『不落の砦』――3
指定された北の城門へ向かう最中、何ともいえない不思議な気分になった。
待ち合わせ場所には美少女とオマケ一名が待っている。
いまいち同意し辛いが……実はオマケの方だって密かな人気がある。人によってはリリーより高い評価を付けるだろうし、それはマニアックでもない。……そいつがオマケとの会話を経験して無ければ。
『不落の砦』ギルドマスター&サブギルドマスターと待ち合わせする権利。
……オークションにだしたら高値で売れそうだ。間違いなく一財産になる。
そんな殺してでも成り代わりたい立場にいるはずなんだが……なぜか心は全く浮き立たなかった。
いや、浮き立たないといったら嘘か。
相手はこの世界で一、二を争う美少女とそのオマケだ。いくらストイックに大義に殉じていようとも……可愛い女の子や綺麗な女性を見れば心は緩む。それは男なんだから仕方のないことだろう。
でも、心がざわめくのを感じつつも、「そんな風に浮かれ騒いではいけないのだ」という気持ちがもたげてくる。……我ながら謎だ。
何かを間違えているような、間違え続けているような感じがしてならない。
……まあ、悩むのは後にしよう。これから重大な交渉をするんだから。
俺の姿を認めた二人は唖然としていた。
それはそうだろう。俺が奴らの立場なら驚く。なんせ初日に『鋼』グレードだ。訳が分からなくて当たり前だろう。しばらくは二の句も告げまい。
「ず、ずるいぞ、タケル! お、お前! 装備を持ち込んだな! それも鎧と剣の……二つも!」
だが、『不落』のギルドマスター、秋桜は俺が近づくやいなや、そう叫んだ。
……へこたれない奴だなぁ。
俺より僅かに背が低い程度の秋桜が、大げさなジェスチャーで喚くのは迫力があった。
アスリート体型とでもいえば良いのだろうか? 見事に引き締まりつつも、それでいて出るところは出ているシルエットが、装備ごしでも見て取れる。
なんというか……美女だ。
美少女でもなく、美人でもなく、美女。見た目からからして、まだ二十歳前なんだろうが……早くも美女の風格があった。
その隣では青い顔をしたリリーが唇を噛み締めている。……当然だろう。ギルドの舵きり役としてはボーンヘッドもいいところだ。
やはり、単独行動にして正解だった。俺が『鋼』グレードの装備なのに、随伴が初期装備では、せっかくのインパクトが台無しというものだ。
「……待たせたみたいだな。それじゃ……まずは聞かせてもらおうか?」
「きっ! 気にすることはないぞ! わ、私もっ! 私もいま来たところだ!」
なぜか秋桜は俺の言葉に被せ気味に、そんなことを叫んだ。
……まるで訳が分からない。
こいつらはコンタクトを取った時点か、通信を終えた直ぐ後には、この場所で待ち構えていたはずだ。俺も鎧の微調整などをしていたから、多少は時間がかかった。
待たせていたのは絶対確実だろうし、こいつらが「いま来た」というのは事実じゃない。
しかし、秋桜は高揚しているのか顔を赤くし……「してやったり!」だとか「我成し遂げたり!」とでもいう様な感じで……なんというか自慢げだ。その俗に言う「ドヤ顔」にはなんとなく腹が立つ。
早くも先手を打たれているのか?
「……待たせてないなら安心だ。正式サービス開始で色々と『支度』に手間取ってな。元通りになるには時間が掛かりそうだ。お前らは……『イメチェン』か?」
受けに回るのは良くない。多少、露骨かもしれないが……強引に流れを引き戻す。
俺の嫌味にリリーはムッときたようだ。反射的に言い返したり、ピクリとでも身体が反応するのを必死で堪えているに違いない。
この優位を保ったまま、こちらのペースで……と思ったところで――
「そ、そうなんだ! タ、タケルは相変わらず目敏いな!」
なぜか秋桜が――これまた被せるように! ――大声で反応した。
もう完全に興奮が隠せていない。目は爛々と輝き、鼻息も荒く……俺が居なかったらリリーの手をとって踊りだしそうなくらいご満悦だ。
……まるで意味がわからない。
俺はすでに奴らの策の手の中で、もはや詰めをかけられているのか?
「お姉さま!」
「いや、でも……いきなり二つも……リストが――」
さすがにリリーが自分のギルドマスターを窘めた。怒られている秋桜の方は、なにやら意味不明の言い訳をしている。
秋桜の言動は別に策でもなんでもなく……いつもの奇行の類か?
なんせ二人とも初期装備のままだ。これで「イメチェンが正解」と言われても、まるで見当が付かない。
いや、俺には気がつけない変化があるのか?
見た目に関わらないが、イメチェンとも言えて……それでいながら俺やカイで発想できなかった開幕攻略法……そんなのがあるのか?
「……よだれかけと安心毛布はどうなさいました? 院長様に断られでもしましたか?」
軽く考え込んでいたら、いつのまにかリリーに嫌味を言われていた。どうやら秋桜へのお小言は終わったらしい。
「断られてねぇ! それにマントは安心毛布じゃない!」
嫌味とは理解できたが、反射的に噛み付き返してしまった。
リリーが「よだれかけ」というのは、『RSS騎士団』が採用しているサーコートのことだろう。……無理やり悪口にすれば、よだれかけにも類似している。
「なら、見せてくださいな。ご自慢の『よだれかけ』」
「だから、よだれかけじゃねえ! それに院長には、まだ頼みに行っていないだけで――」
そこまで言って気がついた。しまった! カマをかけられた!
リリーはサーコートとマントを見たかったんじゃない。知りたかったのは、俺達がどうするつもりなのかだ!
『すでに持っている』、『しばらく用意できない』、『いまは準備中である』……どの答えでも、リリーにとってはヒントになってしまう。
慌てて黙ったが、リリーはすでに考え込む風だ。
その横では参謀の活躍はどこ吹く風で、秋桜がわざとらしく髪をかきあげている。鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌だ。……なにがそんなに楽しいんだ?
まあ、確かに様になる仕草ではある。トレードマークとも言えるボリュームのあるゴールデンブロンドも見事だ。
そこで俺はようやく気がついた。
まるで間違い探しレベルの違いだが……確かにイメチェンとも言える。違いが二つあるし、うち一つは俺ぐらいしか気がつけないだろう。
秋桜も俺と同じだ。いや、正反対か?
とにかく、βテストで秋桜のゲーム内アバターは金髪じゃなかった。普通の日本人の黒――こいつには重くて似合わない、やぼったい黒だったはずだ。
俺が金髪だったことを知る者が少ないのと同じように、秋桜がやぼったい黒髪だったことを知る者は少ない。
まあ、当たり前だ。当時のこいつは無名の一プレイヤーに過ぎなかった。『不落の砦』なんてふざけたギルドを立ち上げるとは、誰も思わなかったはずだ。
俺だって『RSS騎士団』に入るか悩んでる頃で、そうじゃなきゃ……こいつにちょっとした親切をしたり、髪型や色を変えるアドバイスなんてできなかっただろう。
いくつか理解不能な点は残っているが……秋桜は「ゲーム内アバターを変えたんだ?」と聞かれたと思い、単純に「そうなんだ」と答えただけ。
つまりは俺の完全な独り相撲だ。
よく考えれば、秋桜に策なんて上等なことができるわけなかった。
それを俺はごちゃごちゃと考え、警戒し……結果として、全く話が進んでいない!
……まだ開始早々なのに、なんだかガックリとした気分になってしまった。