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閉校記念
作:所出ひらむき



第19章 ざんげ


友明母娘に会わなくなって3週間が過ぎていた。
友明からはメールが一回だけ来た。
「これでよかったんですよね?」
たった一言だけのメールだった。
お互いの決断が正しかったことを念押ししてきたのだった。
「これでいいんです。」
片山も短く返信した。
長々とした文章で返信するつもりだった。
しかし途中で考えが変わっていった。
長い文章などいらない。
書けば書くほど未練がましくなると片山は思った。
もう終わりにしたこと、終わったことなのだと。
それ以降は友明からのメールは来なくなった。
美咲からは何度もメールが着ていたが読まずに削除した。
読むほどに愛おしさが深くなってしまうかもしれない。
片山は自らのけじめとして宣言したとおりに無視を決め込んだ。
友明に会えなくなって寂しくないと言えば嘘になる。
美咲と会えないのは心に穴が開いたような気がしていた。
美咲があんなことを言い出さなければ、今も三人で会うことができていたのに。
越えてはならない一線を越えるように美咲が勧めてきた。
触ってはいけない部分を美咲は触ろうとしてきた。
それをされては今の関係をこのまま続けるのは無理だ。
片山も友明も同様に考えての結論だった。
10月に入って仕事の量が少しずつ減ってきていた。
土曜日の夜勤出勤はなくなった。
11月に入れば土曜日の出勤自体がなくせる見込みだと中村係長が途中経過を報告していた。
外部発注に切り替える製品の多さはかなりの数のはずだった。
全権委任のお墨付きとはいえ中村係長にすべてをさばけるか心配していた。
前係長が手つかずで残した業務が山ほどあったという。
中村は誰にも愚痴をこぼさず恨み言を言わず、一つ一つ片付けていた。
傍で見ていて気の毒になった。
しかし片山が手助けできるような案件でもなかった。
ホワイトカラーが長かったので現場の雰囲気になじめるか片山は危惧していた。
しかしその心配は杞憂に終わっていた。
中村も入社して数年は部署は違えど現場で汗を流していた。
中村が異動してからも片山が現場の状況を教えていた。
だから現場の雰囲気を分かっているようだった。
そのうちに中村の愚痴を聞く機会を個人的に作ってやろうと片山は考えていた。
独身時代は一緒に遊んだ仲でもある。
お互いの古傷を知り尽くした仲、久しぶりに指しで飲んでもいいと片山は考えていた。
一部製品を外部発注への切り替えと言っても闇雲にはできなかった。
工程内に残してもいい製品、外部に出した方が良い製品との見切りが大変だった。
採算性の高い製品は手元に置いておきたい。
高度な生産技術が必要な製品は外部にまかせることができない。
そういった製品に限って採算性が悪いときている。
生産時間の帳尻合わせだけではうまくいかない。
丸岡班長の知識だけでは不足だったので片山もさまざまなアドバイスをした。
全世界的なガソリン高騰で車の売れ行きが芳しくなく、
生産数の変動幅が予想しにくい現状では生産品の出し入れは慎重を期していた。
それでも思わぬ減産や予期せぬ増産で一喜一憂の日々が続いていた。

日曜日は午前中から科蘇川上流のヤナ場まで家族で遊びに行った。
大人はアユ料理を、子供たちは川遊び堪能してきた。
片山は持って行ったタモ網でアカトンボを捕まえて子供達に披露した。
他の種類のトンボの捕獲に片山は子供以上に熱心だった。
一匹だけ見かけたウチワヤンマの捕獲に失敗すると
子供のように地団駄踏んで悔しがっていた。
途中の道の駅で博美は野菜を買いこみ、片山は地酒を買った。
夕食時の楽しみが増えると片山以上に博美が喜んでいた。
帰ってきてから夕食までの時間は子供達とテレビを見て過ごしていた。
日曜日定番のアニメを何気なく見ていた。
博美は夕食の支度をしていた。
電話が鳴った。
電話に出た博美がしばらくして怪訝な声を上げた。
「何かの間違いじゃないですか?うちにはミサキなんて子はいません。」
その言葉を聞いた片山は一瞬固まった。
すぐさま立ち上がって受話器を持っている博美を見た。
「スーパーからなんだけど、万引きでミサキという子を保護してるって。」
博美は意味不明な電話に要領を得ないといった表情で報告した。
片山には覚えのある名前だったが、今ここでそれを言うわけにはいかなかった。
「代わる。」
とりあえず話を聞こうと片山は電話口まで歩み寄って博美から受話器を受け取った。
「引き取りに来てほしいって・・・・・スーパーともくい古御野西店だから、実家よりも向こうよね。」
ため息交じりに博美は台所に戻って行った。
古御野西店ということは博美が頻繁に行くスーパーとは違う店舗だった。
「もしもし、電話変わりました。」
そう言った後は余計な言葉を言わずに短く返事をするだけにとどめた。
博美に勘ずかれたくないと考えてのことだった。
電話の向こうでは事情の説明をする店員の声が聞こえていた。
保護された少女の特徴から美咲であることは間違いがないようだった。
店員の報告を頭の中で整理して記憶しるつもりだったが、
あの美咲が万引きをしたというだけでそれどころではなくなっていた。
片山の様子がおかしいのを見た博美は夕食を作る手を休めた。
「わかりました。すぐに伺います。」
そう言うや否や片山は受話器を置いた。
心配そうに見ている博美に何を言うべきか片山は迷っていた。
「ちょっと行ってくる。」
それを聞いた博美は険しい顔になった。
「何があったの?ミサキって誰?」
それには返事ができなかった。
「すまん。とにかく行ってくる。」
そう言い残すと必要最小限の持ち物をポケットに入れて玄関を出た。
何かの間違いであってほしい。
あの美咲が万引きをしたとは信じられない。
疑心暗鬼で片山は車を走らせた。

車を駐車場に停めると従業員入り口を探した。
従業員入り口から入るようにとの店側からの指示だった。
午後6時を回っていたが買い物客はそれなりにいるようだった。
店の入口は買い物客の出入りが目立った。
こういった店舗の場合、従業員入り口は裏手にあるはずだと片山は店舗を回り込んだ。
それらしい通用口を見つけた。
通用口近くにいた警備員に名前と目的を告げると、従業員休憩所へ行くように案内された。
教えられたとおりに通路を進み、そこにある扉をノックした。
扉が開くと中から若い店員が顔をのぞかせた。
「片山、ケイタ?さん?」
軽い声の問いかけに片山は短く返事をした。
さっき電話をかけてきたのはこの店員のようだ。
「どうぞ。入ってください。」
手招きと共にその部屋の中へ入れられた。
中ではテーブルを前にして美咲が座っていた。
白のプリントTシャツにデニムのショートパンツ姿だった。
その傍らにはもう一人、中年の女性店員がいた。
「お宅の娘さん?」
「もう一度、事情をご説明願えませんか。」
店員の質問に答えず、片山は状況把握を優先した。
電話で事情を聞いていたがここに来るまでに忘却していた。
もう一度聞くしかなかった。
美咲は片山の顔を見ると嬉しそうに笑顔を見せた。
だが片山は顔を崩さずに険しい顔で美咲を睨みつけた。
美咲はバツが悪そうに口をへの字に結んでうつむいた。
若い店員は中年の女性店員に目くばせした。
「お願いします。」
美咲の万引きの現場を目撃したのはその中年女性店員のようだった。
「チョコレートを手づかみでレジの前を素通りしていったんです。
そのまま店を出て行こうとしたので、あわてて捕まえたんです。
ここに連れてきても、一言もしゃべらないんだからっ。」
女性店員の口調は厳しかった。
「自分がどこのだれなのか、くらい言えるでしょっ。見たところ高校生のようだしっ。」
この女性店員は万引き少女への対応には慣れているようだ。
美咲は厳しく追及されたようだった。
「副店長の私も立ち合って所持品を調べさせてもらいました。
財布には二百六十円しか入ってませんでした。
身分を示すものも持ってません。
どこにも連絡しようがなくってですね、こうなったら警察に身柄をと。
そうしたらようやくお宅さんの名前と電話番号を言ったんです。」
学生証も持っていないとはどういうことなのか?
所持金もわずかだ。
わからないことだらけだと片山は思った。
「手づかみ、ということですが?」
「はあい。堂々とわしづかみでレジの横を。これ見よがしに。」
「隠そうにも、カバンも持ってませんからねえ。」
副店長が補足した。
「悪いことをしそうには見えないんですけどねえ。お父さん。」
副店長は美咲の顔を見ながら言った。
片山も美咲の顔を見ていた。
いったい何を考えていたんだ?
片山は無言で美咲に問いかけた。
うつむいたまま顔をあげようとはしない美咲に話しかけたかった。
そのしぐさから悪いことをしたという気持ちはあるようだ。
しかし、なぜ?
片山はもう一度、告げられた「事実」を整理した。
これ見よがしに万引きをした。
学生証はおろか身元を示すものは一切持っていなかった。
片山の名前と電話番号以外は何も喋っていない。
美咲が何を考えて万引きをしたのか、片山は察しがついた。
美咲を引き取るためにはどうすればいいのか。
いや、この場で友明に連絡を入れれば片山の責務は終わる。
美咲とは親子ではないのだから、引き取りに来るのは友明の方だ。
しかし、それでいいのか?
・・・・美咲はもしかしたら自分の子供ではないのか・・・・
あの時の思いが再び心の中に浮かび上がってきた。
片山は決心した。
今日この場限りだという条件を自分自身につけた。
「大変、申し訳ございませんでした。
娘がとんでもない不始末を仕出かしたことを心からお詫び申し上げます。」
片山は深々と頭を下げた。
「このようなことを今後やらないようきつく言い聞かせますので今日のところは穏便に、穏便に・・・・」
そう言って頭を下げ続けた。
頭を下げながら次の言葉を考えていた。
相手の同情を誘って事を穏便に済ますように誘導しようと考えていた。
それにはあからさまな嘘が必要と片山は考えた。
美咲には分かる嘘だが、目の前の店員にはわかりはしない。
頭を上げた片山は眉間にしわを寄せ目を何度も瞬かせた。
口はへの字に曲がり「悔い改める」様相を全面に出した。
仕事で必要に駆られて身につけた得意技だった。
「実はこの子は別れた妻に引き取られていったんです。
しばらくは妻、元の妻に隠れて会っていたんですが、それがバレまして。
私もここのところ仕事の都合やらで会ってやれなかったんです。
何としてでも私に会いたいと思ったのでしょう。
その目的のために、まさか万引きまでするとは・・・・・・・・」
そう言って片山は声を詰まらせた。
「本当に申し訳ありませんでした。」
片山は再び頭を深く下げた。
「まあ、まあ、お顔を上げて。
今日が初めてのようですから、穏便に済ますこともできますよ。
でもうちとしても店のルールがありますからね。
その別れた奥さんが今の身元引受人ということになりますよね。
別れた奥さんの連絡先と娘さんの学校名、教えてくださいよ。」
副店長は無表情で事務的に片山に言った。
それを聞いて片山は背筋が凍る思いがした。
それだけはさせてはいけない。
ここは自分だけの責任ということで済ませたい。
美咲の将来のためにも。
友明への友情と愛情の証として。
片山はその場に土下座をした。
「ここは何とか、この場限りということで、穏便に済ませてください。
この子の責任はすべて私にあるんですから。
この場限りでなにとぞ、穏便に・・・・・・」
片山は床に顔をこすりつけんばかりにひれ伏した。
美咲がその場面をどういう気持ちで見ていたかはわからない。
土下座などという芝居がかったマネがどう映るかなど気にならなかった。
とにかくこの場を穏便に済ませよう、それにはどうすればいいのか。
片山の頭ではそれ以上は考えられなかった。

美咲を伴って従業員入り口から出てきた。
美咲は涙を浮かべていた。
あたりは真っ暗になっていた。
午後7時を回っているのは間違いがなかった。
美咲がこの時間まで戻らないのだから友明も心配しているはずだ。
この顛末は友明に話すしかないと片山は駐車場に向かいながら考えていた。
美咲も静かに片山の傍らについてきていた。
美咲に非難めいたことはまだ一言も言ってなかった。
美咲を叱責するのは友明の役目だと割り切っていた。
駐車場に目をやると白いミニバンの脇に誰かが立っていた。
片山の車の前で博美が待っていた。
片山の姿に気がついたようで手を振りかけた。
だが傍らに寄り添うように歩いている美咲にも気が付き手が止まった。
博美がこの場に来てしまった。
もう何も隠すことも嘘も通用しない。
今まで騙していたことも含めてすべて話すしかない。
片山は何もかも話してすべて終わりにしようと考えた。
「どういうこと?」
美咲と片山を交互に見て博美は尋ねた。
「子供達は?」
この時間に博美がここにいるということは子供の食事の事も含めて心配になった。
「母さんに見てもらってる。」
「そうか。」
片山は短く返事をした。
「親戚の子?」
その問いかけに片山は簡単に答えることができなかった。
まだ隠し通せると思っているのかと自問自答した。
泣き顔の美咲に博美は不信感を隠せないようだった。
「親戚にこんな子はいないよ。」
「はあ?じゃあ、なんで身元引受けなんかしたの?」
博美はあきれ顔で聞いてきた。
すべてを話そう。
関係する人たちの前ですべてを話そう。
一人ひとり個別に話していては食い違いや矛盾が生まれる。
すべてを話すことで博美との夫婦関係が修復不可能になっても仕方がない。
逃げ場を失った片山は絶望ともいえる決意をした。
「すまんが、一緒に来てくれないか。そこですべてを話す。」
片山の尋常ならざる口調に博美は黙って従う姿勢を見せた。
美咲を後部シートに誘うと片山はエンジンをかけた。
博美は黙ってナビシートに座っていた。
片山は招沢市に向けて車を走らせた。
車中は異様な静けさに包まれていた。
博美は何事か聞きたいようだった。
「この子の家ですべて話す。それまでは何も喋らない。」
博美が声をかけるよりも先に片山はくぎを刺した。
新浅井産業周辺まで行ったら美咲に道案内をしてもらうつもりだった。
友明の現在の自宅の所在地を片山は知らなかった。
高校時代のようにストーカーもどきのことはやらなかった。
調べれば住所ぐらいは分かるはずだが、それもやっていない。
大人なのだから、大人になったのだから。

暗がりの中、それぞれの家の窓から明かりが洩れる。
幹線道路からも隔たれているので実に静かな住宅街だった。
そんな住宅街の一画に友明の家があった。
鉄筋二階建ての分譲住宅のように見えたが、
敷地の大きさからして注文住宅かもしれないと片山は暗がりの中を眺めていた。
車二台分のガレージにはシルバーの軽四が一台だけ停めてあった。
玄関の前で立ち止まり家の中に入ろうとしない美咲の肩を軽く叩いた。
片山に促されてようやく玄関に入って行った。
物音を聞きつけて友明が奥から出てきた。
「ミサキイ、どうしたのお。こんなに遅く、ま、で・・・・・」
美咲の後ろから続けて入ってくる人影に友明は驚いた。
「啓太君ま、で、えっ?」
さらに入ってくる人影に友明は言葉をなくし立ち尽くしていた。
決して広いとは言えない玄関に三人が突っ立っていた。
友明は目を丸くして博美を見ていた。
「こんばんは。友明さん、紹介する。俺の妻、博美です。」
「はじめまして。夜分遅くすいません。」
博美は形式的にやや不愛想にあいさつをした。
友明は三人にそれぞれ視線を送っていた。
友明は口を半開きのままだった。
何が起きたのか見当がつかないといった表情だった。
「こうなった事情を話したい。
だけど時間がかかるから上がらせてもらっていいかな?」
事態が飲み込めないのか友明はその場で固まっていた。
「どうしたの、真理子。」
奥から友明の母親らしい女性が出てきた。
玄関の二人を見るとに軽く会釈をした。
その言葉に反応するかのように友明は片山の目を見た。
片山はバツが悪そうに黙ってうなずいた。
「どうぞ、おあがりください。」
友明は狼狽しながらも招き入れた。
「御客さん?」
母親は玄関に立っている二人の部外者を覗き込んできた。
「お母さん、お茶の準備をしておいて。」
母親に頼みごとをすると友明は玄関わきの部屋へ三人を誘った。
おそらく南向きと思われる窓が大きくとられた広間に通された。
友明は片山夫婦の後ろに続いて入ってきた美咲に視線を送った。
「美咲、座布団をお出しして。」
美咲は赤い顔のまま座布団をならべだした。
友明は的確に指示を出して客をもてなす準備に取りかかった。
「どうぞ。」
美咲が立ったままの片山夫婦に声をかけた。
美咲に勧められて博美と肩を並べて座った。
友明は居間の中を指さしながら足りないものを探しているかのようだったが
すぐさま居間から出て行った。
間もなく友明がお茶を持って入ってきた。
二人の前に湯呑を並べると友明も二人の前に座った。
それを見た美咲は居間から出て行こうとしていた。
「美咲さん、ここで話を聞いていってください。」
片山が美咲を制止した。
「友明さん、お父さん、お母さんにも聞いてもらいたい話があります。」
「父と母にも?」
ただならぬ片山の気配に友明は不安を隠せないようだった。
「聞いてもらった方がいいです。今後のためにも。」
友明は戸惑いながらも居間を出て行った。
博美は黙って事の成り行きを見守っているようだった。
片山は出されたお茶を一口すすった。
ここが友明の「うち」なのか。
やはり分譲住宅ではなさそうだ。
柱や扉も含めた内装材にちょっとした拘りのようなものを感じていた。
この居間はフローリングだが落ち着いた柄のカーペットマットを敷いてある。
居間の中も大きな調度品をおかずに空間を最大限に広く使えるようにしてある。
友明のイメージにぴったりだと片山は部屋を見まわしていた。
美咲は部屋の隅に近いところで体を小さくして座っていた。
美咲の顔からは赤みが若干引いたようだった。
呆然自若と言った感じで身じろぎもせずに静かに座っていた。
やがて友明に誘導されて父親と母親が入ってきた。
「お邪魔しております。」
片山と博美がそろって頭を下げた。
「あ、いや、はじめまして。」
友明の両親はどもりながら挨拶の言葉を口にした。
その三人が座るのを片山はじっと待っていた。
「いったいどうしたというんですか?」
父親が立ったまま口を開いた。
四角い顔の一徹そうな老人だった。
「美咲がどうしたというんですか?」
美咲の赤い顔を見た父親は少し興奮したようだった。
友明と母親は先に座っていた。
「順序立ててお話しするつもりです。
ですが私自身、混乱してまして手短に話す自信がありません。
しばしお時間をお貸しくださいませんか?
ご着座していただけますか?」
片山はそう言って父親に座るよう催促した。
父親は渋々胡坐をかいた。
「申し訳ありません。今日、今さっき、美咲さんが万引きをしました。」
片山は事務的に話し始めた。
それを聞いた友明家の人たちは顔色を失った。
「ほ、本当か?」
父親は色めきたった。
「本当です。私が身元引受人となって美咲さんを引き取ってきました。」
友明も、その両親も美咲に視線を送った。
「古御野のスーパーで万引きをして捕まったのですが、
身分証明書を持っていなかったそうです。
そこで私の名前と電話番号を店員に教えたので、
私に連絡が来たと云う次第です。」
「美咲、どうしてそんなことをしたの!」
友明の矢のような叱責が飛んだ。
「美咲ちゃんがそんな悪いことするなんて・・・・」
母親も孫の失態を信じられないようだった。
美咲は何も答えずにうつむくばかりだった。
父親は孫から視線を戻すと片山の方を向いた。
片山を睨みつけているのが痛いほどわかっていた。
片山が何者で孫と何の関係があるのか?
娘、真理子とも面識があるようだが一体全体、何様なんだ?
父親のその目、その顔つきからそれは容易に推察できた。
「いったい、あんたがたは、誰だ?」
決して穏やかではない口調で聞いてきた。
「改めて、はじめまして。私は片山啓太と申します。
こちらは妻の博美です。」
片山夫婦はそろって頭を下げた。
「美咲さんがなぜ万引きをしたのかをお話しする前に、
私と友明さんの関係を話さなければいけません。」
片山はそう前置きをした。
「スーパーからの電話を受けたのはこの博美でして、
美咲さんと私の関係を博美にも説明しなければいけません。
ですので、博美が同席することをご容赦願います。
そのうえで、なぜ私が美咲さんの身元引受人になったのかをご説明いたします。
友明さんと私は・・・・・」
そう言いかけてここには友明姓が4人いることに気がついた。
「ええと、真理子さんと私は高校時代の同級生でした。
高校二年の時はクラスも一緒で同じ委員会で活動したこともあります。」
そう言って片山は友明真理子との関係を過去の遡って話しだした。
片山の抱いた恋心が片思いで終わったこと。
そして再会してから今日までの出来事をこと細かく話した。
友明も美咲も静かにそれを聞いていた。
「もう一度言いますが、真理子さんとはおしゃべり友達というだけでした。
それだけでやめておくべきでした。」
決してやましい関係でないことを片山は強調した。
一緒に遠出をしたことがおかしくなった原因だと言及した。
博美は一言も発せずに片山の話を聞いていた。
しかしその雰囲気から怒っているのが分かった。
仕事だなんだと嘘をついて友明母娘と会っていたのだから当然なのだ。
「だからなんだ!娘をたぶらかしたことに違いはあるまい!」
父親はきつい口調で片山を恫喝した。
片山の身の潔白を信用できないといった表情だった。
「やめてよ。ケイ、片山さんに無理を言ったのは私の方なんだから。」
友明が父親の言及を否定した。
「高校の時、後味の悪い別れ方をしたから、ずっと気になっていたの。
いつかあの時の誤解を解いておかないと、って。」
穏やかだったが強い口調だった。
「美咲が片山さんと再婚しろって言ってきた時はどうしようかって。」
「さ、再婚?こいつとか?」
父親は納得できないといった表情で片山を睨んだ。
「それはありえません。私は博美と離婚する気はありませんから。
その辺も含めて先月、美咲さんも交えて話し合いました。
会っておしゃべりすること自体が問題なんだから今後は会わないようにしよう。
そう決めたんですから。」
「話し相手になってもらうだけでよかったんですけど。
仕事の都合で土曜日に会えないのは私も嫌だったので・・・・奥さん、本当にごめんなさい。」
友明は博美に向って頭を下げた。
博美は身じろぎもせずにそれを見ていた。
「それが美咲さんの万引きとどういう関係があるんだ?」
それまで黙っていた博美がようやく口を開いた。
片山と友明の関係ばかりに話が集中し、美咲の問題が置き去りになっている。
進展していかない話に博美は焦れていたようだった。
「美咲さんの気持ちを私が代弁します。
美咲さん、違ってたら違うって言ってください。」
片山は優しく、しかし毅然として美咲に話しかけた。
美咲は黙ってうつむいたまま頷いた。
「先月、友明さんとも美咲さんとも会わないと約束をしました。
でも、美咲さんはそれができなかった。
どうしても俺に会いたかった。
だからわざと捕まるように万引きをした。
身分証明証を持たずに口頭で私への連絡先を先方に教えた。
そうすれば私が引き取りに来てくれると思ったのでしょう。
それもこれも私に会いたいという一心でのことだと思います。
美咲さんにそんなことをさせてしまったのは私に責任があります。
ですから、今回限りという思いで、父親と偽って身元引受人になってきました。
先方のスーパーは事を公にしない、学校にも連絡しない言うことで収めていただけました。
ですから明日から美咲さんはいつもどおりに学校へ行ってください。
当然ですが、このことは誰にも言わないでください。」
片山はこの場にいるすべての人に懇願するように言った。
「ですが今後、同じことをやっても俺、私は引き取りに行き来ませんから。
私は美咲さんの父親ではないの・・・・です、から・・・・ね。
分かったね?美咲さん?」
片山は美咲に向かって話しかけた。
先ほどのような毅然とした態度ではなく、
感情を込めて願い事をするかのように美咲に語りかけた。
美咲はうつむいたまま首を縦に振った。
このようなことをされて気を悪くしている。
それを理由として怒鳴りつけるのは簡単だった。
美咲はすべてを見通せる娘であることは分かっている。
だから、なおさら美咲の心に届くように語りかけた。
「すべて今まで通りの、四か月前までの生活に戻ってください。
俺と会っていたこともすべて忘れてください。
もう、俺と会おうなどと考えないでくださいっ。」
そう言って片山は友明と美咲に頭を下げた。
博美はそんな片山を痛々しい思いで見ていた。
友明は悲壮な思いで見ていた。
悲しげな片山の声を聞いた美咲は顔を上げた。
涙の浮かんだその目で片山を見ていた。

一徹そうな父親の追及はその後も二言三言あった。
しかしそのたびに友明が割って入り父親をたしなめた。
この家での絶対的な権限は今は友明が握っていると片山は思った。
片山はそれ以上は美咲には何も言わなかった。
友明やその父親からそれ相応の叱責があるはずだ。
他人である片山がこれ以上は入り込まない方がいいと考えた結果だった。


友明の家を後にした車中、片山も博美も黙ったままだった。
街路灯も民家もまばらな招沢市の郊外の道を古御野市ヘ向けて走っていた。
前方に光にあふれる街が見える。
古御野の繁華街の明かりがはるか前方にあふれていた。
招沢と古御野でこんなにも違うのかと片山は改めて思った。
古御野の繁華街の光に照らされて曇り空の一部が光を反射していた。
お互いが一言も話さない、そんな気まずい雰囲気を破ったのは博美だった。
「ようやく、わかったよ。」
いきなり何を言い出すのかと片山は思った。
「何が?」
「啓太を合コンで初めて見たときに、こんなまともな奴が独身で残ってたって。
お宝発見って思ったんだ。30超えてたからまともな相手はもういないって諦めてたからね。」
片山はその合コンの時のことはよく覚えていなかった。
その時の女性たちは話し上手でお調子者の男の元に集まっていたとだけ覚えていた。
「見てくれだけの男かとんでもない変態野郎かと思ったけど、
全然普通の男だったんで、こいつに決めたって。」
それは博美が結婚を決意したときのことだし以前にも聞かされていたことだった。
「こんな普通の男が何で34歳まで独身だったんだ?って疑問がようやく解けた。
啓太の心の中にはあの女がいつもいたんだ。
だからどんな女も寄せつけようとしなかったんだ。
ふん、女々しい奴。」
「それでも、俺は博美さんを取った。それでいいじゃないの。」
片山は悪びれずに言った。
結果的に博美に無理やりに押し出された。
そうでもなければ結婚などおぼつかなかっただろうと片山は思った。
「ああ、そうだね。」
博美は投げやりに言った。
「幸せな女だ。」
博美は独り言を言った。
ハンドルを握る片山にははっきりと聞き取れなかった。
「でも、博美さん、取り乱さなかったね。
俺が嘘までついて不倫同然のことをしていたというのに。」
友明家の居間で修羅場が展開されるのも覚悟していた。
日頃冷静な博美でもこのときばかりは取り乱して暴れるかもしれない。
力ずくでも博美を止めようと心構えだけはしていた。
「ふん!十分に不倫だろ。浮気だ。肉体関係があろうとなかろうと。
骨肉の争いとか男と女の修羅場ってのは仕事をしてる時に嫌というほど見てきたからね。
いまさら何?って感じよ。」
それが我が身に降りかかっても平静を装っていられるとはどういう神経の持ち主かと片山は思った。
「だけど、あの美咲って子に手を出して妊娠させたって言うのなら絶対に許さなかったよ。」
その言葉を聞いて片山は背筋に悪寒が走った。
博美が本気で怒ると命の保証がないと片山は考えていた。
「まあ、啓太のことだからそれはないと思ってたけどね。」
嘲るようないい方に片山は若干の安ど感を持った。
「それは絶対にありえない。」
美咲を実の娘のように思っていたのだから。
博美には絶対に言えない思いを片山は胸の中で繰り返していた。
「でも、もう今日ですべて話した。終わりにした。」
友明家の居間で話したことを片山は反芻していた。
「そうだね。でもまだ、あるだろ。」
博美はきつい口調いで片山に言った。
友明家での話し合いがすべて終わった最後に友明が博美にあることを頼みこんでいた。
この次の日曜日に一時間だけ片山を貸してほしいということだった。
それを最後に本当に終わりにすると友明も明言した。
「たった一時間で何をするんだ?」
「俺にもわからない。詳しいことはメールでってことだし。」
片山はそう言ったまましばらく黙りこんだ。
博美も黙りこんだ。
そして博美はこめかみへ指を持っていった。
博美は何かを考える時に時折そのポーズをとった。
そのポーズで考え事をするのは久しぶりに見たと片山は思った。
しばらくそのポーズのまま黙り込んでいた。
「どうして、あの子、あんなことをしたのかな。」
どこか上の空といった声で博美が聞いてきた。
美咲の行為に対する疑問だと片山は思った。
「俺に会うため、だろ?」
「それだけ?だったら他にもやり方はあるはずだよ。
あれでは自分が傷つくだけじゃない。」
言われてみればそうだと片山は思った。
これ見よがしの万引きなど自虐行為もいいところだ。
もし片山が身元引受を拒否したらどうなるのか、美咲に想像できないわけがない。
「警察沙汰になったら学校に行けなくなるかもしれないのに。」
博美は博美なりに美咲のことを気にしている。
他人のことなのだからすっぱり切って捨てるはずだと片山は思っていた。
「試されたのかな?」
若干不愉快そうに博美が言った。
「何を?」
その問いかけに博美は答えずに指をこめかみに持って行ったまま黙り込んでいた。
片山もそれ以上は話しかけなかった。
車はようやく古御野市に入った。
すれ違う車は少なく、静かな住宅街の中を走って行った。
一つ一つの家に明かりがともり、それぞれの家に団らんの場があることを示していた。
博美の実家に立ち寄り子供達を引き取ってマンションに戻ることになっていた。
「ああ、自転車、置いてきた。」
博美が声を上げた。
「どこへ?」
片山はあきれ顔で聞き返した。
「あのスーパーに。」
スーパーともくい古御野西店の駐輪場に置きざりにしてきたようだった。
「明日にしようよ。」
「でも、ないと困る。」
片山家の足は車一台と自転車が大人用が一台、子供用が二台だった。
このまま置き去りは明日の博美の買い物に支障が出るとのだった。
時計を見ると午後9時を指そうとしていた。
「スーパーに寄るから俺がそこで降りる。俺が自転車で高代まで帰るから。」
「じゃあ、そうして。」
博美は片山の解決案を快諾した。
しかしまだ何か納得がいかないという顔つきだった。
「まだ、なにか?」
博美の様子をみて片山は尋ねた。
「別に。なんでもない。」
博美は独り言のように言った。
そう言ったきり博美は黙り込んだ。
黙り込んだまま再びこめかみに指を押しあてた。
片山の行為に対する怒りを押し殺しているのか、
それとも別の何事かを考えているのか、
博美は判然としない態度を取っていた。
そんな様子を見て片山は不安に駆られていた。
このことを理由に離婚もありうる。
博美のことだから慰謝料だけでも相当額を要求してくるだろう。
片山の生涯年収の半額以上も十分にありうる。
それを考えただけで背筋が寒くなる思いだった。
友明とのことは一切を終わりにしたのだから
それで許しを請うしか方法はない。
うちに帰ってからさらにどんな弁明をしようか、
明日からどういった顔で博美と向き合えばいいのか。
そんなことを考えながら片山はスーパーともくい古御野西店に向けて車を走らせた。























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