二話―親友
井川卓志。通称たくちゃん。
僕とたくちゃんの付き合いの始まりは、高校一年生までさかのぼる。新しい生活にしどろもどろしていた僕に、最初に話し掛けてくれたのがたくちゃんだった。
「弁当って、米派?パン派?」
まじめなのか、ふざけているのかよくわからない質問だった。それで、そのままお互いに米派ってことで話がまとまって、一緒に弁当食って、中学の頃の事や、クラスの可愛い女子の話して、友達になった。
僕が中学生の頃、いじめられていたことを話すと、たくちゃんはとても共感してくれた。こんなことは普通、軽々しく人に言う事ではない。でも、たくちゃんにはそういうことを言ってもいいような独特な雰囲気があった。
2年生になると、僕らの仲もまた深くなっていった。それを証明するものが、文化祭での漫才だ。先にやろうと言ったのは、なんと僕。なんで漫才なんかやろうと思ったのか、その経緯は覚えていないが、たくちゃんを誘う時にすこぶる勇気を出したのは言うまでもない。自分から何かをしようと言うのが初めてだったのだから。たくちゃんは、そんな僕を見て、驚き、それでも嬉しそうだった。
漫才はというと、受けたのと滑ったので4:6ぐらい。なかなかさ。それに、楽しかった。
ある日、たくちゃんが言った。何気なく、言ったんだと思う。
「俺たちって、親友だよな?」
その時僕は、親友がなんなのかを知った。毎日他愛もない話をし、ふざけあい、笑いあい、お互いの存在をかみしめる。
それがどんなに普通で、どんなに大切なことなのか、その一言でわかったんだ。
僕らは、親友。
すでに3分が過ぎた。ミキは1分立つごとに時間を知らせてくる。遼はというと、ソファから立ち上がり、不規則に体を震わせていた。ミキの言っていることがよくわからない。
「だ、だって、身をけずるったって、それ、それじゃ終わりじゃないか?バカバカしい!」
何回この質問とバカバカしいを机に置かれた携帯に向かって繰り返したか、覚えていない。ミキの返答は決まってこうだ。
「はっはっは♪」
怒りと焦りと恐怖で、遼はなにも考えられなくなっていた。テレビに映る井川卓志は、遼を馬鹿にするかのごとく、呑気に週刊誌のページをめくっている。
「4分経過したことを、お知らせします。あとたったの1分で井川君が僕に殺されます。急いであなたが死にましょう♪」
「なんで、なんでこんな・・・意味がわからない。なんで僕が?そうだ、なんで僕がこんな下らないことに付き合ってなくちゃいけない!たくちゃんが死ぬわけがない!だってそうだろう?犯罪だよこれは!」
「そう、犯罪だ。それもおぞましいくらいのね。」
「犯罪は、しちゃいけないことだ!」
遼自身、もう自分がなにを言っているのかもわからない。それほど追い詰めれているのだ。
「はっはっは♪」
「ふざけるな!笑うな!なにがおかしい!こんなバカな冗談をして、ただで済むと思うなよ!必ず見つけ出して、警察に・・・」
「冗談なんかじゃない。君が死ななければ、僕は井川卓志を殺すよ。本当さ。ほら、バカなこと言ってる間に、あと30秒しか―――」
「黙れ!!!お前なんか・・・」
この時、なにかが遼の沸点を通り過ぎた。妙に気持ちが落ち着いていき、しまいにはソファに腰掛けてしまった。顔が微笑に満たされていった。徐々に笑顔になっていく。額に汗がべっとり付き、それでも顔がニヤついている遼の顔は不気味だった。
「・・・そうだ、部屋にカメラがあることだって、たくちゃん本当はわかってんだろ?下らないテレビの企画さ。僕は騙されないぞ。テレビ局を訴えてやる」
「前もそんな感じだったな。ま、あの時は1分くらいでそうなったけど。」
「前?前ってなんだよ?まさか、あの連続殺人事件のことかい?」
「その通りだ。僕があの犯人。」
遼は少し黙ったが、それでもニヤついた顔は直らなかった。
「ははっ、はは。悪い冗談だ。」
「冗談・・・ねぇ。あ、あと10秒だ」
「知るか!!誰も死なないんだ。誰も。」
「ふふっ♪さて、そろそろいくかな」
電話の奥から、ガララ、という音が聞こえてきた。思うに、車の横にスライドするタイプのドアを開ける音だ。遼の、不思議に晴れた心の空に曇りが見え始めた。
まさか、たくちゃんの家の前に・・・?
「・・・そんなはず、ないか・・・」
「残り0秒。タイムオーバー。残念。井川卓志は死ぬ。というより殺される。」
電話の奥からまた音が聞こえた。ガチャ、という今度は普通のドアを開ける音。
「・・・鍵、かけてないのか。」
死ぬことを信じていない遼がぼそりと言った。証拠がなにもあるわけじゃないのに、なぜかミキのいる場所が井川の家だと悟った。
「たくちゃんの家は・・・必ず鍵がかけてある。家に誰かいる時でもかけておくんだ。」
「彼の家に何回も遊びに行った君が言うんだ。間違いないんだろうな。」
「・・・じゃあなぜ開いてる?」
心の空が、完璧に曇りに覆われ、太陽が消えた。お次は雨が降るようだ。
「それは、僕と神のみぞ知るところだよ♪補足までに言っておくとね、なぜかご両親もいないんだ。お出かけかな?すると、今家に残っているのは・・・」
「たくちゃん、だけ」
「正解♪」
その正解、という声にあわせ、ミキが家の中へ入ったらしいのがわかった。携帯が風を受けているので、ミキがずんずん進んでいるのがわかる。
そこからの出来事は矢継ぎ早だった。まず、電話の奥からコンコン、という音が聞こえ、それに合わせるようにテレビに映る井川卓志が週刊誌を読むのをやめて、画面右側に目をやった。おそらく、そこに"ドア"があるのだろう。なんだろうという顔をした井川卓志が立ち上がり、ドアを開けた。するりと、蛍光灯の光に反射した長いものが井川卓志の首元に突きつけられた。その瞬間に、動けなくなる井川卓志と倉田遼。いや、表情のほうは、井川卓志のほうはわからないが、倉田遼の場合は、目が驚くほどに飛び出ていた。
井川卓志の首元に長いものを突きつけたまま"ヤツ"が入ってきた。黒ずくめのローブのようなものを着ていて、顔はのっぺらボウのように何も書かれていない仮面を被っている。左手に、長いもの、もとい日本刀、そして右手には携帯電話が握られていた。仮面は、動けない井川卓志ではなく、カメラとその先にいる倉田遼のほうに向いていた。
「それでは、これからまさに殺されるという、井川卓志君に一言もらいたいと思います。えぇ、井川くん、今の心境はどんな感じなのかな?この電話の先にいる親友の倉田遼くんに言ってもらえるかい♪」
のっぺらボウが、右手に持つ携帯を井川の口元に近づけた。嫌なことに、井川卓志ハッ、ハッ、という絶望に満ちた息遣いが聞こえてくる。
「ハッ、ハッ、ハッ・・・りょ、りょう?」
慌ててソファから滑り落ちた遼が自分の携帯にしがみ付くようにその問いに答えた。
「そ、そうだよ。た、たくちゃん・・・」
それ以上は言葉が続かなかった。というより、なにも言えることがない。
「なに、なんで・・・ってか、こいつ誰――――」
「はい、井川卓志君でした♪」
井川卓志の生首が飛んだ。
テレビのなかで舞い散る鮮血と、倉田遼の叫び声とが、見事に空を切った瞬間だった。
「あああああ、ああ・・・!!」
今は砂嵐が流れたままのテレビを前に、床にくるまった遼はまだ叫んでいた。顔は涙と汗でぐっしょりだ。映像は、のっぺらボウがカメラに近づいてきたところで終わっていた。
「うるさいなぁ。黙れ。」
ミキのかすかに怒りを含んだ声が聞こえてきた。それでも遼は叫びつづける。隣の部屋にも、そのまた隣の部屋にも余裕しゃくしゃくで届く声だ。もしかしたら、誰かが何事かと思って来るかもしれない。苦情だってなんだっていい。誰でもいいからこの状況から助けて欲しかった。
「そんなに叫んでも誰も来ない。・・・全員殺すよ。言う事聞かないと。」
遼の意思というよりも、本能が叫ぶことを止めさせた。荒い息遣いが、303号室に響く。
「きっと、まだ信じきれていない部分もあると思うから、今から"持っていくね"」
「・・何を・・・?」
答えなんてわかってる。でも無意識にそう呟いていた。
「な・ま・く・び♪これで君もわけのわからないこといわないでしょ」
もう十分お前がいかれてることはわかった。親友の無残な姿なぞ見たくもない。
「最初から・・・たくちゃんは死ぬことが決まってた・・・?」
「いんや。最初に君が言っても聞かないから死んだんだ。あの時いったじゃないか。"証拠を見せる"って。今の君が自殺なんてできるわけがない。井川卓志の死、これは君を信用させるためにやった、ほんの一例だ。次からはちゃんとした命令をだすから、ご心配なく。」
果ての見えない、すさまじい憎しみと悲しみが同時に湧きあがってきた。
「よし、着いた。じゃ、今からそっちにいくね。」
またもや電話の奥から車のドアの開く音が聞こえてきた。
殺そう。差し違えてもいい。遼の心にはそれしかなかった。
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