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ANTI  BEAUTY
作者:麻月千恵
「ねえ、ぬけない?」
めぼしい女の子にそうささやいて外へと促す。答えなんか待たない。
タバコを吹かす間だけ待てばたいていの女はやってくる。こなければ、それで終わり。
遊びでいい、じゃなくて遊びがいい。
やりすぎたらめんどくさい。
ずっとそばにいられてもうざいだけだし。
しつこくキスを求められたらそんな女に用はない。
キスが挨拶程度なら、愛だってその程度でかまわない。

 その日だってそのつもりだった。
いつもと同じようにくだらない合コンでめぼしい女の子に声をいつものようにあの言葉をかけようとしてた。
でも。
「青木君?私の話聞いてる?」
隣りの女が聞いてくる。
「ああ、なんだっけ?」
もうあと少しで誘えるってときに目に入った女は、どう考えても遊びなれてなさそうな女。
相手にすると一番怖いタイプ。
「久美!」
声が聞こえて女が振り返る。
そして女が自分の目の前に座る。
章一は驚いていた。
どう考えても、今いる女のメンツと色が違いすぎる。
「ごめん、遅れちゃって。里田久美です。」
久美と名乗る女はてれたようにそう言ったが、どう考えても緊張気味だ。
章一はちょっと好奇心が沸いた。
「俺、青木章一。18歳。よろしく。」
章一はそう言って久美に微笑んで見せた。
久美は照れ隠しのように愛想笑いを浮かべる。
しかし章一は、その笑顔がどうにも気に食わなかった。
昔見た、あの笑顔…優等生が先生に見せるあのいやらしい笑顔に似てる。
「ねえ、こういうこと初めてでしょ。」
だから壊してやりたいと思った。
「え?あ、そうですけど…」
「だと思った。カラーじゃないもんね。
 でもさ、こういうとこに突然デビューしたってことは振られたかなんか?」
図星をつかれたのか、久美は何も答えない。
「いくつ?」
今度もいやな質問。
「22…」
答えた久美を鼻で笑うように章一は言った。
「へえ、22にもなって垢抜けないから振られるんじゃない?
 あ、まだ処女とか。」
章一は気分がよかった。意地の悪い質問に、久美は泣きそうになっているからだ。
「ねえ、なんでこんなとこ来たの?
 やっぱ男に飢えてるとか?
 なんなら俺相手しようか?」
場の雰囲気なんてもう考えるのはやめた。思い通りに進む展開に章一はかなりいい気分だったからだ。ギャグみたいにそう言って。久美を困らせて。そのいやらしい笑顔を消してやりたい。優等生ずらしたその裏の顔を見せてみろよ。
章一はそうやって久美を見ていた。
場は完全にしらけきっていた。女たちはそこまで言い放つ章一に非難の目を向けていたし、他の男はフォローにまわろうと必死だ。
しばらくだまりこんだままでうなだれていた久美は、しばらくするとゆっくりと口を開いた。
「相手って、ホテルに行けばいいわけ?」
そう顔を上げた久美は章一の目をじっと睨みつけた。
「話が早いね。」
章一はそういうと立ち上がった。
「そういうわけだから抜けるわ。」
章一は回りにそう言い放つと店の出口に向かった。
売り言葉を買った久美が、そのあとを追いかけてきているかどうか不安は残ったが、こなくたってかまやしない。そのぐらいの気持ちで。…そして後ろを確認しようとすると、久美は思いっきり章一をにらみつけながらそこにいた。
 章一は笑い出しそうになるのを必死にこらえていた。店を出るように促しながら、この女が何を考えているのか、考えると楽しくて仕方なかった。言葉を交わすこともなく、腕を絡めることもなくただホテルにむかって歩いた。久美がついてきているのか、いちいち後ろを気にしながらあるくのは少し疲れたが、章一は気分がよかった。久美は確かについてきていた。自分に侮辱されたことがそんなに頭にきたのか、顔はこわばったままだ。
 めぼしいホテルの前にたつ。
久美のほうを見ると少しだけ不安そうな顔をした。
「やめとこうか?」
笑いながら尋ねる。
そうしたらこの女は対抗心からでもホテルの入ることを望むだろう。
「いけばいいんでしょ。」
声は少し震えていた。
その瞬間、章一はなぜかひどく悪いことをしているような気分に襲われた。
ホテルに入ろうとする足が躊躇する。
「はいらないの?」
久美が尋ねる。章一は心の中に生まれた少しの困惑を無視して、一歩を踏み出した。

 キスをする。
中学生がするみたいなぎこちないキス。
「初めてじゃないんだから、できるでしょ?」
そう挑発したら、久美はそんなキスをしてきた。舌も絡まないようなキス。外国なら多分挨拶程度。その年でその程度なの?といってやりたくなるのをこらえる。
「それで?」
唇が離れて、章一が尋ねる。
久美はもう一度キスをする。
また同じようなフレンチキス。
馬鹿らしい。
でもどこか新鮮。
「いいかげん認めたら?キスの仕方も知らないのは処女だからでしょ。」
章一は意地悪にそう言って、久美を見る。
「…ほっといてよ。」
思い切り突っぱねられる。
「じゃあ、付き合った男が悪かったとかな。」
鼻で笑ってやる。
「関係ない。するなら早くすればいいでしょ。」
久美はそういうと服を脱ぎだした。投げやりに、やけくそに。
だが、その手が止まる。
「なんだよ、はやく脱げば?」
だから章一はせかしてやった。
「脱ぐわよ。脱げばいいんでしょ!」
手が止まったのは、最後のシャツを脱ぐ時。
多分その先を見る他人は章一が初めてだろう。久美の手が震える。
「下着も、取れば?」
だからもっと追い込んでやる。
「言われなくても脱ぐわよ。」
最後の一枚を少しの躊躇で体から引き剥がした久美は、しかし、章一の方を振り返れないでいた。
「こっち向けば?」
章一はそう言って、ベットに腰掛け、久美が自分の方を向くのを待った。
久美は何度も何度も章一の方を向こうとしてやめるのを繰り返した。その行動が、章一にはおかしくてたまらなかった。女は自分からベットに乗り、平気で服を脱いで章一も脱がし、簡単に口と足を開き、嘘ばかりの愛をならべる。だがこの女はどうだ?売り言葉を間に受け買った言葉に責任まで持って、ホテルにのこのこついてきた挙句、服を脱いだだけでこれだけ躊躇する…。
「向けないの?」
無理に挑発して、久美に自分を見させる。
その瞬間だった。
久美の目から、何か光る物が落ちた。
それの正体を知って、なぜか、章一は怒りを感じた。
「何、ないてんだよ。あんたがここに来るっていったんだろ。」
だから思わずそう言って、章一は立ち上がり、久美の方に歩み寄ると、強い力で引き寄せて噛み付くようにキスをした。
何でだかわからない、それは怒りだった。
むかつく。
この女がなぜか自分をむかつかせる。
章一はむさぼるように久美の唇にキスを繰り返す。
もう中学生のようなあんなキスなんかさせない。
章一はそのまま久美をベットに押し倒した。
 いつもの女たちのように、服を脱がせて着たりはしない。自分から触ってくることもない。されるがままになっている女。感じているのかそうでないのかもうそんなことはどうでもよかった。章一を動かしているのは…多分怒りという名の本能だけだ。その怒りの原因さえもわからないまま。
 久美の様子なんて気にしなかった。ただ自分の怒りを注ぐように突き立てたかった。
その思いの名前は知らなかった。ただ、ただ、久美を痛めつけたかった。
 ただ、ただ…。

 すべてが終わったあと、気まずさが残る。
だから久美を見ずに服を着る。いつものように、終わったあとの女に用はない。
すっきりしたはずだった。
怒りをぶつけて、それですっきり、性欲が満たされて、そうすればどうしようもない空虚だけは埋まるはずだった。
でも。なんだろう。このやりきれなさは。
この満たされない思いは。
「…ありがとう。」
それは突然の言葉だった。
章一は久美の方を振り返る。
「…ありがとう、って言ったの。
 私、ようやく吹っ切れそうな気がする。」
女の意外な言葉。章一はわけがわからず、困惑する。
「…私ずっと好きな人がいたの。16の時からだからもう6年目。その人には彼女がいて、
 それでも諦めきれなくて…そしたら今度結婚するんだって。その彼女と。
私、自分がばからしくてさ。だから、こういう自分のこと壊したかった。
壊してくれて、ありがとう。」
章一はその言葉に、驚きを隠せなかった。
「まだ18なんだっけ?
 …教えられちゃったな。」
章一はとたんに自分が恥ずかしくなった。なぜだか感じる強烈な劣等感。中学の時のあのネコをかぶった学級委員長のようなあの取り澄ました正義感、万人に向けられる笑顔。
大嫌いだった。
自分を哀れむように見る、あの目。すべてをどうしたって肯定するような態度。
許せなかった。
嘘をつかれても、傷つけられても、疲れのひとつも見せない…微笑!
壊したい。
壊してしまいたい。
そんな人間のすべてを、粉々に。
「なんならもっとする?
 気持ちよくなるまで。」
さらりと言って、章一はきかけた服をもう一度脱いだ。
答えは待たなかった。

 何回そういうことを繰り返したのか。いつ朝がきたのか、もうよく覚えていない。
久美が静かに出て行く後姿。章一はおぼろげに思い出す。
追いかけようとは思わなかった。
久美を完全に壊せた気がしたから。
目がさめ、ベットから起き上がる。ホテルの窓は閉じられていて暗いから今が何時かはわからない。ベット脇の時計を見る。12時。と、章一はそのそばにある白いメモを見つける。
そこにはきれいな字で。
「昨日のことは忘れてください。」
章一は思わずそのメモを握りつぶした。
彼女のすべてを壊したと思ったのに。
これで、あの女を一晩限りの女に引きずり下ろしたつもりだったのに。
言い知れぬ怒りに、章一は壁を殴りつけた。
 そして章一は急いで服を着ると、ホテルを出た。
携帯を取り出す。
メモリーから昨日一緒に合コンに参加した男に電話をかける。
「もしもし?
 昨日の女達ってどこの女?」
これで終わりになんかしてやらない。
「S大のサッカーのマネ?
 ふうん…サンキュな。」
都合がいい。
章一はこの春からS大に通うことになっている。
すべてを壊してやる。
あの優等生ずらした女のすべてを。
粉々に壊して、そしてひきずりおろしてやりたい。
あの女を屈服させたい。

章一は鼻で笑って、まだ肌寒い風のふく町を歩き出した。
久美に執着する、その思いの名を知らぬまま。
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