として不適当かもしれない。

 それにしても……前はもっと素直で扱いやすい奴だったのになぁ。……扱いにくいところは同じか。でも、「すいません」だとか「ごめんなさい」が口癖に近いぐらいだったのに、えらい変わりようだ。

 どこのどいつだ? こいつをこんな風に変えちまったのは?

「まあ、まあ……落ち着いてくださいな、お姉さま。タケル様も……女性を責めるなんて……殿方のすることではありませんわ。それにお互いに行き違いがあったこと、そちら様にご迷惑をおかけしたことは認めます」

 やんわりとリリーが言うが……その瞳は爛々と輝いていた。

 こいつのことを「はかなげ」だとか「消え入ってしまいそう」などと表現する奴らがいるが……そいつらは完全に騙されている。この悪事に熱中している様は、奇妙な色気とでもいうべきものを醸しだしてるし……こちらの方が魅力的かもしれない。

 しかし、リリーの狙いが『二位狙い』だけと確定してしまうのは早計だ。この危険な相手が……実は俺達を狙った策を仕掛けていないと断定はできない。だが――

「それは謝罪として受け取っていいな? 提案は前向きに考えるつもりだ。細かい条件を煮詰めよう」

 俺は提案を受け入れた。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。待ち構えているのは、見た目が小さいだけの立派な女悪魔とそのオマケだが……前に進まなければ勝利はない。

 ただ、リリーは俺の返事を聞くと、実に満足そうに微笑んだ。

 ……もしかしたら、選択を誤ったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ