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皇國記
作:真崎優



第十八話 闖入者


「大佐、よろしいですか」
「名前で呼べと何度言ったらわかるのだ」

 念のため名前では呼ばなかったのだが、また警備兵を追い払ったのだろう。
 まがりなりにも一国の姫なのだから、身の回りには気を遣えと言っているのに。
 それにしても声だけでよくも俺だとわかるものだ。
 女性が少ないこの場所で俺がクリスの声を聞き分けるのとは違うと思うのだが。

 自然の木を利用して張った簡易型のテントには、先客の姿は無いようだった。
 ヴェストベリ少尉が来る前にある程度の経緯を説明しなくてはならないが、どれほど時間に猶予があるだろうか。

「どうした? 休んでいるか確認しにでも来たのか」

 無理矢理テントに押し込んだことを根に持っているのか、口調はあからさまに皮肉っぽい。
 打ち合わせのために使う大きめのテーブルに腰を下ろし、所在無げに足をぶらつかせている。
 外に遊びに行きたいのに留守番を仰せつかった少年のようだ。

「それもあるけど、ちょっと面倒事を持ってきた」
「楽しいほうか、つまらぬほうか」
「俺は楽しいことを面倒とは思わない人間なんでね」
「なら聞こう」
「監督者としてそれはどうなんだ?」

 暇を持て余していた所に訪れた口煩い幼馴染を歓迎するような顔で上体を乗り出すクリスに、牽制の意味も込めて強めの視線を投げかける。
 留守番を反故にする口実ができれば嬉しいのもわかるが、その態度の豹変振りに一抹の不安を覚えずにはいられない。
 この幼い部分をそのあたりの兵士たちにも見せてやりたいものだ。
 いや、逆効果にもなりかねないか。

「それで、つまらない面倒事とは何だ」
「ああ、捕虜の名簿を作らせていただろう? その中で不審者を発見したと連絡を受けたんだ」
「どのように不審なのだ?」
「なんでも自分は皇族だと言っているらしい」
「……皇族がこんな所にいるわけなかろう、馬鹿者」

 あきれたような口調ではあるが、それは言外に微妙な成分を含んでいるように聞こえる。
 それが何かは判然としない。
 わかるのは決してプラスの感情ではない、ということだけだ。

「貴様はどう考えている?」
「いるわけないとは思うけど、万が一ということもある、かな」
「いつもながら慎重だな」
「それはそうだよ。クリスを失うわけにはいかないからね」

 今回に限れば捕虜にしているわけだからそれほど危険はないと言えるが、ここにクリスがいることは、まだしばらく知られてはいけない。
 一軍人という立場のこともあって、今は警備体制も万全とはいえないのだ。
 もしも暗殺者などが送り込まれてきたらひとたまりもないだろう。
 そんなことになったら誰がこの国を救えるというのか。

 と、ひと息にそこまで言って異変に気付いた。

「……」
「……クリス?」

 薄桃の唇を真一文字に結び、翠玉の瞳は時折微風にはためくテントの一点を見つめて動かない。
 先日の作戦前も似たような状態だったが、何か気に障ることでも口走っただろうか。

 テントの外に人の気配が近付いてきた。
 恐らくヴェストベリ少尉が不審者を連れてきたのだろう。
 仕方ない、クリスがこんな状態では俺だけで話を聞くしかないか。

「失礼します、ヴェストベリ少尉でありま……あっ」

 外に出ようとして出入り口に手をかけた瞬間、少尉の咎めるような声とともに何かが内側に転がり込む。
 不審者。
 そう認識したときにはすでに肩口を掴んで引き倒していた。
 自分で把握している運動神経からは考えられない反射速度に戸惑いも感じているが、今はそれどころではない。
 不覚を取るところだった焦りと、それを未然に防げた安堵をひとまず押し留める。
 慌てて飛び込んできたヴェストベリ少尉も無事であることを確認すると、律儀にも敬礼した後に下半身の拘束に移った。

「大佐! しっかりしてください!」

 落ち着かせたつもりだったが若干声が上擦った。
 尋常ではない声に反応したのか、クリスが跳ねるようにして我に返る。

「な、何事だ?」

 地面に押し付けられて唸る何者かと、その腕を捻り上げるようにして跨っている俺に駆け寄ってきた。
 まだ状況の把握ができていないのだろう、目は忙しなく動き回り、手足の動作もどこかたどたどしい。
 しかし。
 眼前に現れた闖入者と目が合った瞬間、軽やかに逃げ回っていた冷静さを鷲掴んで支配下に置く。
 それは一呼吸にも満たないわずかな時間でなされたが、俺は気付いてしまった。
 動揺と沈着の狭間には驚愕が存在したことを。

 こいつは、本物だ。

 それほど信頼しているわけではなかったが、本能がそう告げている。
 クリスの反応からして、皇族か、或いはそれに連なる者であることは間違いない。
 どうするべきか。
 ヴェストベリ少尉もいるし、外も異変を察知して荒げた声が飛び交っている。
 この男が言葉を発するのもよくないだろう。
 逡巡している猶予はない。

 抗い続けている頭を押さえていた手を離し、代わりに首筋を圧迫して意識を奪った。
 抵抗が止んだことを確認して立ち上がり、恐縮する青年士官に向き合う。

「少尉」
「申し訳ございません、私の不手際です。この処分は……」
「不幸にも彼は足を縺れさせて転倒、打ち所悪く気絶してしまった。そうだったな」

 最後まで発音する機会を奪い、「事実」の確認をする。

「は?」
「だから案ずることはない、と外の連中にも伝えてくれ」
「……了解しました」

 事実の捏造を強要することは得てして知らざるを知る鍵にもなるが、この際は仕方ない。
 この明晰で高潔な青年は無闇に真実を吹聴することはないだろう。
 だからこそ不測の事態に備えて近くに置いているのだが。




 納得はしていないようだったが、それも当然か。
 何も知らされないまま従わされる、などというのは俺の最も忌避するところなのだから。
 少尉には悪いことをした。
 後で手土産でも持って謝りに行くとしよう。

「さて、クリスはこいつを知っているようだったけど?」

 今、テントには三人しかいない。
 俺とクリス、そして未だ目を覚ましていない皇族らしき男。
 男、と言うにはまだ成長が足りないようにも見えるが、生物学的に男性であることは間違いない。
 年齢はクリスと同じぐらいだろう。
 十六、七で戦場に出ることは珍しいことではないのだろうが、どうにも場違いに感じるのは皇族かもしれない、という先入観のせいだろうか。

「知ってはいるが、皇族ではない」
「皇族じゃない? なら何で……」

 そんな嘘を、と言いかけたときに少年が呻いた。
 深い森のような緑の目は開いたが、意識はまだ覚醒していないのだろう、寝惚けたような顔で辺りを見回している。
 そうしているうちにクリスの姿を見付けて止まった。

「こんなところで何をしている、ハンス」
「……やあ、クリスティナ」
「答えろ、何をしているのか、何故皇族を騙ったのか、家の者は知っているのか」
「久しぶりに会う従弟にいきなりそれかい? 相変わらずだなあ、君は」

 イトコ?
 ということは、そうか、母方ならば皇族ではないわけか。
 しかし話に聞いていた母方の血統は穏やかな印象を受けていたのだが、ハンスと呼ばれた少年のそれは違っているように思う。
 飄々としているようにも見えるが、もっと鋭いもの、深いものを感じる。
 怜悧。
 若年者に向けた評価としてはどうかとも思うが、一番しっくり来るのはその二文字だろうか。
 ただ、嫌な感じではないのが不思議だ。
 馬鹿もやるが実は頭の切れる生徒会長、と言えば近いかもしれない。

「戦いに来たわけじゃない、と言ったらわかるかい?」
「……それは家の意思か」
「現時点では僕の独断、としか言えないかな。もちろん僕がここにいることは知らせてない」
「何故皇族だなどと偽った。有無も言わさず処刑されるとは考えなかったのか」
「ヴィッテルスバッハ卿の軍がそんなことしないのはわかってたつもりさ。それになるべく早く話のわかる人に会いたかった。うん、暴れたのはちょっとした気紛れだよ。でも君がいたのは予定外だった。予想外ではなかったけどね」

 ここまでの会話を聞いていて、少しだけわかったことがある。
 この少年は危ない人種だ。
 しかもそれを理解しているような節もあり、つまりより性質の悪い領域へ昇華されていると言っていい。
 俺はまだその真意を測りかねている。

「要するに何らかの目的、恐らく何かを伝えるために来た、ということで違いないか」
「ご明察。それが全部じゃないけど、主な目的はそういうこと」
「私に言えない、というものではあるまい」
「クリスティナには、ね」

 そう言って今まで無視していた俺を一瞥する。
 そこまで邪魔者扱いされているといっそ気持ちいいが、さすがに二人きりにするのは憚られた。
 一応、出てようか? と視線を向けてみると、小さく肩を竦めて首を振る。

「彼は私の副官だ。今言わずともどうせ私が話すぞ」
「そうか。ふん、どうやら信頼しているようだし、君が構わないなら問題ないかな」

 素っ気無い風ではあるが、微妙に機嫌を悪くしたようだ。
 確かに親しい人が知らない誰かと仲良くなっているのは、あまりいい気分ではないか。

「まあそれはそうと、主な目的というのはね、これからの皇国軍の行動予定だったりするんだけど、知りたい?」












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