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  皇國記 作者:M's Works
第四話 雪原の戦い




 これまで幾度にもわたって討伐隊が編成されたが、そのことごとくが失敗に終わっている。
 そもそも無理矢理徴兵された民間人である現地兵と、雪山行軍にも慣れていない正規の新兵との混成部隊が、地理を熟知している反乱勢力の拠点を制圧するのに困難を極めるのは自明とも言えた。
 指令官はこの地域を領地とする貴族の次男で、代々受け継がれてきた権勢を己のものと勘違いした無能を絵に描いたような男であり、愚鈍に同じ編成、兵力での派兵を繰り返していたことでもその見識の低さを窺える。
 それでもさすがに気付いたのか、混乱を避けるために正規兵のみで、さらに人員もこれまでのおよそ五倍となる五百六十人を揃えた。
 これ以上失態が続けば討伐命令を出した中央も見逃すわけにはいかない。
 重装歩兵を中心とし、鈍重であっても殲滅戦に特化した編成を組んだ。
 必勝を期しての布陣である。

 ──というのが今回の背景らしい。
 女子供や戦えないものは山腹の隠れ処に避難し、残っているのは七十人ほどだけだ。
 俺たちはこの如何ともしがたい戦力差をどうにか覆さなくてはならない。

 二時間前。




「奇襲をかけるしかないだろう、正面からぶつかったら一網打尽だからな」
「しかし後背から攻めるにしても挟撃するにしても、この数では……」
「何もせずに黙って殺されろとでも言うのか!」
「一旦退いて機会を待つべきでは」
「我々には退くべき場所などないではないか」
「退くにしても女子供もいては追撃を振り切れない」

 再び広間に集まった十六人は口々に今後の方策を話し合っていたが、やはり圧倒的な数の差を埋めるほどの良策は出るべくもない。
 徹底抗戦を主張するもの、死んでは意味がないと叫ぶもの、どちらともつかず困惑するもの。
 このままでは何をするにしても手遅れになってしまう。
 喧騒の中、隣に座っていたクリスと不意に目が合った。

「貴様はどう考える?」

 真剣ではあるが、明快な解の出ない問題で生徒を困らせて楽しむ教師の目だ。

「そうだな、やっぱり無駄に死ぬのは嫌だな。かと言って何もしないで逃げるのは不愉快だし、戦えない人を逃がすための時間稼ぎは必要だと思う」
「ふふ、私と同じ考えだ」

 どうやら及第点は頂いたらしい。
 それにしてもこの少女は悪戯っぽい表情がとても魅力的で困る。
 ほんの少し感じていた生徒扱いの不快感がどうでもいいことのように思えてしまうのだから。

「まあ、問題は時間稼ぎの方法なのだがな……」

 圧倒的戦力差を打破する作戦。
 双方の部隊編成、行動目的。
 数こそ違うが、俺はこれによく似た状況を知ってはいた。
 しかしそれは所詮、知識として知っているだけで実際に見たり体験しているわけではない。
 言ってもいいものだろうか。
 
「時間稼ぎ……」
「何かあるのか?」
「ないわけじゃないけど、参考程度に聞いてもらえるとありがたい」

 いつの間にか周りは俺たちの話に耳を傾けていた。
 クリスもそれに気付き、頷くスヴェンを確認すると最上級の翡翠を溶かし込んだような瞳に力を込めた。

「言ってくれ」




 北に崖と呼んでも差し支えのなさそうな山肌と、南はトウヒの立ち並ぶ深い森に挟まれた、村へと続く一本道。
 それを抜けると村まではいくつかの木々が立つだけの開けた雪原に出る。
 奇襲のセオリーからすれば、一本道での側面強襲が最も成功率が高いだろう。
 だがその策を採るには戦力が少なすぎる。
 中央部を分断したところを挟撃されては逃げ道もなくなってしまう。
 奇襲部隊のほかに本隊があってこそ意味のある戦術なのだ。

 ではどうするか。

「そろそろ先陣が抜けてくるぞ」
「陣容を整えるまで待て」

 後続も次々と森を抜け、雪原東部で陣形を組む。
 五十人ほどの横列がこちらからの攻撃を警戒して前方に、その後ろに並ぶ横列が上方に盾を構える。
 堅固な守りで着実に進軍し、攻城戦や防衛専守に長けた陣形。
 ローマの歩兵戦術の一つ、テストゥドだ。
 今までの経験で弓に対する防御を優先させた結果だろう。
 以前からこういった戦法が使われていたかはわからないが、少しは考えてきたと見える。
 村の人間は初見のようだったが、この種の陣形を採ることは物見の情報によって装備を聞いていたので想像に難くなかった。
 ここまでは完璧に予想通りに進んでいる。

「そろそろ雪原の中央だ」
「よし、では始めるぞ。当たっても何てことなさそうだが、一応当てるように撃てよ!」

 スヴェンの合図で一斉に矢が放たれた。
 進行方向の逆、先程抜けてきた道の崖上からの射撃に皇国軍は慌しくこちらに向けて隊列を組み直そうとする。
 その間にも第二射、第三射と矢の雨が降り注ぐ。
 一本道での奇襲がなかったために後背への備えを怠っていたようだ。
 当然それもできたが、敢えて不利にも思える雪原での戦闘を選んだ。

 隊列が整う頃には既に俺たちは場所を移動している。
 二手に分かれ、一方は山肌沿いに高度を維持したまま迂回するように西へ。
 もう一方はほんの少し後退し身を隠す。
 クリスが指揮する迂回した部隊が再び弓を射る。
 数が減ったことを悟らせないように先程よりも激しく攻勢をかける。
 皇国軍の弓兵も盾の隙間から反撃するが、姿が見えない上に重力の影響もあり、物資の浪費でしかなくなっている。
 こちらの矢も瞬く間に減っていくが、行動予定進路に予め大量に準備されている。
 さらにじりじりと西に移動しつつ射撃の手は緩めない。
 隊列の再編を繰り返す皇国軍が注意を引き付けられたのを見計らい、伏せていたスヴェン隊も攻撃を再開する。
 完全に意表を突かれ、堅牢なはずのテストゥドに綻びが生じた。

 その後も小刻みな移動と激烈な射撃を繰り返し、敵を翻弄していく。
 そもそも何故弓に強いはずのテストゥドに対し、執拗なまでに弓での攻撃を繰り返しているのか。
 目的は弓によるダメージではない。
 不慣れな雪原、その雪原を重装備で遠征してきて、頭まで使って支える巨大な盾。
 間断なく降り注ぐ矢、そして有効な攻撃の手段がないという絶望。
 心身ともに疲労を蓄積させることこそがこの作戦の狙いだった。

「あちらさんの矢、尽きたみたいだぜ」

 始めは難色を示していたヒューゴも、ここまで予定通りの展開になっては仕方ない、といった風情でいる。
 ではそろそろこの戦いを終わらせようではないか。

「クリス、スヴェンに連絡を」
「いいのか?」
「もう彼らに戦う気力はないよ。早く逃げる理由をあげよう」
「虫も殺さないような顔をして、なかなかえげつない奴だな、貴様は」

 正規兵に対する侮辱と取ったのだろう。
 些細な悪戯をした子供を叱る母親のように苦笑する。
 生徒から格下げされたようだが、その件については後程ゆっくり語り合うことにしよう。

 クリスの目配せを受けたヒューゴが弓に蟇目の鏑矢をつがえ、日の傾きかけた空に放した。


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