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皇國記
作:真崎優



第十一話 誓いの言葉


「……そしてその後、ほどなくして私は城を出た。母の望みとは違った形になってしまうのだろうが、もはや根底から覆さねばならないと、私は感じたのだ」

 俺は何度目かの息を飲み込んだ。
 十六歳の少女が背負うには、この話は重すぎる。
 よくもこれほど気丈に振舞えるものだ。
 いや、だからこそ、なのかもしれない。
 そうであるとしたら、聞いておかねばならないことがあるように思えた。 

「目的は復讐、ということになるのかな」

 一通りを話し終え、達成感にも似た感慨を手に持ったグラスの中で回していた少女は、動きはそのままに節目がちにした目を俺に向ける。

「……それがないと言えば嘘になる。だが」

 立ち上がり、窓に向かって歩いていく。
 硝子で隔てられた向こう側では闇が鈍重な帳を下ろしているが、その隙間からは人が存在していることを証明するように、あちこちから光が漏れている。

「何よりも私は、これ以上私の、母の、友人たちのような思いを作りたくない。こんな思いをする人がいない国を作りたい」
「ああ」

 張り詰めていたものが、俺に話したことによって一時的に緩んでいるのだろう。
 その声は普段の凛々しさからは想像もつかないほど、年齢相応の少女が独り暗闇で怯えているような印象で耳に伝わってくる。
 語を継げば継ぐほど、その傾向は強くなっていく。

「しかし、そのために戦うのは許されるのだろうか。希望を掴むために流れる血は、私を許してくれるのだろうか」
「……」

 後半は言葉なのか嗚咽なのか判然としない。
 窓を飾るために取り付けられているカーテンに縋り、必死に座り込むまいと肩を震わせている。
 平和のために戦う、というのは確かに矛盾しているが、戦わないことで事態が好転するというのは極めて事例が少ない。
 しかし戦争となれば、普通は「いかに効率よく人を殺すか」を最優先に考えて行うものだ。
 その事実は、まだ十六歳の少女には耐え難い残酷に違いない。
 こういう時にどうすればいいのか、知識では知っていても、実際行動できるかと言うと、これが難しい。
 戸惑いながらも、中途半端にクリスの隣まで歩を進め、外を眺めるようにして足を止めた。

「……気の利かない奴だな」
「結構頑張ってるんだけど」
「ならば貴様は今からただの人形だ、いいな」
「仰せのままに」

 俯いたままカーテンから俺の背中へと縋る対象を変更し、思った以上に軽い体重の殆どを預けてくる。
 俺は今、人形だ。
 だから背中が熱く濡れたとしても、激しく空気を振動させる音が聞こえたとしても、少女を抱き締めるわけにはいかない。
 それは俺がこの世界に来て決めた、唯一のルールを遵守するためでもあった。


 一時間ほどが過ぎたころ、突然背中の存在感が弱くなった。

「クリス?」

 反射的に、倒れ込む体の下に腕を差し入れて床との抱擁を回避させる。
 もしかしたら今まで生きてきた中で最速の動きだったかもしれない。
 どうやら眠ってしまったようだ。
 そのまま抱き上げ、寝室らしい扉を開く。

「……」
「……ベッテ?」
「何でしょう、レイジ様」

 思った通りそこは寝室だったが、何故かそこにはヴィッテルスバッハ卿の首席秘書官の姿があった。
 取り澄ました表情で立っているが、それが何とも不自然である。

「いつからそこに?」
「はい、処刑法の話あたりからでございます」

 ……最初からですね。
 というかどこから入ったのですか。
 皇族専用の貴賓室の、最も奥まった位置にある寝室ですよ。
 色々気になることはあるが、とりあえずは後回しにするとしよう。

「……クリスをベッドに寝かせてくれ」
「では着替えもいたしますので、わたくしにお任せください」
「頼むよ」
「レイジ君がやりたかった?」
「勘弁してください」

 悪戯好きな子猫のような目を逃れ、後ろ手に扉を締める。
 背中がマラソンを走り切った後のように濡れていて、椅子に座ることはできそうにない。
 しばらくそのまま待っていると、思ったよりは早くベッテが出てきた。
 いつの間にか出て行かれていたらどうしようかと思ったが。

「お茶を淹れますね」
「いや、いいよ」
「あたしが飲みたいの」
「……頼むからどちらかで統一してください」
「そう? こうやってレイジ君をからか……戸惑わせるのも楽しいんだけど」

 一瞬本音が垣間見えたが、実は言い直してもさして変わっているわけではない。
 恐ろしいほど優雅な手つきで紅茶を淹れ、テーブルに二組のカップが用意される。
 詳しくは知らない俺にでも、その洗練された動きによって味や香りまでもが保証されているように思えた。

「君は何でも出来るんだね」
「でも、まだ一人で国を滅ぼしたりは出来ないのよ」

 どうやらこの美しい首席秘書官は相当な危険人物のようだ。
 背中が濡れているからと固辞していたが、問答無用の態で椅子に押し付けられる。

「どうせこの部屋はクリスしか使わないもの」
「どうして?」
「ヴィッテルスバッハはクリスの家出の件で責任を取らされて公から辺境伯に格下げされたんだけど、体面とか気にする皇族はそういうところには足を運ばないものよ」

 最初からそれも計算の内だったらしい。
 主流から切り離され、首都から離れた土地で力を蓄えるために。
 距離があれば正確な情報も伝わりにくいし、陰謀を巡らせるのもやりやすい。
 既に周辺の地域は水面下で手を組み、反旗を翻す時期を計っているという。
 二杯目の紅茶には少しだけブランデーが垂らされた。

「まあそれは、もう少し先の話ね」
「飾り物の皇女でないことを証明してから、ということかな」
「そういうこと。だからまだしばらくは皇女だということは内緒ね」

 薄々気付いてはいたが、なるほど、だから三人だったわけだ。
 ヒューゴが口外するとも思えないが、危険は少なければ少ないほどいい。
 それにしても。

「何故俺には教えたんだろう」
「女はね、優秀な男を先物買いすることがあるの」
「本当にそうなれればいいけどね」
「あの子の人を見る目は確かよ。少なくても、その歳で中佐なんて貴族以外では有り得ないのよ」
「貰った地位に意味なんてないさ」
「意味なんて後から誰かが考えるわ」

 ベッテはアルコールに弱いのか、顔に薄く赤みが刺し、目は慌しく焦点を合わせ直している。
 だが、その言葉は正しいのかもしれない。
 行動の意味や理由は後世の歴史家たちが上手く解説してくれるだろう。
 ただ裏付けられた実績もないのに不相応な責任を負うというのは、正式な任官ではないが、善良な国民だった俺には正直荷が重い。
 そんな俺の表情を察したのか、ベッテがことさら軽い様子で言う。

「小難しいことなんてやってから悩めばいいのよ。今はあなたにできることをするだけでしょう?」
「……そうだね。俺にできることは多くはないけど」
「その調子よ! あの子が選んだ人だもの、絶対大丈夫!」

 俺も少し酔っているのだろう。
 先刻のクリスの話のせいもあるが、ベッテの調子に引き摺られて、より大胆な言葉を繋いでしまった。

「命に代えてもクリスを守るって、誓うよ」












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