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なにもかえない 作者:緑乃帝國
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第一話 馬列木ドキュン

 人の気配のまったくない商店街跡を、馬列木うまれつきドキュンはのそりと歩いていた。
 ガードに吹き込んで強さを増した風が、遮るものなくドキュンにぶち当たり、ジャージをはためかせる。ジャージの上には龍と虎が刺繍されたスカジャンを羽織っている。ジャージもスカジャンも長く着古されたものであるのか、どこか薄汚れたような印象があった。
 何かを探しているかのように、ドキュンは顔を右へ左へ向けながらゆっくり歩く。実際、何かを探していた。だが右と左、どちらに並んでいるのも、錆の浮いたシャッターばかりだ。
 時折シャッターに近付いて、荒々しい動作で上へ押し上げてみる。だがどれ一つとして、それらが開くことはない。開いたとして、その奥にいったい何が残されているというのだろう。
 それでもドキュンはもう、その奥に何かが残されているかもしれない、という希望にすがるしかない。
「腹減ったなぁ……」
 か細い声でそう、吐き出した。
 もう三日ほども、何も食べていない。飲み物だけは、公園の水道や、自動販売機から手に入れていたが、それ以外のものを、ドキュンはこの三日、腹に入れていなかった。
 どこか空いている店がないかと探しながら、ドキュンはのろのろと歩く。そんなものはもうない。そう知っていながらも、ドキュンにできることは、それしかなかった。
「ちくしょう……」
 壊れた傘が落ちていたのを見つけ、拾い上げる。ふと思いついて、手近なシャッターの地面との隙間にその先をねじ込み、力を込める。
 やや抵抗があったが、シャッターが少し持ち上がったように感じた。しめた、と思い力を込めた瞬間、傘は半ばからへし折れた。
「ちくしょう!」
 傘を地面に叩きつける。骨の金属部分が割れて飛び散った。
 ドキュンは暴れた。たまった鬱憤を晴らすかのように腕を、脚を振り回し、シャッターを蹴りつけた。
 だが、誰一人としてドキュンを顧みる者はなく。ただいたずらに、エネルギーを消費させただけだった。


 小さな個人商店が姿を消してからどれくらい経つだろう。
 小規模店舗が大規模店舗やチェーン店にシェアを奪われ、姿を消しつつあるということは、十年以上前よりいわれていた。多くの者はそのことに気付いてはいたが、それほど気には留めてはいなかった。
 理由はいくつかある。そのうちの大きなものの一つは、個人の小店舗からチェーン店もしくは複合店舗による大店舗へ移り変わる過渡期において、その変遷が明らかに、大多数のものにとって便利で、喜ばしいものであったからだ。至極単純明快な話で、多くの客にとってそちらが便利であったから、客は流れたのである。
 シャッター商店街と呼ばれる、いわゆる閉鎖店舗の増えた商店街が各地で目に付き出した頃。個人店舗が減って大型店が増え、それによってサービスの質が低下し、細かいところまで行き届かなくなった、といった言説がひととき目に付くようになった。だが、それは確かであったのだろうか。
 そういった言説を展開していたものの多くは、おそらく身近に付き合いの長い個人店舗、つまりは贔屓の店、といったものを持っていた人々であろうと思われる。おそらく彼らはその贔屓の店から、様々なきめ細かい、痒いところに手が届くようなサービスの恩恵を受けていたのだ。こういった人情味の溢れる、地域と個人に密着したサービスのかたちというのは様々なフィクションの中でも表現され、小規模個人店舗の価値というかたちでアピールされてきた。
 だが、これらは最も肝心なものを見せてはいない。
 実際のところ、人間でサービスの質が上下するのはチェーン店でも小店舗でも同じだと思われる。大店舗でも細やかなサービスを提供しているところは存在するし、小店舗で常連だけを相手にしてるようなところは、逆に一見の客にはサービスが行き届かない、ということもある。
 重要なのは、個人店舗は良くも悪くも店主の「対応」を誰も管理できないということであり、それがいい方に出ることも悪い方に出ることもあるということだ。意図的に無視されがちであることだが、「貴方にとってサービスのいい店」が「他の人にも同じサービスを提供してくれる店」ではない。サービスの質は客との信頼関係、付き合いの長さに左右される。それが客との距離が近しい店の現実である。
 大規模店やチェーン店の持つマニュアルというのは、その個人により左右される対応をある部分均一化して、システムに組み込んだものであると認識してよい。だがそれも、本質的にはサービスの下限を底上げするためのものであり、上限側の方面においては、運用するスタッフのスキルや能力で質が左右されるのは同様であろうと思われる。
 おそらく最も大事なのは、マニュアルそのものではなく。そのサービスが正しかったのかそうでなかったのか、この先それで正しくあれるのかそうでないのかをチェックできる機構があるということであろう。そういった観点において多くの個人店舗はマニュアルを持つ大規模店やチェーン店に劣っていたと言わざるを得なかった。
 誤った対応をしたとしてもそれが誤りであったと気付けない。景気がよく、人の出入りも活発であった頃は、それにより店の色や客層というものを店側がつくり、やっていくこともできたのであろう。だが、世の中は次第にそういうものではなくなっていった。
 つまりは、小規模店舗の強みであると信じられていたサービスという面においても、もう少し幅の広い、総合的な利便性で見た場合には、大きく劣っていたのである。
 ビジネスの世界、商売の世界が弱肉強食である、ということは、誰しもが漠然と感じている。だから、小規模店が潰れた、閉店したときに皆が思うことは、
「残念だけど、しかたがない」
 これだけである。そして彼らは新たな行きつけの店を探し、そちらへと軸足を移す。
 そのような状況が何年も続いて。
 三年前。最後の個人商店街といわれていた、古都にあるリサイクル店舗の集った商店街、ここも元は古書店街であったが、多くが店を畳み質屋や骨董屋やリサイクルショップに変わった、が、閉鎖されることが決まり、この国から個人商店、小規模店と呼ばれていたものは完全に姿を消すことと相成った。
 街を歩いていると、時折個人店舗と思しき居酒屋や定食屋が目に付くことがある。だが調べてみると、それらはすでにどこかのグループ傘下に組み込まれており、まったくの紐帯を持たない個人店舗は、本当に姿を消したのだ、ということであった。
 大型店舗に対抗しつつも、独自の路線でもって商売を維持していた小型店舗に更なる打撃を与えたのは、オンライン商店の普及だった。
 特定の店舗を持たず、倉庫とインターネットサーバ、流通網だけで成り立つオンライン商店は、それまでにもあった通信販売の発展型のみならず、流通におけるひとつの革命であった。
 それまでの通信販売は、特定の商品、多くとも両手の指で足りる程度の品目、もしくはひとつの企業が製造している商品の小売店を通さぬ直接販売、という趣であった。だが、それらの後に登場した総合オンラインショップは違う。
 それはスーパーマッケットのように。大型家電量販店のように。そしてまたあるいは百貨店のように。幾つもの企業、幾つもの品目、一つの商品のレパートリーと他メーカーの競合商品をも取り扱っていたのだ。
 店まで買いに行かずとも、オンライン商店ですべてのものが賄える。そんな時代がやってきたのだ。
 店まで行くことなくパソコンや携帯端末から注文ができ、家やオフィスまで届けてくれる。その利便性は忙しい現代人にとって圧倒的だった。
 オンライン商店は急速に発展した。欲しいものは店を訪れて買うのでなく、家に、オフィスにいながらにしてオンライン商店で購う。そんな習慣が、人々の生活に浸透していった。
 その拡大は、辛うじて生き残っていた中小店舗、飲食店や特殊な商品を扱っている一部を除いたすべてを、完全に駆逐してしまったのだ。

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