天下分け目の決戦、関ヶ原の戦いから百年あまり。人々は平和に酔いしれていた。次第に人々の生活も向上し、争い事も珍しいものになっていた。
しかしそれは表向き。裏社会では、己の狂気、欲望のままに刀を振るう修羅がうごめいていた。
それを鎮めるため、幕府が内密に結成した侍衆。歴史には決して記される事はなかった彼らを、人々は『始末屋』と呼ぶ……
─────*─────
闇にまぎれて男が二人、向かい合っていた。片方は左手に折れた刀を持ち、右腕から血を流している。
「くっ……まさか武村一刀流免許皆伝のこの俺がここまでやられるとは……。
もはやこれまで。ならばお主も道連れに!!」
侍は折れた刀を相手に向けると、猛然と相手に向かって駆け出した。
しかしその切っ先が届く寸前、相手の男はひらりと身をかわした。
狂気の宿った目がぎらりと光る。
「死ね」
侍の左脇から斜に切り上げた。血しぶきが噴き上がる。侍はそのまま前に倒れ込み、動かなくなった。
「こいつも違ったか……。
俺は今死ぬわけにはいかない。ヤツを探し出してこの手で地獄に突き落とすまではな。誰に憎まれようが、俺自身が地獄に落ちようが関係ない。
悪く思うなよ」
上着も袴も黒尽くめのその男はどす黒い殺気を身にまとい、闇にまぎれてどこへともなく去っていった。
─────*─────
ある夏の日の夕暮れ時、男が土手に一人釣り糸を川にたらして座り込んでいた。傍らにはワラで編み込んだビクを置いている。朝からずっとそうしているにも関わらず、その中には二匹しか魚は入っていなかった。
月代をそらずに、のび放題にのばした髪を後頭部でまとめ、背中に流している。細い眉、一見するだけでは女性と間違えそうな整った顔立ちであるが、左目に大きな傷跡、そしてその上から傷跡を隠すように黒い眼帯をしている。あらわになっている右目は優しげな光をたたえ、その口元は常に微笑を浮かべている。紺色のかなりくたびれた着流しをゆったりと着こなし、左腰には二寸五尺の、日本刀としてはやや小ぶりの刀を一本差している。しかし、剣客と言うにはあまりにも似合わない外見だ。人など一人も斬った事がないのではなかろうか、とまで思わせる。
男は伸びを一つすると、大きなあくびをしながらすっと立ち上がり、釣り竿とビクを持って歩き出した。どうやら今日の夕飯は一匹だけですますらしい。夕日が斜めに差込み、彼の横顔をオレンジ色に染め上げる。どこかでカラスが鳴いている。
「葉山さーん」
隻眼のその男、葉山京志郎は若い娘の呼び声にふと立ち止まった。彼女は手を振りながら、葉山に向かって駆けてくる。
「妙、どうしたでござるか」
京志郎はその若い娘――妙に声をかけた。彼女は京志郎に追いつくと、胸に手をあてて息を整える。
「京志郎さん、今日はお魚釣れました?」
「ええ、まぁ一匹ほど……」
京志郎はばつが悪そうに口ごもる。妙はそれを聞いて顔を輝かせた。
「それでは、もしよければ私の家でお夕飯ご一緒しませんか?お魚1匹ではあまりに少なすぎますでしょう?一人分作るのも二人分作るのも、私にとっては同じことですし」
妙は弾んだ声で京志郎に向かって問いかける。京志郎はそれに対して丁重に断った。いや、断ろうとしたと言った方が正しいであろうか。
「申し訳ないが今日のところは結構でござる。
ご好意はありがたいのでござるが、しかし、妙にそのような迷惑ばかりかけていられぬでござるよ。つい先日もご馳走になったばかりでござるし。なにしろ、武士というものはあまり人の情けを受けるものではないのでござるよ」
だが、そこで引いてしまう妙ではなかった。
「いいじゃないですか、来てくださっても。それとも、私の作る料理がお嫌でございますの?」
ここぞとばかりに追い立てる。あまり背の変わらない京志郎に向けて上目遣い、甘えた声で懇願する。これには、さすがの京志郎も折れてしまった。
「むぅ……。分かったでござるよ。かたじけないでござる」
「本当でございますか?よかった……。腕によりをかけて作りますので楽しみにしていてくださいね」
妙はぱぁっと顔を輝かせると、京志郎の腕をとって飛び跳ねるように歩き出した。京志郎は半ば引きずられるようにしてついて行った。東の空から闇が迫り、夕日は今まさに、地平線のへりに吸い込まれよとしていた。
「ご馳走様でござる。いやはや、いつもながら美味でござった。かたじけないでござる」
京志郎が昼間に釣った魚を2人で分け、さらに妙が市で買ってきた夏野菜を入れた煮込み料理に舌鼓みを打ち、腹が膨れて満足したのか京志郎は畳の上に寝っころがった。
ここは妙の家である。妙は一人暮らし。五年ほど前、十三歳の時に両親を辻斬りにおそわれて以来、長屋の隣に住む当時十七歳だった浪人侍の京志郎をしたって暮らしてきた。隣に住む京志郎は、いわば保護者のような立場にいるわけだ。
「京志郎さん、食べてすぐ寝ると牛になってしまいますよ」
「む、これは失礼した」
妙のたしなめに、京志郎は慌てて起き上がった。妙はそんな京志郎の様子を見て、クスリと笑った。
今でこそ妙はよく笑い、悲しいときは泣くのだが、五年前は本当に大変だった。突然、仲の良かった両親が斬殺され、7歳上の兄までもが失踪し、幸せだった家庭を一瞬で前触れもなく失ったのだから。妙は酷く落ち込み、一時は精神を病んで死の淵をさまよった。彼女は笑顔だけでなく涙まで失っていた。
そんな妙を救ったのが、ふらりと長屋に住み着いた京志郎だった。彼は昼夜を問わず、生死をさまよう妙を励まし、生きる希望を与えた。それによって、妙はようやく笑顔を取り戻したのだ。
妙ちゃぶ台を部屋の隅に寄せ、京志郎がぼんやりと眺めているのをよそに、部屋の真ん中に布団を敷き始めた。
「今日はこのまま泊まっていきませんか」
京志郎は妙の声に妙な響きを聞き取り、無意識のうちに後ずさった。
「大丈夫です。この布団は大きいですから2人で寝ても十分ですよ」
妙の目に怪しげな光が宿る。
「いやいや、冷静になるでござるよ、妙さん。早まるのは良くないでござる。そういうことは後悔せぬように、しっかり考えてから行動せねば……」
京志郎はどもりながら妙に訴える。彼はこういうことに関しては、まったく見た目通りに疎かった。しかし、妙には彼の必死の説得も無意味であった。
「私、もう何回も考えましたわ。京志郎さん、私にはあなたしかいないんです。あなたなら後悔などしません」
言いながらすすっと詰め寄り、京志郎の肩にしなっとなだれかかる。
「ひぅっ!!」
京志郎は奇声を発して飛び上がった。しかし妙は相変わらず止めようとはしない。
「かわいい。やっぱり京志郎さん、見た目通り純粋なのね」
「勘弁するでござるよ。これ以上は、拙者……っ!!」
言いかけて、京志郎は何かに気づいたのかすっと立ち上がった。先ほどまでのうろたえていた彼とは、まるで様子が違う。しかし、妙はそれには気づかない。
「すまぬ。ちと急用を思い出したでござる。これにて失礼するでござるよ」
妙は京志郎がどたばた出ていくのを恨めしそうに眺めていた。
「また逃げられたわね……。いつになったら京志郎さんは私の気持ちに答えてくださるのかしら。
まぁいいわ。機会はまだあるんですもの。いつかきっとね……」
京志郎は左手を刀の柄に掛けて、長屋の前の小道を歩いていた。と、その前に黒い人影がすっと現れた。
「京志郎さん、いえ、隼様。お仕事です」
京志郎は露骨に嫌そうな顔をした。無視して歩き出そうとしたが、人影に前をふさがれて彼は舌打ちをした。
「やはり先ほどの気配はお主でござったか。どいてくれないか、お凛。拙者はもう裏社会から足を洗ったと言ったであろう。これ以上の仕事の依頼は勘弁するでござるよ」
京志郎が声を掛けると、人影─―凛と呼ばれた女は首を横に振った。
「分かっております。いかに『始末屋』が幕府直属の組織であろうと、仕事は個人の判断で受けるか受けないかを決めることができます。
しかし、事態は一刻をあらそうのです。もう太刀打ちできるのは隼様、あなたしかおりません」
そのまま通り過ぎようとした京志郎であったが、お凛の言葉にただならぬ気配を感じ取ったのか、彼は振り返って凛の顔をじっと見つめた。
「今回斬るのは誰でござるか」
「『辻斬り』でございます」
それを聞いて、京志郎は首をかしげる。
「ならば『川蝉』殿がいらっしゃるではないか。拙者の出る幕ではないでござるよ。
確か、拙者の専門は暗殺、および重要人物の護衛であったはず。咎人の始末はなおさら川蝉殿のほうが」
しかし、お凛は依然としてうつむいたままだった。
「その通りです。お上も始めに川蝉様を指名されました。ですが……残念ながら返り討ちにされました」
「斬り殺された?あの川蝉殿がでござるか?信じられぬ……」
京志郎は顔をうつむけ、神経質そうに刀の柄を左手でいじくり回している。
「はい。刀まで折られていて、相手はかなりの実力者だということです。今朝遺体が見つかり、内密にこちらの方で処理いたしました。
おねがいでございます。川蝉様の亡き後、あの辻斬りに対抗できるのは隼様、あなたしかいないのです。川蝉様をもしのぐ剣達者であるあなたしか、斬る事はできないのです」
二人の間にしばらく沈黙がながれた。一分か二分、いや、もっと後だろうか、京志郎が口を開いた。
「ほうってはおけぬな……。承知した。この仕事、拙者が引き受けたでござる。
ただし、条件がござる。仕事はできれば今回で最後にしていただきたい。本来ならば、拙者は五年前に裏社会から足を洗ったはず。これから妙を見守っていくのに、死と隣り合わせの状態はぜひとも避けたいのでござる。身近な人物がいなくなってしまう悲しみを、これ以上妙に味わわせたくないでござるよ」
「分かりました。詳しい事は後ほど連絡します。では失礼いたします」
お凛は京志郎の答えを聞くと、音もなく立ち去った。残されたのはぼんやりと夜空を見上げる京志郎だけだった。柔らかな月の光が、悲しげな京志郎の横顔を照らしていた。
仕事を引き受けて三日目の晩、京志郎は凛に聞いたとおり、辻斬りがよく現れるという橋の上で立っていた。新月の、真っ暗な夜だった。雲がなくよく晴れているからだろうか、夏の夜にもかかわらず空気がひんやりと冷たかった。
すでに二日も棒にふっている。夜な夜な何も告げずに外出し、昼はほとんど寝たままの京志郎に不安を感じているのか、最近妙は機嫌が悪かった。しかし本当のことを伝えるわけにもいかず、彼は心の中で葛藤していた。
ふう、と京志郎はため息をついた。いくら昼間寝ているとはいえ、徹夜で緊張を続けていれば疲れはたまるというもの。
(今晩か明晩が限界でござるな……。お凛に頼んで二、三日代役をたててもらうか。拙者の後釜で言うと、燕殿でござろうな。今のところあちらさんに動きはないようでござるし)
京志郎は空を見上げた。漆黒の夜空にはいくつもの星の瞬きのみが浮かんでいる。耳には橋の下を流れる川の音が入ってくる。京志郎は二度目のため息をついた。
ふと、京志郎の耳足が音を聞きつけた。藁草履で土の上を歩く音。京志郎は左手を刀に添え、音を立てずに立ち上がった。足音は木橋を渡る音にかわり、京志郎の二間ほど手前で止まった。
星の光の薄明かりの下で相手の顔を見た京志郎は思わず息を止めた。ボサボサに伸びた髪の毛、ほおがこけ、目の下がくぼんでくまができ、昔の健康的で二枚目だった容姿は見る影もない。しかし辻斬りの顔は間違いなく、五年前、妙と生き別れになった兄である慎之介の顔であった。
慎之介も京志郎の顔を確認すると驚いた表情になったが、すぐさま険しい表情に戻り、抜刀するやいなや京志郎に斬りつけた。
京志郎は抜刀しないまま体をかわしてその斬撃を避けた。
「慎之介殿、辻斬りはお主でござったか。なにゆえこのような事を」
慎之介は狂気にきらめく目を京志郎に向けた。
「京志郎さんよ、裏社会に下って、アンタの噂は死ぬほど聞いたぜ。
通常より短い太刀による鋭い斬撃をあらゆる方向から放つため、隼一刀流と呼ばれる瞬速剣の使い手。非情の人斬り『始末屋・隼』ってな。
単身痩躯、左目に大きな傷と聞いたときはまさかと思ったが、やはりアンタだったか。こうやって目の前に立っていても未だに信じられないか。
昨日のヤツに代わって俺を始末しに来たんだな。そう簡単にはやられないぜ」
慎之介は鋭い斬撃を繰り出す。左、右、左。銀色の光が闇夜にきらめく。
京志郎も連撃ともなるとさすがに捌ききれず、抜刀して応戦する。
間合いがいったん離れたところで京志郎が慎之介に向かって怒鳴った。
「質問に答えろ!なぜこのような行為を平気でするんだ!」
慎之介は京志郎の言葉をせせら笑った。
「アンタだって似たようなもんじゃないか。己の正義を主張してなにが悪い。
俺はアイツを許せねぇ。俺と妙から幸せを奪ったアイツを……。俺はアイツを斬るために、ただそれだけのために剣の修行をつんだ。
アイツへの復讐が俺の『正義』だ。邪魔するヤツは誰であろうと斬る!たとえ京志郎、妹がしたっているアンタだとしてもな!」
最後の方は怒りに顔も歪み、それとともにどす黒い殺気が体中から一気にほとばしった。
「慎之介、お前がそのような殺人鬼に成り下がっているとはな……。お前の『正義』は拙者には否定できぬ。しかし他人を巻き込む『正義』など、絶対にあってはならない。
己の『正義』が他人の『正義』とは限らない。どうしてそれが分からないんだ。本当の『正義』というのは、他人の幸せや命を守るためのものだ。己のための『正義』など、『正義』とは決して言えない。
お前の剣は確かに強い。だが、所詮それだけだ。お前の剣は振るえば振るうだけ、周りの人間のみならず己をも不幸にする兇剣なんだよ。そんな強さでは、絶対に俺には勝てない。
もはや妙の兄であろうと容赦はしない。口で言って聞けぬなら斬り伏せるまで。やるなら死ぬ気でかかってこい」
京志郎の剣気が高まる。息詰まる、気と気の勝負。びりびりとした緊張を先に破ったのは慎之介であった。
素早い突進から片手平突き。京志郎が右に避けたところを追って、さらに右薙。京志郎はこれを刀を立てて受け止める。
京志郎はすぐさま右袈裟で応戦する。返す刀で左薙。的確に新之助の体をを斬っていく。
「くうっ!」
慎之介は思わずうめく。しかし、京志郎はそれを無視して慎之介の懐に潜り込む。そのまま真上に切り上げる。
「ぐぉっ!」
間一髪で、慎之介は刀を立ててこれを防いだ。あまりの斬撃の鋭さに、刀同士がぶつかって火花が飛び散る。慎之助は慌てて間合いをきる。額から汗が一筋流れ落ちる。
「くっ……。噂通りの凄腕か。ここまでやるとはしゃれにもならんな。
かまわん。荒っぽくなるが、この手しかないか。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない理由があるんだ」
慎之介の殺気が、更なる攻撃にそなえて膨れ上がった。
瞬間、彼の姿が消えたかのように見えた。しかしそれは、京志郎の見えない左目の死角に潜り込んだためだった。慎之介はすぐさま、京志郎の足元から真っ直ぐ上に斬り上げた。
京志郎はのけぞってかわす。しかし、いくら彼の反射神経が鋭いとは言え、至近距離からの斬撃。さすがによけきれず刃頬をかすめ、切っ先が眼帯の紐にかかってそのまま斬られる。眼帯が地面にはらりと落ち、左目の傷が露わになる。
慎之助の斬撃はとどまることを知らない。すぐさま斬り落とし、右薙、左薙、突き。京志郎を斬り刻む。鮮血が飛び散る。
このままでは危ない。そう感じたのか、京志郎は柄にもなく、力任せに刀を振るって間合いを無理やりきった。
「くっ。腕はかなりのものと聞いていたが、これほどまでとは……。斬って捨てるにはまことに惜しい剣の腕でござるな。よろしい、一流の剣客には本気で答えるのが礼儀というもの。隼一刀流の神髄、とくと見せてやる」
言うと、京志郎は左目を見開いた。黒く澄んだ光を放つ瞳が、そこにはあった。
「てめぇ、左目が見えているのか!手加減してやがったのか!」
慎之介が叫び声を上げた。
京志郎は今回は寸分の狂いもなく、一瞬で慎之介の懐に潜り込んだ。そのまま、短い刀身を活かして小刻みに斬撃を繰り出す。
慎之介が受けきれなくなったところで一転、右袈裟に斬り下げた。血しぶきが噴き上がる。
慎之介はもんどりうって倒れた。
京志郎は血を払うと、刀をおさめて慎之助に歩み寄った。慎之介が顔を上げて京志郎を見つめた。
「ぐ……、京志郎……。アンタに頼みたいことがある……」
「なんだ、言ってみろ」
慎之介は息も絶え絶えに語り出した。
「一つは……敵討ちの事だ……。アンタに殺られたのは……自業自得だから恨んじゃいねえ。……アンタのような凄腕の剣客と……最後にやり合えて満足してるしな……。だがしかし……アイツだけは許せねぇ。俺から全てを奪ったアイツだけは……。
頼む、俺に代わって殺してくれ。名前は松山秀和。この五年、闇の社会に下って……、必死で……調べ上げた。アンタの仲間を……殺っておいて、厚かましいとは思うが……」
「ああ、分かった。それと仲間の事はかまわぬ。任務で命を落とすのは仕方のないこと。この仕事についたときに覚悟はできていたはずだ」
京志郎がそう言うと、慎之介は安心したように笑った。
「もう一つは……妹の事だ。アイツの気持ちは……わかってるんだろ?アンタなら……安心して任せられる。幸せにしてやってくれ。
それから……俺の事は……何があっても絶対に言わないでくれっ、妹が……悲しむだけだから…………」
そこまで言って、慎之介は自嘲気味に笑った。
「俺の『正義』が……いつの間にか『悪』にすり替わって……いたのには気づいていたさ……。ただ、俺に……とって『復讐』の方が大切だった……んだよ。
まあ悪くはない……悪くはないぜ。俺の最期を……看取るのが、妹の婿なんだ……からな……」
慎之介は京志郎に全てを伝えると力尽きた。険のとれた、穏やかな死に顔だった。京志郎は慎之介をそのままにして立ち去った。始末屋の誰かが処理してくれるだろうから。
それに、お凛に伝えなければならない事がある。松山秀和を殺るには始末屋の情報網を借りる必要があるのだから。
「京志郎さーん!」
振り返ると妙がこちらにむかって走ってきた。
京志郎はじっと妙を見つめた。慎之介の最後の言葉が頭に浮かんだのだ。
「どうしたんですか、浮かない顔して」
妙は小首を傾げてのぞき込んだ。
「いや、何でもないでござるよ」
京志郎は空を見上げた。雲などどこにも見当たらない。どこまでも青く澄んだ空だった。
〈完〉
|