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皇國記
作:真崎優



第七話 示される道程


 結局残ったのは四百人程度だった。
 それでも予想以上の数ではある。
 部隊の再編に二日を要した事を考えると、あのまま二千人が残っていたら大仕事になっていたかもしれない。
 現時点ではこのぐらいが適正だろう。
 そろそろ行動を起こさなければならない。
 今日は午後にクリスが、全軍に向けてこれからの展望を説明することになっている。

「それにしてもレイジ、あんたがあんなことを考えてたなんて知らなかった」
「いや、調子に乗りすぎたよ」
「そんなことはない。俺たちの目的がより明確になったんだ、感謝してる]

 そう言って笑われてはこちらも苦笑するしかない。
 編成の指揮はほとんどヒューゴに任せていたが、僅かな説明でも俺の意図をよく汲んでくれているし、その迅速な処理能力は意外な才能を見せ付けられた思いだった。
 性格は直情的で好戦的だが、本質としては指導力と事務能力を兼ね備えた補佐役に向く人材のようだ。
 そんなことを考えていると、作戦本部として使っている一室にスヴェンがやってきた。

「厄介なことになった」
「どうしたんです?」

 厄介ごとを持ち込んだにしてもさすがに慌ててはいないが、その深刻さは十分伝わってくる。

「抜けて行った連中な、一戦やらかす気らしい。オーシャの近郊で準備してる」
「オーシャ……すぐ東の町でしたね。いつごろになりそうですか」
「皇国軍もこっちに向かって来てるからな、明日の朝にはぶつかるだろう」

 まずい。
 非情に徹するなら好機ともなりえるが、それができないからスヴェンも「厄介」と言ったのだ。
 袂を分かったとはいえ、同胞を見殺しに出来るはずも無い。
 先を思えば無駄な戦闘は避けたいのだが…

「クリスには言わずに予定通り進めちまうか」
「隠し通せるものですかね」
「私がどうしたのだ」

 完璧なタイミングだ。
 どうやら神は意地悪く、どうあってもより困難な路を往かせるつもりらしい。
 ただ面白がっているだけかもしれないが。
 当然、安全策はあっさりと却下された。

 冬の勢力も一時的に余暇を楽しんでいるのだろうか。
 雪はじわりと解け始め、軒先の氷柱は時折落ちてはその音で人々を驚かす。
 ぬかるんだ地面を踏みしめ、整然と四百人が並び立っていた。

「総司令官のクリスティナ・アッテルベリだ」

 特別にあつらえられた台の上から凛と響く声が周囲の静寂を際立てる。
 もしかしたら、まだ少女に指揮されることに不満を持つ者がいたかもしれないが、この瞬間にそう思っていた己を恥じていることだろう。
 それほどまでに今のクリスは威厳に満ちている。

「これより我々はヴィッテルスバッハ辺境伯領へ向かう」

 ざわめきが広がる。
 戦うんじゃないのか、逃げ出すのか……?
 戸惑うのも仕方の無いことだろう、皆戦うために集まったのだから。

「厳重に隠匿しているがヴィッテルスバッハ辺境伯は反皇国派であり、保有する騎兵部隊は我々にとって重要な戦力となりうる。さらに彼の地の守りは堅く、拠点とするには最上のものであるとともに、家族の安全を容易に確保できる点も見過ごせない。以上からこれは皇国打倒へ欠かせない条件であることは理解できるだろう」

 既に残してきた家族のある者のところには辺境伯領へ赴くように連絡を入れてある。
 アルヴィーカの者たちも先刻出立した。
 それらを告げた後、もう知っている者もいるかもしれないが、と一呼吸置いて再び口を開く。
 見識の高さを思い知らされたのだろう、もう疑問を持つものはいなくなっていた。

「先日別れた一団がオーシャの東で皇国軍と衝突する。我々は今出ればそれを囮に無事抜けることが出来るが、私は敢えて彼らを救いたいと思う」

 毅然とした美しい総司令官に賛同の声が連なる。
 我々の手で平和を!
 光溢れる自由を!
 戦女神の祝福があらんことを!
 堰を切ったかに思える声は波濤となり、音は実体を持ったかのように周囲の木々を揺らしている。
 この熱狂の渦を作り出した張本人は、台の上で少しだけはにかんだように見えた。

 夜半に村を出発した俺たちは、日の昇る直前に戦場になるであろう地点を見渡す丘の反対側に陣を構えた。

「さて、作戦参謀の意見を聞こうか」
「この戦力で出来ることは多くないよ。この広さと戦力差を考えれば、皇国軍は鶴翼かそれに近い陣形で一気に決めようとするはずだ。そうすると意外と脆いのは翼の付け根。そこを横から貫くように一撃して離脱し、そのまま辺境伯領に向かう」

 恐らくそれが限界だろう。
 二撃目は警戒もされるし、もし捉まったら紙屑より容易く握り潰されてしまう。
 俺たちの奇襲に合わせて同胞が退いてくれるのを祈るしかない。

「もし勢いづいて攻撃を続けたらどうする」
「……残念だけど」

 できれば助けたいのは俺も同じだ。
 しかしそれでこちらまで全滅したのでは話にならない。
 考え込んでいたクリスが溜息をついて顔を上げる。

「仕方ないな。我々はできるだけのことをして、奴らの戦術的センスに期待しよう」


 日が昇ってからおよそ二時間が過ぎた頃、両軍が姿を現した。
 皇国軍は予想通りV字型に陣を敷き、中央に誘い込んで包囲撃滅しようとしている。
 一方の反乱軍はまとまりも無く、ただ漫然と戦意だけが先走っているようにも見えた。
 矢と投擲による牽制の後、皇国軍の偽装の後退に釣られた反乱軍は意気軒昂と前進する。
 この時皇国軍の両翼はほとんど後退していない。
 完璧な形で鶴翼陣が機能していた。
 気付いた頃にはもう遅い。
 両翼から挟撃される恐怖でパニックを起こす寸前だ。
 皇国軍は勝利を、反乱軍は敗北を、それぞれ確信したに違いない。

「今だ!」

 気の緩みに乗じて、騎乗兵を中心とした俺たちの部隊が楔型の突撃陣で側面から強襲する。
 楔は一瞬ごとに敵を切り裂いていくが、恐れ入るのはその先端で槍を振るうのがクリスだったことだ。

「私に続け!」

 勇ましくも美しく敵陣を駆け抜け、後続も遅れまいと喰らい付く。
 ものの数分で中央突破を完遂し、敵が動揺から抜け切れていないと見るや馬頭を巡らせて再び突撃する。
 さらにもう一撃加え、反乱軍が退くのを確認して戦場を離脱した。



 あきれた顔を作って馬に揺られていると、クリスが隣に寄せてきた。

「怒っているのか?」
「……あきれているだけだよ」
「本当に怒っていないな?」
「怪我ひとつしてない人を怒れないって」
「ならいい……でも、すまなかった」

 徐々に小さくなる声だけ残し、顔を背けて離れてしまった。
 この少女には敵わないな、と思う。
 同時に彼女さえいればどんな困難でも乗り切れるような、そんな気もしていた。












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