第32話 気、狂
───「アステル少尉!?」
俺は剣を呼び出すと、目の前の邪魔な防護壁をぶった斬る。
「俺はアステルじゃねえって何度も言ってるだろ」
そして振り向きざまにレンが閉じ込められている扉を破壊した。
「こんな所で閉じ込められるなんて真っ平ご免だ、行くならさっさといくぞ。
それと、俺はアステルじゃねえ。甲斐斗という立派な名前がある」
俺は階段の前に降りている扉も簡単に破壊してみせた、この剣があれば俺は敵無しかもしれない。
「す、すごい。所でその刃物は何処から?」
「詳しい説明は後でするから行くぞ!」
こんな所で立ち止まる訳にはいかない、何かが俺を急かし焦られているかのように俺は最上階に急ごうとしていた。
レンは斬り落とされた扉の破片の上を飛び越えて階段へ向かう、俺もその後についていく事にした。
この基地内は案外複雑な形をしている、それはまず階段だ。この基地の階段は階ごとにバラバラに分けられており、一気に最上階まで上る事が出来ない。
エレベーターを使おうとしても止まったまま動き出そうともしない、何とも面倒くさい基地だ。
俺とレンが2階に駆け上がったその時、遠くの方でけたたましい銃声が聞こえてくる。
「誰かが戦ってる!甲斐斗さん一緒に来てください!」
銃声の鳴る方へ勝手に走っていくレン、彼女を一人だけにする訳にいかないので俺もその後をついて行く。
それにしても、どうして軍なのに彼女のような少女が軍に入っているのだろうか、ふと不思議に思った。
考えてみれば俺の出会ってきた兵士は大抵が子供である、もちろん大人もいるが明らかに少ない。
……まさかとは思うが、この世界はもう『そこ』まで来ているという事なのか?
だとすれば、この世界は……。。
「ええっと、次はどっちに曲がれば……」
どうやら銃声が聞こえなくなり、レンはどっちに行っていいのかわからないそうだ。
「んーと、右の通路から火薬の匂いがするから右だな」
俺はレンより先に右の通路を曲がり、先に進む。
「そ、そんな事がわかるの?私には何も匂わなかったのに」
ごめん、勘だから君がわかるはずないんだよ。
って、この通路は走った記憶があるぞ。たしか医務室に向かう通路だったかな。
となると、次を曲がってずっと奥に進んでいけば医務室の前の通路に出れるって訳か。
ん、医務室?もしかして……いや、まさかな。
不安を抱えながらも俺は通路を曲がった。
後はここを進んでいけばすぐに医務室にいけるはずだった。
───「レン!来るなッ!」
甲斐斗が罵声を飛ばし、レンを止めようとしたが間に合わなかった。
「甲斐斗さんどうしたんですか!何かあったんです、か……」
その光景に甲斐斗すらも目を背けたいと思った。だがそれを目に、脳裏に焼きつくまで甲斐斗は見つめていた。
それはレンも同じだった、曲がり角を曲がった瞬間一面に広がる血の海、一歩も動けずにその場の光景をただ見つめていた。
レンはふと足元に何かがあるのを感じ、ゆっくりと視線を下げていく。
赤くて、大きくて、ボールのような丸い物がすぐそこに落ちてあった。
自分の目の前にあったのは、人の生首。
無残にも引きちぎられたルフィスの生首が、虚ろな瞳でレンを見つめていた。
「───っ!!?」
両手で手を塞ぎ、余りにも衝撃的な事に声すら出す事が出来ない。
それでも見つめ続けられている、虚ろな瞳でずっと、ずっと。
「うっ、ううぅ!」
急激な吐き気に襲われて両手を口元に押さえたまま後ろに下がるレン。
甲斐斗の耳に角の隅の方で嗚咽と、嘔吐して出てきた物がビチャビチャと床に落ちていく音が聞こえる。
「ウヴォェッ…、うっぐ、ぶぉぇ……」
食べた物が次々に口から溢れ出し、酸の強い臭いが辺りに漂う。
それでも甲斐斗はその光景を見続けていた、目の前に広がる光景を否定しながら。
「嘘だ……ルフィスが、そんな、どうして……」
落ちている生首の耳辺りには何かが貫通したかのような穴が開いてあり、赤色と薄いピンク色のした脳が飛び出ている。
「嫌ぁああ……ルフィ、スさん。そん、な、ううっ、ああッ……嫌ぁあああああああッ!!!」
その泣き叫ぶ声で漸く甲斐斗は我に返る、汚物の臭い、自分の後ろで奇声にも聞こえる泣き声。
すぐさま後ろ振り返る、レンが一人壁にもたれ掛かりながら涙を流し、幼い子のように座り込んでわんわん泣いていた。
「お兄ちゃん助けてよお!ううっ、助けてよぉ……怖いよ!お兄ちゃん!お兄ぢゃん!!」
「落ち着けレン!落ち着くんだっ!」
強い口調でそんな事を言って彼女を落ち着かせる事など出来ない事ぐらい甲斐斗は知っていた。
でもこれぐらいしか甲斐斗は言えなかった、あんな物を見ていて落ち着いていられる人間の方が異常だ。
「レン、俺の目を見るんだ。頼む、俺の目を見てくれ」
手に持っていた剣を床に突き刺し、レンの前に座り込む。
甲斐斗は自分の洋服でレンの口元についている汚物をふき取ると、レンは震えながらも必死に甲斐斗と目を合わそうとしている。
「そう……大丈夫、何も怖くない。何も心配無い、な?大丈夫、大丈夫」
優しい微笑みかける甲斐斗、レンの頭を優しく撫でていく。
「おにい、ちゃ……」
レンが一言そう呟くと、目蓋を閉じて甲斐斗に倒れ掛かってきた。
倒れてきた体を押さえる甲斐斗、体は軽く簡単に押さえる事が出来たが。
アレだけ泣き叫んでいた少女が今、甲斐斗の腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
「気絶したか…まぁその方が好都合だが……」
───その時だった、俺の後ろから聞こえてくる、血の海を歩く足音が聞こえてきたのは。
俺は何も言わず立ち上がりながらその場で振り返った。
体の周り全てを血で塗りたくり、顔まで真っ赤に血塗られている男が一人銃を持って立っていた。
「アステル……」
気づけば俺は奴を殴り飛ばしていた、奴の持っていた銃が手から落ちる。
倒れたまま起き上がらないアステルに俺はすぐさま近づき胸倉を掴み上げた。
「答えろ!何故ルフィスを助けなかった!?」
俺が罵声を飛ばそうが、奴は何も答えず、虚ろな表情で俺を見つめていた。
「答えろって言ってんだろがッ!」
奴の気に入らない表情、まるで抜け殻のように軽く、力の無い奴を見ていると虫唾が走る。
怒りに震える拳を振り上げ、もう一度アステルの顔目掛け拳を振り下ろした。
「君は、人間が千切られる音を聞いたことある?」
小さい声、だがハッキリと聞こえた。俺の振り下ろした拳は奴の顔面で止まった。
「僕はあるよぉ?すごいんだよ、ブチブチってぇ、それで内臓が次々にボトボトって落ちていくんだぁ。
そしたら扉の隙間から沢山の血が僕の足元に流れてね、ルフィスの体がバラバラになってたんだ。
ルフィスの血ってとっても綺麗なんだよ……」
薄気味悪い笑みを見せながら、奴は俺に語りだした。
こいつ、一人で何を喋っているんだ?目が正気じゃない。
「どいてよ、邪魔」
奴は突然立ち上がると俺を押しのける。そして足元に落ちているルフィスの生首をそっと持ち上げた。
「それにほらぁ、こんなに綺麗ぃ」
生々しい血がまだ首から垂れている生首を両手で前に突き出す。
それを見ているアステルの顔は更にニヤけていく。
「気が狂ったか……もしかしてお前、セレナも助けられなかったんじゃないだろうな?」
「違うよ?全然ちがぁうよ?僕は正気で気が狂ってるんだよ?狂ってないよ?
姉さんは化け物じゃないからまだ生きてるよぉ、違うよぉお!」
もはや何を言っているのか意味もわからない、コイツがこんな状態なら既にセレナは……。
だとするとカイト・アステル、お前は一度に二つの大切な者を失ったか。
恋人と姉……最悪だが、俺もこんな場面に出くわした事がある。その時俺はコイツと同じ姿をしていただろう。
だが俺はコイツに同情などしない、むしろ怒りが込み上げて来る。
コイツの姿を見ていると、まるで昔の自分を見ているかのようだ。
「ねぇ、返せよ」
今度はいきなり下を向きながら、震える両手の拳をぐっと握り締めている。
「僕の平和な日々を返せよ……お前が来てから僕の人生はめちゃくちゃだッ!お前が来たから姉さんもルフィスも死んだ!!」
突然何を言い出すかと思えば、今度は俺に罪をなすりつけようとしている。
汚く愚かな姿、たしかに俺が来てこの世界は何らかの変化をしたかもしれない。
だがこの世界は元はといえば俺が住んでいた世界、そして何よりも二人を守れなかったのは奴自身だ。
「昔はもっと楽しくて、皆笑ってたんだ!それなのに、それなのにぃいいいいいいいい!!」
発狂と共に奴は俺目掛け走ってくる、その顔はもう人間の顔には見えなかった。
「悪いがてめえに同情している暇なんて無いっ!」
その時だった、俺としたことが床に広がっている大量の血で足を滑らせてしまった。
体勢を崩した俺は座り込んでしまう、その隙に奴は俺の上に乗り、両手で俺の首を握り締めてきた。
首を掴む両手を解こうとしたがまるで動かない、両腕を掴みいくら放そうとしても奴の腕は微動だにしなかった。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!死ね!死ねぇえええええッ!」
俺は……こんな奴になりたくない。
大切な人を守れず、助けられず。ただ死を見つめるだけなんて俺は嫌だ。
例え強大な力がなくても、魔法が使えなくても、愛した者たちがもういなくても。
守りたい人がいる、助けたい人がいる。もう大切な人を死なせていくのは嫌だ。
でもそれは無理な事かもしれない、今の俺では。
復讐の為に生きる、奴は俺と同じかもしれない。今の奴には俺を殺す事しか頭に無い。
全てを奪った俺を殺し、姉とルフィスへとの罪滅ぼしをするつもりなのだろうか。
それは逆に俺にも言える事だ、皆を殺していった『神』や『ERROR』を殺して何になるというんだ。
殺す為に生きるのと、守る為に生きる。俺にはどっちがお似合いだろうか。
───「決めた」
甲斐斗の右手がアステルの顔面を掴む。
「ぎぃいいぅうあああ!?」
その力の強さに今度はアステルが甲斐斗の腕を掴みかかった。
アステルの両手が甲斐斗の首から離れた時、甲斐斗はアステルの顔面を掴んだまま一気に立ち上がる。
そしてそのままアステルの後頭部を壁に叩きつけた。
「あ…がっ……」
この一撃が効いたのか、アステルの体から力が無くなっていく。
甲斐斗は顔面を掴んでいる手を放し、アステルを血の海に投げ捨てた。
「両方だ。そんな俺は欲張りか?人は皆欲望に満ちているだろ。
そしてこれは俺の考え方、生き方だ、俺の好きにさせてくれ」
倒れたまま動かなくなったアステルを余所に甲斐斗はレンの側に行き、そっと抱き上げる。
そしてアステルに背を向け、歩き出した。最上階に行く為に。
「そしてお前の生き方も自由だ、殺す為に生きるか、守る為に生きるか。もっとも、お前には守る奴がもういないかもしれんがな」
───『A、B、CのエリアにERRORの反応無し、残るは基地内に入るHuman態だけです』
「了解、聞いたか皆。俺達が西通路を確保する。各部隊を5部隊ずつに分けては東、北、南に分かれて突入を開始せよ」
格納庫にはA、B、CエリアのERRORを掃討し終えた兵士達が集まっていた。
そしてその兵士達の前で一人指揮をとる人物、それは騎佐久の姿だった。
全ての部隊の兵士達が東北南に別れ、突入を開始している中、西通路には二人の男の姿しかなかった。
「武蔵、あまり熱くなるなよ。赤城はきっと無事だからな」
「わかってる、それより騎佐久、君は指揮官だよね。どうして司令室にいなかったんだ?」
「俺は南部の者だ、直接東部に関わる事は余りしたくはなかったんだよ」
騎佐久は手に持っているガトリング砲をもう一度持ち直し、
武蔵は腰に付いてある一本の刀に手を翳し、そっと鞘から刀を抜いた。
「自慢の愛刀を使うのか?武蔵、本当に熱くなるなよ」
「大丈夫、俺はいたって冷静だよそれにしても久しぶりだね、こうやって二人で行動するのは」
「あ、ああ。そうだな……」
その言葉に騎佐久が武蔵から視線を逸らした。
あの出来事を騎佐久は思い出してしまったからだった、だが武蔵の方は別に気にしてはいない様子だ。
「よし、そろそろ行こうか騎佐久」
「っふ……俺が上官だろ。俺に付いて来いよ」
───基地内で激しい銃声が鳴り響く、本格的な戦争がどうやら基地内で始まったようだ。
だがその音も小さく遠くの方で聞こえる、それは俺が5階にある司令室にまで来たからだ。
レンを抱えたまま階段を登ってきたので少し息苦しい。でもまぁ漸く着いた訳だ、入らしてもらう。
俺が司令室の扉の前に立つと扉は自動的に開く、そしてすぐさま指令室内に入った。
「誰も……いない?」
それが司令室に入って最初の言葉、周りを見渡しても人の姿は無い、ERRORすらいない、異様な静けさが室内に広がっている。
せっかく苦労して来たというのに余りにも酷すぎる、俺がここに来た理由は何だったんだ?
……そうだ、情報収集だ。ん?室内には誰もいないよな。
ここでまた俺の悪知恵が働いた。誰もいないのなら好都合、勝手に情報を見るだけだ。
司令室にある機器は全て電源がついているから更に好都合、何で人がいないのかとか、そんなの気にしない……はずがない。
俺が機器に触れようとした瞬間に事は起きた。
『─ERROR─』
『─ERROR─』
『─ERROR─』
司令室に置いてある全てのモニターに、画面を埋め尽くされる程の『─ERROR─』が表示される。
言っておくが俺は機械に触れていもいない。
静かだった司令室にはけたたましい警報音が鳴り響き、赤い灯りが室内を照らしていった。
「今度は一体何が起こるんだ……」
『Delete all data left in a base』
そうモニターに表示された後、司令室にある全ての機器の電源が切れた。
何だこりゃ、司令室に来ても誰もいなし何も出来なかった、何もならなかった。
だが俺はここに来る事で知る事もあった、ルフィス達の死だ。
アステルは守りたい人を守れなかった。
俺は違う、俺は絶対にあいつの様にならない、なりたくない。
もう帰ろう、ミシェルの下に、もう人が死ぬのを見るのはご免だ。
いつのまにか俺の心は萎えていた、疲れたんだろう心身ともに。今はもう、ゆっくり休み…たい……。
全身の力が抜けたかのように俺は倒れていた、目蓋が重い、強烈な睡魔が突然俺を襲ってきた。
こんな所で寝てる暇なんて、無いのに。
───「被害状況はどうだ?」
「各部に破損、システムエラー、それと基地内にあった全てのデータが何者かに消されています」
「データが全て消されている?バックアップデータはどうだ、使えるか?」
「それが、ウイルスに感染しているらしく修復には時間がかかると思われます」
「そうか……わかった、急いで修復に取り掛かってくれ。もちろん基地の修復もだ」
基地内のERRORも全て排除し終えた兵士達にはまだ仕事があった。
休む間もなく基地内の警備、機体の修理、データ修復───。
「伊達中尉!アステル少尉達の姿が見当たらないんですけど知りませんか?」
由梨音のわざと明るくした声が武蔵の足を止めた。
「アステル少尉とレン曹長なら5階の司令室で無事発見されたらしい、今会いに行く所だよ」
「ほ、本当ですか!私も一緒に行ってもいいですよね!?」
「由梨音、大変だとは思うけど君には先にする事があるはずだ」
「ううぅ〜そんなぁ、わかりました……」
軽く手を上げた後に武蔵はまた由梨音に背を向けて歩き出した。
まだ基地内の通路には生々しい血が残っているのも気にせずに進む武蔵、急いでいるのかその足取りは速い。
場所は司令室、エレベーターに乗り込むと5階のボタンを軽く押す。
───数分前、ルフィス曹長と見られる体の一部が見つかったとの報告を受けた。
そしてもう一つ、医務室の扉が何らかの力の変形し、扉が開かなくなったらしい。
基地内の扉は全て防弾扉、破壊することは難しく今は放置している。
ノイド、ルフィス……二人を失ったこの部隊、赤城が知ったらどう思うだろう。
そう思うと胸が痛くなる、苦しくなる。俺は赤城に何て言えばいいのだろうか。
そんな事を考えているとエレベーターの扉が勝手に開く、5階についたのだ。
───武蔵は足早にエレベーターから出るとすぐさま司令室に入っていった。
何人もの兵士達が司令室にはいた、その中には神楽の姿もあった。
神楽はぐったりと寝ているレンをそっと抱きかかえると、ゆっくりと武蔵に近づいて来る。
「レンちゃんは意識を失っているみたいなの、医務室につれて行ってもいいかしら?」
「うん、構わないよ。医務室なら3階の医務室に行くといい、2階の医務室は使えないらしいから」
「そう、ありがとう。また後でゆっくりと話しをしましょうね」
レンを抱きかかえたまま神楽は医務室を後にした、そして残りの兵士はバックアップデータの修復に取り掛かる。
そして数人の兵士は胡坐を掻いている一人の男の周りを囲んでいた。
その男の前に歩いていく武蔵、そしてその胡坐を掻いている男はそっと顔を上げた。
「アステル少尉……じゃないね」
その言葉に驚きを見せて兵士達、胡坐を掻いている甲斐斗はニヤリと笑みを見せた。
「ほぉ、やっぱりアンタなら俺がアステルじゃないって事ぐらいわかると思ってたよ」
「君は誰だい、聞かせてもらおうか」
「ああ、いいぜ。俺は甲斐斗だ。久しぶりだなぁ伊達武蔵中尉」
「……俺の部屋に来てもらうよ」
甲斐斗は二人の兵士に立ち上がらされると、銃口を向けられたまま通路を歩かされ、エレベーターに乗せられる。
兵士達は手荒な真似はせず、丁重に甲斐斗の後ろを歩く。兵士達は甲斐斗の事をどう思っているのだろうか。
───俺は連れて行かれるがまま歩かされ、伊達の部屋に来ていた。
一人の兵士が俺の手首にはめられていた手錠の鍵を外してくれた、どうやらこの部屋の中に入るらしい。
部屋に入ってみると、物が整理整頓され、ベットに机といたってシンプルな部屋だった。
部屋の扉の前には二人の兵士が見張り、室内には俺と武蔵しかいない。
「いいのか?手錠なんか外しちゃってさ」
「君はNFの為に戦ってくれた仲間だ、手荒な真似はしないつもりだよ」
気安く『仲間』なんて言ってほしくない。俺はNFの為に戦った訳じゃないからな。
不機嫌そうな俺を見ていた伊達は何を思ったのか、突然コーヒーメーカーの前に立ち電源を入れる。
コップにコーヒーが滴り落ちる心地よい音が部屋中に響く、そして注ぎ終わったコーヒーカップをそっと手渡してきた。
「ブラックだけど飲めるかな?」
「い、いちお飲める」
……コーヒーはあまり好きじゃない、どちらかといえば甘党なのでココアとかが良かった。
だがここは黙ってもらったコーヒーを飲む、思ったよりも熱く少しずつしか飲めない。
カップを手渡した武蔵は椅子に座ると、静かにコーヒーを飲んでいる。
「俺に聞きたい事があるんじゃないのか?」
思わず言ってしまった、だってそうだろ。俺を目の前にして何故彼はここまで平然としていられるんだ。
「あるよ、甲斐斗君は何処から来たんだい?」
「呼び捨てで結構、それと俺は過去から来た」
俺の即答に伊達も少し驚いた顔をしていた。
しかし過去から来たのは事実だ、事実だがこの話を信じてくれる人等いないだろう。
「過去……面白い答えだね。目的は何かな、僕達を助けてくれる為にでも来てくれた救世主か何かかな?」
冗談だと思っているのか、それとも本当に信じているのか、あやふやな答えだ、多分信じていないだろうけど。
「残念だが救世主じゃない、それに俺は何故未来に来たのかもわからない。
そして俺の目的は『神』という名の兵器を破壊した後に過去に帰る方法を見つける事ぐらいだ」
俺の答えもあやふやかもしれない、果たして彼に伝わったのだろうか。
相変わらず熱々のコーヒーを平気で飲んでいく武蔵、口からカップをそっと放すと俺の目を突然見つめてきた。
「それじゃ……NFの敵って事になるね」
次に俺が瞬きをした時、銀色に輝く刃が俺の首に突きつけられていた。
その刀を持つ伊達の手にためらいは無かった、いつでも俺の首を切り落とせるだろう。
あと少しでも伊達が刀をずらしていれば俺の首は簡単に吹き飛んでいただろう。
俺がこんな簡単に殺される時が来るとはそう思っていなかったからだ、案外俺も簡単に死んでしまうかもしれない。
「ごめんね、手荒な真似はしないって言ったのに」
そう言うとそっと刀を鞘に戻し、椅子の横に立て掛ける。
「もう一つ質問していいかな」
「あ、ああ。いいけど……」
「ありがとう、君はアステル少尉に成済まして僕達と共に行動していた時があったよね?」
やはり怪しすぎたのか、俺の行動は。彼は俺とアステルが違う事を最初から知っていたというのか?
「あった、たしか6月1日からだったと思う」
「うん、そしてBNがこの基地に来た時、君はこの基地から脱出したんだよね」
何から何までお見通しのようだ、友人や姉さえわからなかったのにこの人はよくもわかったもんだ。
顔や声だって似ている、そして記憶喪失ともなれば多少変な言葉、動作をしても怪しく思われないと思っていたが……。
「全部当たっている、でも俺はBNの仲間じゃないってのは先に言っておくぞ」
もしBNの仲間だと勘違いされた今度こそ俺の頭が吹き飛ばされるかもしれない。
「BNでもNFでもない……って言う事は」
「SVでもない!俺は無所属だ無宗教だ!本当に過去から来たんだよ!!信じられないなら証拠を見せてやる」
俺は武蔵から少し離れると、いつものように黒剣を出現させた。
一瞬の出来事にこれは武蔵も驚いた様子だった、これで俺が過去から来たと…・・って、あれ。
過去とこの力って関係無いよな……。いや、今はそれより俺がこの世界の人間でない事を証明しなければならない。
俺は巨大な黒剣を武蔵に突き出し、その剣を見せ付けた。
「ちなみに俺は魔法が使えた、だが今は使えなくなっている。使えるといえばこの剣をいつでも出せる事ぐらいだ」
「すごいね、この世界の過去は魔法が在ったのかい?」
んな訳無いだろ、とツッコミを入れる前に説明をしなければならない。
「話せば長くなるから省略して話す、魔法を使える者はこの世界の人間はほとんどいないだろう、それに俺は元をたどればこの世界の人間でもない」
こんなに話しているが彼は信じてくれるのだろうか、まさか俺を頭がイカれた男だと思ってはいないだろうな。
「つまり、魔法のある世界からこの世界に来て。そしてある日未来に飛んでしまったって事?」
「その通り」
伊達が俺の言った事をまとめてくれた、どうやらわかってくれたらしい。
「甲斐斗、俺はその話を信じるよ。君が魔法使いだって事も、過去から来たって事もね」
「本当か?本当に信じてくれるのか?」
さすが伊達中尉、物事の理解速度は並外れじゃない。
この人に話せてよかったかもしれない、俺はこの世界に来てそんな話はミシェルぐらいしか話していないからな。
というか話しても誰も信じてはくれないだろう。
「うん、信じるよ。それにしても未来の光景を見てさぞ驚いたと思うけど、どう?」
「たしかに驚いた、気味悪い化け物はいるし、NFとかBNとか訳の分からない勢力もあるし」
「君はこれからどうするんだい?」
コーヒーを飲み終えた武蔵はお代わりをする為にもう一度電源を入れて熱々のコーヒーを注いでいた。
今なら逃げれるかもしれないが、ここで逃げたとしても果たして俺は無事に帰る事が出来るのだろうか。
「そうだなぁ、とりあえずこの基地から出たい」
「残念だけどそれは無理だよ、君は今から牢屋に行ってもらわないといけないから」
「なっ、これからどうするとか聞いておいて。んで結局俺を捕まえる気か?!」
迷っている暇なんて無かった、やはりこの男は俺を捕らえるのが目的か。
まさか今まで時間を稼いでいただけなのか?
「でもね、俺は君に手荒な真似をするつもりはない。一人の部下の命を助けてくれたからね。
だからこうしない?俺とある約束をしてほしい、そしてその約束を守ってくれるのなら俺は君に情報や食料、何でも提供しよう」
そんな旨い話しには釣られない!と言いたい所だが、悪い話でも無い。
それに、俺がもし嫌だと言えば速攻で牢屋行きだろう。彼は俺が約束をすると知っているかのように笑みを見せていた。
「わかった、いいだろう。それで、俺は何を約束すればいいんだ?」
「簡単な事だよ、今度のEDPに君も参加してほしい」
それから伊達に詳しい話を聞かされた。
EDP、ERRORとの決着を付ける為の戦い。全てはこの戦いに掛かっている。
ERRORが現れたのは今年からだった、最初は数も少なく、Dシリーズを使うことで難なく倒す事が出来ていた。
だが日が増える事につれてその数は増し、小さな村や町は次々に崩壊、そして全世界にERRORが出没するようになっていた。
増え続けるERRORに対し抵抗する人類、そして見つけたERRORの弱点。
地下都市にERRORの巣のような物が作られており、そこから無限にERRORが湧き出ているのだ。
巣は巨大で頑丈、しかも地下にある為に容易に攻める事は出来なかった。
この男、俺を利用する気か?利用されるのは嫌いだが、やってみてもいいかもしれない。
「って、ちょっとまってくれ。俺がNFと共に戦ってもいいのか?俺の存在がバレたらややこしくなるぞ」
「その点は心配無い、僕の隣の部屋は空き部屋なんだ。そこにいてくれて構わない。
もちろん機体も用意するつもりだ、それとも君の乗ってきたあの機体のような物を使う気かい?」
「その方が俺は助かる、あの機体の方が俺には扱いやすいからなぁ」
会話がどんどん進んでいく、俺は彼と約束をした。簡単だ、EDPに参加すればいいだけの事。
もちろん俺はNFの為に戦う訳では無かった、だが今はこうするしかない。
それにERRORは俺も前から気になっていた、世界を滅ぼした化け物は他の世界にもいくつかいるのは俺も知っている。
だがこの世界は魔法等存在しない別世界。魔物もいなければ悪魔だっていない世界だ。
それなのに、どうしてあんな化け物がこの世界に……。
どっちにしろ邪魔な存在に変わりはない。
「よし、後は俺に任せて今はゆっくり休むと良い。これが隣の部屋の鍵だから」
そう言って伊達は俺に鍵を渡してくれた、だが俺にも彼に聞きたい事がいくつもある。
「所で、アステルは今何処にいるんだ?」
あいつとは絶対に会ってはいけない、会ってはならない。というか会いたくない。
「アステル少尉……それがまだ見つかっていないんだよ。見つけたと思ったら君だったしね」
アステル、あの後ERRORに食われたのか?それもありえるが、あいつがそう簡単に死ぬような男には見えない、別の意味で。
「わかった、所で外出はしていいかな。もちろんバレないように外に出るから」
「いいけど、基地内を歩く時は制服を着るといい。部屋の中に軍服があるはずだからそれを着るといい」
───ミシェルを迎えに行かなければならない。
俺は静かな部屋の中、無言でNFの軍服に着替えていた。一般兵士の軍服の色は少しダサいような気もするが、今はそんなのどうでもいい。
……こんな所、本当はいたくない。
姉もルフィスもいないこの基地に、俺の居場所は無い。当然部外者の俺に居場所は無い。
だがもし二人が生きていたら、一目でも二人の笑顔を見ておきたかった。
正式名Human態(第四種ERROR)
全長-2〜3m
他のERRORとは違って小さいが、人間と比べるとかなり大きい。
体の皮膚が厚く硬い、その為に大抵の銃弾は効果が無い。
人間の形に似てはいるが、人間の姿には全く似ていない。
豪腕であり、その力は人間の体を簡単に引き千切る程、また頤の力もPerson態と同等の力がある。
彼等は走る事は無いが、一歩一歩確実に歩いて近づいてくるのが特徴。
どんなに銃弾を浴びせようが怯む事無く近づいてくるその姿に誰もが恐れている。
+注意+
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