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なにもかえない 作者:緑乃帝國
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第三話 馬列木ドキュン

 これは今となっては思うことであってこれまではどうとも思っていなかったことなのだが、ドキュンの言動というのは、いわゆる「普通の人々」にとってはどれもこれもが犯罪行為であったらしい。
 ということならばすでにドキュンは刑務所なり何なりにぶち込まれているはずであるし、実際両親は今どこかのそういう場所にいるらしいとは聞いているのだが、ともかくも。犯罪ではないにしても犯罪すれすれの、どうやらそういうところを、ずっと歩いてきたらしい。
 繰り返しになるが、これは最近、気付いたことだ。
 ドキュンにとって他者とは威圧し、恫喝して、己の支配下に置くか近寄らないよう遠ざけてしまうものである。そして威圧や恫喝が通じない場合は、拳と蹴りと頭突きでもって従わせるか、もしも相手のほうが強ければとりあえずは従うものである。両親はそうしろと教えてきたし、両親のダチ連中や、ドキュンの周囲に集まる者たちも皆そうだった。
 欲しいものは店から万引きして手に入れるものだったし、高価で店側の管理の厳しいようなものは、弱気なヤツラを脅しつけ、金を巻き上げて購入するものだった。ドキュンの周囲は皆がそうしていたし、ドキュンもそうするのが正しいのだと、ずっと疑っていなかった。
 飲食店では必ず何かのいちゃもんをつけるのが正しい行いだった。それをすることで、支払う金額が少なくなったり、ときにはタダになったりするのだ。どうすれば上手くタダにできるかを、オヤジとババアは得意げに教えてくれた。何一つ怒っていなくても怒っているように見せかけ、店全体に響くような大声で怒鳴るのがポイントだった。
 そのうち、両親はドキュンを外食に連れ出さなくなったが、それがなぜなのかドキュンは知らなかったし、その頃にはもう両親と出かけるなんてことはかったるくなっていたので、まったく興味を抱かなかった。
 どういうことだったのかに思い当たったのは、本当に、つい先ほどのことだったのだ。
 店の数が減っているような気はしていた。一時期はどこにでもあって、ドキュンがよく万引きの標的にしていたコンビニも、そういえば見かけなくなっていた。コンビニの店員は、学生時代にカツ上げていた気弱なガキどもによく似た感じのヤツらが多い。目があって睨んだときにすぐに目を逸らすようなのがレジに立っていたら、安パイだ。籠に商品をどっさり詰め込み、レジを通らず鼻歌交じりに自動ドアを潜っても、ああいうヤツらが追いかけてくることはまずもってない。
 そんな絶好の狩場であったはずのコンビニが、姿を消している。
 それだけではない。人の姿自体を、見かけない。街中を人が歩いていないし、車も走っていないのだ。ドキュンの記憶ではいつも車が行き交い、煙で灰色に染まっていた四車線道路は、閑散として通りの向こう側に立ち並ぶ倉庫群を見せている。時折通りかかるのは、ワゴンやトラックといった運搬車両ばかりだ。
 そういえば外に出るのは危険なんだとか何とか、テレビで言ってたっけか。
 考えてみれば、ドキュン自身も外出することは減っている。外出するときはだいたい夜で、ダチどもと狩りをしたり、騒いだりしていたのだ。そこでは確かに人の姿を目にしていた。だから、気付かなかったのだ。
 オヤジとババアが姿を消してから一週間ほどになるだろうか。家の中の食い物が底を尽きかけていたので、どこかで調達しようと、久々に昼間に外出したのだ。そうしてコンビニを探してみたら、見つからないのだ。
 仕方がないので近くのスーパーまで歩いていったら、店のシャッターは閉じられ、もう結構な前に閉店した様子だった。腹が立ったので、駐輪場に置き捨てられていた自転車から一台を引っ張り出して、鍵を壊し、そいつに跨って少し遠くの大型スーパーを目指した。
 大型スーパーは、ちょっと寂れた様子ではあったが、きちんと営業していた。
 喜び勇んで自動ドアを潜り、レジ籠を持ったところで、甲高い電子音が鳴り響いた。
 警備員が二人、すぐさま駆けつけてきた。
「っだよ。ナニもしてねえだろうが」
 そう怒鳴りつけてやるが、警備員たちは怯んだ様子を見せない。
 あなたは出入り禁止になっている、と言われた。
 何のことやらわからなかったが、すでにイラついていたドキュンは激昂した。
 大声で叫び、暴れてやろうとしたが、警備員が両側に回って、ドキュンの腕をつかみ、店外へと放り出した。
 店の外でひとしきり怒鳴ってやっていたが、サイレンの音が近付いてきたので、慌てて自転車に跨って逃げた。
 スーパーから離れ、再び無人となった街中を、ドキュンは巡った。
 ダチどもに連絡を取ろうと思ったら、ケータイが使えなくなっている。また文句を言ってタダにしてやろうと決めてから、腹立ち紛れに唾を吐き、すぐそばのビルの壁を蹴りつけた。
 街をさまよってようやく、チェーン店のファミリーレストランを一件、見つけた。
 喜び勇んで入店する。ドキュンを見た途端、ウェイトレス以外に店長と思しき男などを含め三人がドキュンを取り囲んだ。
 出入り禁止になっている、と言われた。
 大声を張り上げたが、やはり力づくで、放り出された。
「何なんだよ、おい」
 ここに至ってドキュンは、自分が何かおかしなことになっていることに気付いた。
 街のすべてが、どうやらドキュンを排除しようとしている。何もかもから締め出そうとしている。
 そのことにドキュンは、ようやくようやく気付いたのだ。
 ドキュンは一応財布を持っている。中にはそこそこの金も入っている。
 だがそれでも。
 ドキュンは何も、買えなくなった。


 クレーマー、というものがいる。
 企業や店舗などに妥当な要求を越えた、理不尽な要求を繰り返す顧客に対して、そのように呼称されることが多い。
 店舗による商売というのは人と人との対面であるから、当然認識のすれ違いや、要求水準の違いというものは起こり得る。クレームというものはつきものであるし、ときには顧客の意見が店舗側に気付きを与えることもある。
 問題はそのクレームによる要求が理不尽であったり、それが幾度も繰り返されたりする場合である。
 どこからが理不尽であるか、ということは難しいが、大抵の場合、店舗の側にも、ここまでは譲歩できるがこれ以上は譲れない、というラインがある。そのラインを踏み越えるか、もしくはスレスレのところを測ろうと意図的に狙う客が、多くの場合クレーマーと認定されるといってよい。それが繰り返されるならば、なおのことである。
 ものが売れ難い世情が続くと、商売の優位性は、購入する側、多くの場合は客の側に移ってゆく。また、携帯機器の発達や、情報発信の場が増えたことから、店側の対応ミスは発信されやすく、また容易く拡散されるようになった。結果として、客の側は多少無理な要望も通しやすくなり、店側は萎縮するようになる。
 およそ二十年ほどで、客商売、という言葉の持つ意味合いとイメージは、変貌した。客と店の間で信頼による取引といったものは急速に失われ、警戒というものがそこに取って代わった。
 そうした緊迫した状況にあって、やはり生き残ることができたのは、詳細なマニュアルと法知識により防衛を図ることが可能であった大型店舗と大規模チェーン店であった。
 小さな店舗や個人商店が潰れ、大型店とチェーン店だけが生き残りゆく中で、またしても変化が訪れる。
 国内における存在店舗数が大幅に減少したことで、パワーバランスが客の側から店舗の側へ傾き始めたのだ。
 客を選ぶことができるだけの体力を取り戻しはじめた店舗側は、対策をはじめる。
 ブラックリスト、というものがある。
 許容範囲を越えて店側にダメージを与える顧客をリスト化したものだ。明らかに営業妨害、威力業務妨害や脅迫罪、強要罪、不退去罪に該当する人物に対しては、排除命令、つまりは出入り禁止措置を店側は取ることができた。これまではその多くを許容していた店側であったが、少しずつ、その範囲を狭め、ブラックリストの強化をはじめた。
 チェーン店の強みの一つが、このリストを共有、回覧できるという点である。
 例えばある店でとある一人が出入り禁止に指定される。その情報はすぐさま近隣のグループ店舗にも回覧され、客の特徴とともに要注意の指令が発される。結果、その客は、問題を起こした該当店舗だけでなく、その近辺にあるグループ店舗すべてを利用できなくなる。そうして店側は、トラブルの火種をもとから取り除くのだ。
 だがそうはいっても、店舗は対面販売である。人と人とのことであるから、強硬に出られないこともあるし、多少の融通を利かせることもある。世間の目だって、あるのだ。
 店舗以上にこれらが徹底しているのは、やはりオンライン商店である。詳細な規約で利用者を縛り、言葉や拳の届く範囲でやり取りを行わないオンライン商店では、「困った客」と認定された人間の排除がとても容易だ。そのリストは実店舗以上の速さでデータ量を増やし、そして、一度書き込まれたデータが削除される可能性はほとんどない。
 そしてチェーン店での回覧など比べ物にならないスピードで、それはグループ企業だけでなく、同業他社にも拡散してゆく。
 一度ブラックリストに載ったが最後。その人物は。家族は。ウェブ上からは一生何も買えなくなる。
 実店舗があるならよかった。救済措置があるならよかった。
 だがオンライン商店の運営者たちは。実店舗がほぼ姿を消し、己たちが実質の流通インフラを握り、ひとつの大きな権力になっていると知っていようとも。
 それらを顧みることは、一切なかった。
 誤りは。許容されず、更正されない世になっていた。
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