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甘いチョコは焦げたらビターチョコ
作者:zens

「1から本命チョコを作りたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
 妹からの相談は実に唐突で意外性があり、兄であり妹をよく知る俺としては驚嘆に値するものだった。
「カカオを植える所から始めような」
「いや、そこまではしたくないんだけどさ。手作りって所に惹かれると思うんだよね」
 妹は料理が出来ない。俺も出来ないからバカにはしないが、1度だけ手作りを食べた日のことはトラウマ物である。
 だから、初めはあまり真面目に聞くつもりはなかった。
「湯煎して溶かせばいいだろ。そんなこともできないなら、素直に買え」
「お小遣い足りないんだけど」
「兄にたかろうと考えるなよ?」
「そこまで堕ちちゃないんだけど。それよりも兄。板チョコでいいの?」
「板チョコなら普通に食べて美味しいんだから、溶かして形変えても美味しいだろ」
 しかし、既に作る気満々であり恋を成就させたいと思う妹の気持ちを汲んで、せめて食べられる物を作る手伝いをしようと俺は妹と共に台所に立った。
 ちなみに2人とも台所には出入り禁止のため、母親が留守の時間を選んで秘密裏の工作活動である。
「さすが兄。それじゃ早速作ってみよっか」
「ちょっと待て!? 直接鍋に放り入れる奴があるか! ……あれ? 板チョコもう1つあったよな?」
「ちゃんと熱しておいたよ? 1個目はもう入れてる」
 妹はアレンジ好きな面があるのでそこさえ注意しておけば、と油断した結果は最悪に近かった。
 見てない俺も悪いが、いつガスコンロをつけたのか。少し黒い煙が上がっているのは何故か。
 焦げくさい臭いがした時、咄嗟に俺はミトンをして鍋を掴んだ。
「げっ……。ちょっと焦げてる」
「兄っ!?」
 慌てた俺は鍋に水を大量に入れて完全にチョコをダメにしてしまった。
 幸い妹には焦げた臭いと火災警報器のおかげで状況を理解してもらえたので良かったけど。



「……ということでご教授ください」
 結局の所、俺達は翌日、幼馴染に料理指導を頼むことになった。
 場所は幼馴染の家。自宅は母親がいるので使うことはできないのだ。
 妹が手作りなんて言い出したらお金を渡されて「買ってきなさい」と言うだろうから。
「お姉さま、お願いします。本命チョコを作りたいんです」
 それにしても、うちの妹は我が家の様に振る舞うんだな。
 お願いをする立場でありながら、出されたお菓子を全部食べているのだし。
 事情を聴く側の幼馴染はそんな妹を小さい子供を見る母親の様に微笑ましそうに見つめていた。
 妹がお菓子を俺のも含めて全て食べ終わるのを待って話を切り出す。
 ……頼みごとをしながらお菓子食ってるっておかしいだろ。
「んー、仕方ないなあ。バレンタイン近いものね。ここはお姉さんに任せて」
「ありがとう、お姉さま」
「……お姉さまはやめて。最近、そのキャラクター付けを学校でされて困ってるから」
 うちの妹はバカだけど友達多いからなあ。妹が始めたことは意外と学校で広まってしまう。
 幼馴染が困惑するのも無理はない。
「ここで料理できるのはお前だけなんだ。妹の恋路のためにもよろしく頼む」
「もう……君がそこまで言うなら頑張るしかないわね。妹ちゃんが下手なのは知ってるから、ま、任せて。料理は得意な方だから」
 でも、生まれてこの方ずっと付き合いが続いているので幼馴染も慣れてしまったらしい。
 最近では「お姉さまキャラ」とやらをすっかり演じきっているそうだ。
 素を知る俺としては気味が悪いので学校では近付いたりしないけど。
「あ、そうだ。今度、空いてる時間があったら一緒にお昼とかどう?」
「女子ばっかの環境で飯が食えるか。死んでもお断りだ」
「えー、それは残念。…………ふふっ、押しかけてみようかな」
 嫌な言葉が聞こえたけど、もう聞かなかったことにしよう。
 幼馴染はたまにお姉さまごっこに、俺を巻きこもうとする。
 妹のことは許しても俺のことは監督不行きということで許してくれない。
「絶対に来るな」
「えー。お姉さまに目をかけられている弟的な立ち位置にしたいんだけど」
 幼馴染は『したい』と言ったが、実際の所、俺はお姉さまが気にかけている弟の地位になりかけている。
 『お姉さま』の取り巻きからの扱いが随分と変わったので肌で感じることができる。
 以前は、『お姉さま』の不良債権だとか焦げ付きとか言われていたというのに。
「それよりも早くチョコの作り方を教えて」
「うんうん。妹ちゃんは恋する女の子だね。私も恋する女の子になって頑張りますか」
 そして、何よりも幼馴染本人からの扱いが変わった。
 何だか俺に対して世話焼きで余裕っぽい態度を示す様になってきている。
 姉がいたらこんな感じなのかなと思うが、そもそも幼馴染は同い年で誕生日も俺の方が早いので姉にはなりえない。
 姉というキャラクターのせいであろう。
「お姉さまも誰かにあげるの?」
「さあ? 内緒。頑張って美味しいチョコを作ろうね」
 話の中心がバレンタインの話になって何だか居づらくなってきたので俺は妹と幼馴染に一声かけてから先に帰ることにした。
「あいつは料理できるって言ってたし安心だな」
 女同士好きな人の話でもするかもしれない。
 邪魔にならないように俺はどこかに遊びに行くとしよう。




 そして、迎えたバレンタインの日。
 妹は無事に本命チョコを渡すことが出来たらしい。
 家で顔を合わせた瞬間から食事時、そして俺の部屋に押し掛けてずっとその話ばかりをしている。
 いい加減あきてきたのだけど。それを告げると妹は、わざわざラッピングした箱を俺に渡してきた。
「『本命』だよっ」
「気の多い女と気を持たせる女は男受けが悪いぞ」
「えっ? それじゃ対抗? 大穴?」
 ……どこのおっさんだよ。
 大穴のチョコレートって食いごたえ無さそうな感じがするぞ。
「義理、だろ」
「義理って何だか上っ面っぽくて嫌。私が兄に感謝しているのは本当なんだから」
 とはいえ、たまに可愛い所を見せるものだから悪く思うことはない。
「まずは食べてみてほしいな。きっと気に入るから」
 今回のチョコの出来はかなり良いのだろう。
 折角、妹が作ってくれたのだ。期待の眼差しを一身に浴びて一口かじってみた。
「……苦いぞ、これ」
「だってそういう風に作ったんだもん」
 もう一口かじってみる。
 やっぱり苦い。
「男の子はね、少しビターな感じの方が好きなんだって。でも、意外だったのがビターチョコって鍋で放っておくだけでいいんだね、知らなかった」
「誰だよ。そんなことを言ったのは」
 俺の問いに妹は幼馴染の名を挙げた。
 ……おい。そんなわけないだろ。

 妹には言っていないが、実は幼馴染からも義理でチョコレートを貰っているのだ。
『今年は手作りだよー。妹ちゃんと一緒に作ったから食べてね』

 彼女には悪いが、今は妹のチョコを食べないといけない。
 苦いのはビターだから。そう思わないと食べる気がしない。

 一口、また一口。
 不思議と食が進んだ。兄妹愛ってすごいものだ。

 ……ダメだ、苦い。

 口いっぱいに広がる苦味はビターチョコレートに似た何か。
 俺は甘い方が好きだ。
 ……まあ、おまけ程度にくれたものとはいえ妹は感謝の意を込めてくれている以上は無碍にすることはない。
「兄、ありがとね。それじゃ、おやすみ」
 妹が満足して鼻歌を交じりに部屋から出ていった後、俺は用意していた冷めたココアを机に置いた。
「……口直し。用意してて良かった」
 それにしても市販のココアはかくにも甘く優しいものだったか。
 気持ちを落ち着けると、残った幼馴染からのチョコも口にした。

 ほのかな甘さは、まるで本当のビターチョコのようだった。
 ……大人しくビターチョコ買えよ。

 ところで、ビターチョコって黒っぽい色をしているんだろうか?
 


 翌日、俺は学校を休んだ。詳しい原因はよく分からない。
 推測ではあるが、昨日のビターチョコレートが原因だろうということくらいだ。

 チョコは甘い方がいい。
 これが今年のバレンタインで学んだことであった。

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