一、妻女山
越後・春日山城。
本日、長尾景虎が出陣なさる。
戦乱地は越後と甲斐を挟んだ川中島。御相手には甲斐の虎こと武田信玄。四度目の出陣。
世に言う、後の第四回、川中島の決戦だ――。
景虎は、本日も出陣間際まで本堂に籠り、毘沙門天に願い入れしていた。
長い髪を兜で手早く纏め、戦支度を済ますと、景虎は愛馬に股がる。
多くの兵士と城を背に、景虎はゆっくりとおらんだ。
「我等が目指すは本日の上杉本拠地、妻女山!!!宵には川中島だ!!!そこで武田を迎え撃つ!!!心してかかれ」
オォ―――…
景虎を筆頭に、上杉軍は妻女山を目指し出陣した。
一方その頃、武田の軍勢は、霧の中上杉軍より一足先に、妻女山に向かっていた。
しかし、頭の回る信玄の事だ。なんの策も無しに来る筈がない。
信玄は上杉の本拠地が妻女山だということを、送り込んだ忍びから聞き取ると、妻女山を囲み、二手に別れて上杉を挟み撃ちにしようと考えた。 よって、今こうして霧の中を進んでいるのだ。
霧の中には、甲斐の虎率いる武田軍が、大軍となって上杉の本拠地、妻女山へと向かっていた。
「信玄様、敵の出が遅くはありませんか?まさか我等が出陣するのが早すぎたのでは…」
武田家重臣、真田の大将、真田幸村が前方を走る信玄に声を掛けた。
「いや、それが相手の策やもしれん。我の読みを信じよ」 すると信玄からは早口で、顔も向けずに返事が返ってきた。
「はあ…」
幸村は間の抜けた声を出し、先頭を走る信玄から、少し距離を置いた。
信玄の読みはこうだ。
忍びから聞き入れた情報によると、上杉が動くのは確か本日卯の刻だった。
ならばまだ時間はある。この間に、上杉より先に妻女山へ着き、待ち伏せしておく。
そしていざ上杉が着いた時になれば、襲いにかかればいい。
不意討ちだ。これなら上杉も混乱して、すぐには応戦出来まい。 万一を考え、二隊に別れて両側から攻める戦法をとった。
空に満天の星が輝く。
「よし…。ここで休憩だ。今日は霧が深い。それに相手はあの上杉だ。ゆっくり休んでおけ」
武田軍は、妻女山を前に、両隊とも各自の小さな山下で息を潜めた。
「武田が動いた……。止まれ!!」
妻女山の手前、小さな山を登った時、先頭の景虎がいきなり制止をかけた。
「お館様?どうなされたので…」
「あれを見ろ」
景虎は目前、少し離れた所の、妻女山の向こう側の山を指差した。
全員がそちらを見やると、薄暗さに紛れて、二つの山から空高く天を昇る、灰色の煙が高々と立ち上げていた。
「あれは……?」
「恐らく、武田の本地だろう。武田もまさか、我等が戦時には数刻早く訪れる事になっているとは、さすがに勘づくまい」
景虎は暗闇に紛れ、にやりと口角を持ち上げた。「案の定、武田は我等が妻女山で待機するのを察し、のこのこと現れよった。二つ煙が立っているところを見ると、奴ら二手に別れたな。両側から挟み撃ちするつもりだろう。攻めるなら今だ」
景虎は馬に乗り直した。
「わたしに続け!!敵は此方が動く事にまだ気付いていない。少し早まったが、霧が深まる前に出陣だ!!!」
オォ―――…
天上で、月が見守る中、上杉軍は敵地を目指し、気付かれぬよう、静かに山を下って行った。
霧の合間から大群が覗く。
「あれは…」
「どうした」
見張りの者達が突如ざわつき始めた。
「た、大変です!!」
「只今上杉軍が、此方に接近中です!」
「な……?」
辺りは驚愕に包まれる。
「何故読まれた…?……皆の衆!直ちに応戦準備を!!」
信玄が汗を流しながらおらぶ。
「はっ!」
「御意!」
武田軍は、直ぐ様それぞれの持ち場に散って行った。
「さあ信玄…。始めようぞ。川中島の最終決戦をな……」 |