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ある風呂好きの家族の話

作者: きのめ

くだらなさ9割で、好き勝手書き散らかしました。

今までの投稿とは毛色が違うので、不快にさせたら申し訳ありません。

私は風呂が好きだ。


三度の飯より、冬のボーナスより、風呂が好きだ。


そして、私の家族も風呂が好きだ。25年前に結婚した妻は風呂のために柚子やローズマリーを庭に植えたし、社会人の娘は自前でバスソルトを作るほどだし、大学生の息子は温泉と聞けば友達との約束を蹴ってまで家族旅行に参加してくる。


そんな我ら一家だが、団らんして晩飯を食べていたときに激震が走った。


それは、定番のお宅大改造の番組を見ていた時だった。なんということでしょう、荒れ果てた庭に、素敵な露天風呂が。そして、娘が言った。


「ぱぱ。露天風呂、作ろう」


それは鶴の一声だった。かつてないほどの結託力で、我々の心は一つになった。



すぐさま、家族会議が始まった。

晩酌は下げられ、テーブルの上にはノートパソコン。書記の妻のものだ。


「では、第1回、露天風呂会議を始めます」


会議は白熱した。素材、深さ、水捌け、どれをとっても妥協したくない。

恐ろしいことに、費用の話は微塵もでなかった。それほどまでに熱い会議だった。

そして、総檜(ひのき)露天風呂の建設が決まったのだった。











「部長、この後飲み会があるんですけど、来ますよね?」



今日の僕は燃えていた。最近付き合いの悪い岸辺部長を飲み会に参加させるためだ。人当たりがよく、冗談の通じるこの上司は部下にすごく人気がある。

渋くてかっこいい、とアラサー独身女どもがきゃいきゃい言うのも頷ける。

そして、何より小うるさい課長どもの扱いが上手かったのだ。

それが最近めっきり飲み会に参加しなくなってしまってから、奴らが我が物顔でうるさいうるさい、一部がお通夜状態で一部がお祭り状態。全然楽しくない。これを打開するには岸辺部長に来てもらうしかないのだ。


「って言うことなんですよ部長ぉ」



おもいっきり困り顔を作って裾など摘まんでみる。お局OLの峰がうわぁ、って顔してるけど気にしない。

岸辺部長はかわいい部下のお願いには逆らえないはずだ。

しかし、



「すまない渡辺くん、これも露天風呂の為なんだ。わかってくれ」



そ、そんな、部長、露天風呂って何ですか!?

飲み会よりも大切なんですか!?

峰、お前は何をにやにやしてるんだ。困るのは僕も君も一緒なんだぞ!



部長が去ったあと、峰がつかつかとやって来て言った。



「渡辺くん、部長は今露天風呂貯金をしてるのよ」



なんだそれ、知らないぞ。



「お家に大きなひのき風呂を作るんですって。それより、あんた今日も課長の相手ちゃんとしなさいよ。課長、今日も説教したくてうずうずしてたんだから」



そう言って、峰は大きなお尻をふりふり去っていった。

ああ、なんてこった。部長のお家に露天風呂ができたら、真っ先に入りに行ってやるぅ!


















「岸辺さん。今度のお休み、空いてませんか?」



何回目になるかわからないアタックを、今日も今日とて僕は行く。

現場監督、年上女上司の岸辺さんは、一心不乱に描いていた図面から顔をあげ、ちらりと僕を一瞥すると、すぐに図面に視線を戻した。


「次の休みは用があるから無理」


これもいつものこと。だが、今日の僕はいつもと違う。いつもここで引き下がっていたが、もうくじけない。



「じゃあいつ空いてますか?」



はたと、岸辺さんは僕を不思議そうに見た。くそ、年上の癖にかわいいな。



彼女が新卒として来たのが二年前、優秀な成績で学校を卒業したという彼女を、僕を含む現場の荒くれどもはあまり快く思っていなかった。インテリ女の、高い鼻などすぐにへし折ってくれる。そんな感じに思っていた。

が、物腰の柔らかく、低姿勢な彼女はすぐに親父どものアイドルになった。しかも、噂に違わず優秀と来たもんだ。

しかし我ら年下どもはさらに面白くない。彼女のことを邪険にして、言うことを聞かなかったのだ。


そして、ある夏のことだった。


僕は彼女の言うことを例に漏れず聞かずに働き、熱中症でぶっ倒れたのだ。


そのあとの話は又聞きだが、彼女は凄かったらしい。

すぐさま飛んで来て小さな体で僕を担ぎ、涼しい事務所まで連れていったそうだ。救急車を呼び、僕の脇を冷やし、団扇であおぎ続けてくれた。

すごい剣幕で、屈強な親父たちもてが出せなかったという。


そして、回復して現場に戻されるなり、ものすごい怒号が事務所に響き渡った。



親父たちなど逃げ出していた。もう、めちゃくちゃに怒られた。あの小さな体から、どうすればそんなに大きな声が出るのか。


これも又聞きだが、彼女は僕の両親の前で泣いたらしい。自分の管理不行き届きのせいで、ご子息を危険な目に合わせてしまって申し訳ない。お詫びの言葉も見つからないと。

もちろん、我が父上母上は愚息が100%悪いことをわかっていたので、むしろ謝罪対決みたいになったと聞いた。

そして、父上には半殺しにされた。



長くなったがそんな経緯で、彼女は僕らの女神になった。


「岸辺さんと、二人っきりで遊びにいきたいんです」


どうだ、ここまで言えば伝わるだろう。

僕の後ろで、こそこそと見守っている仲間たちよ、骨は拾ってくれよな!


「ごめん、露天風呂ができるまでは無理だわ」



はい?

全くの予想外の答えに僕はうろたえた。ん?でも露天風呂が出来たらオッケーってことか?っていうか、今作ってるこの現場に露天風呂なんてあったか?



「え、それはどういう…」



ここで、昼休みの終わるチャイムがなった。

岸辺さんは作っていた図面を大事に仕舞うと、現場の図面を出して仕事に飛び出していった。


「宮根、お前、頑張ったじゃねぇか」


こっそり覗いていた同僚が出てきた。


「竜ちゃん、僕フラれたのかな」


「やっぱり、女神は仕事が恋人ってことだな」



あきらめないぞ、僕はぐっと唇を噛み締めた。そして、現場に戻らない僕らは、親父たちに半殺しにされた。















「岸辺さん、お宅の庭はほんと綺麗だわ」



素敵、ほんと素敵。ご近所の岸辺さんのところの奥様は、お庭を作らすと本当にすごいって、噂は間違いじゃなかったのね。


こういうの、緑の手って言うのかしら、きっと丁寧に育ててるのね。


私は実家が林業なのに、からきしなのよね。


庭には柚子、ラベンダー、薔薇、難しいローズマリーもある。薔薇など、アーチ状になるように形が整えられていて、季節になればさぞ美しいでしょう。


奥さまの人柄も朗らかで優しいし、柚子なんかたまに分けてくれるし、ご近所でも評判なのよね。



奥さまに会ったのはちょうど半年前、越してきた私は、右も左もわからずにご近所に馴染めずにいたの。

それを助けてくれたのがこの奥さま。


子供の世代が違うと、なかなか接点なんてないのがご近所付き合い。でも、岸辺さんはご近所の皆さんを家に呼び、私たち家族の歓迎パーティーを開いてくれたの。



こんないいお宅にお住まいなのに、全然気取ったところがなくて、おまけに自家製のハーブティーが美味しいこと。


この奥さまにのお友だちだからか、皆さん気性のいい人たちで、私たち家族はこんなに歓迎されてるんだって涙が出たわ。



岸辺家のお子さんたちも、二人とも良い子で、うちの生意気な息子がなついて離れないほど。


昨日もお兄ちゃん家でゲームするって言って。迷惑ったらもう…しかも宿題もみてくれたみたいで、ありがたくて申し訳ないわ。


お詫びもかねて焼いたケーキを持ってきたのだけど、今日も逆にもてなされる結果になってしまったのよね。


だってハーブティーが美味しいんですもの。



「でもね、長谷さん。このお庭、すこし潰してしまうのよ」



「ええっ!」


奥さまがビックリすることを言うものだから、素っ頓狂な声が出てしまったわ。


そんな、こんなに綺麗なお庭なのに。勿体ない。


「露天風呂を作る為にね、ここのハーブも、お風呂のために植えているから。でも、露天風呂を作るなんて、どうして思い付かなかったのかしら」



うふふ、なんて上品に笑ってらっしゃるのも素敵。

じゃなくて!え、露天風呂を作られるの?


岸辺さん、人にできないことを簡単にやってのける…、



「だから、ハーブをいくつか貰ってくださると嬉しいのだけど…」


「そんな!いいんですか?」


岸辺さんのお庭のハーブ、すごく嬉しいのだけど、私、枯らしちゃわないかしら。でも欲しい!



もし、もし上手に育てられたら、ケーキとか焼いてお裾分けできないかしら。


きっと喜んでくれるわ。うまくいったら奥様、あなたにたくさんお礼がしたいわ。















「おい岸辺、合コンいこうぜ」



ノリよし、顔よし、タッパあり、おまけに性格も良いと来れば、釣れない女はほぼいない。



そんな岸辺だが、浮わついた話はとんと聞かない。こいつ、神に好かれたみたいな成りの癖に、いい女には出会えなかったのか、と、俺は常々心配していた。


だから、今日もこいつを合コンに誘う。


「戸川、お前岸辺のおこぼれにあやかりたいだけだろ」


岸辺と一緒にいた、大石が呆れ顔でそう言う。


ええいうるさい、誰がなんと言おうと、こいつにいい女をあてがうのは俺の使命なんだ。それにこいつ、実は残念なイケメンなんだぞ。



岸辺に会ったのは大学のオリエンテーションの時だ。岸辺は結構、いやかなり目立ってて、女子がこそこそとそこいらで色めき立っていた。


最初はなんだただのイケメンか、ぐらいだったが、最初の授業でかぶったとき、こいつの印象はがらりと変わった。



隣同士になった俺たちは、他愛のない話をしていた。岸辺はやっぱりノリもよく、性格もイケメンかよ、くそー、とか思っていた。が、話が卒業旅行の話題になると、とたんに様子が変わった。


「台湾!?台湾にいったの!?温泉はいった!?台湾は温泉大国で水着で混浴に入るってほんと!?スッゴク熱い湯があるんしょ!?」



その後も岸辺は止まらなかった。日本と台湾の温泉文化の違い、効能、果ては日本の温泉を一人で巡る夢を語り、そして岸辺は我に帰った。



「ごめん、熱くなりすぎた」



温泉だけに、と、ちっちゃく言ったのは見逃してやる。寒すぎだ。

そして、俺のこいつの評価はただのイケメンから、残念なイケメンだけどめっちゃ面白え、に上書きされたのだ。



「戸川、俺は合コンには行かないよ」



岸辺はいつもと同じテンションでそう返した。


だよなー、でも一回くらい見にこいよなー。温泉好きな女子と好きなだけ温泉行けよなー、そんでしっぽりしてこいよ。



「俺、露天風呂貯金してるから」



ん?これは初耳だぞ。



「露天風呂貯金?」


「そう、家に露天風呂作るの」


え、家に露天風呂作るの?家族みんなで貯金してるの?

岸辺一家は全員温泉バカなの?



「出来たらお前を真っ先に招待してやるよ、台湾に行ってもなお、温泉に目覚められない残念な戸川を」



ふっふ、と不適に笑う岸辺。くそー、ほんとイケメンだな。だけどな、


「お前に残念って一番言われたくねーから!」



しょうがない、ってことは暫くおこぼれにはあずかれそうもないや。



合コンには大石でも誘うか。岸辺が来れば絶対面白…、いやおこぼれにあずかれるんだけどなー。


















「諸君、この一年よく頑張った。ここに皆で貯めた400万円がある」



我々岸辺家は、露天風呂を作るという目的のもと貯金と下準備に励んできた。


「それぞれに活動報告をしよう。まずは庭師の母さん」



「ええ、庭を改造して、お風呂のスペースを作りました。根を定着させるのが大変だったけど、それぞれのハーブをベストポジションに移動させることができたわ」



さすが、もともと庭師として働いてきた母さんだ。わが妻ながら誇らしい。



「ありがとう、これであとは設計するだけだな。次は設計士さん!」



「はい、どうしても埋め込み式の湯船にしたかったので、予算、そして我々の技術との兼ね合いに苦労しましたが、これで埋め込み式総桧の湯船を建設できます」



風呂は設計士として働く娘の畑ではないが、勤勉な子だ。素晴らしい図案を持ってきてくれた。こちらも、わが娘ながら誇らしい。



「次、学生君!」


「はい、無駄遣いせず、勉学に励みました」



そう、君はそれでいい。学生の本文は勉学だ。よくやった。わが息子ながら誇らしい。


「最後に、お父さん!」


お、私もか。娘よ、いいだろう。


「はい。母さんの節約の手も借りて、貯金に貢献しました」


素晴らしい、さすが、と口々に家族が誉めてくれる。嬉しいものだ。自分で自分が誇らしい。



さあ、我が家も劇的ビフォーアフターだ。楽しい風呂作りを始めよう。

















岸辺家の庭に大改造が始まった。


まず土台を作る。これにはなんと、娘の職場の皆さんが手伝いに来てくれた。プロの方々なのに、お代は要りませんなんて、若いのに恐縮だ。


帰りに妻と娘のの手作りクッキーを渡したが、すごく喜んでくれた。まさか一日で土台が出来上がるとは、娘はよい職場関係を築けているようだ。すこぶる嬉しい。


次の日は湯船の設置だ。こんどは妻のお友達の実家が林業をやっているらしく、格安で檜を譲ってくれた。


もちろん、ひのきなど安い買い物ではないが、定価よりも遥かに安かった。ありがたい。

お友達は、いつも息子がお世話になってますから、なんて言っていた。ああ、雄二くんのお母さんか。

妻も、近所でよい関係を築けているようだ。これも嬉しい。


さすがに風呂は専門の業者に作ってもらった。が、これは私の部下の紹介だった。ありがたい。どこに頼めばいいのかわからなかったのだ。持つべきものは頼れる部下だな。何故か少し涙目で、私以上に喜んでいた。出来たら一番に入りに来るそうだ。うん、まっているぞ。


そして、風呂が完成した。


一番頑張ったから、と、家族は一番風呂を譲ってくれた。


月の見える夜、しみじみと風呂に身を沈める。



「ああ、すばらしい湯加減だ、母さん」



庭には、うちわを片手に妻が見学に来ている。



妻は蚊取り線香に火をつけると、グラスに注いだビールを寄越してきた。


「うふふ、のぼせちゃうから、私と半分こね 」


いたずらっぽく笑う妻の、面影が若い頃となにも変わらなくて、私はなんだか初恋のような気持ちになった。



「たまには、一緒に入らないか」



「…もう、冗談はよしてくださいな」



お、これは押せばいけるか?なんて思ってたら、娘がにやにやしながら割り込んできた。



「学生君と二人で、お泊まりにでもいってきてあげようか?」


息子もやって来て、いいねぇ、なんて言っている。


「こら、大人をからかうんじゃない」


「あら、いいじゃない。行ってきてもらいましょうよ」


妻よ、それは本気なのか?冗談なのか?


「…いいや、家族全員いる家がいい」


そうなのだ。みんながいるここが一番いい。誰が欠けても面白くない。



一家団欒、これが露天風呂の醍醐味ではないか。


ああ、露天風呂。やはり作ってよかった。


上がったら、また家族でテレビを見よう。家族の笑い声を聞いて、そして明日からもまた頑張ろう。


「はい、乾杯」


いつの間にかグラスを持っていた娘息子と、そしてビールを次いでくれた妻と、私はかちりとグラスを会わせた。























余談だが、息子の友達がよく遊びに来るようになった。



「岸辺、お前んちの風呂、最高」


「そうだろう。戸川お前、女よりも風呂を作れ、風呂を」



「それはねーわ。大石、やっぱ岸辺は残念だよなー」



「いやー、もうどっちでもいいわ、露天最高」


「大石、俺達毒されてんのかなー」



すっかり風呂友達も出来て、息子も嬉しそうだ。

よかったよかった。






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― 新着の感想 ―
[一言] とっても面白かったです
[一言] 笑ってしまうと同時にほのぼのとする物語でした!
[一言]  ただただ露天風呂作っていくだけなんだけど、それぞれに起きる様々な出来事を「ごめん、露天風呂つくってるから」の一言で切って捨てる様は、なんともクールかつシュールで、爽快感がありますね。  …
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