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魔王とパンダ

作者:日向夏
 北の大陸の深い深い森の中に、大きな大きなお城がありました。

 そこは、おとぎ話ででてくるような立派だけど、すこし怖いお城、魔王城です。このお城の中に、二本の大きな角を持った怖い魔王さまがいらっしゃる、そうずっと言われています。

 でも、今の時代、そんなことを信じる人たちは、すごく長生きなおじいさんやおばあさん、もしくはそのおじいさんたちにお話を聞かされた小さな子どもたちくらいしかいません。
 そうです、もう魔王を信じる人は一握り、そして、魔王に立ち向かう人は皆無でした。勇者という称号は、もう何百年も使われていません。

 魔王なんていない、勇者なんて必要ない、そんな平和な世の中でした。

 でも、本当に魔王はいないでしょうか、勇者もいないのでしょうか。

 いいえ、います。
 大きな大きなお城の中で、ひっそりと時が経つのを待ち続けるおじいさんがいます。

 そして、そのおじいさんの頭には、大きな大きな山羊さんみたいな角があったのでした。

 これは、その魔王さまのお話です。





 魔王さまのお城は大きいです。でも、すごくぼろぼろでした。もうだいぶ前に使い魔たちは暇をだされました。ざっと十年くらい前でしょうか。理由は簡単、それを維持する魔力が足りなくなったのです。

 世の中、質量保存の法則というものがあるように、ちょっとファンタジーな世界でも似たようなものがあります。世の中便利になると皆が満足します。その満足するために使うエネルギーは、魔力ではなく石油や石炭などから得られるエネルギーに変わったのです。どういう原理かはわかりませんが、そういうエネルギーがあると、なぜか魔力が世界から薄くなるのです。

 それで困った人は実はあんまりいません。一部の魔法が使える人たちや、神の奇跡をうたう聖職者さんたちでしょうか。勿論、ごくごく少数のすごい使い手さんたちは国に保護されましたが、大体の人たちはリストラされました。だって、石油燃料のほうが便利だったんですもの。

 人はそれくらいですみました。
 さて問題は、魔物たちです。特に、多くの魔物を従えていた魔王さまは困りました。魔力を使おうとしてもどんどん少なくなっていきます。強大な魔物たちはそれだけ燃費を喰いますし、小さなゴブリンたちだってたくさんいます。

 魔王さまも配下たちをリストラしなくてはいけませんでした。

 一匹、また一匹、ときに数千の魔物が去り、とうとう下働きの屋敷小人たちに暇を出しました。

 大きなお城に一人ぼっち。

 そんな魔王さまは、バルコニーからお庭を眺めていました。

 屋敷小人たちがいた頃は、どんなお城よりも立派に整えられたお庭が今は見るも無残です。薔薇のアーチは錆びつきぼろぼろで、ぐにゃりぐにゃりと伸びた薔薇がおどろおどろしく放置されています。花壇の花はすべて枯れ果て、雑草が生え放題、まるでお化け屋敷のようです。

 えっ、なんですって、魔王城なら不気味なほうがいいだろうですか。
 いいえ、そんなことはありません。魔王さまには奥方がいました。この奥方さまは大層綺麗好きの整頓好きで、魔王城に蜘蛛の巣一つはられることを嫌いました。

 魔王さまも惚れた弱みでしょうか。奥方さまには敵わず、魔王の威厳は一つへし折られたのでした。

 奥方さまは、元はとある国のお姫さまでしたが、魔王さまは自分の役職を果たすためにしっかりさらってきたのでした。勇者が来てそこそこの強さであれば、返すのが道理だったのですが、困ったことに勇者は弱かったのでした。

 前もって調べさせておいた報告書によると、本当の勇者候補たちは、才能あれど皆、農民出身だったため一次の書類審査で落とされたのでした。四天王くらい一人で倒せそうな才能の者もいたのですが、書類選考落ちで勇者への道を諦め実家の小麦作りを継いで幼馴染と結婚したそうです。

 因果なものです。

 そんな優秀な才能を落として、代わりに勇者として祭り上げられたのが公爵家の次男坊でした。元々、奥方さまの許嫁であり、顔もそこそこいいこともあり色々都合がよかったのでしょうね。
 問題は、武術も魔術もからっきしで努力すらしないボンボンだったことでしょうか。

 へろへろになった従者たちを後目に、やたら元気よく玉座の間にやってきたのがその勇者でした。きらきらとや無駄に宝石を張り付けたなまくらを振りかざし、そして、奥方さまに頻繁にウインクをしておりました。

 奥方さまはその頃、魔王城の生活にも慣れ、環境改善のためゴブリンたちをこき使って大掃除をしておりました。生きがいともいえる仕事を見つけたところで、気に食わない婚約者がぬるい言葉をかけてくるものだから奥方さまはどんな顔をしたでしょうか。
 魔王さまにとっても、あれほど嫌な感情を塗り固めた表情はないと証言していたそうです。

 そういうわけで、つい魔王さまは勇者御一行を吹っ飛ばしてしまったそうです。奥方さまはその後ろで、小さくガッツポーズをしていたとかどうとか。従者たちには不憫なことでした。

 そんなわけでそのまま住みついた奥方さまは、魔王さまの奥方さまになったのでした。

 奥方さまの愛した庭ですが、もう奥方さまはいません。魔力が薄くなった影響で、魔法の力で若さを保っていた奥方さまは少しずつ老いていきました。魔王さまは魔族、奥方さまは人間、お二人はとても仲良しでしたが、寿命差だけは縮めることはできませんでした。

 魔王さまと奥方さまの間には、娘が一人いましたが、今はもういません。だから、魔王さまは一人ぼっちです。

 荒れ果てた庭にはなにもありません。たまに、野生のスケルトンがからからと骨の音と立てながら歩きますが、ここ数年めっきり減りました。魔力はどんどん減っています。

 ぼんやりとながめていると、かちゃかちゃという音が聞こえてきました。
 野良スケルトンの音とは少し違います。

 魔王さまは不思議に思い、バルコニーから身を乗り出しました。

 見ると、錆びた鉄格子の門の間に何かが挟まっていました。白と黒、モノトーンの色合いですが、スケルトンカラーではありません。

 スケルトンならするっと抜ける格子の間を抜けることはできません。毛皮を持った獣のようですが、魔獣ではありませんでした。

 珍獣でした。

 黒い丸い耳をした、目に黒い縁がある、熊のようで色合いがユーモラスな生き物、パンダでした。
 魔王さまは何百年もお城に引きこもっているわけではありません。奥方さまの影響で少しは世間のことは知っています。パンダという珍獣ももちろん知っていました。

 魔王さまは首を傾げました。なぜ、パンダが魔王城にいるのでしょう。
 パンダはようやく身体が格子の間から抜け出せると、その勢いのままころころと転がって木に激突しました。

 頭を直撃したパンダは、両手を大きく振りながらぶつかった木に蹴りを入れました。八つ当たりです、そして、八つ当たりの結果ろくなことはおこりません。パンダの後ろ足の小指のような部分に当たったのでしょうか、足を抱えてピョンピョン飛び跳ねました。

 パンダは痛みがようやくひいてきたところで、片足を引きずりながら門に戻ります。ころころと大きなトランクを転がしながら、魔王城をじろじろ見ます。

 本来、不法侵入獣として扱うべきかもしれませんが、魔王さまは暇でした。野良スケルトンすら暇つぶしに観察しているくらいです、思わぬ珍獣を観察せずにはいられませんでした。

 パンダは花壇の前で止まると、トランクを置いて身体を一、二と動かしはじめました。どうやら体操をしているみたいです。ご丁寧に第三までし終わると、トランクの中から鍬を取り出しました。

 そして、花壇を畑のように耕し始めたのです。

 さすがに、奥方さまが愛した花壇をいじるのには少し抵抗があったのですが、元々荒れ果てた庭でした。パンダを追い出すことはしませんでした。

 パンダは畑を耕し終わると、トランクの中から何かの苗を植えはじめました。魔王さまはなんの花だろうとのぞきこみましたが、花ではありませんでした。

 笹でした。

 なんともいえない気分になりました。
 しかし、魔王さまは枯れたままでいるよりなんらかの植物があったほうがいいと、パンダを見逃すことにしました。

 そんな魔王さまの心を知ってか知らずかでしょうか、パンダはトランクから天幕を取り出して野営の準備をしてしまいました。

 魔王さまが歴代の魔王さまの中で一番お優しいかたでなければ、焼きパンダが出来上がっていたことでしょう。





 魔王さまが朝起きると、とても香ばしい匂いがしました。

 魔王さまは本来、十年くらい眠らなくてもいいかたですが、魔力の節約のために毎日、人と同じように眠るようにしていました。

 魔王さまは不思議に思って、匂いがする方へと向かいました。長い回廊の突き当たり、厨房から匂いがしました。
 中を見ると、白黒の物体が太い腕で大きな中華鍋を振り回していました。頭にはやたら長いコック帽をかぶっていました。料理長しかかぶれない、すごく長い帽子でした。世の中変わったものです、パンダでも料理長になれる時代になったのです。

 香ばしい匂いの正体は、熱い火力で炒められた炒飯でした。

 パンダは手慣れた様子で、大きなおたまにごはんをのせると、さっと皿にのせました。その上に、仕上げに別で作っていた餡をかけました。具材はネギと玉子と蟹缶です。シンプルですがとても美味しそうです。

 魔王さまは思わずごくりと喉を鳴らしました。

 魔王さまは本来、ごはんなんて食べなくてもいいのです。肉体の欠損が出来た場合にだけ、肉をとることはありましたが、本来は魔力さえあれば生きていける身体です。ここ数年、魔力が少ないことでだいぶ身体が老いてしまいましたが、本当はもっと若々しい身体です。
 それでもごはんを食べる必要はありません。

 ごはんを食べるようになったのは奥方さまの影響です。奥方さまは掃除の他に、お料理も上手でした。
 炒飯も細腕で中華鍋を振り回していました。

 パンダは鍋をおろすとふうっと息を吐きました。
 そして、魔王さまと目があいました。

 パンダがかたまります。

 魔王さまもかたまったわけではありませんが、じっと動かないでいました。なにより、炒飯が気になりました。

 パンダは数秒止まったあと、炒飯の皿を魔王さまに差し出しました。
 そして、コック帽を脱ぎながらささっと走り去りました。回廊を走り過ぎる前に二回ほど転びました。パンダに二足歩行は難しいだろうと、魔王さまは思いました。

 魔王さまにはよくわかりませんでしたが、目の前にある炒飯の誘惑に勝てませんでした。魔王さまには毒は効きません。躊躇する理由はなく、皿に添えてあった蓮華で炒飯をすくいました。とろりとした餡の中には、ぱらぱらのご飯が卵によくからまっていました。

 もぐもぐと一口目はゆっくりと、二口目は少し早く、三口目からはがっつくように食べました。

 毒はありませんでした。

 とても美味しい炒飯でした。





 最初は遠慮がちに見えたパンダでしたが、少しずつ遠慮が無くなりました。

 ある日、魔王さまがお散歩をしていると、パンダはスマートフォンを片手にパンダなのにあひる口を作っていました。どうやら写真をとっているようです。
 写真は一枚だけでなく、何枚もとり時にはやたら長い棒の先にスマートフォンをくくりつけて廃墟を背景にポーズをとっていました。

 魔王さまは、奇異なことをすると思いました。

 そうでしょうね、魔王さまは多少世間のことを知っているとはいえ、辺境に引きこもっている御方、スマートフォンもさることながらブログなんてものはわかりません。それでもってタイムラインなんてわかるわけないし、自撮りの意味もわからないことでしょう。

 お城の庭を背景に撮影するならまだよかったのですが、ある日、魔王さまの私室にパンダはやってきました。

 少し遠慮して、「おじゃましまーす」と頭を下げて入ってきました。

 魔王さまとしては、プライベートスペースまで入り込まれるとかなり微妙でしたが、パンダが持っているものを見ると少し興味がわきました。

 それは、一眼レフとノートパソコンというものでした。

 魔王さまは、カメラはわかりましたが、パーソナルコンピューターがあんなに薄くなっているとは思いませんでした。

 パンダは魔王さまの部屋の壁をじっと見ます。
 赤い幕の張られた壁は他の部屋と違い、きれいです。魔王さまも自分の部屋くらいは魔力で維持していました。

 パンダはカメラを三脚の上に設置します。
 そして、いったん部屋の外にでるとまた入ってきました。

 なぜか、パンダは赤いビキニを着ていました。
 魔王さまは思わずじっと見てしまいました。パンダはその視線に気づくと、太い黒い腕で身体を隠し、ぷうっと顔を膨らませて見せました。
 じろじろ見るな、と言いたいことでしょうか。

 魔王さまは混乱します。どう見ても、さっきのほうが裸です。よくわかりませんでした。パンダの中では全裸よりビキニ姿のほうがエロいということです。生憎、魔王さまはもうおじいちゃんでなおかつパンダに欲情する特殊趣味はありませんでした。

 パンダは設置したカメラにタイマーをセットすると、ポーズをとり何枚も写真を撮ります。しつこいくらい撮ります。同じポーズでも気に食わないのか何枚も撮ります。

 何百枚か撮り終えたあとでしょうか、パンダはふうっと息を吐きながら、周りににこにこして見せました。周りには呆れた魔王さまが読書をしているだけですが、パンダにとって見えないスタッフさんがたくさんいるのでしょう。

 パンダはカメラを外すと次はパソコンにつなぎ始めました。

 最初は床に寝そべって足をぶらぶらさせながら作業していたのですが、首が痛くなったのでしょうか。おもむろに立ち上がると、部屋を出ました。
 そして、すぐ戻ってきたと思ったら、四角いテーブルとお布団を持ってきました。
 パンダはテーブルの足と板に布団を挟み込みます。炬燵というものです。

 設置し終えると、パンダは満足そうにその上で作業の続きをしました。ご丁寧に、テーブルの上にはかごに入ったみかんが置いてあります。

 魔王さまは呆れてものが言えません。

 パンダはパソコンに向かいかちゃかちゃとなにかをやっています。
 さっき撮った写真をなにかやっているようです。

 魔王さまは椅子から立ち上がると、パンダの後ろに立ちました。

 パンダはマウスでかちかちとしていました。マウスポインタが筆の形をしているので、なにかしら画像をいじっているようです。

 不思議なことにちょっと黄ばんだパンダの体毛が、子どもの白クマのようなふわふわの純白になり、なぜかぼんきゅっぼんとなっていました。
 それでもって、背景はどこからか拾ってきた海の画像を合成していました。光源を考えて影を作るという見事な編集ぶりです。

 魔王さまは無言になるしかありません。

 パンダはその作業を何枚かすると、今度はインターネットにつなげます。
 それでお気に入りの一つをクリックしました。

 純白のパンダがセーラー服を着て、可愛らしくポーズをとるサイトに移動しました。ブログというものですが、魔王さまはよくわかりません。ただ、黄ばんだパンダがセーラー服を着ているのは、犯罪だと思いました。それでもって、『笹の国のプリンセス』は盛り過ぎだと思いました。

 とりあえず何も見なかったことにして、立ち去ろうとしたらパンダがなにか言いたげにコンセントとみかんを差し出しました。
 パンダのパソコンの充電は切れかけ、炬燵は冷たいままでした。

 魔王さまは無視してもよかったのですが、魔王史上一番優しい魔王さまです。

 なんとなくパンダの言いたいことがわかり、魔王さまは右手に魔力を集めました。ぐわんぐわんと力が溜まると、それに雷の属性を与えました。

 パンダは嬉しそうに大きく手を上げると、その雷玉にコンセントを突っ込みました。

 電気が通っていない魔王城ではこうやって電気を使うのです。

 魔王さまが一人きりになってからは全然使っていませんでした。

 その日の夜、魔王さまの夕飯はいつもよりちょっと豪華でした。大好きなから揚げはニンニク醤油味でした。





 魔王さまは夢を見ました。

 昔の夢です。すごく昔ではありません。半世紀くらい前のことでしょうか。魔王さまにとってはそれほど長い期間ではありません。

 奥方さまは亡くなり、魔王さまは子育てに必死でした。女の子でした。顔は可哀そうに魔王さまに似たのに、性格は活発な奥方さまに似たお姫さまでした。

 お姫さまは元気でした。明るい子でした。
 魔王さまの娘というにはおかしなくらい夢いっぱいの女の子でした。

 ケーキ屋さんになりたい、アイドルになりたい、その度に周りに残っていた魔物たちが付き合わされたので困りものでした。

 なんにでも興味津々なお姫さまは、積極的に外界の情報を手に入れようとしました。テレビを魔王城に最初に持ちこんだのもお姫さまでした。
 お姫さまと魔物たちは少なくなった魔力を切り詰めて、電気玉を作ってテレビをつけました。勿論、その時代、地デジなるものはなくザーザーと砂嵐の中でたまにとんでくる電波を拾うだけのお粗末なものでした。

 そんなお姫さまにとってお城の中で魔力が枯渇していく生活はあうわけがありません。

 ある日、魔王さまと大喧嘩をしました。

 もう何百年も来ない勇者を待つ意味はない、下界に降りようと提案するお姫さまと、それを頑なに拒む魔王さまです。
 魔王さまは仕事魔人です、例え来なくても勇者が来るのを待たねばなりません。それが存在意義でした。

 そんな魔王さまに愛想を尽かしたのでしょうか、お姫さまは出て行きました。書置きには『勇者を探してくる』とだけ書かれてありました。

ご丁寧にお城の宝物庫が空になっていました。その中に、勇者が来たときのために大事にとっておいた勇者の剣もありませんでした。魔王の証である転生の宝玉もありませんでした。

 本当に抜け目がありません。

 探そうと思えば探せたのかもしれません。
 でも、魔王さまは抜け殻でした。
 奥方さまが生きていれば、上手くフォローをしてくれたでしょう。でも、奥方さまはいませんでした。

 なにもできないまま、ずっと勇者をを待ち続けて、そして一人になりました。

 魔王さまは孤独でした。





 魔王城は北の大地にあります。

 一年の大半が冬で、短い夏はもう終わろうとしていました。
 少し寒いなあと思ったら、一晩で真っ白になってしまいました。

 魔王城は老朽化しています。
 魔王さまは仕方なく雪をどけるため外に出ると、すでにパンダが雪かきをしていました。
 せっせせっせと働くパンダに、魔王さまは少し感心しました。ごはんを用意してくれる以外で初めて役にたった気がします。
 最近では、魔王さまを完全に発電機代わりにしているパンダなので、ここで名誉挽回しておかなくてはいけないでしょう。

 パンダは屋根から雪をおろして一か所にためます。お城の屋根は大きいのでそれだけで山になります。

 パンダは屋根から降りるとき、転げ落ちましたがいつものことなので魔王さまは無視しました。このパンダはやたらHPが高いことを魔王さまは知っています。

 魔王さまはもう自分がすることはないな、と思い、せめてパンダ愛用の炬燵とストーブを温めておくかと思いました。

 パンダは震えながら部屋に戻るかと思いましたが、戻りません。雪山を見て、何を思ったのかなにか作り始めました。
 四角い土台をつくっているようです。

 しばし、興味深く見ていた魔王さまでしたが、むっと眉間に皺をきざむと、両手に魔力をためはじめました。大きな火球を作り上げると、それをパンダが作っている何かにぶつけて吹っ飛ばしました。ついでにパンダも吹っ飛びました。ちょっと焦げていますが、たぶん大丈夫でしょう。

 さすがに『わくわくパンダーランド』という看板を作られてはたまりません。ここは魔王城です。
 魔王さまだって怒るときは怒ります。

 久しぶりに大きな魔法を使った魔王さまでしたが、不思議と疲労感はありませんでした。魔力不足になってから、大きな魔法を使うと二日酔いのような頭の痛さと倦怠感があるのですがまったくありませんでした。

 不思議に思いながら、城の中に戻ろうとすると、魔王さまは笹畑の前を通りました。畑というのは正しいのかわかりませんが、パンダはご飯によくこの笹を混ぜて使います。なぜか笹を混ぜているのにパンダの料理は美味しいのだから不思議でたまりません。

 普段は、笹畑はパンダに頼まれたゴブリンが世話をしています。なぜか珍獣なのに魔物を手懐ける変な珍獣です。
 魔王さまは配下でなくなったゴブリンに近寄ろうとはしませんでした。ゴブリンたちは魔王さまを怖がっていました。魔力がなくなったとはいえ、魔王さまはまだ畏怖の対象だったからです。

 今日は、ゴブリンは来ません。こんな雪の中で働くほど勤勉なゴブリンがいたら、それはゴブリンじゃないからです。

 笹は雪の中でも元気に育っていました。青々とした葉っぱが白い雪の間から見えます。

 土づくりがいいのでしょうか、とてもいい笹です。笹なのに生命力があふれていて、少しですが魔力をたくわえていました。

 魔王さまは合点がいきました。パンダが作る料理にこの笹が入っているから、自然と魔王さまの身体にも魔力が備蓄されていたのでしょう。
 そういえば、最近曲がっていた腰がまっすぐになってきた気がしました。

 魔力をたくわえる笹なんてどういうことだろうか、と魔王さまは笹畑に踏み入りました。そして、地面に何か突き刺さっていることに気が付きます。

 そこには、魔王さまにとって見覚えがあるものが埋まっていました。
 本来、そこにあるわけがないものでした。

 魔王さまは、吹っ飛んだパンダのほうを見ると、何事もなかったかのようにお城の中に戻りました。





 魔王城はだんだん騒がしくなっていました。

 北の大地の冬は寒いので、動物たちだけでなく魔物も冬眠をします。魔力があればその必要はないのですが、それが枯渇している今、細々と生きるしかないのです。

 そんな中、パンダが白い割烹着を着て、笹スープを配っていたら魔力に餓えた魔物たちは匂いにつられてやってくるのです。

 魔物たちは飢えています、順番通りと書かれた看板なんて読めるわけありません。
 順番を無視してやってきたサイクロプスをパンダは物理で倒しました。

 パンダは強いです。伊達にHPが高くありませんし、魔王さまの火球を受けても焦げただけで普通に帰ってくるパンダです。

 魔王さまは魔物たちを怖がらせないように、バルコニーからじっと見つめます。

 少しだけ昔に戻ったような気がしました。





 ある日、魔王さまが目を覚ますと、パンダがいました。

 パンダがついて来てと言わんばかりに、魔王さまの手を引っ張ります。
 魔王さまはそれについていきます。

 連れてこられた場所は大広間でした。

 傷んでいたはずのその場所は、拙いながらも補修のあとが見られ、精いっぱいの飾りつけがされていました。
 周りにはゴブリンやサイクロプス、それにドラゴノイドや火竜もいました。他にもたくさん魔物がいます。
 魔物たちは魔王さまがやってくると拍手をぱちぱちとしました。
 パンダが連れてきた場所には、大きな大きなケーキがありました。

 三段重ねのウェディングケーキみたいな形で、一番上に『500』という形の蝋燭が置いてあります。
 そうです、今日は魔王さまの誕生日です。
 五百年前の今日、魔王さまは魔王さまになりました。

 五百年前、勇者一行の賢者として同行したのが今の魔王さまです。魔王さまは前の魔王さまを倒したのですが、そのとき勇者は死んでいました。勇者の手で倒されなくては意味がありません。
 魔王さまは前の魔王さまの魂を引き継ぎ、今の魔王さまになりました。

 魔王さまが歴代の魔王さまに比べて優しいのは元人間だったからです。

 そして、その魔王さまの魂の引き継ぎに必要なアイテムが魔王さまの証である転生の宝玉もありません。
 魔王さまは勇者に倒されない限り、ずっと魔王さまでいるしかありませんでした。

 パンダは蝋燭に火をつけました。

 魔王さまに消させようとするかと思いきや、自分で消してしまいました。どうやら、消したかったみたいですが、ゴブリンたちにブーイングされてしまいました。

 パンダは逆切れします。魔王さまは別に蝋燭の火を消したかったわけじゃないのでどうでもいいですが、パンダが空気を読んでいないことだけはわかりました。

 気が利くゴブリンが、パンダが食べる前に一番上の一番立派な部分のケーキを切り分けて魔王さまに渡します。

 魔王さまは一口食べると、皆も食べてよいと手を広げて促しました。

 ケーキの中には緑色のムースが入っていました。魔力の笹を使ったケーキはどれだけ魔物たちにとって美味でしょう。そのために集まったのかもしれませんが、それでも魔王さまはよかったのです。

 何十年ぶりでしょうか、こんなに楽しかったのは。

 魔王さまは、もうこれで悔いはないと思いました。





 魔王さまの誕生日が終わった後、魔王さまは庭園にでました。
 奥方さまの愛した庭はそこにはありません。笹畑とたくさんの野菜が植えてあります。少し寂しいけれど、魔力がこもった食材を食べることで魔物たちは元気になります。

 本当ならもっと早く魔王さまがしておくべきことでした。

 魔王さまの後ろにはパンダがいました。

 魔王さまは笹畑の前で立ち止まると、パンダに言いました。

「さて、そろそろ決着をつけようか」

 この台詞は魔王さまがいつか使おうと思っていた台詞集の一つでした。他にもっといい台詞があったかもしれませんが、練習していないので上手く言える自信がありませんでした。

「勇者よ」

 パンダは、パンダなりの神妙な面持ちで笹畑に入りました。そして、笹の根元に混じったなにかを握ります。
 ゆっくり引き抜くと、そこには昔、このお城の宝物庫にあったはずの勇者の剣が輝いていました。

 勇者の剣は、魔力を少しずつですが回復する特殊効果を持っています。地面に埋めることで、庭園の笹や野菜たちは魔力を栄養とともに貯めていったのです。

 パンダのHPは、珍獣離れしていました。きっとここにやってきた勇者たちのHPと変わらない、いやそれ以上でしょう。

 パンダの魔法耐性は、驚くべきものです。魔王さまの巨大火球に巻き込まれても焦げ目ですんでいます。

 パンダの攻撃力は確かなものです。サイクロプスを素手で黙らせます。

 パンダは勇者でした。
 勇者の剣は、勇者が持たない限り光り輝きません。

 パンダが勇者になれるわけがないといったら、魔王さまだって元は人間です。

 ふと、魔王さまは娘であるお姫さまのことを思い出しました。

『夢は諦めたら終わりなの、パパは最初から諦めてるの』

 アイドルやケーキ屋さんの他に何になりたがっていたでしょうか、お姫さまは。

 魔王さまは、くくくくっと笑うしかありません。

 生まれて初めてエビチリを食べて感動したお姫さまは「私、中華料理のシェフになる。料理長まで上り詰めてやる」と言いました。

 美味しい果物を食べたときは「私、農家さんになって美味しいものたくさん作るの。そしたら食べ放題」と言いました。

 夢を諦めないという青臭い精神は、ずっとお姫さまに残っていたのだと感心しました。

 パンダの作ったケーキはとても美味しかったです。お店を開いても問題ないものでした。

 パンダのやっていたへんてこなブログ、あれはネットアイドルのブログでした。形だけは一応アイドルです。

 そして、お姫さまがなりたかったものをもう一個思い出しました。「勉強したくないよー、パンダになって一日あったかい部屋でごろごろするんだい」と言っていました。

 魔王さまが気づかないのも当たり前です。お姫さまが珍獣になっているなんて、誰が思うでしょうか。
 そして、元お姫さまのパンダは、何をしようとしているのかわかりました。

「絶対、勇者を連れてくるから!」

 お姫さまに二言はありませんでした。

 ただ、勇者はもうおらず仕方なく自分がなったということですが。

 魔王さまは、口の端を歪めました。
 ここで、魔王さまとしての口上を述べなくてはいけないのに、それができません。胸に突き刺さった勇者の剣が苦しいからでしょうか。
 いいえ、そんなことはありません。
 ならばどうしてでしょうか。

 魔王さまはおじいちゃんです。でも、耄碌して涙腺が緩んだなんて思われたくありません。

 光り輝くパンダを見ながら、魔王さまはじっと涙をこらえていました。
 最後までずっと見ていたかったのです。涙をこぼさないように、瞬きして一瞬でも見逃さないように。

 魔王さまは『笹の国のプリンセス』をずっと見ていました。





『ねえ、パパには夢がないの?』
『私は魔王だから、世界征服か勇者に倒されるのが義務だ』
『うわー、根暗。ありえなーい』
『ありえないとはなんだ。それが私の仕事であるぞ』
『うーん、あまりに仕事魔人すぎるパパが可哀そうになってきた、私がパパの夢でも作ってあげよう』
『なんだ、その上から目線は』
『パパみたいな仕事魔人は、私のような娘を持っても仕事を大切にしたわ。これは、私が可愛らしい孫を見せなくてはいけないのではないでしょうか?』
『孫? も、もしかして、そんな相手がいるのか?』
『あっ、パパ、動揺した? へへ、私みたいにかわいい娘を持ったパパは苦労するなあ。これなんてどう? おまえに娘はやらん、とかいってちゃぶ台ひっくり返すのは』
『意味がわからん。そんな真似したら、大抵の奴は逃げてしまうぞ。やってもいいのか?』
『それは困る。じゃあ、普通に孫だ、孫。すっとばして孫を見せよう。どんな仕事魔人でも思わず目じりを下げたくなるような可愛い孫を連れてきてあげる』
『残念だが、お前は私に似ている』
『なによ、それ! 私が可愛くないみたいじゃない。もういいわ。パパの夢は、おじいちゃん、可愛いたくさんの孫に囲まれたおじいちゃんになることよ!』

 魔王さまは思い出しました。
 小さなころ、とても口が回るお姫さまが言ったことでした。

 パンダになるようなお姫さまです。
 そんな魔王さまの夢を叶えることくらいやってのけようとするはずです。

 実際、やってのけました。

 魔王さま、いや元魔王さまは身体の上に三匹の子パンダをのせています。そのうち一匹は元魔王さまの孫娘なのですが、正直見分けがつきません。見分けがつかないことをいいことに、他の母パンダたちが元魔王さまに子パンダを押し付けます。そして、自分たちは悠々と笹を食べています。

 お姫さまパンダは勇者の剣を持っていました。そして、もう一つ、転生の宝玉を持っていました。

 あの日、勇者の剣で自分が消え去るはずだったのです。そうしなければ、元魔王さまは魔王さまのままです。死ぬこともできません。

 しかし、その日は元魔王さまの五百歳の誕生日でした。

 転生の宝玉は、元魔王さまを転生させました。本来、魔王さまの魂は特別なものです。簡単に転生はできません。

 元魔王さまの誕生日だったこと、そして、元魔王さまの娘であるお姫さまがいたことで秘術は成功しました。

 ゆえに、こうして元魔王さまは子育てをしているわけです。

 お姫さまパンダは、元魔王さまに代わり魔王さまになりました。
 でも、誰も魔王さまと呼びません。
 代わりにパンダ園長と呼ばれています。

 もう北の大地に魔王城はありません。あるのは『わくわくパンダーランド』です。

 元魔王さまは、それはとても解せぬことでしたが、もう魔王さまじゃないので仕方ないのです。

 そして、もう一つ解せぬことがありました。

 元魔王さまは、おやつに笹をもりもり食べます。葉っぱだけじゃなく枝も幹も残さず食べます。

 魔王さまの手は真っ黒になっていました。子パンダたちが乗っているお腹は反対に真っ白でした。

 パンダになりたかったわけじゃないのに、と大きく息を吐きながら元魔王さまは笹を食べるのでした。





 北の大陸の深い深い森の中に、大きな大きなお城がありました。

 そこは、おとぎ話ででてくるような立派だけど、すこし愉快なお城、パンダ城です。このお城の中に、二本の大きな角を持った愉快なパンダがいる、そうずっと言われています。

 そうネットのホームページに書かれています。

娘婿の話。

http://ncode.syosetu.com/n1221cl/

感想より採用させていただきました。

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