第34話 今の私では
6月5日水曜日。
いよいよ陽乃が決断を下すときが来た。結局、この2日間は勉強も集中できなかった。期末テストが7月はじめからあるからそろそろ勉強のことも考えなければならないのだが、それよりも翔への返事の方が陽乃にとっては最重要課題であった。
この2日間、陽乃は気まずくて翔に声も掛けられなかった。しかし、翔は意外とアッサリしていて、朝会ったときには「おはよ、朝倉!」と爽やかに挨拶をするし、数学の時間の後「オレこの問題わからんねんけど、朝倉わかる?」といつものように質問もしてきた。そのうちに陽乃も気まずさがなくなっていつもどおり接することができた。
しかし、今日が期限だ。
今日を境に二人の関係が変わるかもしれない。
恋人?
それとも、友達?
OKするにしても、断るにしても前者であれば恋人関係。後者であれば友達以上恋人未満というますます複雑な関係になってしまうことは間違いない。
昼休み前まで、陽乃は答えが出せなかった。けれども、明確な答えが突如として出てきた。
「よし! 言うしかない!」
陽乃は昼休みに入ると同時に、翔を呼び出した。
「なに、急に?」
陽乃は少しうつむいて小声で「屋上」とだけ行って教室を出た。翔も小さくうなずいた。
「おい、翔。どこ行くんだよ」
クラスメイトの伊波 冬真が声をかけた。
「悪ぃ、すぐ戻る」
翔はそのまま屋上へと駆け上がった。
屋上へ上がると、陽乃がジッと立っていた。
「朝倉……」
翔は少し息切れしている。緊張もあるのかもしれない。希望と不安が入り乱れたとでもいうような目をしている。若干、不安の方が多そうだ。
「私、決めた」
翔は何も言わず、小さくうなずいた。
「私……」
言葉が出しにくい。でも、出すしかない。陽乃は精一杯の声を振り絞った。
「私、佐野とはまだ付き合えない」
ちゃんと理由も言っておくのが礼儀と思い、陽乃は続けた。
「やっとさ、私わかってきたんだ。音楽の楽しさ。辛いこともあるかもしれないけど、私、今は音楽を続けたい、吹奏楽を続けたいって思ってるの。この吹奏楽サークルをもっと大きくして、演奏会とかも開きたい。まずは、自分の演奏レベルも上げたいし」
「……。」
翔の返事はない。でも、自分の思ったことをハッキリ言うべきだ。陽乃は続けた。
「私、佐野のことは好き」
心臓が爆発するのではないかというくらい鳴っている。翔はジッと陽乃を見つめている。
「でも、私は佐野に好きになってもらえるほどまだ人間、できてない」
翔は黙って聞いてくれている。
「演奏レベルも佐野に比べたら全然。みんなを引っ張るような力もないから。だから私ね、佐野に追いつけるように頑張る。だから、そのときまで待っ……」
言い終わる前に、翔が急に陽乃を抱いてきた。
「うぇわ、ちょ、さ、佐野!?」
「オレは……」
小さい声で翔は言った。
「オレはお前のそういうとこ、好きになった」
そしてすぐにまた陽乃から体を離した。それからニコッと笑って言った。
「待ってるで! がんばれや!」
翔はこういうときも、ポジティヴだ。陽乃はホッとした。
「……うん。協力、してね?」
「当たり前じゃ! ほら、教室戻って昼ごはん食べよ!」
「うん!」
翔はすぐに駆け出した。陽乃は「ゴメン」と言おうとして、やめた。翔なら「悪いことしてへんのに謝るな」と言うに決まっている。
陽乃も、翔の後を追って階段を駆け下りた。 |