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閉校記念
作:所出ひらむき



第2章 疲れております


こういった大企業でも社長とか取締役は上部企業からのお下がり、
いわゆる「天下り組」が就任することが慣例らしい。
大手自動車メーカーの二次受けの製造業では致し方ないのかもしれない。
だから平社員でも死に物狂いで猛烈に努力すれば社長になれるというのは
過去のおとぎ話になってしまっていた。
片山が入社した頃は実力主義だからがんばれば上へ上がれる、
などと訓示を受けたが勤続5年を越えた頃から疑念を抱きだした。
様々な思惑を胸に抱いたまま勤続年数が25年を超えていた。
片山は現場の「班長」という役職だった。
末端の平社員に毛がはえた程度の給料だったが、
仕事の密度はその上の係長なみという繁忙さだった。
会社の経営方針や人事面に疑問を抱き、
現場の意見を積極的に上申する片山は疎まれた。
そのせいか同期で入社した者のなかでは昇進が最も遅かった。
現在の役職も後数年で解かれ平社員に戻るのが規定路線となっていた。
これ以上には上がれない、それは片山のやる気をそいでいたのは事実だった。
だがそれだけに肩の力を抜いて仕事ができた。

係長からピッチで呼び出しを受けた。
部品業者が不良品を混ぜて納品したらしいので選別をさせるという。
「対応よろしく。」
係長のその他人事のような一言に片山はムッした。
事務処理と上意下達しか能がないのか。
現場のたたき上げ社員の片山と
他部署から横滑りでやってきたあの係長とはそりが合わなかった。
現場を取り仕切る「親分」と
管理を任された「ビジネスマン」の違いと言ってもいい。
そんな思いとは裏腹に笑みを浮かべながら業者を出迎えた。
新浅井産業というなじみの業者だった。
そこの味岡係長とは度々「選別作業」で顔を合わせていた。
仕事の上では気心が知れた「仲間」だった。
味岡以外にもう一人がそこに立っていた。
挨拶もそこそこに選別品を隔離した場所へ案内した。
「では選別はこの社員にやらせます。自分は塗装工程の選別に行きます。」
味岡はそう片山に告げると足早にその場を後にした。
「ではここにある25箱の選別をお願いします。」
片山はその部品業者の制服を着た社員の顔を見た。
帽子を深くかぶった女性だった。
だがどこかで見覚えのある顔だと思った。
「分かりました。」
その女性はそういって笑顔を見せた。
見覚えのあるエクボ。
「ええっ!?」
「メール、ありがとうございました。」
その女性の作業着のネームプレートには「友明」とあった。
「友明さん、新浅井だったの?」
「色々とありましたから。
このHK305は私が作ってるんですよお。
係長だけではやりきれないらしいんで、
今日は私も連れて来られたんです。」
屈託の無い笑顔を片山に向けた。
いきなりピッチが鳴った。
また係長からだと片山は顔をしかめた。
「ハンチョオ、壊れたアア!」
背後では片山を呼ぶ部下の声が聞こえた。
「どおしたあ!?」
片山は振り向きざまに大声を出した。
「13の350、油噴きましたあ!!」
「止めたかあ?端辺さんに連絡したかあ?」
片山は手振りを交えて部下に指示を送った。
「止めましたあ!端辺さん、手が放せないそうです。」
「わかあった!今行くから。在庫、数、カウント!」
それを聞いた部下は小走りに奥へ向った。
片山はため息をついた。
途中で放置した仕事が2〜3残っていた。
だが焦る事は無い。
緊急度の高い事から処理していこうと片山は考えた。
「それじゃあ、やり方はわかってますよね。」
「はい。」
友明は真面目な顔になって頷いた。
「終わりましたら私まで連絡してください。
第13工程、わかりますか?」
「あそこに表示ありますよね。」
「私はあそこにいます。では、お願いします。」
そういい残すと部下から報告のあった機械へ向った。
即座にピッチを片手に何事か話していた。
片山の背中を見送ると友明は「選別作業」を始めた。
変わっていない。
でも何かが違う。
高校時代とは打って変わった頼もしさをかつての友人に感じた。
作業を続ける友明の顔には微笑があった。

片山は皮手袋を油まみれにして工具を操っていた。
専従の設備修繕係が多忙なため手が回らない。
片山は修繕方法を知っていた。
自らが工具を握り破損した耐圧ホースを交換していた。
専従者の到着を待っていては相当の生産時間が失われると考えたからだ。
片山の立場からすれば関係部署と上司への報告・連絡さえしておけば事足りた。
だが手を出さずにはいられなかった。
こうした日陰者のファインプレーは上司からいかほどの評価も受けない。
そんなことは片山も承知していた。
今やこうしたファインプレーが出来るのは片山を含め他数名が現場に残るのみだった。
それが出来た同期入社の同僚や後輩は他部署で片山よりも上の役職に就いていた。
それ以外の後輩はサラリーマン化が顕著で「指示待ち」「マニュアル通り」の
仕事しかできなくなっていた。
会社側からすれば末端社員はそのほうが都合がいいのかも知れない。
規定外の行動はともすれば労働災害となって会社の名誉に傷がつくためだ。
片山の考え方とは若干違っていた。
ノルマを完遂することのみが末端社員の責務と会社経営側は考えている節がある。
「安全優先」と言いつつ無理を押して大量の仕事をこなさなくてはならない。
ならば末端社員にとって「会社の名誉」は二の次になってしまうのは自然の成り行きだ。
規定外の行動を取らせてしまうのは会社側の怠慢と片山は考えていた。
「モーター回せえ!」
片山は大声で部下に命じた。
そこまで大声でなくても聞こえるのだが片山のクセは直らなかった。
片山が入社した当時は古い機械ばかりがうなりをあげ相当な喧しさだった。
それから比べれば今は格段に静かになっていた。
モーターの機動音が聞こえた。
片山は目を凝らして自分が交換した耐圧ホースを観察した。
ニップルジョイントから油がにじみ出ないか確認した。
「ヨオオシ!動かしていいぞオ!」
片山は機械の隙間から抜け出てくると皮手袋を外した。
油は皮手袋の内部にまで侵入し片山の手に光沢を与えていた。
皮手袋と工具を機械の脇に置き大きくため息をついた。
そんな片山の目の前に友明は立っていた。
友明は微笑んでいた。
真剣に物事に向き合っている片山を見るのは高校以来だった。
変わってない。
友明は懐かしい思いにとらわれた。
片山は友明に見られているのは気が付いていた。
「どうでした?」
友明にたずねた。
友明は急に真面目な顔になって姿勢を正した。
「25箱200ケを選別しましたが不良品は入ってませんでした。
検査済みのエフも貼っておきました。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
友明は軽く頭を下げた。
頭を上げた友明は笑うのををこらえていた。
「ご苦労様でした。味岡係長はどうされました?」
「味岡から連絡がありました。
塗装工程で8ケの不良品をみつけたそうです。
代替品の手配は終わっているそうです。」
「分かりました。ご苦労様でした。」
「あのお・・・」
友明は急に神妙な顔になった。
「今日、お仕事終わるのは何時ですか?」
「ええっと、今の段階だと7時かな。どうして?」
「お仕事終わってからお時間いただけません?待ちあわせしませんか?」
いきなりの話に片山は戸惑った。
返事に困った。
友明が何を言いたいのかすぐには理解できなかった。
「この前、学校で会った時に時間がなかったようなので。
今日、また偶然に会えたんですからお話が出来たら。
今日を逃すと今度は何時になるか分かりませんし。」
昔話がしたいのだと片山は理解できた。
「う〜ん、主婦業はどうするんですか?忙しいんでしょ?主婦は?」
「母がいますから。娘も高校生ですし。」
そいうと友明は時間を気にした。
その様子を見てこのまま引き伸ばすのもよくないと片山は思った。
話をしたいのは片山も同様だった。
片山は辺りを気にした。
部下は漏れた油の処理と動き出した機械に気を取られていた。
逆ナン?
その現場を部下に見られたら問題だと片山は思った。
でも二人の会話の内容までは聞こえないはずだ。
例え見られていても納入業者との打ち合わせにしか見られないだろう。
「場所はどこにします?」
「スーパーともくい招沢南店知ってますか?」
「知ってます。」
「あそこの前のファミレスはどうですか。時間は・・・7時半ごろ。」
「わかりました。」
その返事を聞くと友明の表情はさらに緩んだ。
ポケットから「検査済み」と書かれたエフを取り出すと何事か書き込んでいた。
「ケータイのメアドです。何かあったら・・・都合が悪くなったらメールください。」
そう言ってエフを差し出した。
反射的にエフを取ろうとした片山だったが
油まみれの手に気が付き出した手を引っ込めた。
友明は失笑した。
「ポケット。」
「へっ?」
「ポケットオ。」
友明は胸を指さした。
友明の言いたい事が理解できたのか前反りになって胸を突き出した。
友明は片山の胸ポケットに手を伸ばした。
メアドが書かれたエフは片山のポケットに収まった。
こうしていると高校生に戻ったかのような錯覚を感じていた。
周りの風景が変わり時間が経過してしまった事を除いて。
友明は再び姿勢を正した。
「味岡は塗装工程で別の問題が起きたので
まだしばらくはここに居ると思います。
私は工場の仕事に戻ります。」
「お疲れ様でした。」
「失礼します。」
友明は軽く頭を下げて片山に背を向けた。
またあとで、そう片山は心の中で囁いた。
片山の頭はすぐに仕事に切り替わった。
油まみれの皮手袋を処分して手の油を洗い流すこと。
やり残した仕事にすぐに取り掛かること。
休憩にもなかなかいけない。
「ハンチョオ!」
片山を呼ぶ声がまた聞こえてきた。
ピッチが再び鳴り出した。
油まみれの手を洗うべくトイレに向った。
片山は皮手袋と工具を置き忘れていた。
すべては手を洗ってからだと片山は考えた。
一日の仕事は過密だった。

片山の仕事は午後7時には終わらなかった。
事務面の残務処理を終えて更衣室に来たのが7時10分を過ぎていた。
着替えに7分、従業員駐車場までの移動に5分。
待ち合わせのファミレスまで車で急いでも20分。
ちょっと遅れそうだ。
胸ポケットからメアドの書かれた紙片とケータイを取り出した。
遅れることをメールで友明に伝えた。
すぐその後に妻にメールをした。
仕事で問題が起きたので帰りが遅くなるとした。
何か問題が起こると残業の残業が当たり前だった。
あまりに遅くなりそうだったら妻へメールを入れることになっていた。
妻へのメールが終わるとメール着信音が鳴った。
「OK。待ってます。真理子」
友明からの返信だった。
片山は着替えを急いだ。

待ち合わせのファミレスに着くと友明は入り口前で待っていた。
薄い黄色のブラウスににジーンズ姿の友明は片山の姿を見ると手を振った。
軽く挨拶だけして店内に入ると二人は対面して座った。
こうして対面して座るのは高校性のとき以来だった。
それも一回きり。
二人ともコーヒーを注文した後は黙り込んだ。
店内は空いていた。
食事を取る客が数人いる程度だった。
何から話そうか、何から話していいのか二人とも迷っていた。
お互いに相手の顔を見ながらも沈黙は続いた。
片山は短髪だったが仕事中はヘルメットを被ったままのため髪に妙な癖がついていた。
友明も一日中帽子を被っていたためウェーブのかかった髪が若干乱れていた。
メガネは必需品のようだった。
高校のときは必要に応じて外していたと片山は記憶していた。
友明はときおりはにかみながら視線を落とした。
二人分のコーヒーがテーブルに並んだ。
静けさに耐えかねたかのように片山はコーヒーを口に運んだ。
それを見て友明は首をかしげて不思議そうな顔をした。
「ブラックなんですね。」
友明はメガネの奥の目を細めて片山に尋ねた。
「そうだけど。どうして?」
「昔はフレッシュにシュガー3杯入れてました。」
友明はフレッシュを注ぎ込むとスプーンでかき回した。
片山はカップの中身を見ていた。
初めて一人の異性と一緒にファミレスに入った。
それが友明だった。
ただしデートではなかった。
あの時の事を覚えていてくれたんだと片山は感激した。
「甘党でしたから。結婚してからは嫁に注意されてブラックに。
今ではブラックでないとだめですね。」
片山はイスにもたれかかることなく背筋を伸ばしていた。
前回のように緊張はしていなかった。
昔の事とはいえ特別な感情を持った女性を前に
踏ん反り返る態度は取れなかった。
微笑みながら友明はスプーンを置いた。
「覚えていたんですか。」
「忘れてません。
あれが初めてだったんですから。
男の人とこういう所に来たのは。
文化祭の準備委員だったんですよね。」
片山は笑みを浮かべながらも困り顔になった。
「準備委員になって初めての会合でメイン会場作りを何時にするか。
意見が割れたんですよね。」
片山はその話題には触れて欲しくはなかった。
片山の表情を無視して友明は話題を進めた。
「前日の放課後にするのか、当日早朝に登校してきてからにするか。
前年までは早朝でしたから皆その方向で決まりかけてたはずですよお。」
片山は顔を紅くした。
やはりその話題に行くのかと逃げ出したい気持ちになっていた。
「俺が反対しちゃったから。
友明さんには必要以上のフォローをしてもらって放課後に決まったんでした。
今更遅いけど、感謝してます。」
なぜ放課後がよいかの理由付けが必要にも関わらず片山にはそれが出来なかった。
同じクラスの委員だった友明はそれに反対するわけにはいかず、
片山の援護をするため他の役員を説得する役目を負わされてしまった。
友明の穏やかなる力説で放課後に決まったが、
片山からは一言も感謝の言葉は無かった
「朝早く起きれない。どうせそんな理由でしょう。」
見透かされていた片山は頭を垂れて恥ずかしそうに頷いた。
友明はあの当時でも呆れるとか怒るとかいう感情を表さなかった。
ただ自分が担った役割りを果たす事、
同じクラスの仲間の意見を尊重する事に心砕いていた。
「文化祭のプログラムも私たちで作るような雰囲気にされて。
時間がいくらあっても足りなくなりましたよね。」
前年までのプログラムをたたき台にできるとはいえ、
新しいアトラクションをどのタイミングで入れるかが課題になっていた。
「家へ帰ってからも電話で話し合ってたんだけど、
埒が明かないんで今から会って話し合おうって。」
熱中しすぎて相手が女性である事を忘れていたんだと片山は思い出した。
「肩に力入りすぎてるって思いましたけど。まあ、いいかって。」
「友明さんちの近くのファミレスでコーヒー一杯で粘りました。」
「夕食もとらずに終わったのが9時過ぎ。
よくやりましたよねえ。帰ったら怒られました。
高校生が9時過ぎまで外出とは何事だって。」
「今じゃ考えられないけど。そういう時代だったんだよなあ。」
「あらあ、うちじゃ門限9時ですよお。厳しくしてます。
あ、何か食べません?」
友明はメニュウを片山に差し出した。
「嫁が準備していてくれるので。止めます。
友明さんこそどうぞ。」
返されたメニュウを友明は見ることも無くテーブル脇に立てかけた。
「私も。」
友明はカップに手を伸ばした。
「昔からそういうところ変わってませんね。」
義理堅い友人に友明は目を細めつつ一口飲んだ。
逆に片山は自分の何が変わってないのか理解できなかった。
「でも友明さんが新浅井産業とはなあ。驚いた。」
「今年で12年目になりました。
バブルの影響が残ってましたから正社員としての採用でした。」
新浅井産業はそこまで余裕があったのかなと片山は疑問に思った。
あの当時は自分の会社でさえ高卒者の新規採用は見送っていた。
「娘さんでしたっけ?」
「はい。一人っ子です。今年、高校一年生です。」
「次は大学ですね。大変だあ。」
「本人にそこまでの気持ちがあるかどうか。
片山さんは二人でしたよね。」
「小二と幼稚園年長さんです。甘えっ子で困ります。」
それを聞いた友明は虚を突かれたような顔をした。
何度か瞬きをして片山を見据えた。
「ご結婚、遅かったんですか?」
友明の顔からは笑みが消えていた。
「こういう性格ですから。なかなか相手が見つからなくて。
34歳でようやく結婚、できました。」
片山は自分の不甲斐無さをあざけるように言った。
友明は複雑な表情をしたままだった。
「そ、そうなんですか。」
そう言ったまま黙り込んだ。
片山もその表情を見てそれ以上の話が出来なかった。
お互いが相手の気持ちを探り合っていた。
「それにしても、西高が消えて無くなるとはなあ。」
片山は話題を変えた。
「子供が少ないから招沢市に高校は三つもいらないのでしょうね。」
「普通化の東高と商業、校舎の古さから行けば商業が無くなっても良かったのに。」
思案顔になって片山は天井を見上げた。
「商業は歴史がありますから。西高は私たちが卒業してから荒れましたし。」
友明は視線を落としてカップを見つめていた。
「ああ、あった。そう。
登校時限の8時半になってもコンビニでたむろしてる連中をたくさん見た。
俺達だったら泡食ってチャリンコ走らせてる時間なのに。」
片山は苦笑いを浮かべた。
かく言う片山も泡を食った一人だった。
「それだけでも評判が悪かったんですよ。
学級崩壊してたそうです。同窓会でも心配する声が上がってました。」
片山もそういった情報は知っていた。
卒業後数年経っても母校への愛着は持ってなかった。
そのため母校の荒れ具合に無関心だった。
「田んぼの真ん中の学校だけど、招沢の中心街から離れてるし。
俺んちからでもチャリで30分は楽にかかる。
友明さんちからだとプラス10分くらいかな。」
「ごめんなさい。片山さんのおうち、知らないんです。
良く覚えてないんですけど7時40分にはうちを出ていたはずですよ。
私のうち、昔のうちですけど知ってたんですか?」
「中学の卒業生名簿の住所で大体の場所までは。」
そこで片山は言葉を切った。
実は家の前まで何度か行ったことがあるとは言えなかった。
「東高は中心街からチャリで10分だしなあ。
西高は通学の便の悪さも影響してたんだよなあ。」
そういうと片山は残りのコーヒーを飲み込んだ。
「あ、娘さんはどこの学校です?」
「政情高校です。」
「ええ!政情。さすが友明さんの娘さんだけの事はある。」
友明は失笑した。
「知らないんですかあ。いまは政情も落ちたんですよ。」
「でもあの政情高校でしょ?」
片山は呆然とした顔で聞き返した。
「あの時の私たちだったら今の政情に入れますよ。
私の娘が私よりも頭がいいわけないじゃないですかあ。」
友明は自嘲気味に笑った。
旦那の血筋は影響していないのかと片山は聞きたかったが
その笑い顔を見ていたら聞く気が起きなかった。
「西高は制服も途中で代わってたんでしたっけ?」
おぼろげな記憶を頼りに片山が尋ねた。
「あれは何時だったかなあ?覚えてないですけど。
私たちが卒業して何年も後のことですよお。」
「夜勤帰りにもあの青い制服を見なくなって、おかしいなあって。」
「昔の制服は一目で西高って分かりましたからね。
それが濃紺のブレザーになって他所と見分けがつかなくなったんです。」
「ああ、そういえば同窓会会報、年一回ペースで送られてくる紙。
あれに制服が代わるって書いてあったなあ。」
片山は遠い目になって思い出していた。
「あの時は・・・・・まあ、時代に流だからしょうがないかって。
でも、今になるとあの青い制服見られないのは・・・・寂しいな。」
「ほんとうに。」
過ぎ行く何かを惜しむかのように二人とも視線を落とした。
「まだ私、持ってますよ。」
「えっ?」
「あの青いブレザーとスカート。ブラウスまではどうだったか。
緑のリボンも残してあります。今度着てきましょうか?」
友明は冗談混じりに提案した。
片山は目が点になってしまった。
口が半開きのまま友明を眺めた。
「あははは。冗談ですよお。
こんなおばさんがあの制服を着たら病院へ連れていかれますよお。」
友明は珍しく大口を開けて笑った。
片山はなんとか愛想笑いで取り繕った。
まだ残してあった。
片山は奇妙な気持ちになった。
20年以上前の制服を未だに持っている友明が不思議に思えた。
「俺の青い詰襟は捨てた。」
片山は神妙な顔つきではき捨てるように言った。
それを聞いた友明は顔を曇らせた。
「思い出は忘れる為にあるんだから。」
あてつけのように友明にに告げた。
忘れる為といいつつ、片山は過去のことをしっかりと覚えていた。
覚えているのは友明との思い出が中心だった。
忘れたくてもこうして思い出してしまっていた。
話題は尽きないはずだった。
だがこれ以上喋っているとお互いが触りたくない過去を穿り返しかねない。
それだけは避けたかった。
「そろそろ、出ましょうか。」
片山が切り出した。
「はい。」
友明も笑顔を作って答えた。
片山は素早く伝票を手にすると立ち上がった。
「ああ、私が出しますよお。」
「こういうのは男が出すのが礼儀でしょ。」
そういうと片山はゆっくりと会計に向った。
「私が誘ったんですからあ。誘った方が・・・・」
申し訳なさそうに友明がうしろを着いてきた。
片山が会計を済ませている間、友明は数歩下がって待っていた。
店から出ると空の暗さは深みを増していた。
近くのコンビニ、スーパーの店頭が場違いなほどの明かりを灯していた。
ウィークデイの夜ということもあって人通りもまばらだった。
「ご馳走様でした。」
友明は神妙な顔で礼を言った。
「どういたしまして。そういえばさっき、昔のうちがどうとか。」
「引っ越したんです。父が退職金を果たいて一戸建てを買いまして。
新浅井の工場から自転車で10分の場所です。」
「えっ?じゃあここから近いよね。」
このファミレスから新浅井産業までは車で5分の距離だった。
「自転車で通勤するにはちょうどよい場所ですね。
帰りにスーパーにも寄れます。」
友明は持っていた手提げを両手に持ち直した。
「自転車で通勤してるんですか?」
「はい。車で通うような距離でもないですし。」
「こんなとこで二人で会ってて新浅井の人たちに見られると嫌だなあ。」
「大丈夫ですよお。よほどのことがない限りここには誰も来ませんから。」
と言いつつも友明は辺りを見渡した。
「片山さんとおしゃべりが出来て本当に楽しかったです。」
右のほほに大きめなえくぼを作り友明は笑顔を見せた。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。誘っていただいて。」
そういうと片山は駐車場に向って歩き出そうとした。
「あのう・・・・」
友明は言いかけた言葉を途中で切った。
立ち止まり振り返った片山に何事か言いたげだった。
「いえ。なんでもないです。」
そう言うと友明はうつむいた。
一息入れた後に笑顔を片山に向けた。
「また、お時間を作ってくださいますよね。」
友明は笑顔を作っていたが声のトーンは下がっていた。
その声、その仕草、高校のときのままだと片山は思った。
「またいつかね。約束は出来ないけど。」
片山は無表情でそう言うと駐車場に向った。
友明は軽く会釈すると反対側の自転車置場へ歩いていった。
車に乗り込んだ片山は大きくため息をついた。
友明とこんなに喋ったのは高校卒業以来だった。
かつて好きだった女性は年を重ねてしまっていた。
自分も同様に年を重ねてしまったと片山は思った。
しかしこうして喋ってみるとお互いの年齢を忘れてしまいそうだった。
だが昔の失敗談は未だに恥ずかしい。
片山は失敗ばかりを繰り返していた。
友明もそれを知っているから喋りづらいと片山は思った。
ちょっと気を遣ったと片山は思った。
過密な仕事で疲れていたから失礼な行為があったかもしれない。
もう会うことも無いから気ににしなくていいだろうと片山は気楽に考えた。
年齢と共に疲れが取れにくくなっていると片山は感じていた。
高校の頃は一晩寝れば疲れはどこ吹く風だった。
サッカー部の練習でどんなに疲れていても翌日には平気な顔で登校できた。
エネルギッシュでパワフルだった高校時代を片山は懐かしく思い出していた。
「今はただのおじさん、さ。」
片山は帰路の車中で一人呟いていた。































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