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<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

ひどく暑い夏の悪夢。

 全ては、あれがはじまりだったのだろうか……。

 夏の日差しが、ボクの頭の天辺から足の先まで、余すところなくジリジリと焼きつくす。
 あと数日、あと数日で、学校は夏休みに入る。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせながら、灼熱の通学路を一人歩く。
 空に雲はなく、まるでペンキで塗り潰したかのような、不自然な青色がどこまでもどこまでも広がっていた。それが世界が作り物なのではないかと、ボクに錯覚させる。
 ボクは唐突に街路樹に頬を押し付けてみる。日光に熱せられた樹皮が、ボクの頬を焦がしていくようだ。
 感じる痛み。
 その痛みこそが、ボクがこの世界に本当に存在しているのだと、教えてくれる唯一の感覚だ。
 しばらくその痛みを堪能した後に、樹から顔を離すと、頬は真っ赤になっており、擦れた際に木屑がついていた。ボクはその木屑を頬から手に取ると、口に放り込んだ。ギニュギニュと、木屑を噛みしめる音が、口の中から聞こえる。ボクは暫くの間、それをガムのように噛み続けると、ツバと一緒に飲み込んでしまった。
 何も無くなったはずの口の中に異物感を感じた。

「なんだろう……」

 ボクは口の中に入っている異物を取り出す。
 それは、足のように見えた。けれど、足であるはずがない、きっと似た形の木屑だろう。
 もし、足だとするならば、なんの足だろうか?
 ボクは想像の翼を羽ばたかせてみせる。
 大きさは一センチにも満たないくらいなのだから、きっと昆虫のたぐいのものではないだろうか?
 唾液にまみれてしまった其れを、指先で転がしながらしげしげと見回す。そうしているうちに、其れは砕けて破片となって地面に落ちてしまった。
 そこで、ボクはふと正気に戻る。
 何をやっているのだろう。意味のわからぬことに時間を費やしてしまった。
 きっと、あまりにも暑い夏の日差しが、ボクの心を少し狂わせてしまったの違いない。
 時計に目をやれば、始業の時間が迫りつつあった。
 ボクは鞄を小脇に抱えて、夏の日差しの中、学校までの道のりを走ったのだった。


 ※※※※

 頭がぼーっとする。クラクラする。
 四時間目の授業ともなれば、太陽はほぼ真上にまで登り切っており、湯だった空気が教室の温度を四十度近くまで引き上げてくれていた。
 下敷きで扇いで風を送ろうとしても、流れてくるのは熱風で、不快感を煽るばかりでしかなかった。
 黒板に板書を続ける先生のチョークの音が、機械的に鳴り響く。目を閉じて耳を澄ますと、それはまるでモールス信号のように何かを訴えかけているように思えた。
 ふと前の席に座っている女子に目をやると、どこか焦点のあわないような目で、うつろな笑みを浮かべていた。暑さにやられてしまって、まるで何か幻でも見ているようだった。

『何を見ているのだろう』

 気になったボクは、視線の先を探してみることにした。
 それはすぐに見つかった。
 教室の窓から、手が届きそうな位置にある大きな桜の木。彼女の視線はそこに注がれていたのだ。

『木など見て何が面白いのだろうか……』

 ボクは疑問を抱きながら、桜の木に目を凝らす。
 そこに、ボクは見つけたのだ。
 それは、せみの幼虫だった。
 脱皮をするために、木に登ってきたのだろうか……。
 蝉の幼虫が、カサカサと足を動かしているのが見えた。
 どうして見えるのだろう。この距離で、そんな細かい動きが見えるはずなどありえないのに……。
 いつの間にか、ボクはその蝉の足の動きに魅入られてしまい。痴呆のように、口をあんぐりと開け、呆けた顔でそれをただ見つめ続けていた。
 カサカサカサ
 カサカサカサカサカサカサカサ
 聞こえるはずのない音が耳に響く。これは本当に耳の中に聞こえているのだろうか? 心の中に聞こえているのではないのだろうか?

「カサカサカサ」

 無意識の内に、ボクはその音を口に出してしまう。
 開いた口からよだれが滴り落ちては、机の上にナメクジの這ったような跡を残した。
 教室の中は、まるで大きな虫カゴのようで、ボクはそこから這い出ようと、必死になってもがき苦しむ虫のようだ。

 カサカサカサカサ

 出口は何処なのだろうか……。



キーンコーンカーンコーン

 授業終了のチャイムの音が、ボクを異常な世界から引き戻し、正気を取り戻させた。
 ボクは口元にだらし無く垂れているよだれを拭き取る。
 教師が黒板を消し終わると、チョークをチョークケースの中にしまう。
 一本、もう一本と、チョークがしまわれていく。
 赤いチョーク、白いチョーク、黄色いチョーク。色鮮やかだ。
 それらがモゾモゾと動き出しては、教師の腕を這いずり上がってくる。
 何だろうと目を凝らす。それはチョークではなく、ウネウネとした芋虫の類に見えた。
 そんな馬鹿なことがあるはずがない、ボクがそれを確かめようとした時、教師と目があってしまった。
 教師の目は極度の三白眼だった。
 次第に教師の目の黒目がドンドンと消えていき、真っ白になってしまった眼球があらぬ方向をただ見据えている。
 教師はボクを見もせずに、肩を強く鷲掴みにした。猛暑だというのに、教師の手にはまるで熱が感じられず、作り物のマネキンのようだった。
 ボクが恐恐と顔を上げると、教師は初めてこちらを見ると、ニタァっと舌を出して、首を斜めにかしげたまま老人のように笑った。

『カナカナカナカナ』

 聞き慣れた教師の声ではない。それは教師の口の中から、ナニカが声を発しているのだ。
 ボクはそれが何かを知りたくて、教師の口の中を覗きこもうとした。口の中はどこまでも暗闇で、どこまでも続いている。ボクの身体は、そのまま吸い込まれて、口の中の闇の中に溶けこんでしまいそうだと思った。

『カナカナカナ……』

 教師は口を閉じた。すると闇と声は消えた。教師の姿も闇の中に消えた。
 ボクの背中に氷の欠片でもいれられたような寒気を感じて、真夏だというのに身体を震わせた。


 ※※※※

 昼食の時間になり、ボクは弁当箱を開ける。
 弁当箱の中には、ボクの大好きな唐揚げや、玉子焼き、きんぴらごぼうなどが入っていた。
 それなのに、ボクの食欲はどこかに飛んでいってしなってまるで湧いてこない。
 食べ物を見ているだけで、胃が逆流するように痛み出すのを感じた。いつも食べているものが、そうではないように思えてならない。
 何故だろう……。
 隣の席の男子に目をやると、彼は美味しそうに昼食にむしゃぶりついていた。
 何を食べているのだろう。ボクは失礼に思いながらも、彼の食べている物を遠目から覗き込んだ。
 そこにあったのは、唐揚げでも、卵焼きでも、きんぴらごぼうでもない。机の上には、ただ丸太が一本転がっていただけだった。彼が食べていたのは木だったのだ。正確には、食べていたのではなく樹液を吸っていたのだ。
 彼の口の中から伸びている、針のように尖った突起物が、樹木に突き刺さって樹液を吸いだしていた。

 ゴクゴクゴクゴクゴク

 彼は喉を鳴らしながら、美味しそうにそれを飲み込んでいった。
 ボクのお腹が『グゥー』と鳴った。さっきまで食べ物を拒絶していた胃が、其れを求めていた。
 彼と交渉すれば、分けてもらえるだろうか……。

「あ、あの、それをボクにも……」

 ボクの言葉に、彼は口の突起物をプルプルと振るわせて、笑顔で答えてくれた。
 彼はボクの両肩の上に手を置く、するとボクの身体はまるで麻酔でもかけられたかのように、動きを封じられてしまい、瞬き一つできなくなってカチンコチンに固まってしまう。
 そして彼は、嬉々とした表情でボクの頭にその突起物を突き刺すと、樹液を吸うのと同じように、ボクの頭の中にあるナニカを吸い出し始めた。

 チューチューチュー

 音を立てて、ボクの頭の中にある、ナニカが吸いだされていく。

「ああ、気持ちが良い……。何もかもを忘れてしまうくらいに気持ちが良い……」

 ボクの精神は、快楽の海の底に沈んでいった……。


 ……
 …………
 ……………………


 目を覚ました。
 どうやら、ボクはお昼休みになって眠ってしまっていたようだ。
 えらく奇妙な夢を見たような気がするが思い出せない。
 茹だるような暑さは最高潮に達しているというのに、ボクの身体と頭は、今にも飛んでいけそうなほどに軽かった。
 特に頭の中は、とてもスッキリとしていた。何故だろう?

 カサカサカサカサ

 何処からともなく音がする。
 とても近くからのようなのだが、その音の発信源を見つけることはできなかった。
 隣の席の男子が、ボクを見て笑っている。何故だろう?
 前の席の女子が、ボクを見て笑っている。何故だろう?
 居ないはずの教師が、ボクを見て笑っている。何故だろう?
 ボクはそれに会わせて笑っている。何故だろう……。

 昼休みも終りが近づいたので、午後の授業の準備をしようとしたのだが、背中に違和感を感じた。まるで大きなかさぶたの様なものができているような気がしてならない。背中をかこうにも、手が届かない位置にあってイライラが募るばかりだった。

 気になって気になってしかたがないので、ボクは午後の授業には出ずに、保健室に向かうことにした。
 保健室に向かう道は、こんなにも長かっただろうか。
 廊下がまるで巨大な生き物の腸の中のように思える。

 ペタペタペタペタ

 足音が響く。廊下がベタベタする。廊下の窓から蝉の声が聞こえる。

 カナカナカナカナ

 気がつけば、ボクは保健室の前に立っていた。
 扉を開けて保健室に入ると、メガネを掛けた女の保健の先生が待ち構えていた。

「先生、背中がなんだか痒いんです」

 ボクは正直に自分の症状を話した。
 すると保健の先生は、顎の先をボリボリと掻きむしりながら、服を脱いで背中を見せるようにと言った。
 ボクは窓際の椅子に座ると、たどたどしくシャツに手をかける。シャツを脱ぐ時に、背中に何か硬いものが引っかかるような感じがした。
 何故だろう。
 違和感を覚えつつも、ふと顔を上げると、窓の外に木が見えていた。あの桜の木だ。
 何かがボクを呼んでいる。其れが何なのかはわからない。
 保健の先生は、ボクの背中の其れに触れると、愛おしそうに指先で其れをなぞった。ゾワッとした感覚がボクの身体の中を駆け抜ける。

 カリカリカリカリ

 保健の先生がボクの背中を掻きむしる音がする。

 ペリペリペリペリ

 かさぶたが剥がれ落ちていく音が聞こえる。
 一心不乱になって、保健の先生はボクの背中のかさぶたを、玉葱の皮でも向くように剥ぎ取り続ける。
 保健の先生の息遣いが次第に荒くなっていく。

 ハァハァハァハァ

 吹きかけられる熱い吐息が、背中に火を灯すような熱を帯びさせていく。
 熱い、どうしようもなく熱い、背中が火山のように噴火してしまいそうだ。
 ボクの背中には、大きな穴が空いているような気がする。

「あっ……」

 何かがボクの中に入ってくる。
 ああ、保健の先生だ。
 保健の先生が、ボクの背中に開いてしまった穴に手を突っ込んで、中のモノを搔き出そうとしているのだ。

 グチュグチュグチュグチュ

 ドロドロとした液体が掻き回される音がする。
 ボクの身体がとろけてしまって、ナニモノでも無くなっていくようだ。
 疼きが止まらない、鼓動が止まらない、口の中から何かが飛び出してきそうなのを、ボクは必至で抑えこんでいた。

「あ、あ、ああ……」

 口を閉じることが出来ない。
 ボクの身体をボクの意志で動かすことが出来ない。
 突き動かす衝動のみが、湧き上がる欲求のみが、ボクの身体を支配してしまっている。
 保健の先生の身体は、いつの間にかボクの背中の穴に飲み込まれてしまっていた。そして、ドロドロの中に溶け込んで跡形もなく消え去っていた。
 得も言われぬ満足感が、ボクを満たす。

 窓外は、蝉の声が五月蝿いくらいに鳴り響いていた。

「呼んでいる」

 遂に時は来たのだ。
 ボクは窓の外を見やって、すっくと立ち上がると、そちらに向けて歩き出す。
 向かう先は決まっている。決まっていたのだ。
 窓枠に足をかけ、そのまま外へととび出すと、ボクは桜の木に向かった。
 照りつける太陽も、五月蝿い蝉の声も、足元を漂う陽炎も、ボクにはもう関係ない。
 ボクは桜の木にしがみつくと、一心不乱に上へ、上へと向かって登り出す。指がボロボロと崩れ落ちていく、一本二本と減っていく。
 それでも、ボクはただ上へと……。
 何かに導かれるように……。
 樹の中腹まで登った時、見慣れたものが目に入る。そう、ボクのクラスの教室だ。
 ボクの身体の動きはそこで止まる。

 ボクの背中の穴が、バリバリとめくれてあがって、中から白いブヨブヨとしたものが顔を出す。
 いや、其れこそがボクだ。
 そのブヨブヨとしたものが、ボクなのだ。
 元のボクの身体は、パリパリに乾燥してしまって、はらりはらりと崩れ落ちては空に舞う。

 ボクは五つの複眼で、教室の中を見る。
 ボクが居た教室を見る。
 そこには、見覚えのある男子生徒が、夏の暑さに辟易しながら、窓の外にある桜の木を、呆けたような表情で見つめていた。
 彼はきっと夢を見てしまったのだろう。
 蝉となって、空に飛び立とうとする夢を……。
 ボクが、人となって学校生活を送る夢を見たように……。

 さぁ、身体も羽根も準備はオッケーだ。力いっぱい羽根を広げよう。
 ボクに与えられた時間は、そんなには長くない。
 だから、飛ぼう。どこまでも、どこまでも、遥か彼方のその先まで……。

 ボクはボクの身体を完全に脱ぎ捨てて、空高くへと羽ばたいた。
 空はまるでペンキでも塗りたくったかのように青かった。
 どこまでも、飛んでいこう。

 百メートル。千メートル。一万メートル。十万メートル。

 遥か下には、青くて丸い地球が見える。
 丸い丸い地球も、いま夢から覚めようとしているのだ。
 丸い地球にヒビが入る。パックリと開く。
 そして、中から……。

 カサカサカサカサカサ……

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